第11話 暇を持て余した神の遊び

 沈黙が続いていた。

 一陣の風が二人の間を通り、厚い雲が月にかかり闇が広がった。

 最初に動いたのはサタナのほうだった。首筋に当たっていた箒を振り払い、間合いを取った。

 ミサはすばやく体勢を立て直し再び構え、彼に向かって突きを出した。

 だが、その箒が彼に掴まれた。引こうにも力が強く、びくりとも動かなかった。

 そして、彼は自分のほうに箒を引き、逆の手を彼女の首に伸ばした。

 彼女は箒から手を離しよけようとしたが、バランスを崩した。

 雲が流れ、光が戻った。

形勢逆転。ミサの箒はへし折られそばに落ち、彼女は押し倒され、首筋にサタナの鋭い爪が当てられていた。少しでもその爪を横にやれば、ミサの命はないだろう。

「残念だったな、本当に御伽噺のお姫様ならおとなしくお城で暮らしていればこんなことにはならなかったのにな。」

 そういって彼はミサの顔を再度見た。

 笑顔だった。実に楽しそうな笑顔だ。サタナにはわけがわからなかった。

「…何故笑う。」

「お城で暮らしていたら、こんな経験はしないでしょうから。」

「いつでも俺はお前が殺せるんだぞ。」

「…殺せるんですか。」

 ミサの質問に、サタナは答えられなかった。

「あなたは私を殺せませんし、殺す気もないのではないですか。」

―――何故そこまでわかるんだ、この女は。

 サタナは今までたくさんの人間を見てきたと自分では思っていた。この城に近づく人間は浅はかで何の面白みもない者たちだった。だが、今目の前にいる女は全く違う。

この女は面白い。

 サタナは首筋に当てていた手を少し引いて差し伸べた。

「手を。」

 ミサはにっこりと笑ってそ手をとった。

「ありがとうございます。」

 ミサはスカートについたほこりをはらい、サタナにお礼を言った。

 サタナはそれにどう返事をしていいか迷った。

「魔族はお礼を言われないんですか?」

「魔族…じゃない。一応天使だ。」

 ミサは目を見開いた。

「天使?その邪悪なオーラを放ちながら?」

 サタナは頭をかいた。

「カリブ=サタナエル。正確にはまだ堕天使。神様を一回裏切って失業しちゃって。今は再び天使になれるように仕事中。」

 ミサの眉間に皴がよった。

「天使様が、何のために盗賊の仲間に入ったんですか?明らかに神に背いてますよ。」

 サタナは首を振った。

「俺の仕事はひとつは下界で悪行をしやがる輩を破滅に導くこと。必要以外で魔力は使えないように制御されて、さらにお前もわかっていたけど殺傷なんてしてみれば神様の怒りに触れてたちまち消滅だ。それでお前たちを呼んだってところだ。まぁ、お前らがだまされたらそれはそれってことで。」

「天使様は導くのみですか。」

 その言葉にサタナは鼻で笑った。

「神様はそんなに優しくないんだ。」

 サタナは月の高さを見た。まっすぐに二人を見下ろしている。

「そろそろ、盗賊たちが動き出すぞ。」

「では行きましょうか。」

 ミサは竹箒を肩に担ぎ、颯爽と宴会場のほうへ歩き出した。

 上級天使でもあんなオーラを背中にしょってないぞ。本当に姫なることを断っただけの人間なのか、俺より魔に近いんじゃないか。サタナは初めて自分の背中に鳥肌が立った。

 そしてもうひとつのことに気がついた。

「…竹箒、いつ直ったんだ?」

 ミサは踊るように振り返り、春風のごとく爽やかに答えた。

「企業秘密です。」

 サタナはいままで一日に二度も冷や汗を流したことはなかった。

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