アウト令嬢・ビヨンド ~ヒロイン全員、悪役(令嬢)~

佐藤謙羊

第1話

 気がつくとわたしは、豪華な調度品のならぶ薄暗い部屋のなかにいた。

 目の前にはいかにも高級そうな生地のウエディングドレスが木製のマネキンにかけてある。


 わたしもそれに負けないくらいの豪華なドレスを着ていた。

 まるで中世ヨーロッパにいそうな、お姫様のドレス。


 手には、1本の針が。


 わたしは置かれた立場を理解するのに数秒を要したが、それらの要素だけで、わたしは理解する。

 そして、心の中で叫んでいた。


 ……ハメられたっ……!!


 次の瞬間、部屋の両開きの扉が勢いよく開かれ、着飾った男女たちがなだれこんでくる。

 その筆頭であったひとりの少女が、わざとらしく叫んだ。


「きゃあああああーーーーーーーーーっ!?

 鍵が開いていると思ったら、エキドナさんが忍び込んでいらしたのね!

 きゃあああああーーーーーーーーーっ!?

 その手にしている針はなにっ!?

 きゃあああああーーーーーーーーーっ!?

 きっとペルセウス様を取られた腹いせに、私のウエディングドレスに何かしようとしていたのね!

 きゃあああああーーーーーーーーーっ!?」



 いまわたしがいるのは、『アウト令嬢』というゲームの中。


 『アウト令嬢』は、『ヒロイン全員、悪役(令嬢)』というキャッチコピーの乙女ゲー。


 それが表すように、ヒロインは全員悪役令嬢。

 見た目は聖女のようなヒロインばかりだが、誰ひとりとして善意の欠片すらも持ち合わせてはいない。


 舞台は中世ファンタジー風の剣と魔法の世界なんだけど、戦うのはモンスターなんかじゃない。

 モンスターよりもずっと恐ろしいライバルヒロイン。


 スキあらば他のヒロインを罠に陥れ、婚約破棄させるという、修羅のようなゲームなんだ……!


 わたしはゲーム開始早々に起こるイベントで、罠に嵌められて退場する『エキドナ』というキャラクターになってしまった。

 キャーキャー騒いでいるのは、わたしを嵌めた張本人である『フェレット』。


 エキドナは度重なる悪事がバレてしまい、ペルセウスという令息から婚約破棄を言い渡されていた。

 ペルセウスはかわりにフェレットを新しい婚約者として指名。


 まんまと婚約者の横取りに成功したフェレットは、仲直りという名のトドメを刺すために、自室にエキドナを呼び出した。

 あらかじめ部屋の鍵を開けておいて留守にしておき、さらに床の目立つ場所に、毒を塗った針を落としておく。


 呼び出されたエキドナが誰もいない部屋に入ってきて、落ちている針に気付いたタイミングを見計らって、フェレットは有力者たちを引きつれて部屋に戻る。


 このとき、エキドナが針を拾っていようが拾っていまいが関係ない。

 「こんな所に針が落ちてる! きっとエキドナさんのものだわ!」と、落ちていた針を無理やりエキドナに結び付けるからだ。


 さらに針を調べさせれば、その針から毒が検出されるので、エキドナを毒殺を企てようとした犯人に仕立てあげることができる。


 決定的な証拠はないが、状況証拠と動機は揃いに揃っている。

 あとはフェレットお得の口八丁で騒ぎたてて、有力者たちを味方に付ければ……。


 うっとおしいライバル令嬢をひとり、斬首台送りに……!


 『アウト令嬢』ではこのルートに入った時点で、エキドナの死は確定する。

 エキドナは申し開きが失敗して、ゲームから退場してしまうんだ。


 しかしわたしはあきらめなかった。

 このゲームをやり込んだひとりの女として、頭をフル回転させて逃げ道を探す。


 今のわたしはきっと苦悶の表情をしていたのだろう、フェレットはここぞとばかりに騒ぎたてる。


「ああっ、エキドナさんのその顔! 悪魔のように恐ろしいわっ!

 きっと、なにか悪いことを企んでいたに違いありませんわっ!

