第351話 夜の森の迷宮(24)

「ミチナガー、心配したよー」


 プランBの待ち伏せポイントである小部屋の入り口に到着するなり、マリエルが小部屋から飛び出してきた。

 よく見ると目に薄っすらと涙を浮かべている。

 

「どうしたんだ? 何か怖い目にでもあったのか?」


「違うよ、ミチナガとベスの心配をしていたの!」


「すまない、俺もベスもこの通り無事だ。今回も楽勝だったぞ」


「そうなの? さすがミチナガ、凄ーい――」


 大袈裟おおげさに驚くと、サファイアの背中に横座りしているベスの周りをグルグルと飛びながら話し掛ける。


「――これが新しい使い魔なの? 色違いなんだ」


「そうよ、サファイアちゃんって言うの。仲良くしてあげてくださいね」


「分かった、仲良くするね」


 マリエルは言葉と共にサファイアのたてがみに飛び込んだ。

 たてがみの中でもぞもぞと動き回るマリエルを、サファイアの背に座ったベスが微笑みを浮かべて眺めている。


 そんな二人と一匹を見ていると、この青オルトロスに苦戦していたのが嘘のように感じられる。

 闇魔法って、本当に便利だよな。


 青いたてがみの中からマリエルが顔を出した。


「ミチナガ、エリシアたちも来たよ」


 マリエルの視線の先に年少組の三人とメロディが駆け寄ってくるのが見えた。


「遅くなってすまなかった」


 駆け寄る彼女たちに声を掛けると、安堵した様子でエリシア、ミーナ、リンジーの言葉が重なり、少し遅れてメロディの声が届く。


「お疲れ様です、フジワラさん、ベスちゃん。お二人の無事な姿を見て安心しました」


「プランAで片付いたんですね、さすがフジワラさん」


「無事で良かったー。遅かったんで心配しましたよ」


「ご無事で安心しました、ご主人様」


 メロディの言葉が終わるのを待ってベスが言葉を発するが、


「皆さん、ご心配をお掛けいたしました――」


 新しい使い魔に興味津々のミーナとリンジーがベスの言葉を遮って質問を投げかけた。


「ねえ、ベスちゃん。それが新しい使い魔なの?」


「前のオルトロスと色違いだけど、上位種とかかな?」


「はい、新しい使い魔でサファイアちゃんです。ルビーちゃん共々仲良くして下さると嬉しいです。それと、詳しい事は分かりませんが、上位種とかではなさそうです」


 サファイアの首に抱きついて顔をたてがみに埋めているミーナが誰にともなくつぶやくと、リンジーが冷めた口調で突き放す。


「いいなー。私も魔物を使い魔にしたいよー」


「闇魔法が使えないから無理だよ」


 そんなやり取りをする二人の肩に手を置くとエリシアが言った。


「闇魔法が使えないから使い魔は無理だけど、頑張れば魔物をテイム出来るようになれるわよ――」


 確かにエリシアの言うように闇魔法は先天的な能力だが、モンスターテイムのスキルは後天的に獲得できるスキルだから可能性はある。

 だが、確実に習得できる保証がないだけでなく、習得率がかなり低い。


 エリシアは口元を綻ばせると、からかうように言った。


「――飽きっぽいあんたたちに出来るのー?」


 図星を指されたのか、とぼけるように明後日の方を向くリンジー。そしてミーナは間髪を容れずに話題を変えた。

 ミーナが俺とベスを交互に見比べながら、


「あれ? フジワラさんもベスちゃんも装備と服が変わっている」


 驚いたようにそう口にすると、リンジーが続いた。


「そうね、それになんだかお風呂に入った後みたいに綺麗だよ」


 よく気付いたな。ベスの服はともかく、俺のアーマーはほとんど代わり映えしないのに。

