第365話 夜の森の迷宮(38)

「グオォー!」


 白アリの放った火炎系火魔法で全身を焼かれたサイクロプスが、苦し気な咆哮(ほうこう)を上げながら崩れ落ちた。

 辛うじて息のあるサイクロプスに向けて、飛翔の腕輪で天井付近を飛行するアイリスの娘たちが、大口径の魔法銃を乱射する。


「ガハッ!」


 断末魔のくぐもった悲鳴が轟く中、魔法銃から放たれた弾丸がサイクロプスの肉を割き骨を砕く音と、弾丸が床を砕き跳ね回る音が入り混じる。

 止(とど)めをアイリスの娘たちに任せて大丈夫と判断したのか、白アリは彼女に迫るミノタウロスに目を向けた。


「二体目ー!」


 白アリの揚々とした声が喧騒の中に響く。

 フェニックスを焼き殺した実績のある炎が、ミノタウロスを包み込んだ。炎は三メートルほどの高さがあるミノタウロスの全身を覆い、尚も高く燃え上がる。


「ゴアァーッ!」


 苦しそうに咆哮(ほうこう)を上げるミノタウロスを睨み付けながら白アリが叫ぶ。


「ダメ! 焼き殺せない! ――」


 判断が速い。白アリが言葉と同時に大きく飛び退(すさ)る。

 彼女がターゲットとしたミノタウロスを注視すると、炎で炭化した皮膚が焼け落ちていくのが見えた。焼け落ちた皮膚の下から焼けただれた筋肉が現れ、端から筋肉と皮膚が再生をしていく。


 どう見ても【再生 LV5】以上の回復力だよな、あれ。

 

「――このミノタウロス、再生だけじゃなくて光魔法も使っているんじゃないの?」


 苦々し気な白アリの声に続いてテリーと俺の声が重なる。


「魔道具か?」


「回復の魔道具があると考えろ!」


 鑑定で見た限りでは光魔法は所持していなかったから、何らかの魔道具を所持している可能性が高い。


「うわー、熱そうだね、あれ」


 マリエルの場違いな程のんきな口調に苦笑交じりに答える。


「確かに熱いよな、あれ。回復するから常に新鮮な痛みに襲われる……ある意味地獄だな」


 炎の中で苦悶の咆哮(ほうこう)を上げるミノタウロスを観察していると、聖女の叫び声が響いた。


「フジワラさん! こっちもですよ、こっちも!」


 真っ向から力の勝負を挑んで、力負けしたな。

 大型のトロールが床に転がった聖女に向けて巨大な戦槌を振り下ろす。


「一度死んでいるんだから、無茶をするなと言っただろ! ――」


 戦槌の一撃で聖女が死ぬとは思えないが、後がないのだから無茶はさせられない。

 ショート転移で聖女と彼女に向けて振り下ろされる戦槌の間に飛び込む。オリハルコン製の戦槌とアーマードスネークの鱗から切り出した短剣とがぶつかり甲高い音がダンジョン内に木霊した。


「――お前は下がっていろ。こいつは俺が仕留める!」


「はい! お願いします」


 トロールを爆裂系の火魔法で弾き飛ばし、燃え上がるミノタウロスを目の端で追う。

 聖女の返事にわずかに遅れて黒アリスちゃんが白アリの炎に焼かれているミノタウロスに躍りかかる。


「白姉っ! その生焼けのミノタウロスは私がやります!」

 

