第7話 亜人の主張/復讐者

「ん?」


 さらんさんがスマホの通知音に反応した。


「……ん。そういうことなら……。

 さて、二人とも、仕事の説明をしたいんだけど、いいかな?」


「あれ先輩? もう一人は?」


「さとみと別件で出ているらしいね。現場で合流するそうだよ。

 元々あの子も現場で見学だったからね、こうした打ち合わせに出られなくとも問題はないさ」


 さらんさんと森下さんがソファに移動する。


「その打ち合わせは、僕も……?」

「なにを言っているんだい? 君のためにするのさ、レイジ」


 ほら、と手招かれてカウンター席から移動し、ソファに向かう。


 さらんさんの向かい側に座ると、

「あ」とさらんさんが腰を浮かせて近づいてくる。


 え? と動揺していると、甘い匂いのするハンカチで口元を拭われた。


「うん、綺麗になった。ここ、ケチャップがついていたよ」

「あ、ありがとう、ございます……でも、次から言ってください……自分で拭くので」


「そうかい? 世話を焼いてしまうのはこっちのエゴだったかな」


「先輩、甘やかさないでください。

 あんたも、食後に一度くらい、手鏡で確認くらいしておきなさいよ」


 手鏡を持っていない、というのは言い訳か。洗面台にいけば鏡はある。

 もっと手近なところで言えば、マネージャーさんの机だけど、一応、手鏡が置いてあったからそれを使えばいいのだから。


「……気を付けるよ」

「まったく……。……ねえ今、あたしにタメ口じゃなかった?」


「さらんさん。さっき言われたことですけど……僕が怪人になるって、どういうことですか?

 それが仕事と、これからする打ち合わせと関係していると思っていいんですか?」


「そうだね。魔法少女と怪人の関係性と、私たちがこれからする仕事。

 無理やり説明しておいて申し訳ないけど、レイジはもう聞いたら後戻りができない重要なところに足を踏み入れることになるけど……ずるい言い方だけどね、それでもいいかな?」


「嫌だと言ったら、僕は……」


「その右手を抱えたまま日常生活を送ることになる。

 まともな生活を送れる可能性は、とても低いだろうね」


「つまり、選択肢はあってないようなものですね」

「だからこそ、ずるい言い方だと自覚しているよ……すまないね、レイジ」


「謝らないでください。さらんさんは僕を助けようとしてくれているのが分かりますから……感謝こそすれ、責める権利はありませんよ。……はじめましょう」


「ふふ、そういうところは男の子だね。いいよ、はじめようか」


 僕たちが頷き合っていると、隣から詰め寄る気配。


「ねえ、あたしにタメ口だったよね?」



『臨時ニュースです! 

 東京都の豊島区で怪人リザードマンが出現した模様です!』


 お昼過ぎのニュース番組で速報が流れたようだ。


 アナウンサーが読み上げていたニュースを一旦止め、


 速報で入ってきたニュース原稿に切り替える。


 町中に響き渡る怪人警報。

 それを聞いた人々が建物の中に避難しようとして八方に列を作って駆け込んでいく。


 周囲が大型家電量販店、駅なのが幸いした。人も多いが、その人たちを受け入れることができる広い敷地があるので建物がパンクすることもない。


 豊島区の池袋駅東口。

 普段は人が多いバス停留所付近も今に限ればすっかすかだ。

 ただし人が消えたわけではなく数カ所に押し込められただけなので人口密度は普段のそれよりもぐっと上がっているが。


「なんであたしがあんたと手を繋がなくちゃ……っ」

「はぐれないようにですよ、森下先輩」


 満員電車のような密集した中で、先輩が持つタブレットから流れているニュースを覗きながら、森下先輩の手を引いて前へ前へ進む。

 他の人の避難の流れに逆らっているので、遊園地のパレードを見たいがためにテープぎりぎりまで近づくのとは訳が違う。


「あ痛っ」

「先輩?」

「あのおっさん、あたしに肘打ちしてきたんだけど!?」


 タブレットを投げつけようとしていたので、

「ちょっとちょっとっ!」と止める。


「投げないでくださいよ!? それ、まだ使うんですから!!」


 森下先輩は黒いパーカーを羽織り、フードを被って顔を隠している。

 さらんさんほどではないが先輩も先輩で人気者なので――(これが?)外に出るのにも工夫をする必要がある。


 避難している最中に有名人の顔を差す余裕なんてないだろうけど、今回は僕と一緒に見学……というよりも僕のための説明役なので、顔がばれてしまうと避難誘導をせざるを得なくなってしまう。それを防ぐための対応だった。


