第353話 夜の森の迷宮(26)

 白アリやボギーさんたちと合流後、コボルドの上位種が根城ねじろとしていた、体育館程の広さの空間を占拠。

 そこでお互いに情報交換をしていた。


「――――じゃあ、そっちは水の階層は無かったんだな?」


「ええ、水の階層どころか、あんたの言うような複数階層をぶち抜いた広大な空間も無かったわ」


 皆を代表するように白アリが答えた。

 特定の階層は二重構造になっていて、同じ階層でもトラップに引っ掛かった俺たちと、正規ルートを降りてきた白アリたちとで、異なるエリアを通過する仕組みになっていたようだ。


「どうやらトラップに掛かった間抜けは、階層をショートカット出来る代わり、危険な目に遭うように作られているようだな」


「でも、危険を潜り抜けた成果はあったんじゃないの? ――」


 見た目には黒いペルシャ猫――長毛種の猫の魔物を抱きしめ、頬ずりしているベスに白アリが視線を向けた。

 ベスにかまってほしくて、彼女の周りをうろうろしている赤いたてがみのオルトロスと青いたてがみのオルトロスが涙を誘う。


「――ベスちゃんのしたがえている、ルビーちゃんとサファイアちゃんは魅力的よ」


 軽やかな口調でそう言った白アリにボギーさんと黒アリスちゃんが続く。


「確かにな。兄ちゃんの話を聞く限りじゃあ、俺のケルベロスや黒の嬢ちゃんのアーマードタイガーよりも戦力になりそうじゃネェか」


「ミチナガさんが単独戦闘で苦戦する魔物なんて初めてじゃないですか?」


「ああ、あんなに手こずったのは初めてだ――」


 ルビー戦は相性と運が良かった。サファイア戦に関しては一対二の戦闘だったので純粋に単独戦闘ではない。それでも苦戦をした。


「――利便性ではカラフルに及ばないが純粋な戦闘力なら、あの二匹の方が上だろう」


 光魔法で自己回復が出来なくなったとはいっても、サファイアの戦闘力は十分に戦力となる。


「じゃあ、戦力としては申し分ないわね――」


 白アリはそう言って立ち上がると、左の手のひらに右拳を打ち付けて小気味よい音を響かせた。


「――ここから先、戦力になりそうな魔物は闇魔法とモンスターテイムでとっかえひっかえ仲間にして戦力増強を図りましょう」


「俺もお前も使役獣を一匹も連れてきていないから、ボギーさんと黒アリスちゃん、ベスの三人に頼る事になるけどな」


 間髪を容れずにそう言うと、白アリが得意げに返してきた。


「ところがそうじゃないのよ。なんと、ロビンが【モンスターテイム レベル2】を習得したの」


「正確には一つ上の階層でオークの上位種から奪ったんですよ」


 ロビンはそう言うと、『私だけでなくテリーさんも』とテリーに視線をむけ、話を振る。

 テリーもモンスターテイムを習得したのか? 驚いてテリーの方を振り向くと苦笑するテリーの顔があった。


「勘違いするなよ。モンスターテイムを習得したのは俺じゃない。ティナとローザリアだ。もっとも二人ともレベル1だけどな」


「そうか、それは僥倖ぎょうこうだ。おめでとう」


 ティナとローザリアが取得したという事は、一緒に訓練をしていたメロディも取得する可能性が高い。


「じゃあ、ティナとローザアリもあの黒猫の魔物をテイムしたのか?」


 なんとなく女の子が好みそうな魔物だったので聞いてみた。


「いや、二人ともレベル1のせいか、あの黒猫はテイムできなかったよ――」


 そう言って視線をロビンに向ける。


「――でも、ロビンがレベル2でテイムを成功させている。もしかしたら、レベルだけじゃなく魔力も関係しているのかもしれない」


 なるほど、ありそうな話だ。

 だが、魔力が関係しているとなるとメロディにとっては不都合だな。


 そんな事を考えていると、ボギーさんの声が耳に届く。


「ところで兄ちゃん、そっちは生贄について何か分かったか? ――――」


 ◇

 ◆

 ◇


「――――では、どちらも生贄を必要とする機会はなかったということですね」


 聖女の言葉通り、俺の通ってきたルートはもちろん、白アリたちの通過してきたルートでも生贄を必要とするような機会はなかった。


 ロビンが黒猫の魔物とたわむれているベスに視線を向ける。


「まだ二十四階層ですし、もっと下の層階で必要になるのかもしれませんね」