 黒アリスちゃんが大鎌を一閃させる。闇魔法の分子分解をまとった大鎌がミノタウロスの心臓をその軌道上にとらえ、右わき腹から左肩口へと振り抜かれた。

 オリハルコン製の防具とその硬い皮膚を容易く切り裂く。


「グガァー!」


 尚も炎に包まれたミノタウロスはその身体を分断され、血しぶきを上げて床に転がった。

 そこへさらに白アリの火炎系火魔法が追い打ちを掛ける。


「これで、お終いよ!」


 どうやらあの鎧が光魔法系の魔道具で間違いなかったようだ。

 今度は再生が追い付いていない。

 焼かれるミノタウロスから眼前に転がったトロールに視線を戻す。爆裂系の火魔法を喰らって焼け焦げた皮膚が既に再生されていた。


「フジワラさん、このトロールも【再生 LV4】を持っていますよ!」


「大丈夫だ、任せろ」


 聖女の助言に短く返答し、立ち上がろうとしているトロールに向けて渾身(こんしん)の雷撃を放った。


 瞬時に蒼い輝きが辺りを照らし、空気を切り裂く音が室内に反響する。

 雷撃は標的であるトロールを内側からも破壊した。空間感知でトロールの体内をサーチすると、心臓と脳をはじめとした重要な器官が破壊され、再生される様子がなかった。


「聖女、怪我はないか?」


「ありがとうございます。フジワラさん、優しいじゃないですかー」


「当たり前だ、俺は皆に優しいんだ」


 聖女にそう答えつつ、ロビンが牽制した隙にテリーが神器の両手持ちの長剣でサイクロプスを両断する姿を確認する。

 よし、これでこの部屋の魔物は制圧した。


「いいんですか? ベスちゃんが心配そうにこっちを見ていますよ」


 聖女の言葉にベスの方を振り返ると、使い魔たちと奴隷娘たちに囲まれたベスが胸元で両手を組んで心配そうにこちらを見ていた。


「あれは俺の身を案じているんであって、俺とお前の仲を疑って心配そうにしている訳じゃないからな。邪推も大概にしておけよ」


「あれー? 私、そんな事は一言も言っていませんよ――」


 口元を左手で隠してニンマリとほほ笑む。


「――でも、フジワラさんがそんな風に思っちゃうってことは、ベスちゃんや黒ちゃんにもそう見えちゃうかもしれませんね」


 こいつ、はめたな。


「せっかく黒アリスちゃんの機嫌が収まったんだから、いたずらに波風立てないでくれよ」


 昨日の黒アリスちゃんのギスギスした雰囲気も、白アリが昨夜のうちに説得をしてくれたので大分緩和していた。

 もっとも、俺はベスの護衛から外れ、代わりにボギーさんか白アリのどちらかが状況に応じて護衛に当たる事になっている。


「ミチナガ、少し休憩しましょう――」


 白アリの声に振り向くと人差し指で天井を指していた。その指の先には天井付近を旋回するアイリスの娘たちがいた。


「――次はいよいよ七十五階層よ。弾丸の補充もしたいし、彼女たちの魔力残量も心配でしょ」


 ◇

 ◆

 ◇


 白アリの言葉に従って休憩を取り、弾丸と魔力の補充だけでなく武器や防具に点検を行う事にした。


「これで弾丸と魔力は大丈夫かな? 他に何か必要なものは?」


「はい、ありがとうございます。問題ありません、大丈夫です」


 サブリーダーのミランダがアイリスの娘たちを代表して答えた。すると彼女の傍らにいたエリシアが進み出る。


「フジワラさん、お願いがあります――」


 口元を引き締め、真っすぐにこちらを見つめる目に力がある。意を決したような面持ちだ。


「――魔力を供給してくれる魔道具を今の球状のモノから、常に身に着けていられて、出来れば常に自動で供給してくれる魔道具はありませんか?」


 エリシアの戦闘スタイルなら、魔力を常時自動供給してくれる魔道具が欲しいのも分かる。

 防御を全て自動発動型の魔法障壁に任せっきりにして、自身は攻撃に専念する。双刀を用いてのスピード重視の戦闘スタイルだ。魔法障壁が展開できなくなった時点で戦線の離脱を余儀なくされる。