 白状なさい、エキドナさん! その針で、いったい何をしようとしていたの!?」


 犯人を追いつめた名探偵のように、ドヤ顔でわたしを指さすフェレット。

 彼女の一言に、わたしは光明を見いだしていた。


「う……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 わたしは猛然と、手にしていた針でウエディングドレスを滅多刺しにする。

 周囲の有力者たちは、追いつめられて狂った犯人を見るかのようであった。


 わたしがこれでもかと迫力を出していたので、誰も止めることができない。

 フェレットは顔を押えて叫んでいた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!

 や、やめて! やめてエキドナさん! それは最高級のカシミアのウエディングドレスなのっ!

 やっぱりフラれた腹いせに、わたしの結婚式をメチャクチャにするつもりだったのねっ!?」


 針で突かれてモコモコと形状を変えていくウエディングドレス。

 悲鳴に満ちていた室内が、やがて静まり返る。


「で、できた……!」


 わたしは額の汗を拭い、みなのほうに振り返る。


 変わり果てたドレスに送られていた視線は、もはや痛ましいものではなかった。

 誰もが目を見開き、「おお……!」と感嘆している。


「す、素晴らしい……! なんと素晴らしいドレスのアレンジなんだ……!」


「ふわりとしたカシミアのドレスが、さらにふわりとして、まるで雲のようになっているではないか……!」


 そう、私はリアルの趣味である『羊毛フェルト』の技術を使い、カシミアのドレスをふわふわにアレンジしたんだ。

 今風に言うなら『ホイップドレス』というやつに。


 それはこのゲームには存在しないデザインのドレス。

 有力者のなかにいた宮廷デザイナーは、衝撃の表情で前に歩み出ていた。


「ああっ、なんということでしょう!?

 高級なカシミアを針で刺すという大胆さ、そのワイルドなアレンジ工程から、こんな繊細なドレスを作ってしまうだなんて……!

 くやしいけど、こんなに斬新で美しいドレス、初めてだわっ!

 作った人のやさしさと情熱、そしてこれを着る人に対しての愛情がなければ、こんなドレスは考えつかないでしょう!」


 デザイナーの言葉に、次々と頷く有力者たち。


「そうか……! 針を持ってたから誤解してしまったが、エキドナさんはフェレットさんの結婚を誰よりも祝福していたんだ!」


「そしてフェレットさんのウエディングドレスをより良くするために、部屋に忍び込んでいたんだな!」


「うん、最高のサプライズプレゼントね! こんな最高のドレスをもらったら、私なら嬉しくてどうにかなっちゃいそう!」


「ああん、私も結婚式には、このドレスが着たーいっ!」


「これからは、このデザインのドレスが結婚式のスタンダードになるのは間違いありませんな!」


「それにしても、エキドナさんはなんて心の広い方なんでしょう……!」


「そうだな! 自分が最初に着れば、令嬢として評判を独り占めできるくらいの素晴らしいドレスなのに……!

 それを、フラれた相手に贈るだなんて……!」


「そんなこと、そうそうできるもんじゃないぞ!」


 有力者たちの変わりように、フェレットは慌てる。

 これ以上わたしを責め立てると自分の立場が悪くなると察したのか、すぐに手のひらを返した。


「あ……ありがとう、エキドナさん! 私はあんまり好きなデザインじゃないけど、このドレスで幸せになるわ!」


 彼女は引きつった笑顔で寄ってきて、わたしの手をギュッと握りしめる。

 わたしはその瞬間を逃さなかった。


 次の瞬間、フェレットは静電気が走ったよう「いたっ」と手を引っ込める。

 その指先には、赤い点のような血の雫が浮かんでいた。


 わたしは申し訳なさを装う。


「ああ、ごめんなさい、フェレットさん。ついうっかりして、針を持ったままだったわ。

 痛かったでしょう? 絆創膏を貼ってあげるわ」


 サッと青ざめるフェレット。

 彼女は背を向けようとしたが、それよりも早くわたしが手首を掴み、ぐいと引き寄せた。


「は、離して!」


「そんなに怒らないで、フェレットさん。

 たいしたケガじゃないんだから、絆創膏を貼ればすぐに良くなるわ」


「絆創膏なんかで治るわけがないでしょう!? あの針には毒が……!」


 言い掛けて、ハッと口をつぐむフェレット。

 きっと彼女はこう思っているに違いない。


 ……ハメられたっ……!!


