第359話 夜の森の迷宮(32)
「あの、そのお話って聞かなければダメなモノでしょうか?」
ライラさんがアイリスの娘たちと奴隷娘たち全員を代表するように聞く。アイリスの娘と自分たちの抱える奴隷娘たちだけでなく、メロディやベスにも視線を巡らせた。
聞かなくても分かる。もの凄く困った表情をしていた。
女性陣のまとめ役である白アリが一歩進み出て俺の隣に並ぶ。
「別に聞かなくても何も変わらないわ、今まで通りよ」
「それでしたら、何も聞かずにこれまで通りのお付き合いをさせて頂きたいと思います――」
再び周囲を見回す。
アイリスの娘たち、そして自分たちの抱える奴隷娘。さらにティナたちからメロディ、ベスへと視線が移動する。
「――ねえ、皆もそう思うよね?」
奴隷娘たちは主人であるアイリスの娘たちの顔色をうかがっているが、本心は『俺たちが隠してきた秘密を聞きたくない』、と思っているのが伝わってくる。
ライラさんに続いてサブリーダーのミランダが重そうに口を開く。
「私は……フジワラさんたちが話す必要があると思うのでしたらお伺いします。ですが、私たちが知らなくても不都合が無いのでしたら知らないままを希望します」
「私もミランダと同じ意見です。話を聞いて後戻り出来ないというのは……ちょっと怖いかな」
ビルギットはそう言うとすぐに『ごめんなさい』と付け加えて深々と頭を下げた。
彼女のこの一言を皮切りにリンジー、ミーナ、エリシアと年少組が続く。
「私も難しい事や怖い事は知らなくていいかな」
「世の中って知らない方がいい事がたくさんあるって、お母さんから教わったのを思い出しちゃった」
「私もフジワラさんや白姉さんとは今まで通りがいいなって思います」
年少組の三人が自然と俺から目を逸らす。
予想をしていなかった訳じゃないが、こうもハッキリ言われるとは思わなかった。
それにもう少し迷うかとも思っていた。
「やーねー、そんな困った顔しないでよ。無理に聞く必要はないから気にしないで。ほら、あたしたちって割と秘密が多いでしょう? 隠し事をしているみたいで気分悪いんじゃないかなあ、と思ったのよ――」
白アリが気まずそうにアイリスの娘たちにフォローを入れながら、肘で俺の脇腹を突く。
「――あなたたちが気にしないなら別に問題ないわね。OK、今まで通りの関係で行きましょう」
「なんだよ、もう終わりかよ」
白アリを横目で見ながら『もう少し場の雰囲気を良くしてからこっちに話を振れよ』、という一言を飲み込んで問い返すと、
「――ほらっ、早くテリーに話を振りなさいよ」
皆には聞こえない程の小さな声で白アリがささやいた。
どうやら終わりだったようだ。
「テリー、どうする?」
テリーの奴隷たち――ティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシスの四人に話をするかこれまで通りとするかを決めるよううながす。
四人の表情を見る限り、気持ちはアイリスの娘たちと同じようだ。
テリーは四人に向けて
「秘密だから当然他言無用だ。正直なところ、君たちに秘密を打ち明けたところで、俺たちの得るものは『仲間に隠し事をしていない』という自己満足しかない。
迷宮守護者との交渉の席に同席させられる。俺たちの目の届く範囲に居さえすれば守ってやることも出来る。
どんな話し合いになるか分からないが、俺たちが秘密にしている事や、この異世界の事について触れる可能性は高いはずだ。
「――秘密を洩らせば『死』というデメリットはあるが、これまでとは比べものにならないほどの信頼を得る事になる。この先も俺の周りの奴隷は増える。どんなに奴隷が増えても君たち四人が最上位である事は変わらない」
「お話をうかがわなくても、これまで通りと考えてよろしいのでしょうか?」
四人を代表してティナが確認をした。顔は蒼ざめ、唇の色まで変わっている。
「これまで通り君たちを大切にする。約束しよう」
「私はこれまでのご主人様の接されように満足してします。いえ、感謝しております。このような機会を与えて下さったのに、申し訳ございません。私は、私は……」
テリーは言葉に詰まったティナに歩み寄ると、やんわりと抱きしめる。彼女の額がテリーの腹部を覆うアーマーに当たる。
「ティナ、十分だよ――」
彼女に向けてそうささやくと、他の三人に視線を巡らせてほほ笑む。
「――皆、同じ気持ちかな?」
「はい、今のままで十分です。感謝しています」
「これからもよろしくお願い致します」
「今のままで十分に幸せです」
ミレイユ、ローザリア、アレクシスの三人が、とても奴隷の言葉とは思えないような事を口にして泣き出した。
テリーが無言で両手を広げると、それが合図とばかりに彼女たちはテリーの腕に揃って飛び込んだ。
なんだよ、その三文芝居は。打ち合わせでもしていたのかよ!