「試作品だが、アンクレット型の魔道具ならある。問題は魔道具側にチャージした魔力が尽きたとしても使用者には分からない事だ」


 魔力のチャージがあると思い込んで戦闘したら大ごとになる。


「構いません、それをお借りできませんか?」


 俺は試作品の注意事項を伝えてから、二つのアンクレットをアイテムボックスから取り出した。

 防具を兼ねたアーマードスネークの鱗から作成したアンクレット。それを見てエリシアの双眸(そうぼう)が輝く。


「――――エリシア、今説明をしたように魔力の残量確認を怠ると命を落としかねない。戦闘が終わるごとに必ず俺か白アリに魔力のチャージをしてもらいに来る事。いいな」


「はい、約束します。ありがとうございます」


 アンクレットにエリシアの手が伸びる。彼女がアンクレットを手に取った直後、


「ミチナガー! 階段があったよー」


 前方からマリエルの弾む声が響く。索敵に出ていたマリエルが通路の角を曲がって姿を現した。それにレーナが続く。


「階段だー! 長そうな階段だったよ」


 マリエルがレーナと抜きつ抜かれつの競争をしながら俺の胸に飛び込んできた。


「たっだいまー!」


「お帰り、マリエル、レーナ」


 彼女たちが飛び出してきた曲がり角にテリーとティナ、アレクシスが姿を現した。


 ◇

 ◆

 ◇


 マリエルとレーナを従えた俺とテリーが先頭となって七十五階層へと続く階段を下りていた。

 階段の幅は三メートルほどとかなり広い。踏み面が広く段差が低い緩やかな階段が続く。


「まだかなー?」


「次も同じ感じだね」


 俺とテリーよりも数段分先行していたマリエルとレーナが踊り場に差し掛かったところで下り階段を覗き込んでいた。


「この先もまた踊り場、そこみたいに平らなところがあるのか?」


 言い直してマリエルとレーナに聞くと、マリエルとレーナが同時に答える。


「うん、平らなところがあるよ」


「もっと下に降りる階段が少しだけ見えます」


 マリエルとレーナの答えにテリーが天井を仰ぐ仕草を見せる。


「予想はしていたが、随分と長いな、この階段」


「ああ、この分だとあのレリーフのあった部屋くらいの高さがありそうだ」


 俺のすぐ後ろを歩いていた聖女が話に加わる。


「大型の魔物が出てこられるくらいには高そうです。もしかしたら、また飛行型の魔物が出てくるかもしれませんよ」


「飛行型の魔物が出てきたら面倒だな。アイリスの娘たちだけに対処させられないから、戦力を空中と床とで分けないとならないぞ、ミチナガ」


 ため息交じりのテリーの言葉に俺も心の内でため息を吐く。


「そうなったら床の魔物は足止めだけして、空中の魔物を先に片付けよう」


 空中の脅威がなくなれば、アイリスの娘たちに空中を任せて、彼女たちからの援護射撃が期待出来る。


「制空権の確保はセオリーだよな」


「でも、次は最下層かもしれないんですよね?」


 嫌な事を言う。


「レリーフに刻まれていた情報が確かなら、次の七十五階層が最下層だ」


 そう口にした俺とテリーの視線が交錯する。

 前回攻略したランバール市の北の迷宮、最下層に迷宮守護者がいた。ボギーさんたちが攻略したあちら側の異世界のダンジョンも同様だったと聞いている。


「迷宮守護者が待っていると思うか?」


 テリーが肩をすくめた。


「出来れば戦闘は避けたい。あのレリーフを見る限り、ここの守護者は言葉が通じる可能性が非常に高い。とは言っても相手は魔物だ。臨戦態勢を取りつつ話し合いを申し出る」


「つまり、後ろ手にナイフを隠しつつ握手をするために右手を差し出すんですね」


 なんて人聞きの悪い。

 昨夜の女神さまとの会話がフラッシュバックする。


「聖女ちゃん、俺たちに出来る事はどんな状況にも対処できるよう、思い込みで勝手な対処方法を準備しておかない事だよ」


