第354話 夜の森の迷宮(27)

 白アリの放った爆裂系火魔法が漆黒のプレートアーマーに身を包んだ魔物、十数体ほどをまとめて吹き飛ばした。

 敵の射程の外からの先制の一撃。

 通路に飛び出すなり放たれたその一撃は敵前衛の中心部で弾けた。


 爆発の振動が床を伝って足元に響く。だが、爆風が俺たちに届く事はない。

 巻き上げられた粉塵は俺の目の前数十センチメートのとこで、まるでガラスに流れを遮られたように渦を巻いていた。


「どうした? ベス」


「天井、崩れてきたりませんよね? 床、抜けたりしませんよね?」


 俺の背中に身を隠していたベスが、顔だけ覗かせて天井と床を交互に見やる。

 合流してから既に二日間が経過しているが、その間ベスは白アリたちの過剰な攻撃魔術に終始ビビりっぱなしだ。


「意外と頑丈に出来ているから大丈夫じゃないのか? ――」


 そう、不本意な話だが白アリを筆頭に、過剰とも思える攻撃魔術を繰り返し行使したお陰で、このダンジョンが異常に堅牢な事が分かった。


「――それに、皆も手加減を覚えたみたいだしな」


 俺の言葉に聖女がクスクスと笑いながら肯定のセリフを口にする。


「人って、成長するんですねー。私、ちょっと感動しちゃいました」


「感動はともかく、成長しているのは確かだナ。白の嬢ちゃん、今の爆裂系火魔法も指向性を持たせていたゼ」


 そうつぶやいたボギーさんの視線の先には、白アリの爆裂系火魔法で発生した爆風の中を、自在に飛び回るアレクシスとティナ、ローザリアがいた。

 自動防御の腕輪と飛翔の腕輪を随分と使いこなせるようになっている。


 前衛の漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ魔物を吹き飛ばした白アリの横を黒アリスちゃんとテリーが駆け抜けた。二人はその勢いのまま、後衛に位置していた小型犬程もあるリスの魔物に襲い掛かる。

 先程、雷撃を放ってきた魔物だ。


「ねえ、アリシア。あれって、伝説の魔物じゃないのかな? ほら、本で読んだ……」


 粉塵ふんじんで視界が悪いが、先程まで魔物がいた辺りに視線を固定したビルギットが抑揚のない口調でアリシアに問う。


「デスナイトのこと?」


「じゃないかなあ? って」


「違うんじゃないかしら。ほら、甲冑からスケルトンが出てきてるよ」


 粉塵が収まりかけ、辛うじて吹き飛ばされた魔物の様子がうかがえた。頭や手足を吹き飛ばされているが、それでも何体かは剣や槍を杖代わりにして起き上がろうとしている。

 そんな魔物たちに交じって破壊されたフルプレートアーマーから黒光りする骨が這い出して来た。


「黒いスケルトンって、初めて見た……」


 驚いた様子のビルギットたちとは正反対に、落胆を隠そうともしないマリエルと聖女、ボギーさんの声が続く。


「なーんだ、ただの骨かあー」


「本当、がっかりですね」


「伝説の魔物の中身が黒いだけのスケルトンってのも夢がネェなあ」


「何を言っているんだ、強敵が現れるよりも爆裂系火魔法の一撃で大幅に戦闘力を奪えるならそれに越した事はないだろう?」


「でも、フジワラさん。アンデッド相手なら光魔法で、もっと楽に仕留められるんじゃありませんか?」


「だから黒アリスちゃんとテリーが後衛のリスみたいな魔物を担当して、白アリとアレクシスがズタボロのスケルトンを担当するんだろ――」


 問題はアレクシスの【光魔法 レベル1】であの黒いスケルトンを浄化出来るか、だな。

 俺は『なるほど』と大袈裟に感心してみせる聖女にささやく。


「――とは言っても、万が一もある。スタンバイしておいてくれ」


 ◇

 ◆

 ◇


 既にアンデッド状態の魔物を使い魔にすることが出来るのか?