 逆走して、最後尾を抜ける。

 コルクが抜けるみたいにすぽんっ、と音がした気がした。


 それほど密集していた空間からの脱出だ。


「先輩……先輩っ。ニュース、どうなってます?」

「あ。あたしのことか」

「先輩がこう呼べって言ったんでしょうよ……名前を呼ばれたくないからって」


 森下さん、と呼んでいたけど、名字でさえも僕に呼ばれることを嫌って先輩が提案したのが先輩呼びだ。

 ……森下さんも森下先輩もあまり変わらない気がするけど、『先輩』がついていると見逃してくれるのが謎だった……僕も、呼ぶのが楽になったけどね。


「さらんさんってどこにいます?」


 階段を上がって、駅から顔を出す。


 ひとけがないバス停留所付近。

 道路を挟んだ真ん中に、全身が黒光りしたリザードマンがいた。


 どこかの民族衣装を身につけ、腰に矢筒が巻き付けられている。手には弓だ。


 僕も(便宜上)リザードマンらしいけど、色合いは同じだが、僕の右手と現れた怪人の右手は似ても似つかない。爪が伸びたくらいで、まだあっちの方が、人間の延長線上と言える。


 すると、上空からヘリコプターの音が聞こえた。

 米粒程度の大きさだが、中にレポーターとカメラマンがいるのが見て分かる。


 ……鮮明に見える……これが亜人の視力なのだろうか。


「まだ出てこないわよ。合図があるって言ってたでしょ」

「…………」


 合図……分かってるけど、でも本当に?

 だって――。


 すると、リザードマンが弓に矢を番え、糸を引き絞り――上空へ放った。

 飛んでいった矢がヘリコプターを撃ち抜き、爆音。


 炎に包まれ、黒煙を上げながら、落下していく。

 建物に隠れて見えなくなったが、さらに大きな爆音だけが響いてきた。


 タブレットに映っていた中継カメラの映像が暗転する。

 慌てて映像がスタジオに戻ったが、アナウンサーの顔が蒼白になっていた。


 再び画面が切り替わる。

 建物の上からだろうか、限界までズームをさせたカメラ映像が映されていた。


 視野の中心にいるのはリザードマン。彼がカメラに気付き、矢を放つ。


 タブレットを見ていると分かる、矢がこっちに飛んできている映像に思わず顔が仰け反ると、同時に映像が暗転し、遠くから聞こえてくる悲鳴があった。


 そう、これはライブ映像だ。

 リザードマンがアクションを起こせばその結果が実際に現実に起こることになる。


 外を見ると、ハンバーガーショップの窓ガラスが割られていた。

 中にいたテレビ関係者のカメラマン? が倒れていた。悲鳴はその場所からだ。


「最初に引き金を引いたのはお前らなんだぜぇ、人間どもぉ!」


 リザードマンが吠えるように主張する。


「お前らがオレたち亜人を忌避しなければ、オレたちはお前ら人間を、恨まなくても良かったんだぜぇ!? ……歩み寄ったオレらを突き放し、ゴミクズのような扱いをしておいて、仕返しがないと思っていた、なんて、言わせねえぜ? 

 どこかで感じていたはずだ、びくびく怯えていたんじゃねえのか? ここにいる奴らは運がねえなあ! まさか自分だけは大丈夫だとか思ってるわけじゃねえよな? 

 まさか、自分は交通事故を起こさないとでも? 自分は流行したウイルスには感染しないとでも? だから周りの流れに乗って亜人をサンドバッグにしてもいいってか? 

 はっ、はははっ! 

 ――笑えねえなあ。ここにいる奴ら全員を殺す力があることを忘れるなよ、豚ども」


 階段の下からは死にたくないと叫ぶ中年の声や女性の悲鳴が聞こえ、阿鼻叫喚だ。


 タブレットで見れるニュースでも、映像はなくとも音声は拾えているようで、リザードマンの主張が全国に流れている。

 あのリザードマン、個人の主張ではないだろう。亜人、デミチャイルドの総意でもある。

 最後の一言は全員が全員、そう思っているわけではないにせよ、リザードマンが抱える怒りと悲しみは総意と言ってもいいかもしれない。


「いい大人が情けない声で助けを求めてるね……気持ち悪っ」


「命が惜しいから、じゃあ亜人を認めようとはならないんだろうね。

 危険人物は排除しろって声を上げるのが、今の大人というか、人間だよ」


「そうやって傍観者を気取ってるあんたも人間……の社会で育った、亜人よね?」

「僕は人間っ……」


「もうそれ聞き飽きたわよ。で? あんたはあの主張を聞いてなにも思わないわけ?」


「こうして先輩と話しているんだから、徹底して嫌いなわけじゃないよ。

 一緒にいることに抵抗はないけど、ただ、一緒にはされたくないだけで」


 亜人とつるむ異端な人間と思われてもいいけど、亜人とは思われたくないってだけ。


「僕も、今のデミチャイルドが置かれている状況はきついと思ってるよ」

「結局、可哀想だって思ってもただ見てるだけでなにもしてくれないってことね」


 返す言葉もない。だって、実際になにもしていないのだから。


「……人間は頼りにならない。だから魔法少女……でしょ?」


 始祖のエルフの提案だったらしい。

 いま思うと、彼女の功績は計り知れないね。


「あんたに期待なんか最初からしてないけど。……そろそろじゃない?」


 そう言えば合図も出ている。


 あとは登場するだけ――なんだけど。


「音沙汰がない……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る