 ロビンの言葉に反応して、聖女がベスに心配そうな視線を向ける。


「フジワラさんのお話だと、予想以上に魔物が手強いですよね? 人命がかかっている事でもありますし、準備を整えて再アタックしますか?」


「もともと、このダンジョンに潜る目的は、本当に生贄が必要なのかの確認。もし生贄が必要であればその元凶を断つ事だ。元凶があるなら次の犠牲者が出る前に早々に断ちたい――」


 予想以上に魔物が強いのは事実だが、ベスのお陰で予想以上に戦えているのも確かだ。

 それに準備を整えて出直したとしても、状況が大きく好転するとも思えない。


「――ベスの事は心配だが、彼女は俺が全力で守る」


「いいネェ。惚れた女を守る男の面構えだ――」


 ちょっと、何を言っているんですか!


 ボギーさんがからかうようにそう言うと、黒アリスちゃんの表情が強張った。その横で聖女がもの凄く楽しそうな笑みを浮かべている。

 白アリ、お前まで面白くなさそうな顔をするなよ。


 女性陣を中心に空気が一変したことなど気にも留めずに、火の付いていない葉巻を咥えたその口元をニヤリと歪めた。


「――はぐれていた間に何があったのか、そんな野暮な事は聞かネェ。兄ちゃんは愛しい生贄の嬢ちゃんの護衛に専念しな。後の事は俺たちがなんとかする」


 いや、ボギーさん! 絶対にわざとですよね!

 テリー、笑ってないで助けろよ!


 俺がテリーに話し掛けようとすると機先を制するように、聖女の軽やかな声が響く。


「今夜は年少組の三人との会話が弾んで寝付けそうにありませんね」


 聖女、何を楽しそうな顔をしている!


「直接本人に聞いた方が早いですよ。生贄には洗いざらい白状してもらいましょう」 


 黒アリスちゃん、大鎌の刃こぼれを確認するの、やめようか。


「それはやめましょう。ベスちゃん一人を皆で責めるみたいで良くないわ――」


 おお! 白アリ、いい事を言った!


「――皆で暴露話大会をしましょう。一人一つずつ質問に答えていって、全員で百個の質問に答えるの。答え終わったころには隠し事のない関係になっているかもね」


 可愛らしい笑顔から発せられた、白アリの涼やかな声が辺りに響いた。

『かもね』じゃない! 百物語より怖ぇよ! 


「さすがです、白姉。今夜は女の子皆でパジャマパーティーやりましょう」


 黒アリスちゃん、笑顔が怖いよ。

 ってか、護衛の俺の居場所がない方向に話を持っていっているのは、気のせいだよね?


 俺が口をさしはさむ間もなくいろいろな事が決まっていく。

 いや、今は心を落ち着けよう。対策は後で考える。今やるべき次善の策は話を逸らす事だ。


「そ、そんな事よりも、随分と階層の攻略が早かったな」


 俺の質問に反応してくれたのはロビンだった。


「ミチナガとはぐれたトラップ以降、八階層から十七階層までは魔物と遭遇しなかったんですよ」


 ロビン、いいヤツだな、お前。


「魔物がいない?」


「そうです。魔物がいないどころか、さながら果樹園のように何種類もの果物がなっている木が乱立する階層もありました」


「日光も届かないのに果樹が育つのか、さすが異世界だな」


 俺が異世界に感心する言葉を発すると、白アリから間髪を容れずに否定の言葉が飛んできた。


「ところが、日光が届いているから不思議よねー」


「日光が届いていた? どういう事だ?」

 

 白アリに視線を向けると聖女が白アリの言葉を補足する。


「多分ですけど、空間を歪めているのではないでしょうか?」


「なーんか、今までのダンジョンと違うのよ」


 白アリはそう言うと『ね、ミランダ?』と、こちらに向かって歩いてくるミランダに話を振った。

 聞こえていたらしく、ミランダは流れるように返す。


「はい、私たちの知っているダンジョンとは随分と違っています――」


 この世界の知識や常識を十分に知らない俺たちの目から見ただけでなく、現地人であるミランダたちから見ても、このダンジョンは特異のようだ。


「――敵が全くいない階層が多い事とかもそうですが、先程の話にあったような果樹園のような階層があったり、一面畑で作物が採れる階層があったり、温泉があったりと……何というか、探索者に優しい階層が多いです」


