第3話 救いの手/選択肢

「ああ、あのなんちゃってヒーローさんかよ」


「呼び方は任せるよ。さて、問答無用というのは可哀想だから聞いておこうか。

 君たちの周囲を警察が既に包囲している。自首するなら怪我をさせないと約束するよ」


「おいおい、俺たちのこの姿を見て、亜人に至らないデミチャイルドの姿と能力で俺たちを止められるとでも思っているのかよ、魔法少女さんよお!」


 デミチャイルドはあくまでも身体能力が強化されただけだ、ワーウルフの力を引き出せる今の彼に、魔法少女のお姉さんが勝てるわけが……。


「既にマナの葉をいくつか押収していてね。我々も分析をしているわけさ。

 使い過ぎれば確かに毒だが、少量で用途を守れば、薬として転用できるという結果が出た」


 つまり、あのお姉さんは……、


「姿が極端に変わる者だけが亜人ではないよ、ワーウルフくん」


「チッ、てめえも亜人の力を引き出せるっつーわけか。人型なら、なんだ――エルフか、アマゾンか、誰かを真似たドッペルゲンガーだったりしてな!!」


「期待に沿えなくて悪いね、どれでもないよ」

「はっ、それとも美貌だけが取り柄のニンフってか?」


「お、正解だよ、ワーウルフくん」


 すると、彼女に飛びかかったワーウルフが突然、動きを止めた。

 彼女に爪を立てる一歩手前で足を止め、両手を目の前に持っていき、


「……見えねえ」


「すまない、私も加減ができなくてね。ただ、下心に反応して天罰が下るから、君は敵意を向けていたようで私のことをそういう目で見ていたことになるわけだね」


「違っ」

「戦わないで済むのならそれが一番だよ」


 パァン、という発砲音が響いたが、実弾ではなかった。

 撃たれたワーウルフはその場で倒れ、すやすやと寝息を立てている……。


 睡眠薬を撃ち込まれたのだろう。

 周りにいた亜人たちも同じように倒れていた。


 銀髪の女性が手を上げ、


「彼らを保護してくれ」と周囲にいた警察官に指示を出す。


 淡々と作業をしていく警察官の輪から弾かれた僕が、しばらく手持ち無沙汰でいると、


「やあ」


 と、片手を振りながら、女性が僕の目の前に現れた。


「…………っ」


 間近で見ると緊張する……ごくりと唾を飲み込んだ。

 綺麗……だ。


 僕よりも身長が高くて、モデルみたいにスタイルが良くて……真っ白な肌。

 かすり傷一つついただけで全てが台無しになるような、これ以上ないくらいの完成品。


 この人と同じ空気を吸っているだけで、幸運が降りてきそうな気がする……、

 って、こんなことを考えていたら僕もあのワーウルフみたいに天罰が……っ。


「安心していいよ、もう効果は切れているだろうからね」


 言われて、ふう、と安堵の息を吐く。……でも、そう教えてくれたってことは、僕がそういう目で見ていたことを見抜いていたってことじゃ……っ。


「君は顔に出て分かりやすいのさ、赤坂あかさかレイジくん」

「えっ。どうして、僕の名前を……」


「それはね……ふふ、企業秘密にしておこうか」


 口元で指先を立て、微笑む彼女にまた見惚れてしまう。

 さて、と彼女が手を叩いてくれなければ、何時間もぼーっとしていた気がする……。


「ちょっと失礼して」

 と、お姉さんが僕の右手を取った。……変化している方の手を。


「あ、危ないですっ、少し当たっただけでも切れて――」

「そうかい? 少し乱暴に掴んでいるけど切れた形跡はないけどね」


 彼女の言うとおり、確かにべたべたと触ってくる彼女の綺麗な手には傷一つなかった。

 傷一つ、つけてなるものかと思ったが、まさか無傷だとは、予想外だった。


「そういうことだろうね」

「え?」


「君が傷つけたくないと思えば、この鋭利な爪も切り裂く対象を選ぶというわけさ。

 特に意識しなければ近づくものを斬ってしまうだけで、制御は可能というわけだろうね」


 お姉さんが僕の手を持ち上げ、自分の頬に触れさせた。


「ちょ!」

「ほら、なんともないだろう?」


 確かに、なんともないけど……はぁ、心臓に悪い。

 その顔に傷がついたらと考えると……罪悪感で死にたくなるよ、まったく。


「おや、作業が終わったようだね」


 倒れていた亜人たちは警察官に保護され、警察車両に乗せられ運ばれていった。

 残されたのは数人の警察官と、一台のパトカー。僕と、お姉さんだ。


「乗っていかれますか?」

「ん、いや、やめておくよ。彼と話しながらゆっくりと戻りたいからね」


 そうですか、と頷き、警察官がお姉さんに敬礼。

 乗り込んだパトカーが走り出し、この場から去っていく。


 僕たち二人でパトカーを見えなくなるまで見届け――お姉さんが肩の力を抜いた。


「さあ、いこうか」

「はい……、はい? いくって、どこへ……?」


「すぐ近くのテナントビルだよ。そこに魔法少女の事務所があるから」


 それは、有名だから僕でも知っている。

 気になったのは『どうして僕がそこへ?』だ。


「事情聴取もあるけど、まずその右手をどうにかしないとね」

「どうにか……どうにかできるんですか!?」


「目を輝かせているところ悪いけど、どうにもできないかもしれないね」


 でも、と彼女が言った。


「君に選択肢を与えることはできるから、聞いておいて損はないだろうさ」



 一階にコンビニ、二階三階四階がカラオケ店になっているテナントビルの五階。


 そこが魔法少女の活動拠点となっている、事務所だ。


 熱狂的なファンの押しかけを防ぐために、エレベーターで向かうことはできず、鍵がついた非常階段を使って上がらなければならないが、魔法少女本人ならば非常階段ではなくビルから突き出た看板や街灯を足場にして五階まで上がっているらしい。


「君、軽いね。ちゃんと食べてる?」


 お姉さんに抱えられ、男として恥ずかしくなった。


 ともあれ、


『マッチポップ豊島六支部』と書かれた表札がかけられた扉が開かれる。

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