 アイリスの娘たちはもちろん、俺たちの中で最も魔物の知識が豊富なベスでさえ知らなかった。


 皆の期待と不安の眼差しの中、黒アリスちゃんの弾んだ声が響く。


「ミチナガさん、成功しました!」


「黒アリスちゃん、お疲れ様。申し訳ないけど、後衛にいた雷撃を使うリスも頼む」


 彼女の労をねぎらう俺の言葉の後にロビンと聖女が感嘆の声を上げる


「成功ですね」


「意外とあっさり成功しちゃいましたね」


 続いて白アリの涼やかな声が耳に届く。


「アンデッドの魔物をテイムすることは出来ないけど、使い魔にすることは出来るのね。勉強になったわ」


 その授業料を払ったのは俺だけどな。


 テイムしていた馬を使役獣枠から解除して、他の魔物をテイムした要領で黒いスケルトンのテイムを試みたが、全く反応しなかった。

 それが、つい三分前の出来事だ。 


 土魔法で岩に閉じ込められた漆黒の骨に右手をかざす。スケルトンが必死にもがく姿を無言で見つめていたが何の変化もなかった。


『何かそれっぽいセリフを言ってみたら?』


 そんな白アリの一言に釣られて、


『漆黒のスケルトンよ、なんじ、我のしもべとなれ』


 刹那、湧き起こる大爆笑。


 アイリスの娘たちだけでなく、奴隷娘たちまで必死に笑いをこらえていた。笑わずにいてくれたのはベスとメロディの二人。

 今から思い返しても顔から火が出そうだ。


 俺はまわしい記憶を振り払うように首を振ると、黒アリスちゃんの成功を複雑な眼差しで見ていたベスに声を掛ける。


「ベス、次はお前だ」


 黒アリスちゃんに続いて、漆黒のスケルトンを使い魔にするようにうながす。


「さようなら、猫ちゃん。今までありがとう。あなたの事は忘れないね」


 目に涙を浮かべてアンデッド・フレイムキャットとの別れを惜しんでいる。

 二十四階層で合流直後、『ロックオーガは俺が十体も使い魔にしているンだし、生贄の嬢ちゃんには好きな魔物を選ばせてやンナ』、とのボギーさんの一言にベスが飛び付いた。


『ありがとうございます!』


 抱き付きこそしなかったが満面の笑みでそう言うと、六体のロックオーガすべてをフレイムキャットに入れ替えた。

 あれから二日、さらに二十二階層を踏破とうはして現在四十六階層を探索中なのだが、この間に六匹のフレイムキャットも既に半数になっている。今抱きかかえている個体を手放すと残りは二匹。


 総入れ替えしたロックオーガはもちろん、七匹いた狐も今では二匹だけだ。

 この二日間でベスを筆頭に黒アリスちゃんやボギーさんの使い魔たちも大幅に入れ替わっていた。


 当然、戦力も大幅に強化されている。


 泣きながらフレイムキャットを死体へと戻したベスの左右の腕には、銀色の蛇をモチーフにしたブレスレットが輝く。

 ブレストレットの台座はアーマードスネークの鱗を素材としたものでメロディが作製した。

 三十センチメートルほどの二匹の小さな蛇がその台座に絡み合うようにして巻き付いているデザイン。


 銀色の蛇は三十二階層でベスが使い魔とした。

 幻影蛇。

 この二日間で最も役に立ちそうな魔物。


 幻影ウツボ同様、空間魔法と重力魔法を駆使して奇襲攻撃を仕掛けてくる。

 牙には毒があり噛まれると石化の状態異常。さらに攻撃時には常に重力障壁を展開してくるような厄介な魔物だった。


「ミチナガさん、迷宮リスもアンデッド化したので使い魔にしちゃいますね」


 軽く振られた黒アリスちゃんの左手首にもベスと同じように、使い魔とした幻影蛇が巻き付いたブレスレットが光っている。

 ベスは二匹の幻影蛇が巻き付いたブレスレットを左右の腕に付けているが、黒アリスちゃんはそれぞれ一匹の幻影蛇が巻き付いたブレスレットとアンクレットを四つ付けていた。


「すまないが、頼む」


 倒した魔物は使えるかどうか確認する意味もあって、黒アリスちゃんとボギーさん、ベスの三人で、試験的に一個体か二個体を片っ端から使い魔にしていた。

 鑑定でスキルを見るよりも実際に使ってみる方が確実だ。


 数階層前で使い魔とした猿の魔物がその典型だった。

【加速 レベル2】のスキルによる素早い動き。さらに【風魔法 レベル3】。実際に遭遇したときに先制された風の刃の乱射では奴隷娘たちの何人かが怪我をした。


 だが実際に使い魔にしてみて分かった。

 魔力が低い上に回復が遅いため、先制した風の刃の乱射は一度使ったら半日は使えない。加速も似たようなもので体力がなく連続発動できない。

 期待の新戦力、迷宮猿には即刻土へ還ってもらった。


 黒アリスちゃんの幻影蛇のブレスレットから、白アリの左手首に輝く幻影蛇のブレスレットに視線を動かしたところで、テリーの声が聞こえた。

 

