第9話 嘘の世界/夢だったなら
『今日の午後十三時頃、豊島区池袋駅に種族リザードマンの怪人が出現しました。
駆けつけた魔法少女さらんにより、怪人は無事に退治されたとのことです。
怪我人は多数いますが死者はゼロとのことです――』
夕方のニュースで早速、今日の一件のことが取り上げられていた。
『怪我人が多数、ですか。死者数はもちろんですが、怪我人もゼロ人にすることはできないのでしょうかね。結局、亜人同士のいざこざでしょう?』
と、男性コメンテーター。
魔法少女も怪人も、亜人の血を引いたデミチャイルドであることを強調した言い方だ。
『ゼロ人は、難しいのではないでしょうか。怪人に襲われるケースよりも、避難の際に転んだり、揉め事が起きたりした時の怪我が最も多いですからね』
『そこは人間同士のいざこざなんですかねー』
スタジオが小さな笑いに包まれたところでテレビの電源が消された。
「今のコメンテーター、若干スベってませんでした?」
そう言ったのはセーラー服を着た小柄な少女だ。
アホ毛と短いツインテールが特徴的な肩まで伸ばした黒髪。
普段から、にししと人を小馬鹿にしたような笑みを見せている彼女は、先月から事務所入りした、新入りの魔法少女らしい。
メインカラーはオレンジで、アマゾンの血を引くデミチャイルドである。
大手通販サイトのことではなく、戦闘に優れた女戦士だ。
後輩……なんだけど、僕よりも事務所入りが早いから、先輩になるのだろうか。
「若干というか、普通にスベってたわよね。周りも気を遣って笑ったみたいな感じだったし。
あのコメンテーターは亜人を嫌ってるから、ああいうことしか言えないのよ。
亜人同士のいざこざって……こっちは戦わなくてもいいんだっつの。あたしたちが守ってやらなくちゃ、あんたら無事じゃ済まないでしょうが。
一言でもいいから、ありがとうも言えないのかしらね、まったく」
「まあまあ、まさき。いざこざって言うのも間違ってはいないからね。
亜人同士で企んで生まれた危機感をエンターテイメントショーにしているのだから。あのコメンテーターがそういう発言をするってことは、企み通りにばれていないってことだろう?」
「そうですけどね。でも……これであたしたちの立場が良くなると思えますか?」
「魔法少女は市民権を得ているけど……デミチャイルドそのものはまだ先だろうね」
森下先輩、さらんさんの言うとおり、
午後の一件は怪人が町を襲った突発的な事件のように思えるが……、
(実際、町の人はそう思い込んでいる。報道番組がそう報道した影響力もあるだろう)
その実、怪人に町を襲わせたのは事務所の指示だし、暴れている怪人を退治する魔法少女も事務所の指示で動いている。
魔法少女と怪人は、口裏を合わせていた。
誰がどこでなにをする、というのが決められた台本ありの舞台劇。
意図して作られたシーソーゲームも可能。
タイミングの良い登場も、都合の良い展開も思いのまま。
死者が出ないのは当たり前だ。出ないように台本が作られているから。
出てしまえば大問題だ。
墜落したヘリコプターも仕込みだ。
爆音も炎上も、狙って起こすのであれば危険を考え少量で大きな効果を生み出せるようにセッティングをすればいい。
だから予測できないのは避難の際に起こる怪我だ。
こればかりは逃げる人たちに委ねられるため、こっちでは操りようがない。
一応、避難誘導をする際に、「慌てずに」と声をかけたりはするが、まあ大半の人が聞いていない……というよりパニックで聞こえていない人が多いため、仕方ないとも言える。
亜人とは言え、魔法が使えるわけでも万能でもないため、できることには限界がある。
多少は目を瞑るしかない。
「――聞いてる? 赤坂くん」
「えっ、は、はい。……いえすみません、途中から聞いていませんでした……」
「どこから聞いていなかったの?」
「…………」
「はぁ。じゃあ最初から、今度は耳を別の方向へ傾けないように」
