第347話 夜の森の迷宮(20)

 青いたてがみのオルトロスを、ベスが使い魔とした赤いたてがみのオルトロスと同程度の戦闘力があると仮定し、俺とベスの二人で対処する事にした。


 右側の部屋――青いたてがみのオルトロスがいる部屋の入り口から室中を覗き込む。


「ミチナガ様、どうですか?」


「油断しているのか疲れているのかしらないが、床に伏せて目をつぶっている。予定通りプランAで行く。ないとは思うが、もし仕留めきれなかった場合はそのままプランBに移行するから、心の準備だけはしておいてくれ」


 プランAはこの部屋に突入し、力業でオルトロスを仕留めてベスの使い魔とする。

 プランBはオルトロスをおびき出して別の場所で仕留める。もちろん、仕留めた後はベスの使い魔にする。


「はい、分かりました」


 ベスの知識で正解だった。


『雷魔法と火魔法の代わりに光魔法と水魔法が使えたはずです』


 その言葉通り、青いたてがみのオルトロスは【光魔法 レベル5】と【水魔法 レベル5】を所持していた。


 その他の所持スキルは赤いたてがみのオルトロスと違いはない。厄介なのは【身体強化 レベル5】、【物質強化 レベル3】、【再生 レベル3】。手強いことに変わりはないが、雷魔法と火魔法を操る赤いたてがみのオルトロスよりは与し易そうだ。


 とは言っても強力な魔法障壁もある。赤いたてがみのオルトロスと同様、ショート転移からのクロスレンジ攻撃で決着をつけよう。

 俺はショート転移からの硬直の短剣による連続攻撃をイメージして、ベスに指示を出す。


「アンデッド・ロックオーガを突入させろっ!」


 直後、完全武装した二体のアンデッド・ロックオーガが室内へと突入する。オルトロスは即座に立ち上がると、姿勢を低くして臨戦態勢を取った。


 俺はベスを小脇に抱えた状態でアンデッド・ロックオーガに続いて室内へ突入。二体のアンデッド・ロックオーガを盾とすることで、青オルトロスの視界から自分とベスを消し去る。

 こちらが突入してきたことは分かっても、位置の詳細までは把握出来ないはずだ。


 アンデッド・ロックオーガと青オルトロスの戦闘開始と同時にショート転移で飛び込んで、至近距離からの雷撃と同時に硬直の短剣で一撃を与える。

 後は硬直の効果が発動するまでショート転移を繰り返しての連続攻撃。


 二体のアンデッド・ロックオーガが、青オルトロスまで三メートルほどの距離に迫ったところで異変が起きた。


 淡く光る粒子のように水しぶきが舞う。

 空間に突如出現した巨大な水の壁。アンデッド・ロックオーガはその壁へ、盛大に水しぶきを上げて突っ込んだ。


 次の瞬間、厚い水の壁は水の牢獄となってアンデッド・ロックオーガをその中に捕らえる。


 圧縮された水の障壁っ! 

 俺たちの中でもこんな事が出来るのはテリーだけだ。【水魔法 レベル5】だからこそ出来る技。


 ちっ! 甘く見ていたかっ!


 予想外の出来事に足が止まる。

 胸のあたりに魔力が膨れ上がるような違和感を覚えた。刹那、俺の中の何かが警鐘を鳴らす。


「ベス、飛ぶぞっ!」


 叫んだ瞬間、ベスを抱えて数メートル後方へ空間転移していた。そしてたった今、俺たちがいた空間にソフトボール大の水球が二つ発生し、弾けた。


 あのオルトロス、今、俺とベスの肺に水を満たそうとした?

 いや、水を満たした上で弾けさせるつもりだった。テリーでさえ、あんな水魔法の使い方はしていない。


 背筋を冷たいものが流れた。この個体、戦闘経験が豊富だ。戦い方を知っている。


 青オルトロスが駆けた。

 水の牢獄の中でもがく、二体のアンデッド・ロックオーガを回り込むようにして迫る!


