第10話 家族/天涯孤独
救急車を呼び、病院で診てもらった後に告げられた。
僕が発見した時点で、ばあちゃんは既に死亡していたらしい。車内や病院に戻ってからできる限りのことを尽くしたが、老体のばあちゃんに施せる処置は限られていた。
荒っぽい方法だと蘇生どころか死体を蹴るような行為になってしまうため、難しいらしい。
そこまでして蘇生させても、遅かれ早かれこうなるだろうとも言われた。
ばあちゃんは今年で九十五歳だ。長生きだった――。
最期こそ足を滑らせ頭を打ち、そのまま帰らぬ人となったけど……九十五年も生きていられたのなら、充分に幸せだっただろう……医者にそう言われたけど、でも。
僕を残して死ぬことを、ばあちゃんはきっと、良しとは思わなかったはずだ。
僕は、ばあちゃんを安心させてあげることができなかった。
もう大丈夫だよって、言ってあげることも。
頼ってばかりで、今頃ばあちゃんは天国で僕のことを心配しているだろう。
そう思うと、こんな唐突な死は、誰よりも、一番ばあちゃんが悔しいと思う。
「詳しいことは、後日また……他に親族の方はいらっしゃいますか?」
「いえ……」
僕とばあちゃんは二人暮らしだ。
捨て子だった僕を、施設から引き取ったのがばあちゃん……だから施設に連絡をすれば、保護者の代理人として誰かきてくれるだろうけど……、
今更、あそこの職員に頼ることはしたくなかった。
捨て子の僕をデミチャイルドだと決めつけて見下す、あの目だけは絶対に許せない。
だから……、
「親族ではありませんが……保護者、のような人を、連れてきます」
病院を出てまず、僕は魔法少女の事務所に向かった。
夜の二十時を回った事務所内は薄暗く、誰もいなかった。
マネージャーさんくらいはいるかなと思ったけど、帰ったか、出かけているか……待つよりは訪ねた方が早いかな。
非常階段を上がり、一つの上の階へ。
ビルの六階は個人の住居になっている。
寮、という言い方をしているが、住んでいるのは一人だ。
扉を叩こうとしたら、それよりも早く扉が開かれた。
「気配がすると思えば、なんだ、レイジじゃないか。忘れもの……なら、下にいくだろうね。
ここを訪ねるってことは……、どうしたんだい?」
「……さらんさん」
「……入りなよ、インスタントだけど、コーヒーを淹れよう」
さらんさんに手招かれ、彼女の部屋に入る。
部屋の中は彼女の魔法少女のメインカラーと同じく、白で統一されていた。
家具も食器も壁紙も、さらんさんが着ているパジャマも白い。
いつもなら気にしなかっただろうし、
さらんさんに合っている色だと見惚れていた自信があるけど、今はその白さが病室を連想してしまって、気を抜くと表情が強張ってしまうのを自覚した。
「温かい内に」
ソファに座り、さらんさんからマグカップを受け取る。
床の上に置いたクッションに座るさらんさんが飲んだのを確認して、僕も口をつける。
口内のコーヒーを舌の上で転がすけど、苦味も甘味も分からなかった。
「ミルクを多くしたけど、苦くなかったかい?」
「……分かりません」
「そうか……」
味は分からなかったけど、飲んでいることで多少は落ち着くことができた。
落ち着くと、考える余裕が生まれてしまう。
思い出してしまうと、感情が溢れてくる。
そうか、僕はこれが嫌だから、無理やりやるべきことを考えて行動していた。
予定を詰めてしまえば、振り返って現実を噛みしめる暇だってないのだと期待して。
「…………ぁ、ばあ、ちゃん……っ」
施設で仲間はずれにされていた一人ぼっちの僕を見て、引き取ってくれた。
ばあちゃんも親類縁者の全てを亡くし、天涯孤独だった。
僕も捨てられ、血の繋がった相手を一人も知らない、天涯孤独の身だった……でもあの時から僕とばあちゃんは、たった一人の家族を見つけることができた。
ばあちゃんがいればいい、ばあちゃんが幸せなら僕はなんでもする。
僕はばあちゃんが、大好きだった……っ。
ソファが、ぎし、と軋む。僕の隣に、さらんさんが座っていた。
彼女はなにがあった、とは聞かなかった。
それが、僕にとっては一番、切り出しやすい聞かれ方だった。
「……さっき、僕の、たった一人の家族の、ばあ、ちゃん、が……亡くなりました……」
「…………そうか……」
こんなことを突然言われても、
受け答えに困るだろうと分かっていても、僕の口は止まらなかった。
「僕は、ばあちゃんに、なにも返してあげられなかった……大好きだって言うばかりで、プレゼントを渡すばかりで、ばあちゃんは喜んでくれたけど、でも……ばあちゃんが一番欲しかったのは、僕の成長だと、思うんです……。
ばあちゃんがいなくても僕はこれから先、一人でも生きていけるっていう証明をしたかった――なのに、ばあちゃんは先に、僕を置いて、いってしまった……それが僕は、とても、悔しい……っっ」
「大好き、と言葉にして伝えていたなら、君のおばさんは充分だったのだと思うよ。
成長も、もちろん君には期待していただろうさ。でもあくまでもそういう一面であって、まったく手がかからなくなるのもそれはそれで寂しいものさ。
だからいつになっても、君のおばあさんは君の世話を焼くだろうね。どれだけ君がおじいさんになろうとも、君のおばあさんは君のことを、独り立ちできたからもう大丈夫、とは思わなかったはずだよ」
外側の肩に手を回され、ぐっと引かれる。内側の肩が、さらんさんに触れた。
こつん、とさらんさんの額が僕の額に優しく当たる。
「悔しいだなんて格好をつけて、涙をがまんしなくていい。
子供だなんて思わないさ、寂しいんだって、悲しいんだって。……泣いていいんだ。
情けないと思っても君の中の感情を全て私にぶつけてごらんよ。いつでも受け止める。受け止めて欲しいからこそ、君は私のところにきたのではないのかい?」
肩を寄せ合っただけの体勢から、さらんさんがさらに、両手を使って僕を抱きしめた。
ちょうど、僕の顔がさらんさんの胸に埋まるような体勢で、だ。
「君のおばあさんの代わりにはなれない。
でもね、私は君よりも年上だ。君の弱さを受け止めるくらいの器はあると思っているよ」
僕の頭を優しくぽんぽん、と撫でてくれる。
……このままだと、ダメになる気がする。
だけど、この甘さに僕は、抗えなかった。
「……ばあ、ちゃん……っ」
「信頼してくれるのは嬉しいけど、おばあちゃん呼びはちょっとね……まあ、今日くらいはいいけどね……ふふ、よしよし。
君は手がかかると言うよりは、こっち側が世話を焼きたくなるんだろうね――」
包まれた温かさに、僕はいつの間にか、意識を手放していた。
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