 などと感心している場合じゃない。


 若干頬を赤らめたエリシアが無言で後退る。

 あからさまに距離を取られた。


 ドン引きしているエリシアはもちろん、他のメンバーの誤解も解かないと後が怖い。


「マリエルには楽勝と言ったが、正直言うと手こずった。これを見てもらえば想像できると思うが――」


 俺はボロボロになったアーマーを取り出して見せる。ベスも同じ様に俺の隣で背中をザックリと裂かれた服を出して見せた。


「――激戦だった。俺も左腕を失ったし、ベスも死にかけた」


 エリシア、リンジー、ミーナは顔を蒼ざめさせる。


「え? フジワラさんが?」


「うわっ! ボロボロ」


「本当だ、左側がザックリ切り裂かれている」


 驚きの声を上げる年少組の三人。その傍らに立っていたメロディは蒼ざめて声も出ない様子だ。

 彼女たちに向けて極力明るく返す。


「苦戦したが、その分成果も大きい。ベスが乗っている青いたてがみのオルトロスだが、強力な光魔法とアンデッド・オーガ並みの再生能力を持っている」


「アンデッドって、光魔法使って大丈夫なんですか?」


 エリシアの疑問に俺とベスは同時に声をあげると、顔を見合わせる。


「あ!」


「え?」


 気まずい空気の流れる中、サファイアの背中に手を置いたまま固まっているベスに聞く。


「光魔法で回復とかさせたら、ダメージ負うのかな?」


 夜の森、そこで乱獲した魔物を黒アリスちゃんの闇魔法でアンデッド化させて、俺と白アリの光魔法で浄化。価値の上がった魔石で荒稼ぎしたときの記憶が蘇る。

 普通に止めを刺すときも苦しそうにしていたが、光魔法で浄化するときのアンデッド化された魔物、比較にならないくらい苦しそうな表情をしていたよな。


「ダメージを負うかは試してみないと分かりませんが、アンデッド化させた魔物は闇魔法でないと回復出来ません、ね」


 ベスも今更ながらに気付いたようで、何とも名状しがたい表情をしている。


 単独戦闘であれほど手こずらされた【光魔法 レベル5】による治癒・回復・再生の魔法がサファイア自身に使えないというのはなんとも痛い。

 自分自身に使えなくても、他者には使えるので全くの無駄ではないのだが、やはり微妙な気がしてならない。


 アンデッド化と光魔法の相性の悪さを考えていなかった。

 仲間にした途端、弱体化する敵の見本のようだ。


 全員揃って残念なものを見る目をサファイアに向けている。最も気の毒なのはサファイア自身だし、同情すべきなのかもしれないが……恐らく、俺も同じような目で見ているのだろう。


「ともかく、強力な魔物を仲間に出来た事は間違いない」


「そうですよね、サファイアちゃん、役に立ちます、よね?」


 ベス、お前が疑問形になるな。一番信じてやらなきゃならない立場だろ。


「役に立つさ。俺があれだけ苦戦したんだ、当たり前だろう」


「私もです、私も死にかけましたよ」


 会話しているのは俺とベスだけ、他の者たちは無言だ。


「あの水魔法も強力だったし、接近戦も脅威だった。接近戦なんてルビーよりも上だな、あれは」


「ですよね、ですよね」


 ベス、すがるように俺を見ないでくれ。

 子犬のように俺を頼るベスの顔を見ていると『他に何かありますか、ありますよね』という、彼女の心の声が聞こえてくるような気がする。


「光魔法だって聖女の光魔法に匹敵する。自分に使えないだけで、皆には使えるんだ。怪我をしたときとか、絶対に役に立つ」


「うわー、光の聖獣ですね、サファイアちゃん」


 それ、聖女に怒られないか?