「ヒッ!」


 短く悲鳴を上げるベスを抱きかかえた俺を包囲するように周囲に幾つもの魔力の塊が発生した。

 青オルトロスの攻撃が来る! だが、


「こっちが先だ!」


 この短時間で注ぎ込めるだけの魔力を注ぎ込んだ渾身の雷撃を放つ。雷撃が具現化すると同時にさらに後方へと転移。


 俺とベスの残像を幾つもの圧縮された水の矢が四方八方からつらぬく。

 こちらの雷撃は青オルトロスを捉え、紫電の輝きの中でヤツの全身の毛を逆立たせた。魔法障壁を貫けはしたが致命傷には至っていない。だが、これで青オルトロスの戦闘力は激減する。


 ベスが俺の胸から顔を上げると、全身に火傷を負って横たわる青オルトロスを恐る恐る見た。


「やりました?」


「まだだ。とはいえ、オルトロスの生焼けの出来上がりだ」


 ベスを傍らにおろして硬直の短剣を手にする。

 さて、クロスレンジからこいつを叩き込むか。俺は硬直の短剣を握りなおすと、生焼け状態の青オルトロスに向かって歩き出した。


 青オルトロスまであと一歩の距離に近づいたところで、ベスの叫び声が響く。


「ミチナガ様っ! その仔、回復していますっ!」


 文字通り、あと一歩のところで邪魔が入ったとばかりに、青オルトロスが苛立ちを露わにしたように咆哮ほうこうを上げて飛び掛かってきた。


 光魔法っ! 外傷はそのままに内側だけ回復させて隙をうかがっていたのか。


 迎撃している余裕はない。

 ベスの周囲に幾つもの魔力の塊が発生する。間に合ってくれっ!


 複合障壁を巡らせてベスのかたわらへと転移する。

 転移と同時に幾本もの圧縮された水の矢が降り注ぐ。複合障壁を抜けてきた圧縮された水の矢が俺の右腕と右脚を貫いた。


 ベスの叫び声が耳朶じだを打つ。


「ミチナガ様っ! 脚をっ!」


 反撃している時間はない。


おびき出すぞっ!」


 連続転移で通路へと撤退した俺たちを青オルトロスが追う。 

 もはやあざむく必要がなくなった青オルトロスは残った外傷も光魔法で治療し、真直ぐにこちらへと向かってくる。


「怪我をしています」


「俺はいい。お前の方に怪我はないか?」


 火炎系火魔法で青オルトロスを包み込むように、床を炎の海に変える。炎の海が部屋全体を茜色に染めた。茜色の中、涼しげな青いたてがみが一際目を惹く。


「はい、私は無傷です」


 炎の海にもひるむことなく青オルトロスが迫る。


 炎が体毛を焼き、皮膚を焼けただれさせるそばから、【光魔法 レベル5】と【再生 レベル3】が回復させていく。

 俺もあれをやろうと思えば出来るが、やりたくはない。熱さと痛みは確実に襲ってくる。


 たった今受けた怪我を治療している俺の横で、ベスがアサルトライフル型の魔法銃を連射する。破壊力に重点を置いた大口径のタングステン弾が、次々と青オルトロスを捉えた。

 銃弾は青オルトロスの額、目、肩、前脚に着弾するが、仕留めるどころか減速すらさせられない。


 額や目といった、急所となる部分は一段と固い魔法障壁と【物質強化 レベル3】で強化されているのか、体毛にすら届かない。

 肩や前脚に着弾した弾丸は傷を負わせることは出来るが、次の瞬間には回復し出していた。


 入り口付近まで到達した青オルトロスは、跳躍して一気に距離を詰める。オルトロスの牙が迫り、俺たちの周囲に膨張する魔力が幾つも発生した。

 また圧縮した水の矢か?

 

「止まりませんっ!」


 精密射撃から乱射に切り替えて叫ぶベスを伴って、左側奥の部屋の入り口付近へと転移する。

 置き土産の火炎系火魔法が青オルトロスを包む。炎の中の青オルトロスにベスが撃ち出した弾丸が次々と着弾する。やはりというか、予想はしていたが、ダメージを負うどころか速度が落ちる様子もない。


「今まで戦った相手で、精神的にも肉体的にもここまでタフなヤツは初めてだ」


 半ばあきれてつぶやく俺の横でベスが叫ぶ。


「ミチナガ様っ、き、来ますっ!」


 叫びながらもベスの射撃は止まらない。青オルトロスの魔法障壁の比較的薄い部分を選んで撃ち抜いていた。

 

「飛ぶぞっ!」


 ベスを抱えた状態で先程コボルドの上位種が集まっていた部屋の入り口へと出現する。

 出現と同時に炎と雷撃を青オルトロスに向けて放つ。ベスもタングステンの弾丸を着実に青オルトロスに命中させていく。


 すぐに回復はしているが、確実に激痛は青オルトロスを襲っている。すんでのところで捕まえ損ねていらついてもいるだろう。

 さて、いつまで冷静でいられる。


 俺たちが捕まるのが早いか、お前が冷静さを欠いて判断ミスをするのが早いか、或いはお前の魔力が尽きるのが早いか。

 我慢比べと行こうじゃないか。


「ベス、飛び込むぞっ!」


「はいっ!」


 俺とベスはコボルドの上位種が集まっていた部屋へと飛び込んだ。

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