魔法少女の三人がソファを独占しているので、僕とマネージャーさんはカウンター席で横並びに座り、たくさんの書類に目を通している。
正直、細かいことはよく分かっていないけど、ようするにこの事務所で知ったことを口外してはならないという契約書だ。
「ここをやめる場合も同様に口外は禁止されています。分かりましたか?」
「はい。……もしもうっかり口を滑らせてしまった場合は……?」
「知ってしまったあなたの友達や家族もこの業界に飛び込むことになりますね。
魔法少女や怪人役ができる人物は限られてきますから、たとえば避難誘導員や、魔法少女をメディア露出させる際のお手伝いなどですかね。
マネージャーは慢性的に人手不足なので手伝ってもらえるとありがたいですが」
薄化粧で、黒髪に戻りつつある茶髪と目の下の濃い隈が、苦労を訴えている。
大変、なのだろう……さらんさんは魔法少女の看板とも言える人だし。
「そっちはそうでも……、言うなら問題は、あっちですからね」
「ああ、なるほど。それは、苦労しそうですね」
僕たちの視線は迷うことなく一人の魔法少女に向いていた。
「……? なによ、じっとこっち見て」
『べつにー』
「さとみはいいけどレイジっ、あんたちょくちょくあたしにタメ口なのなんでよ!?」
書類に目を通し終えた僕は、時間が遅くなってしまったので続きは明日にするとマネージャーさんと約束し、家に帰ることになった。
『その腕のことなんだけど……しばらくは骨折ってことで隠すしかないみたいね。こっちで偽装のカルテを作っておくから……それまではなんとか家族の方にもばれないように』
マネージャーさんが言うには、一週間もあれば作れると言ったけど、たぶんそれは短いのだろうけど、長い気がする。
ばあちゃんのことだから、この骨折(嘘)した右腕のことを根掘り葉掘り聞いて、お世話になったマネージャーさんに挨拶をしたいと言うはずだ。
その時に口裏を合わせてもらう必要がある……なんだか、あっちこっちで口裏を合わせて台本通りに行動している気がする……。
これからそんな生活に身を置くことになると考えると、既に慌てて取り繕う自分の姿が見えてうんざりする。
嘘を吐くのは苦手なんだけどなあ……。
池袋駅、西口方面から少し離れたところの住宅地へ。
古い一軒家の前で、すう、と深呼吸をする。わざとでないにしろ、今日、学校をサボってしまったのだ、ばあちゃんに連絡がいっていてもおかしくない。
サボったことに関して怒られることはないだろうけど、悩みがあるのではないか、とばあちゃんを心配させてしまうことが心苦しい。僕はそれにも、嘘を吐かなくてはならない。
本当は、ばあちゃんにだけは包み隠さず全部を話しておきたかったけど……もしも明かせば、ばあちゃんを巻き込むことになってしまう。
それだけはダメだ。だったらまだ、嘘を吐く方がマシだ。
深呼吸を何度か繰り返した後、意を決して玄関の引き戸を開ける。
「ただいまー」
…………。
……。
……おかしい。
いつもならすぐに聞こえる、おかえりーの声が聞こえてこなかった。
出かけているのかな? でも、夕方の十七時を回ったところだ。
いつもなら、ばあちゃんはこの時間帯、家にいるはず。
夕飯を作り始めている頃だけど、料理の匂いもない。
物音一切なく、静か過ぎる。
扉の鍵も開いてたし……いる、ってことだよね……?
靴を脱いで上がる。廊下を進むと洗濯ものがカゴに入ったままだ。
……朝も見た。
日中の間に、本当なら洗った後に干して取り込んでいるはずの洗濯ものが、まだ。
増えもせず減りもせず、朝見た位置のままそこにある。
「……ばあちゃん?」
居間を見る、台所を覗く、でもばあちゃんの姿はない。
じゃあどこに……?
「…………風呂場」
残っている場所はそこくらいだ。
急く気持ちのまま扉を蹴破る勢いで風呂場に入ると、
「ばあちゃんっっ!!」
悪い予感の通りに、ばあちゃんが倒れていた。
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