 優しいというよりも、助けになっているよな、それ。


「それで十九階層からは魔物が現れたんだな?」


 ミランダから白アリたちに視線を移すと、ロビンが口を開く。


「コボルド、オーガ、オーク、ゴブリン、それにそれらの上位種は普通にいました。ロックオーガや迷宮キツネ、それに幻影ウツボでしたっけ? あの厄介なウツボも出ました。ですが、オルトロスには出会いませんでした」


「あとね、フレイムキャットも出たのよ」


 白アリは幸せそうな顔でそう言うと、ロビンの足元にいた黒いペルシャ猫のような魔物を抱え上げた。


 女性陣に妙に人気のある、この黒いペルシャ猫みたいな魔物はフレイムキャットと言うのか。


「私もフレイムキャット二匹を使役獣としました」


 ロビンは自分の足元にまとわりついている、もう一匹の黒い猫を指した。


 この二匹がロビンの使役獣とすると、向こうでベスや年少組が抱きかかえて喜んでいるのは黒アリスちゃんとボギーさんの使い魔か。

 なるほど、死んだ猫を嬉しそうに抱きかかえているのか。冷静になって考えてみると怖いな。


 そんなどうでもいい事を頭から追い出して皆に聞いた。


「他には、ボギーさんと黒アリスちゃんの使い魔の編成はどうなっている?」


「私はロックオーガ四体とフレイムキャット三匹、迷宮キツネ二匹を加えました。馬とワイバーン、連絡用のサンダーバードは戦力外ですから、あとは迷宮亀くらいです――」


 迷宮亀もピンポイントの盾としては優秀だが、集団戦闘では今一つ使い勝手が悪いんだよな。それに馬とワイバーン、俺と白アリの馬とワイバーンは最悪外す覚悟をしておいた方が良さそうだ。

 考えが顔に出たのか、黒アリスちゃんがすぐに補足する。


「――戦力が不足するようでしたら、馬とワイバーンはすぐにでも使い魔の解除をします」


「ありがとう。でも、今のところそこまでは必要ない。それに外すとしたら俺の馬とワイバーンだ」


 何だかんだ言っても、黒アリスちゃんは馬とワイバーンに愛着を持っている。

 俺は黒アリスちゃんが安堵の表情を見せるのを確認して、視線をボギーさんへ向ける。


「ん? 俺か? 戦力になりそうなのは盾代わりのロックオーガ十体とケルベロスだ」


 ロックオーガが十体か。魅力的だ。

 これにベスの戦力が加わる。

 拡充した戦力としてはゼロから始めたベスが最も充実している。後はもっと有用な魔物を手に入れた際に入れ替えが出来るかだ。


「ここから先、益々強力な魔物が出てくる事が予想される。強力な魔物を使役獣や使い魔にできるようなら、どんどん入れ替えをして戦力強化を図る――」


 俺はそこで一旦言葉を切り、転移者一人一人の顔を改めて見た。

 本来の目的は生贄問題。


「――調査と問題解決を完了させたら、そのまま最下層を目指そうと思う」


 俺が『どうだろうか?』と皆に問い掛けるよりも先に、口元に笑みを浮かべた白アリが即座に反応し、わずかに遅れて黒アリスちゃんが口を開く。


「そうこなくっちゃ! 楽しくなってきたわあ」


「このダンジョンを一気に攻略するんですね、賛成です!」


 二人に続いて、口元を綻ばせたボギーさんとテリーが続く。


「いいネェ、嫌いじゃないぜ、そういうの」


「さあて、ここのダンジョンマスターはどんなヤツかな? 自分のダンジョンの魔物がアンデッド軍団になって目の前に現れたときの顔が今から楽しみだ」


「やっぱり、そうなりますよねー」


「そんな気はしていました」


 楽しそうな響きを湛えた聖女の言葉とため息交じりのロビンの声が続いた。

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