 と。


 この世界では毒はありふれたものなので、救急箱にあるポーションや魔法であっさりと治すことができる。

 しかしフェレットが針に仕込んでいたのは、専用に調合した解毒剤でしか治せない『特別な毒』。


 それも、簡単には手に入らず、調合していては解毒が間に合わないほどの猛毒だ。

 なぜそんな、危険で手の込んだことをしたかというと、理由はひとつしかない。


 『わたしの殺意を、揺るぎないものにする』ため……!


 針に仕込まれたのが普通の毒なら簡単に解毒できるので、わたしに言い逃れのスキを与えてしまう。


「ちょっと驚かせたかっただけです。それを証拠に、大事には至らない普通の毒だったでしょう?」


 と。

 タチの悪いイタズラではあるが、これで殺意を否定できるからだ。


 これではエキドナの評判を落とすことはできるが、トドメを刺すまではいかない。

 でも針から猛毒が検出されれば、言い逃れのしようがない殺意が確定する。


 たとえ未遂であったとしても、確実に斬首台送りに……!


 だからわたしはそれを逆に利用して、猛毒の針をフェレットに刺した。

 フェレットはいざというときのために、自室に解毒剤を用意しているに違いない。


 だからわたしは手首を押えて、フェレットを逃がさないようにしたんだ。

 わたしはヤツの耳元でささやきかける。


「さぁ、白状しなさい。わたしを陥れたくて、針に猛毒を塗ったことを。

 そしたらこの手を離して、解毒剤を飲みに行かせてあげるわ」


 毒が回っているのを実感しているのか、フェレットは半泣きだった。


「そっ……そんなことをしてタダですむと思ってるの!?

 もしここで私がまた騒ぎたてて、針の毒を調べさせたら、あなたは終わりなのよ!? 

 そうなったら、あなたは斬首台送りに……!」


「いいえ、わたしはそうはならないわ。だって、わたしの嫌疑はもう晴れたもの。

 この円満な状況で、針に毒が仕込まれているなんて騒いだら、みんなは不自然に思うでしょうね。

 そしてその毒と、対になる解毒剤があなたの部屋から発見されたら……。

 誰がどう見たって、あなたの自作自演だと思うでしょうねぇ」


「ぐっ……ぐぎぎぎぎぎっ!」


 とうとう反論もできなくなったフェレット。

 目に涙をいっぱい浮かべ、歯ぎしりをしている。


 わたしは最後の仕上げに入った。


「だからあなたができることは、たったのふたつ。

 ここですべてを白状して、解毒剤を飲みに部屋に逃げ帰るか……。

 やせガマンして死んで、死後に部屋から解毒剤を発見されるか……。

 わたしはどちらでも構わないけど、後者のほうが、まわりのウケは良さそうねぇ」


「ぐっ……ぐぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ……どばっ!


 フェレットは引きつれた悲鳴とともに、涙と鼻水を同時に吹き出した。

 前髪から滝のような汗を、歯茎からはダラダラと血を流す。


 その表情は結婚式を間近に控えた、幸せいっぱいな花嫁というよりも……。

 銀の剣を心臓に刺された、醜い魔物のよう。


 魔獣のような美女は、ついに最後の時を迎える。

 断末魔と呼ぶに相応しい、魂の大絶叫を轟かせていた。


「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!

 わ、私が針に毒を塗りましたぁ!

 エキドナさんを陥れて、私に殺意があるかのように見せかけて、斬首台送りにしようとしたんですっ!

 もうしません、もうしませんから、もう、もうっ……!

 許してっ! 許してぇぇぇぇぇぇっ!!

 うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」



 ……というわけで、エキドナであるわたしは破滅フラグをなんとか回避した。


 当然のように、フェレットの結婚はご破算。

 それどころか、毒で他人を陥れようなどとは不届き千万ということで、裁判にかけれたうえに投獄されてしまった。


 そのため、序盤のイベントの結果は逆転。

 本来は死ぬはずのエキドナが生き残り、本来は幸せな結婚をするはずのフェレットが破滅した。


 これは『アウト令嬢』では幻のルートとされた、『エキドナ生存エンド』。

 そしてその結末を求め、並み居る悪役(令嬢)たちと血を血で洗う抗争を繰り広げた、わたしのビヨンド・ストーリーである。

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