「自分自身は回復出来なくとも、再生能力があるから何の問題もない。水魔法はテリー並みで光魔法は聖女並み。さらに接近戦はルビーよりも上だ」


 だめだ。話がループしてきた。

 だがもっとだめなのは他の皆だ。無言どころか視線を明後日の方向へ彷徨わせている。


「サファイアちゃん、私は味方ですからね」


 無言でたたずむサファイアの首に抱きつくと、愛しむようにそうつぶやいた。


 ベス、くじけるなよ、諦めるなよ。俺だって頑張っているんだぞ。


「皆、そろそろ移動しよう。先程の下り階段、あれを降りようか」


 ◇

 ◆

 ◇


 階下から爆発音が轟き、続いて階段を爆風が昇ってきた。


「白姉の声だったよね? 今の」


 その爆風の中、リンジーのつぶやきにミーナが反応する。


「爆発音の前に聞こえた声の事を言っている? それとも後?」


 リンジーはポツリと『前だよ』と小さくつぶやいて、続ける。


「後から聞こえた悲鳴は間違いなくミランダだった。それは自信を持って言える」


 悲鳴と言うか、常識あるミランダが爆裂系火魔法を使った白アリを悲鳴交じりにいさめたセリフな。


「この階段を下りていったら火球とか飛んできたりして」


 ミーナ、そこは白アリを信用してやってくれ。幾らなんでも確認もせずに攻撃魔法を放つとかはしないはずだ。

 俺が次の行動を思案していると、リンジーが背中から声を掛ける。


「ここはフジワラさん、先頭でお願いします」


「なんで俺なんだ?」


「一番タフじゃないですか。それに魔法障壁だって一番強力ですし、何よりも唯一の男性。さらにリーダー。頼りにさせて頂きます」


 こいつ、口が上手くなったな。


「ベス、索敵を兼ねて狐を先行させてくれ」


「そんな酷い! 狐ちゃんが丸焼きにされちゃいます」


 すぐさま、エリシアがベスを擁護し、ミーナとリンジーが続く。


「そうですよ。いきなり魔物が出てきたら、白姉じゃなくても攻撃しますよ、フジワラさん」


「ここは万が一白姉の火球が飛んできても、耐えられるフジワラさんが先頭を歩くのが適任だと思います」


「私たちじゃ、即死ですよ、即死――」


 リンジーはセリフの後に、他者には聞こえないように小声でささやいた。


「――あとは、奴隷を先行させるって手もありますが、そういうのは白姉が嫌うんですよ。そんな事をしたら私たちが怒られちゃいます」


 知らなかった、アイリスの娘たちの奴隷の扱いにまで口出しをしていたのか。

 まあ、俺が先頭で降りるのが妥当と言えば妥当か。


「よし、それじゃあ俺が最初に降りるが、皆も間を空けずに付いてこい。またトラップが発動してバラバラになるのはごめんだからな」


 俺の言葉に年少組三人の顔色が変わった。エリシア、ミーナ、リンジーが慌てて距離を詰める。


「それは、私たちも同じ気持ちです」


「そうだね、ピッタリと付いていきます」


「火球が飛んできたら一蓮托生のつもりです」


 俺やベスと離れるのは嫌なようだ。やれやれ、何とも現金な三人組だ。


 ◇

 ◆

 ◇


 階段から見える通路、そこを右手方向から左手方向へと高速で火球が横切っていった。

 続いて轟く爆音とわずかに遅れて届く爆風。


 俺のすぐ後ろを降りていたベスが半ば諦めたような口調でつぶやく。


「今見えた光の線は爆裂系の火球だったようですね」


 ダンジョンの下層階で爆裂系火魔法を多用するとか、頭に血が上っているのか、頭がおかしいかのどちらかだ。或いは白アリか、だ。


「よーし! とどめを刺すわよ!」


「はい!」


 その声と共に大鎌を振りかぶった黒いドレスアーマーの美少女が高速で駆け抜ける。続いて、喜色満面の白いドレスアーマー美少女が駆け抜けようとして足を止めた。

 喜色にあふれていた顔は驚きの色に一変する。


「ミチナガ! あんたどこに行ってたのよ?」


 はぐれた仲間と再会した第一声がそれかよ。もうちょっと、こう、なんかあるだろう、普通。

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