第4話 テナント/魔法少女事務所
内装は、カウンターがあり、高そうなお酒が並んでいて、まるでバーみたいだった。
まだ午前中なので、窓から室内に日が差し込んでいてバーの雰囲気は一切なかったけど。
「オレンジジュースでいいかな」
「あ、はい……」
カウンターの向こう側へ入り、お姉さんがジュースを注いでくれる。
部屋に他には誰もいなかっ……いや、部屋の半分はバーだけど、もう半分はソファやパソコンを置いた机が並べられており、応接間にも見えるし、普通のオフィスにも見える。
そのソファの上で横になり、毛布に包まっている人がいた。
「また徹夜したみたいだね。
仕事熱心……だといいけど、私たちの不始末に追われているのだとしたら申し訳ないね」
「あの人は……」
「マネージャーさ。町で怪人が暴れた時、どの地区に誰が向かうのか決めなければ現場でごちゃごちゃになってしまうからね。そのためにマネージャーが他の魔法少女の担当と話し合って予定を決めるのさ。
担当地区はあるけど、境目になると判断が難しいからね、そういうのも含めて、決めておいた方が話はスムーズだ」
そうなんだ……確かに魔法少女が毎回、都合良く近くにいるはずもないし、怪人(デミチャイルド)による犯罪が後を絶たない今、出動している魔法少女の数も多い。
一人が担当している地区がいくら狭くても、二カ所で同時に怪人が出たら、連絡なしでの対処は難しい。
でも、全国から魔法少女になりたい人をオーディションしているくらいなのだから、数は多いはず……全員が全員、活躍できるわけでもない実力主義の世界では、やっぱり怪人が出たからって勝手に退治をしにいくわけにもいかないのかもしれない。
志願した魔法少女とは言っても、人様の子なのだから怪我をさせたくないはずだ。
「はい、オレンジジュース」
「あ、ありがとうございます……」
朝からなにも食べていないし飲んでいない。
右手のことや亜人に襲われたこともあり、寝起きと違って喉がカラカラだ。
すぐに水分を摂取したいと体が勝手に動く。
よっぽど喉が渇いていたせいか、忘れていたわけじゃないけど自然と右手が動いてしまい、小さなガラス製のコップを変化した亜人の手で掴んでしまう。
パリンッ、とコップが割れ、カウンターにオレンジジュースがこぼれてしまった。
「わわ!? ご、ごめんなさいっ! ――すぐに拭きますから!」
「いや、動かないで。破片が飛び散っていたけど、怪我はないかい?」
「それは、はい……」
「そう落ち込む必要はないさ。まだ慣れていない手だ、仕方ないよ。
君は、どうやら右利きみたいだね。
そうなると今後は日常生活でかなり不便な思いをしそうだ」
カウンターのジュースを拭き取り、お姉さんが汚れた僕の制服を見る。
「シミにならなければいいけど……そうだ、他の者にクリーニングに出させよう」
「そこまでしてくれなくても、大丈夫です!」
「遠慮はいらないさ、ほら、脱いで」
「脱ぐ!?」
「だろう? 脱がなければクリーニングに出せないよ。
まさか君ごとクリーニングするわけにもいかないしね。
それで右手が戻るなら良かったけど、そうでもないわけだ」
お姉さんの細い指先が僕のシャツのボタンを一つ一つ丁寧にはずしていく。
「あ、あの、自分でできますけど……」
「左手だけだと手間だろう? 右手を使えばシャツが使いものにならなくなるよ?
さて、はずし終わったから腕を抜いて」
言われるがままに従って制服を脱ぐ。
うう、恥ずかしいけどこうやってお世話されていることで多幸感を感じている僕がいる……。
肌着一枚になった僕を見て、お姉さんが自分のロッカーから体操着を取り出した。
「洗ったばかりだから安心していいよ。サイズは……君なら入るだろう」
お姉さんの体操着……。
「嫌だったかい? そしたら――」
「い、嫌じゃないですこれがいいですっ!!」
「そうかい?」
これがいいですと言って引かれなかっただろうか……そんな不安を抱えながら腕を通すと、洗濯したとは言え、残るお姉さんの匂いに包まれる。
なんだか後ろから抱きしめられている気分だ……。
やばい……今の僕、相当気持ち悪いぞ?
