chapter/2 嘘の世界へ
第5話 ニュース/始祖のエルフ
バーのような内装のカウンターの向こう側で、手持ち無沙汰に暇を持て余す。
事務所には現在、僕しかいない。
お姉さんは学校で、マネージャーさんは仕事で出かけてしまった。
学校にも家にも帰れない僕が留守番を任されたが、来客がきても冷蔵庫の飲み物を注ぐことしかできない。来客なんてほとんどないって話だったけど……。
テレビのリモコンをいじってチャンネルを回す。
お昼時、似たような報道番組ばかりだったが、一つの番組に変えてリモコンを置く。
その番組には始祖のエルフと呼ばれている純粋な亜人がレギュラー出演している。
彼女のコメントは毎回ネットニュースになるほどの影響力がある。
亜人代表だ、嫌でも誰もが注目するだろう。
亜人らしい意見を叩く人もいれば、亜人独自の意見に手を叩く人もいる。
『――エルフさんもそうですが、最近は雑誌の表紙や企業広告にデミチャイルドの女の子を起用することが多くなってきましたね。
人間離れした美貌はやはりエルフ一族の血が関係しているのでしょうか?』
尖った長い耳、肩まで伸びた金髪、緑色のレースの衣服が体のラインを見せていた。
始祖のエルフが落ち着いた口調でコメントをする。
『かもしれませんね。ですが、もう私からすればひ孫がいる代ですから、エルフの血が混ざっていてもかなり薄くなっているとは思います。
ゼロとは言いませんが、私たちエルフの血が混ざってはいても、両親の遺伝子のおかげだと思いますね』
『魔法少女、というデミチャイルドにしかこなせない職業も昨今で確立しましたし、今後はデミチャイルドであっても職に困ることはない、と言えるのではないでしょうか』
『だといいですけど、問題は男性、ですかね。
女性は比較的、広告塔という偏った職業ではありますが、必要としてくれる方々がいますが、男性の場合は大方が労働力として見られてしまっています。
もちろん、それが悪いだとか、不満であるだとか、亜人を代表して言うつもりはありませんが、女性との露骨な格差が見えてしまうと男性側の不満が溜まってしまってもおかしくはありません。
給金についてはまだ差があるようですし……不況なので仕方ないのかもしれませんけどね。
多くの人の給金も多いとは言えませんし……』
『でも、あなたのギャラは高いでしょ』
と、男性のその一言でスタジオが湧いていた。
『ええ、高いのでしょうね。でも家賃や光熱費以外は寄付に回していますから。
いつでもギャラを上げてくれて構いませんよ?』
ふっ、と微笑む彼女の表情から映像がアナウンサーに切り替わり、コマーシャルに。
出演者は始祖のエルフから失言を引き出したいようだけど、彼女は毎回のらりくらりと躱してカウンターを決めている。
見た目は十代にしか見えないけど、あれで八十歳を越えている……八十年前にこの世界に現れたのだから、もしかしたらもっと……百歳以上かもしれない。
彼女からすれば出演者なんて子供にしか見えないのだろう。子供が輪になって大人をからかって遊んでいると思えば、カッとなることもない、のかもしれない。
始祖のエルフ、日本政府と取引きをした十人の亜人の内の一人。
取引きの内容は既に公表されている。
まあ、八十年前のことだし。
彼女の血を分けたデミチャイルドを作り出すこと。
彼女一人で一体何人を生んだのかは分からないけど、両手の数では足りない。
年齢こそよぼよぼのおばあちゃんとも言えるけど、肉体的なことを言えばまだまだ現役だ。
始祖エルフの妊娠もたまに報道されている。
でも、そうなるとデミチャイルドはエルフしかいないのでは? と思うし、普通ならそうなのだけど、実際にはエルフ以外のデミチャイルドが存在している。
ドワーフ、ワーウルフ、ヴァンパイア、ズメウ、リザードマンなど、元がエルフだとしても、いくら混血とは言え、急に種族が変わる変貌はしない。
ダークエルフが生まれた例はあれど、
エルフからドワーフが生まれることはあり得ないのだから。
公表している十人、というのは、政府が確認できた亜人というだけだ。
政府から姿を隠し、繁殖した亜人がいたからこそ、あらゆる種族のデミチャイルドが世界に散らばっていることになる。
政府からすればエルフの繁殖だけを許可したつもりだったのだろう。
狙いは、美男美女であるからこそ夜の町のレベルを上げたかっただけなのかもしれない……亜人が相手ならお店の金額を下げても問題ないと言われていたから……、下心が透けて見えるね。
政府からすればワーウルフや(殺害された)ジャイアントやミノタウロスなどは繁殖させたくはなかったのだ。
あんなの、生きて動く意思を持つ兵器でしかない。
いま考えるとミノタウロスはともかく、サイズが違うジャイアントがどう繁殖するのかは疑問だけど。それで言うと妖精なども難しい。
まあ、行為に及ばなくとも……子を作る方法はあるんだろうけどね。
その点、人型の亜人は都合が良かった。エルフが最適だったのだろう。
長寿であり、人間が彼女を気に入って死ぬまで、一切衰えないのだからコスパが良い。
……そんな風に考える僕は間違いなく人間のはずだ。
右手がこんな風になろうが関係ない、僕は、亜人なんかじゃ、ないっ!
