第8話 ゲーム開始、初手の攻防

「遅かったですね、なにをしていたんですか浮気ですかそーですか分かっていますよあたしが不幸な目に遭った時は大抵あの女が良いところをぶん取っていくんだからっっ!」


「はい、これバスタオルな」

「いりませんよもう渇いてんですよ! 先輩がだらだらしている内にね!!」


 そう言いながらもバスタオルを受け取り、濡れた髪や体の水滴を拭っていた。


 新一年生の現役アイドル――尼園あまぞの澄華すみか


 ブレザーを脱ぐと、肌にぴったりと張り付いたシャツで体の輪郭がよく分かる。

 アイドルだけあって、さすがによく絞っている。

 胸は控えめだが、それ以上にスタイルが良い。


 水滴を拭き取った黒髪を左右で結んで、

 アイドルとしてのトレードマークであるツインテールを作った。


 濡れたままのブレザーを着ることに一瞬だけ躊躇ったものの、

 透けたシャツのままいる方が嫌なようで、顔をしかめながらもブレザーを羽織る。


「ほんっと、最悪っっ……!」


 荒れてるなあ。怒ってると思って、いちごミルクを買っておいて良かった。


 尼園が、渡したパックジュースのストローをちゅーちゅーと吸いながら、


「これだから浮気性の先輩は……」


 と聞き捨てならないことを言う。


 別に俺は浮気をしているわけではない。

 本命がいないからではなく(実際にいないんだけど)……、

 ただ助けを求められたら思わず手を伸ばしてしまうだけなのだ。


 先輩も、ようは一人で保健室にいて寂しかったから話し相手になってくれ、

 という要望だったわけで。迂闊に、と先輩は言っていたけど、

 断ることでもないと思ったから俺は頷いているだけだ。


 この学園のルール上、頷いた以上は履行しないといけないから、

 強制力が働いてしまっているわけで、俺からすればしたくてしているだけだ。


 本当に嫌なら、遠慮せずに嫌と言う。


「だとしても、まずはあたしの命令を優先してくださいよ」

「俺はお願いを聞いているだけで、命令を聞いているわけではないんだよ」


「先輩、あたしとあの女、どっちが好きなんですか……?」

「それ、『お前だ』って言わせたいだけの脅迫みたいな質問じゃねえか……」


 付き合いの長さで言えば、断然、小中先輩だ。


 この後輩とは最近、知り合ったばかりで、しかも怪我をさせられた仲だ。

 それが尾を引いているわけではないが、

 そういう質問の仕方をするなら俺も遠慮なく言ってやる。


「どっちかを選べって言うなら、小中先輩」


「なんでですかあたしアイドルですよ!? 

 不幸体質という点を除けば付き合いたいと思うのが普通じゃないですか! 

 可愛いでしょ!? どうしてあの女の方がいいの!?」


「先輩とお前は種類が違うし。お前は可愛い、先輩は美人。

 比べるもんじゃない。個人的なことを言えば、

 先輩をあの女呼ばわりしたり、自分をアイドルだからって持ち上げたりするところが、

 人気に繋がらないんじゃねえの?」


「……学園美少女ランキングではトップ三位には入っていたんです! 

 でも、あの転入生のせいで……! 

 あたしアイドルなのに、現役なのに、恥ずかしいんですけど!!」


 学園美少女ランキングは学生の有志による企画だし、

 ポイント基準が、顔だけ、だからなあ。


 確か一位が小中先輩、二位が茜川、三位が高科だったはずだ……。

 上位三名と四位の尼園との違いは、自分の順位を誇示せず気にしないところか。


 小中先輩に至ってはそもそも知らないだろうし、高科は嫌がっている。

 茜川の人気は、正直、作為的な部分があるだろうと勘繰ってしまうが、

 だとしても見た目だけで言うなら納得の二位だ。

 彼女はそれに感謝するだけで、自慢げに話したりもしない。


 茜川は理想的な対応だが……、基準はあくまでも、外見だけの話だ。


 これが中身も加味するとさてどうだろう? 

 案外、十位圏外の女子生徒で上位を占めることになりそうだ。


「アイドルだから人気上位に入ると思い込むのと同じように、

 アイドルだから身近な存在じゃなくなって接しづらい、

 って思われているのもあるんじゃないか? 

