第6話 先輩後輩/チーム

「なに言ってんの? だってこの手はどう見たって――」


「僕は人間だっ、亜人でもデミチャイルドでもない!! 一緒にするなっっ!」


 反射的に言ってから気付いた。

 ここは魔法少女の事務所で、このエルフの子も、さらんさんも、亜人の血を持ったデミチャイルドだってことを。


 町中なら彼女も抵抗はあるだろうけど、事務所内の閉鎖的な空間であれば、僕に危害を加えることは簡単にできる……はずなのに。


「…………そうね、人間ね」


 彼女はなにもしてこなかった。


「そうやってあたしたちを見下す言動は、人間からしか出ないものだしね」


 差し出された手が引っ込む。

 あれだけ執着していた体操着のことも忘れ、彼女が僕の前から去っていった。


「…………」

「レイジ」


 さらんさんの声。

 怒られるかと思ったけど、さらんさんは優しい声のままだった。


「コーヒー、飲むかい?」



 留守番の役目を終えた僕はさらんさんと入れ替わりでカウンターの向こう側へ戻る。

 出されたコーヒーを一口飲むと、広がる苦味に思わず顔がくしゃっと歪んだ。


「レイジにはまだ早かったみたいだね」

「あっ、その…………はい」


「気にしなくていいさ。ブラックが飲めたからと言って偉いわけでもない。

 まさきだってコーヒー自体はそう得意じゃないからね」


「先輩!? なんで知っ……いえ、あたし、先輩のコーヒー好きですよ!?」

「それは私が淹れているからであって、自分で買って飲んだりはしないだろう?」


「……お見通しですか……」

「教え子のことは大体把握してるさ」


 エルフの女の子は……女の子と言ったけど僕よりも年上なのだった。

 森下もりしたまさき……先輩、と呼ばないといけないのだと思うけど。


 彼女は僕の一つ上。ちなみにさらんさんは高校三年生で、三つ上になる。

 三つしか違わないということに驚いた。

 もっと老けて見えるとかじゃなくて、凄く大人っぽく見えたから。


 立ち振る舞いはマネージャーさんよりもしっかりしている。

 二人は同じ高校の先輩後輩なのかと思っていたけど違うみたいだ。

 さらんさんは女子校で、お嬢様学校らしく、森下さんは共学の私立高校に通っているらしい。

 先輩と呼んでいるのは単純に事務所内での立場によるものだ。


 教え子とさらんさんが言ったのは、森下さんの面倒を見ていたからだろう。


「そうだ、レイジ」


 さらんさんがカウンターから離れ、

 ソファに置いていたカバンから布地のサポーターを取り出した。


「アームホルダーと言ってね。その右腕を固定したらいいのではないかと思ってこうして持ってきたんだ。

 肩にかけて、支えて……こう、吊してしまえば、反射的に右手が出ることもないだろう?」


 僕の背後に回って手取り足取り、アームホルダーを装着してくれる。

 密着しているので背中に当たってるけど……さらんさんは気付いてなさそうだ。


「右手に包帯を巻けば、外を出歩いてもばれることはないだろう。

 多少は暑いし、右利きの君にはつらいかもしれないが、もう少しだけがまんしてほしい」


「はい、それはもちろん。……ありがとうございます、さらんさん」


 すると、僕のお腹がぐう、と鳴いた。


「ふふ、なにか作るよ」


 内装がバーに見えるが実際は喫茶店――(と言ってもちゃんとしたお店ではなく、事務所に併設された来客用の簡易食堂と言うべきだろう)なので、飲み物だけでなく簡単なものなら作れるように設備が整っている。