「なんだかムカつくわ」
俺の気持ちを代弁してくれた白アリの横で黒アリスちゃんと聖女が感心したように声を上げる。
「テリーさん、上手に騙していたんですね」
「悪い男ですねー」
「なんだか、ムカつきませんか?」
ロビン、お前、本当はいいヤツだったんだな。
「次は兄ちゃんの番だ。色男に負けるなよ」
白アリとロビンの言葉に共感していると、ボギーさんが楽しそうにささやいた。
そうだった。テリーに敗北感を覚えている場合じゃない。ここは俺も少しは恰好を付けさせてもらおうか。
四人の女性を抱きしめるテリーを視界から外して、メロディへと向きなおる。
不安そうな表情を浮かべていた。大きな耳が垂れ、大きな尻尾を股の間に挟んで立っている。
「ご主人様、私も今まで通りで十分に幸せです! 何も教えて頂かなくても大丈夫です!」
聞く前に答えるなよ。
俺が口を開きかけると一気にそう言い切った。目には薄っすらと涙を浮かべている。
別に泣くような事でもないだろうが、雰囲気に流されたようだ。
「なんだ、その、メロディの気持ちは分かった。これからも今まで通り、よろしくな」
「恰好付けられないところが素敵よ」
メロディに向かってそう語り掛ける俺の背後で、白アリがクスクスと楽しそうに笑いながらささやいた。
本当に楽しそうだな。いや、嬉しそうにも見える。
あれ? もしかして白アリって格好いい男が苦手なのか? 三枚目が好みって事か?
なるほど、それで今まで俺になびかなかったのか。
突然肩を叩かれる。ボギーさんだ。
「まあ、なんだ。気を落とすなよ。そのうち恰好付けられる日も来るさ」
今にも吹き出しそうな顔でそう言うと、聖女がやはり吹き出しそうな顔を、ロビンが気の毒な者を見るような目を向けた。
「残念でしたねー、フジワラさん」
「ミチナガらしいと言えば、らしいですよ」
「あの、私はフジワラさんのそういうところ、大好きですよ」
そう言った黒アリスちゃんの目が泳いでいる。もしかして同情してくれているのか? まいったな、十五歳の女子高校生に同情される大人って……
俺もメロディ同様、場の雰囲気に呑まれたようだ。目頭が熱い。
「あの! ミチナガ様! ――」
雰囲気を一蹴するような響きを伴ってベスの声が響いた。刹那、ベスに視線を向ける。
俺だけでなく、全員の視線が彼女に集中した。
「――わ、私はお聞きしたいです。今以上の信頼をミチナガ様から得られるなら、ミチナガ様が私の事を大切にして下さるのなら、命懸けの秘密をミチナガ様と共有させて下さい!」
ベスの一言で場の雰囲気が凍り付く。
誰も一言も発しない。
ベスのアイスブルーの瞳が真っすぐに俺を見つめていた。意思の表れだろう、普段とは違う力強さを感じる。
ちょっと待て、ベス。
ピンポイントで俺の名前だけ出すとか正気とは思えないぞ。白アリたちと合流する前夜に約束した事を忘れていないか? それに『大切』ってなんだ? なんの話だ? 冷静になれよ、ベス。
そう、冷静になろう。切り抜けるんだ。
視界の端に黒く大きな刃が出現した。
「生贄、覚悟は出来ているようね」
真っ先に冷静になったのは黒アリスちゃんだ。大鎌を前方に付き出して黒く光る刃を威嚇するようにゆらゆらと揺らした。
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