 気後れするって言うかな……、クラスメイトはお前とどう接してるんだよ」


「……触らぬ神に祟りなし、って感じですね」

「…………」


「『でしょうねえ』って顔するなら言ってくださいよお!!」


「決めつけるのは早いっての。

 アイドルだから取っつきづらいってのは絶対にあると思うぞ。

 たぶん、時間が経って慣れたら、クラスメイトも普通に話しかけてくれるだろ」


 そう言っても、尼園は納得していなさそうだった。


「あ、そう言えば、先輩。……土曜日のゲームの参加者ですよね」


「…………さあな」


 濁したところで裏を取られているのだから逃げられない。


「あれ、生中継ですから……そこで、あたしのアイドルらしさと一緒に、

 もっと親近感を持って喋りかけてくれていいんだよってアピールします! 

 なので、先輩も一緒に手伝ってください!」


「別にいいけどさ、俺になにができるか分からないぞ……?」


「あたしのフォローをすればいいんですよ。

 あたしも先輩のことを、ある程度は狙いを汲んで行動しますから。

 それだったら互いに良い思いをするじゃないですか」


 初めてのゲーム参加で味方が多いというのは心強いか。

 尼園の狙いも、誰かが被害を受けるわけでもない。

 協力するくらい、先輩として、手伝ってやるべきか。


「ただ俺も人間だからな? あんまり無茶なことは言うなよ。

 常識的に考えて嫌なことは嫌って言うからな?」


「言質は取ったのでそれでいいですよ」


 嬉しそうに笑う後輩を見ていると、期待はずれの行動はできそうになかった。




(推理パート)


「とりあえず自己紹介でもしませんか? 

 中には顔見知りがいる人もいるみたいですけど……、

 一年生の僕は、上級生のことをあまり知りませんから」


 ゲーム開始直後、誰も口火を切らない互いに警戒した沈黙を破ったのは、

 情けない話だが、一年生だった。

 女子受けの良い童顔の男子生徒だ。これをイケメンと言うのだろう。


 彼が手にしていたのは、薄い束になったトランプ……? では、なかった。


 似ているが、ただのカードのようだ。

 それが八枚。メンバーの数と合っている。


 ……どうしてそんなものを?


「棚の上にありましたよ」

 と質問する前に答えてくれた。


 神経衰弱をするように(少ないけど)表向きに散らす。

 カードに書かれているのは誰もが察しているだろう、俺たちに割り振られた、役柄だ。


「互いが持つ設定……つまり情報ですね。

 それを持ち寄って犯人を特定するにも、

 誰がどういう役柄なのかをはっきりさせておかないと、

 情報の真偽が確かめられませんから。先輩方も協力していただきたいです」


 犯人は既に自分がそうであると自覚しているはず……、

 だったら、ここで拒否をすれば疑いの目が向くことは確実だ。

 提案していながらも半ば強制的に役柄を吐き出させる手段を選ぶこの一年生は、

 中々、剛胆な心臓をしている。


 と言っても、役柄を断定しておかないと犯人特定は難しいから、

 一目置くような一手でもない。

 オーソドックス中のオーソドックス。


 俺もこの一週間、過去の配信を見返してみたが、

 大体がまずこの手法で役柄をはっきりさせていた。

 提案するのが一年生、というのは彼が初めてだったが。


 中には、役柄をはっきりさせないままお互いが虚実入り交じる情報を話して、

 犯人を特定しようとする回もありはしたが……、


 結局、推理らしいこともできずに、二時間の時間切れで、

 ほとんど介入していなかった生徒が一人勝ちという、


 エンターテイメント観点から見ればつまらないことこの上ない、

 黒歴史回が生まれたこともある。


 勝利報酬から、迂闊に口を滑らされた者の救済措置の側面が、

 このゲームにはあるが、本命は見ている側を楽しませる、ショーである。


 スポーツと同じで、盛り上がるのはシーソーゲームだ。


 それをこっちで操作するのか、

 成り行きに任せるのかは運営の指示次第だが……。


 ともかくだ。

 俺たち上級生が見合って頷いた中で――、


 しかし、一人だけが拒否をした。

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