「あ、あの!」
このまま無言でいるとおかしなことを口走りそうだったので話題を変える。
「怪人、って……僕も何度か見たことあるんですけど……」
何度どころじゃなく、何十回とだ。
実際に見たこともあるし、テレビでも、ライブ配信であったり、ディレクターズカットバージョンであったりと、見る機会は多い。
珍しいものでもない。
デミチャイルドの数だけ怪人がいると思えば、納得の頻度でもある。
「マナの葉、でしたっけ? さっきのデミチャイルドたちは……。
マナの葉を嗅いだことで亜人の姿になれるってことなら、じゃあこれまで見てきた怪人たちもマナの葉を嗅いでいたってことですか……?」
怪人たちもその姿を大きく変化させている。怪人の筆頭はリザードマン。
不良の象徴がリーゼント、ヤクザの象徴が刺青であるように、怪人と言えばリザードマンであるくらい有名な種族だ。
犯罪者がことごとくリザードマンなのか、リザードマンが犯罪者にならざるを得ないのかは分からないが……。
他にもワーウルフやズメウなど、
人間大であるが姿を変えた、亜人に回帰したと言える怪人が多い。
逆に、人間の姿をした怪人は滅多にいない。
肌の色が変わった怪人なら中にもいたような気もするけど。
怪人の姿がマナの葉によるものならば、
人間を脅かす、亜人に優位な道具が昔から出回っていたことになる。
デミチャイルドならまだ軍人でも制圧可能だけど、そのデミチャイルドの多くが亜人になってしまえば、日本の兵器を投入しても制圧は難しいかもしれない。
そうなれば人間は亜人に侵略されてしまう……魔法少女がどうにかしてくれると世間は言うかもしれないけど、目には目を、歯には歯をの理論で亜人には亜人をぶつけているだけで、魔法少女だって元を辿れば亜人なのだ。
力を得た魔法少女が寝返るとも限らない……いや! お姉さんを疑っているわけではなくて!
お姉さんだけは例外だ。
亜人を前にした時の嫌悪感が一切ないのだから。
「マナの葉の存在が確認されたのは最近の話だ。
でも、一説によると始祖のエルフがこの世界に現れた当時から、マナの葉も存在していたと言われているね。
最初はたった十人の亜人だったけど、今では亜人の血を引いたデミチャイルドが国民の三割に届きそうなくらいに増加している。それと同じで、仮にたった一輪だったとしても、今、マナの葉がお花畑一面に化けていても不思議ではないね」
「じゃ、じゃあ――」
「でも安心していいよ、怪人はマナの葉を取り込んだわけではないからね」
お姉さんは断言する。確信でもあるみたいに……。
「そういう話をこれから――」
その時、着信音が鳴り響く。
ワンコールが終わる前に毛布の中から腕が伸びて、スマホが乱暴に取られた。
「はいもしもし
「さとみ、それアラームだろう?」
「あ……。はぁ、心臓に悪い……」
「着信音と同じ音の方がすぐに起きれるから、って、さとみが言っていたのにね」
大あくびをしたマネージャーさんが、ふらふらとした足取りで立ち上がる。
「……寝過ぎたかも」
「まだ九時だろうに」
「営業にいかないと……みんなの仕事を取らないといけないし……」
洗面所で顔を洗ったようで、
さっきよりもぱっちりと目を開けたマネージャーさんがカウンター席に座る。
「コーヒー、一杯もらえる?」
「すぐに淹れるよ」
カチャカチャと食器の音を立て、
準備を始めるお姉さんが会話から遠ざかると、沈黙が生まれる。
マネージャーさんは気にしていないようだけど、僕はすっごい気になる。
声をかけた方がいいのかな、とか、お姉さんが紹介してくれるのを待った方がいいのかな、とか、色々考えている内に、ぱちっと、マネージャーさんと目が合った。
「…………あ」
「あれ? 新人の、子? 雰囲気が変わった、かしら?」
どうやら誰かと間違えているみたいだ。
「さとみ、寝ぼけ過ぎだよ。その子は赤坂レイジくん。男の子さ」
「え、うっそ……っ、男の……ああ、そう、うん、ごめんなさいね、勘違いしちゃって」
「……いえ」
昔から女顔と言われていたので今更だけど……やっぱり髪でも切ろうかな……。
「それで。この子はなんなの? まさかファンを入れたわけじゃないわよね……?」
「少し事情があってね。私の推薦、という形でここのお世話になれないかと思って」
「できないこともないけど……さすがに男の子に魔法少女は無理よ?」
マネージャーさんが小声で、
「いや、ありかなしかで言えば充分ありだけど」と言った。
僕の意見は? 全然、ありじゃないよ。
「魔法少女じゃないさ。ほら、この右手」
カウンター越しに、お姉さんが僕の右手を掴んで引っ張った。
「あー、なるほどね、そういう子」
「ああ。だから、どうにか助けてあげられないかなって思ってね」
「いいんじゃない?
この前、新人の子が入ったばかりだし、一緒に教育すれば手間も大差ないでしょうし」
……なんだかとんとん拍子で話が進んでいるみたいだけど、僕にはさっぱりだ。
えっと、一体なんの話?
「君のこれからについての話さ。
その右手を元に戻す方法は今のところない。腕を切り落とすのも一つの手ではあるけどね、できることならそうでない方法が望ましい。
もちろん君の意見を重視するけど、事情を知った私たちが君の手助けをするにしても、ただ面倒を見るというわけにもいかないんだ。
ここは魔法少女事務所で、君が仕事をしてくれるのが私たちとしては一番ありがたい」
「それは、魔法少女のお手伝い、ですか……?」
「そうだね、お手伝いに間違いはない」
魔法少女のサポートに徹するということだろうか。
「サポートではあるけど、もっと直接、現場で絡んでもらうつもりさ」
「それは……僕にもできることですか……?」
「君じゃないとできないことさ」
僕でないと、できないこと……?
自然と、右手に視線が落ちた。
左手と比べて一回り大きい亜人の手。
「君には、怪人になってもらうよ」
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