「テリーさん、それって行き当たりばったりとか言いませんか?」


「臨機応変だ」


「臨機応変だよ」


 俺とテリーの声が重なった。


 ◇

 ◆

 ◇


 これまで階段で魔物に遭遇した事はなかったが、今回もやはり何事もなく七十五階層に到達した。


「こちらは異常ありません」


 アイリスの娘たちを従えて部屋の左側を調べていたロビンの声が響いた。続いて、自分の奴隷娘を従えて部屋の右側を調べていたテリーの声が届く。


「ミチナガ、こっちも異常なしだ。もっとも魔物も罠もないのが正常だと言うなら、だけどな」


 もっともな意見だ。


「ありがとう。台座の方へ戻ってくれ! ――」


 ロビンとテリーに向けてそう告げ、部屋の中央に設置されている台座を調べていた黒アリスちゃんと聖女に声を掛ける。


「――それで黒アリスちゃん、聖女、どうだ?」


「ダンジョンコア、で間違いないと思います」


「ダンジョンコア、ですね……」


「兄ちゃん、そっちはどうだ?」


 部屋の奥、突き当たりを調べていた俺と白アリにボギーさんが大声で聞いてきた。


「詳細は分かりませんが、隠し扉を見つけました! ――」


 ランバール市の北の迷宮では隠し倉庫があった。格納されていたのは守護者である巨大なミノタウロス専用の武器や防具。オリハルコンを素材とした、国宝が霞む程の品物がずらりと並んでいた。


「――この奥に隠し部屋があるようです! ですが、迷宮守護者どころか魔物の気配もありません!」


 ボギーさんが了解した事を示すジェスチャーをすると、隣にいた白アリが、信じられないといった様子で言う。


「随分と無造作に置かれているけど、あれで間違いなさそうね」


 ランバール市で攻略した北の迷宮で見たのと同じような台座が部屋の中央にあり、ソフトボール大の真紅に輝く球体が鎮座していた。


 全員がダンジョンコアの置かれている台座の周りに集まると、


「守護者はどこにいるんだ?」


 ボギーさんが半ばあきれた口調でつぶやいた。


「この階層に着いてすぐに空間感知を巡らせているんですが、魔物の存在は引っ掛かりません」


 俺と同じ【空間魔法 LV5】を持つボギーさんに答える。


「こっちもだ」


 短い答えが返ってきた。やはりボギーさんも空間感知を巡らせて周囲の状況を確認していた。


 ボギーさんのため息に続いて、白アリと黒アリスちゃんの二人が残念そうに口を開く。


「せっかく手を組めるかと思ったのに……何だか、拍子抜けね」


「話の分かりそうな守護者だと期待していたのに残念です」


 ダンジョンコアの周囲に罠がないか調べていた聖女が、指先でダンジョンコアを突きながら誰にともなく語り掛ける。


「空き巣みたいですけど、これ持って帰っちゃいますか?」


 聖女の提案に全員が顔を見合わせた。

 一瞬の静寂。


 その静寂の中、いつの間にか俺の背後に移動していたベスが恐る恐る口を開いた。


「え、えーと」


 俺の後ろに隠れて恥ずかしそうに、もじもじとしているベスに何事かと問う。


「ベス、どうしたんだ?」


「あ、あのですね……」


 薄っすらと光るものを湛えた目で黒アリスちゃんにチラリと視線を向けた。唇が震えている。

 無理もないが、ずいぶんと黒アリスちゃんを怖がっているな。


「どうした?」


 黒アリスちゃんに背中を向ける形でベスに向きなおり、口だけで『だ・い・じょ・う・ぶ・だ』と伝える。

 安堵の表情を見せたベスが口を開く。


「え、えーと。い、いらっしゃいませ。よ、ようこそお越しくださいました」


「は?」


「ここ、私の実家なんです」


「はあ!」


 全員の声が重なった。

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