 さらんさんが目の前でフライパンを揺らし、オムライスを作ってくれている。


「さらんさんは、お昼……」

「学食で食べてきたから気にしないでいいよ。まさきも購買だろう?」


「……え? ああ、はい、食べてきましたけど、あたしもそれ食べたいです」

「そうかい? でもこの前、体重を気にしていた気がするけど」


「うっ」


「無理しなくていいよ、いつでも作れるものだしね。

 それに、もうすぐ仕事があるのだから、できることなら胃になにも入れない方がいい……お腹が空き過ぎて動けないのも困ってしまうけどね」


 話しながら、その手が料理の行程を重ねていく。


「さらんさん……たちは、学校はお昼までなんですか?」


 お昼休みに一旦、事務所に顔を出した、という感じではない。

 学校に戻る様子はなさそうだし、それに、さらんさんが『仕事』と言っていた。


「それについても話すよ。少し遅れている子がいるから……はい、出来上がり」


 綺麗に卵が包まれたオムライスが出された。

 ケチャップ文字で『レイジへ』と書かれている。


 うーん、ハートマークは……さすがに欲張りかな。

 横から突き刺さってくる視線が痛いし、注文するのはやめておこう。


「ありがとうございます……いただきます」


 なんだか、崩すのがもったいないなと感じてしまった。

 ふと、真横に気配を感じる。確認しなくとも分かった。


「……で、なんで隣にいるんですか、森下さん」

「あたしがどこにいようがあんたには関係ないでしょ」


 隣にいるだけならいいけど、じっと見つめてくるから食べづらい。

 僕ではなくオムライスに視線が釘付けだ。

 そこまで見られたら聞かずにはいられない。


「……食べたいなら、取り分けますか?」

「人のものに手をつけるほど、食い意地を張ってるって思ってるの?」


 この人、面倒くさいなあ。


「じゃあ、僕も一皿は食べられないので、三分の一を食べてください」

「あんたがそこまでお願いするなら、してあげないこともないわね」


 と言うので、お皿を少し右側に寄せ、二人でスプーンをつついて食べることにした。


「…………」


 利き手ではないからそりゃそうなんだけど、箸よりはまだマシだとは言え、それでもやっぱり食べづらい。情けない話、ぼとぼととこぼしてしまっているのが恥ずかしい。


 そのせいでペースも遅く、三分の一を食べ終わった森下さんに見られることになる。


「あんたってさあ……」

「仕方ないでしょう!? 僕、右利きなんですから!!」


 右手が元に戻れば、これくらい普通に食べられる。

 呆れる森下さんから目を背けて、食べるのに集中するが、中々上手く口に運べない。


 もどかしくて苛立ち、それが手元を狂わせる負の連鎖。


 分かっていても見られている恥ずかしさや、

 いつまでも食べ終わらない焦りで一息吐く間もない。


 もういっそのこと顔を皿に近づけて運ぶというよりも、滑らせて食べてしまおうかと思ったが、そんな意地汚い方法を取るよりも早く、


「貸しなさい、ほら、スプーン」

 と、森下さんに奪われた。


 手早くスプーンですくったオムライスを、僕の口元に向けて、


「はい。もう見てられないからがまんしなさいよ。まったく手のかかる……」

「あの、これって……」


「雛鳥にご飯をあげてるようなものだから気にしないでいいわよ。一切、あんたのことなんかなんとも思っていないから。形があーんになっているだけ。分かった?」


 頷く間もなく唇を割いてスプーンが突っ込まれた。


 ……まあ、味は美味しいけど……シチュエーションに不満しかないね。


「文句がありそうね」

「いえ、まったく」


 眉間にしわを寄せてされるあーんなんて人生で初だ。

 ……どうせならさらんさんにしてもらいたかったなあ。


「こんなのじゃなくて」

「は? こんなのって、なによ?」


 頬を引っ張られる。思わず声に出しちゃってたみたいだ。


「ひはいへふ。痛た……なんでもないですってば。

 ありがたいです、ありがとうございます。できれば引き続きよろしくお願いします」


「なーんか、事務的に感じるけどまあいいわ。食べさせてあげる」


 小言の言い合いをしながら、五分もかからず残りを食べ終えることができた。

 僕一人で悪戦苦闘していたら、倍以上の時間がかかっていたかもしれない。


「なんだ、仲が良いじゃないか。

 さっきので心配していたけど、杞憂だったみたいだね」


『仲良くはないです』


 さらんさんの勘違いに、僕たちの声が重なる。


「そうかい? まあチームである以上、顔も見たくない不仲でなければいいよ」


 ……チーム。

 僕も、そこに含まれているみたいだけど……。

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