第3話 保健室の天才
女子生徒から借りることばかり考えていたが、別に水泳部が予備で持っているバスタオルを借りてもいいのだ。
あいつが女子生徒と指定したのは、男子が使ったものが嫌なだけで、予備のバスタオルであれば男子も女子も兼用で使われている。
学校側が洗濯をしているのであれば、所有者特有の残り香も少ないだろう。
そんなわけで(結局同じく)水泳部に向かっている途中で――引きずり込まれた。
両目と口を塞がれ、視界が暗転する。
しばらくすると、急に目隠しをはずされたものだから、急激な光で目がチカチカする……、ゆっくりと目を開けると……。
棚のガラス戸から見える数々の薬品や包帯など、備品を見るにここは……保健室、か?
「廊下を走ったらダメでしょ、旅鷹くん。ただでさえあなたは怪我ばかりするんだから」
「先輩……、最近は減りましたよ、怪我」
保健室の先生はおらず、この場にいたのは三年生の先輩だった。
赤みがかった腰まである長い茶髪。今はベッドに座っているため、白いシーツの上に乗った髪が、丸い紋様を描いているように見える。
いつもは黒いパンストを履いているが、今は脱いでいる。
先輩は美少女というよりは、美女と呼ばれていた。
そんな先輩の、ラメでも振ったのかってくらい艶やかな白い生足が目の前にある。
先輩本人そのものが滅多に見られないのに、この姿はもっとレアだ。
しかも大胆に胸元を開けて……、特に大きいそれが動く度に揺れている。
この人は学園内だというのに、格好や態度がラフ過ぎだ。
「そうね、最近はめっきり怪我をしなくなったものね。先輩は寂しいわ」
「だから引きずり込んだんですか……呼ばれたらいきますよ」
「呼ばないとこないのね」
先輩は保健室登校で、日中は常に保健室にいる。
三つあるベッドの内の窓際の一つを占領しており、先輩が過ごしやすいように生活環境が整えられている。DVDプレイヤーや雑誌等を持ち込んでいるのが見て分かった。
「まあ、そりゃあ……、先輩の邪魔しても悪いですし。欲しいものがあったらいつもみたいに連絡してくれれば渡しにはきますけど……」
「先輩と一緒にその小さなDVDプレイヤーを一緒に見たいです、くらいの後輩らしい可愛いことは言えないのかしら」
「自分で小さいって言ってるじゃないですか。しかもここで見るとしたら一つのベッドで並んで見ることになりますし……、先輩って自分の領土に他人を入れるの嫌いでしょ? だからできるだけ俺からは図々しくはしないようにしてんですよ」
「そういう後輩らしさはいらないのにー」
先輩が足をぶらぶらと前後に振って、つま先を俺のすねに軽く当てる。
「それにしても、先輩って、どうして保健室登校してるんですか? 午前中どころか朝きて一時間もしない内に一日分の課題は終わるわけでしょ? すぐに帰ったらいいのに。こんな小さなDVDプレイヤーよりも先輩の家の大画面で見た方が絶対に面白いですし、放課後になって部活動の声がうるさいここよりも、家の方が読書も捗ると思いますけど」
「……家にいたらできないことをしてるのよ」
「へえ。天才と言われる先輩が興味を引くものですか、俺も興味ありますね」
「それを私に言わせるのか後輩……?」
おっと、からかい過ぎたか。
先輩が天才である自分のことを毛嫌いしていることは、俺も知っている。
保健室登校をしているのも、そのへんのトラウマが原因なのだ。
俺も他人事とは思えない……、軽率だった。
「すいません」
「え、いや、察せられるとそれはそれで困るというか……っ」
布団を丸めて抱きしめる先輩は、俺と目を合わせてくれなかった……。
すると、ポケットに入れていたスマホが鳴動した。
先輩に断りを入れて見てみると……
『バスタオルは?』とお怒りのメールだった。
「あ」
「どうしたの?」
「先輩、バスタオルを貸してください」
「私の? いいけど……置きっ放しの水泳セットがあるから、中に入っていると思うし……でもどうして? 旅鷹くんって匂いフェチじゃないわよね?」
「違いますよ! というか、かもしれないって思ったなら渡さない方がいいですって!」
「旅鷹くんならいいかなって」
ガードが緩過ぎる!
……それくらい信頼してくれているのは、嬉しいけどさ。
「後輩がバケツの水を被って濡れちゃって、それで厚手のタオルが欲しいんですよ。欲しがっているのは女子なので安心してください」
「ああ、そうなの。だから私に頼んだのね」
いや、今から水泳部にいくのは時間がかかるから、もしかしたら先輩なら持っているかもしれないと思って言っただけだ。
そもそも引きずり込まれていなければ今頃、届けられていたはずなのだから。
「水泳セットごと持っていって構わないわよ。使ったバスタオルは旅鷹くんが洗って返すこと。ついでに、使っていない水着にも水を通しておいてくれる? 今年の水泳の授業も出るか分からないけど、乾燥したスク水を着るのは気が引けるわ」
「分かりました」
答えたあとで気付いたが、俺が家に持ち帰って、これを洗うのか?
スク水を?
「…………先輩、これは、やっぱり……」
「口約束は?」
「……絶対でしたね」
「ふふっ、迂闊に答えるからよ、お人好しの旅鷹くん」
水泳セットを受け取った俺が保健室から出ようとすると、
「あ、そう言えば選ばれたみたいね、例のゲームに」
玄関に見送りにきてくれるように、裸足の先輩がつま先立ちで近づいてくる。
ただでさえモデルのような高身長の先輩が背伸びをすると、さらに大きく見える。
俺も高い方だが、目線を上げなければならなかった。
「二年目にして初めてですよ。でも俺には場違いな感じがするんで、辞退するつもりでしたけど……、なぜか申請しても受理されないんですよね……」
「いいじゃない、一緒にやりましょうよ。せっかく選ばれたのなら、ね」
肩に顎を乗せてくる先輩に、はいはい、と答えて、
「考えておきますよ」
「きっと旅鷹くんなら参加してくれるって信じてるから」
「……まあ、じゃあ。万が一にも参加したなら、俺、初めてなんで贔屓しろとは言いませんけど、軽く接触してくれると助かります。毎週見物はしてますけど、勝手が分かりませんし……、ただ、いつもの調子でこられると、カメラがあるので俺も嫌がりますよ?」
「できたら自重するわ。じゃあ、楽しみにしてるわね、旅鷹くん」
今度こそ、俺は保健室を後にした。
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