「ミチナガ、ティナとローザリアのモンスターテイムがレベル2に上がった。次の戦闘で生け捕りができるようなら、生け捕りを頼めるか?」


「もちろんだ、歓迎すべき話だ――」


 まだテイムこそしていないが、ティナやローザリアに遅れる事一日で、メロディも【モンスターテイム レベル1】を取得していた。


「――そういえば、ロビンも『モンスターテイムのレベルが3に上がった』とか言っていたな」


 毎日練習を続けているとはいってもレベルの上昇が早い。

 ここにきて嬉しい誤算だ。


「実はアレクシスとミレイユも【モンスターテイム レベル1】を取得していた」


「本当か? それは凄いな」


「アイリスの娘たちも三人――ミランダ、ビルギット、ミーナが【モンスターテイム レベル1】を取得している――」


 驚く俺の顔を見て、テリーが大袈裟に天井を仰いだ。


「――その様子じゃ気付いていないな。ベスちゃんのスキルレベル、軒並み上がっているぞ」


 俺は慌ててベスを鑑定する。


【土魔法 レベル4】

【水魔法 レベル2】

【火魔法 レベル2】

【風魔法 レベル4】

【闇魔法 レベル5】

【重力魔法 レベル4】

【空間魔法 レベル4】

【身体強化 レベル5】

【異常耐性 レベル5】

【再生 レベル5】

【加速 レベル5】

【魔眼 レベル4】


 なんだよ、本当に軒並みレベルが上昇している。中でも空間魔法と魔眼の上昇が突出している。


「これ、俺たちと変わりないんじゃないのか?」


「総合的な能力なら、初期状態の俺たちを凌駕している。現状でもロビンの上を行っているよ。多彩さじゃ俺やアリス、黒ちゃん、聖女も及ばないな」


 つまり、スキルレベルと多彩さで張り合えるのは俺とボギーさんだけという事だ。


「冗談だろ?」


 俺とボギーさんはそれぞれの異世界を管理する女神様の『切り札』だぞ。

 テリーが真剣な顔でさらに声をひそめる。


「ベスちゃんの異常とも言える能力上昇、心当たりはあるか?」


「魔物を倒したくらいだ。アンデッド軍団を率いさせていたから、ベスの使い魔も相当数の魔物を倒している。魔物を倒してレベルアップとか、あると思うか?」


「これまでの経験則でいえば、スキルを多用してレベルが上がる事はあっても魔物を倒して上がる事はないよ」


 テリーの否定にどこか安堵してうなずく。


「このダンジョンが他のダンジョンよりもスキル上昇し易くなる何かがあるのか――」


 自分で言っておいてなんだが、仮定にしても何の根拠もない突飛とっぴな話だ。

 

「――いずれにしても、ここで引き返す理由にはならない。能力が上昇し易いのは僥倖ぎょうこうと受け取ろう」


「だな。個人のスキルもそうだが、アンデッド軍団や使役獣も順調に強化されている。ベスちゃんなんて生贄どころか、ダンジョンマスターの前に置き去りにしても自力で帰ってきそうだもんな――」


 視線をベスから俺に移すと、テリーは楽しそうに口元を綻ばせる。

 

「――それこそ置き去りにしたら、『ミチナガ様、守るって約束したのにー』とか、怨嗟えんさの言葉と一緒に戻ってきたりしてな」


 テリーの笑い声がダンジョンに響く。

 だが、笑い事じゃない。


「そんなひどい事を俺がする訳ないだろう――」


 俺は内心の動揺を表に出さないようにして、テリーの肩を叩く。


「――さあ、このダンジョンもクリアして女神さまの喜ぶ顔を拝もうか」


 合流してから白アリと黒アリスちゃんの視線が冷たくて対処に苦慮していたというのに。

 まったく……女神さまといい、ベスといい、後ろから刺されるなんてレベルじゃないぞ。慎重に、本当に慎重に行動しないと俺の命が幾つあっても足りない気がしてきた。

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