からんころん、と喫茶店のような入店音が鳴り、反射的に「いらっしゃいませ」と言ってしまったけど、ここはそういうところじゃない。言うなら「おかえりなさい」だ。
マネージャーさんかな? と思ったけど、事務所内に入ってきたのは今、まさにテレビに映っているエルフそのものだった。
(若干)尖った耳、肩まで伸びた金髪……でも始祖のエルフがぱっちりとした目をしているのに対して、彼女の方は目つきが悪かった。
寝不足にも見える? ……気怠さと、面倒臭い感情を前面に押し出した表情だ。
もっと酷ければ、死んだ魚の目。
「だれよ、あんた」
思わず両手を上げて降参のポーズ。睨んだだけで人を殺せる威圧が彼女にはあった。
「ご、ごめんなさい……」
「はあ? あたし、だれかって聞いただけでしょ。それがなんで……、っっ!?」
すると、ばんっ! とカウンターに両手を叩きつけた女の子が、乗り越えてきそうなほど前のめりになって、頭突きしそうなほど近くで僕をじっと見つめてくる。
「これ……この服……先輩のよね?」
くんくんと匂いを嗅がれて、吐息が当たってくすぐったい。
「先輩……? 先輩がどうかはちょっと……。一応はさらんさんのですけど……?」
さらんさん。
それがあのお姉さんの名前。本名は『
「そうよ! なんであんたが着てるのよっ、脱ぎなさい、バカッ!!」
「ちょっ、危ないですって――あっ、うわあっ!?」
カウンターを乗り越えて僕を押し倒し、上に跨がったエルフの女の子が僕から体操着を剥ぎ取ろうとしてくる。下に一枚肌着を着ているとは言え、剥かれるのは慣れていない。
「抵抗してんじゃないわよっ、大切な先輩の体操着が破れるでしょう!?」
「じゃあそんな無理やり剥こうとしなくてもっ! というか、なんで、どうして!?」
「いいから、脱・げ!」
からんころん、という入店音が聞こえてきたけどそれどころじゃない!
女の子に脱がされるなんて、男のプライドが許せなかった。
「…………なにをしているんだい、まさき。それに、レイジも」
カウンターの向こう側から顔を覗かせたのは、銀髪のお姉さんだった。
さらんさんが呆れた様子で、でも少し嬉しそうに口を緩めていた。
「もう仲が良くなったのかい? 異性相手にそこまで距離が縮められたなら良かったよ」
「仲良くなってませんよ! こいつが先輩の…………先輩、今なんて言いました?」
「ん? 仲が良くなって良かったねって」
「違います! ……聞き間違いじゃなければ、え、この子、女の子じゃなくて!?」
……あーはいはい、いつものやつですね分かってますよ。
本物の女の子から素で間違われるとさすがに僕でもショックなんだけど……。
こうして僕の上に乗っているなら体格や筋肉の付き方で分からないものか……。
確かに鍛えてはいないから、分からないかもしれないけどさー。
「こんな顔でも僕は男だよ。ちゃんとついてますから勘違いしないように」
「…………へえ」
「まさき、そこに手を伸ばすのは女の子として、はしたないよ」
え、この子、確認のために握ろうとした?
さらんさんに言われて「はーい」と手を止めたけど、軽く舌打ちしていたけど!?
さらんさんの後輩だよね……? 先輩って呼んでるし。
なのにこんな子が育つことが不思議なんだけど……。
やがて、エルフの女の子が僕の上から退いて、立ち上がった。
すると、手を伸ばされる。掴んで起こしてくれるのだろうか?
じゃあ遠慮なく、と伸ばされた右手を掴もうと手を伸ばしたところで、気付く。
「…………あ」
中々染みついた癖は抜けないもので、日常生活で使いものにならない変化した右手を出したのが、今日で一体、何回目だろう。同じミスを何度繰り返せばいいのか。
「この手……あんた、リザードマンだったの?」
……違う。
「僕は……人間だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます