第346話 夜の森の迷宮(19)

 このまま静まり返っていても何も始まらない。


「生かしておくと厄介そうだし、さっさと片付けてしまおうか」


 あの二頭が食べている四頭の牛と先ほどの一頭、元はなんだったのか気になるがこの話題に触れるのを今はやめておこう。

 俺の意図を理解したエリシアとベスが即座に同意した。


「そ、そうですね。遠距離から魔法銃で仕留めましょう」


「私、頑張って狙撃します」


 クロスレンジでの戦闘が主体のエリシアでも、ウェアキャトルとの接近戦は願い下げらしい。

 ベスもあれほど見るのを嫌がっていた、ウェアキャトルが食事をする姿を、それこそ一挙手一投足も見逃すまいとの意気込みで注視していた。


「私たちは弾幕を張ればいいですか?」


 ミーナとリンジーがアサルトライフルタイプの魔法銃を手に、確認を求めてきた。


 ウェアキャトルの魔力から考えて魔法障壁は脆弱ぜいじゃくだ。弓矢なら弾いてもクロスレンジからの強烈な一撃、ましてやそれ以上の破壊力がある魔法銃を防ぐことは出来ない。

 ベスとエリシアの狙撃で終わるとは思うが、万全を期すか。


「弾丸はタングステンかなまりを使用、ともかくあの二頭を近づけるな」


「はい、分かりました」


「絶対に近づけません」


 ミーナとリンジーの返事に重なるようにマリエルが叫ぶ。


「気が付いたよっ! こっちを見ているっ」


 上空から響く彼女の叫びに全員に緊張が走った。即座にエリシアとベスが入り口の壁に寄り掛かって身体を安定させる。ミーナとリンジーの二人も座撃ちの姿勢でウェアキャトルに狙いを定めた。


「来ますっ!」


 エリシアのうわずった声が響く。ウェアキャトルが駆ける。後方警戒を命じていた奴隷娘の三人もこちらを振り向いた。

 ウェアキャトルとの距離がみるみる縮まる。【身体能力 レベル3】があったのでそれなりの反応速度を見せるとは思っていたが、予想以上に速い。


「撃てーっ!」


 俺の号令と同時にミーナとリンジーの魔法銃が乱射され、全身に銃弾を浴びたウェアキャトルの突進が止まる。

 踊るようにしてその身に無数の銃弾を浴びるウェアキャトル。ベスの放った銃弾が二頭の額に大口径の穴を穿うがち、後頭部を破壊して突き抜けた。


「外しました」


 悔しそうに唇をむエリシアの肩に軽く触れる。


「全身に銃弾を受けている魔物の額を撃ち抜くなんて、そうそう出来る芸当じゃないさ。それに練習時間も少なかったんだ、顔面に当てただけでも上出来だ――」


 エリシアにミーナとリンジー、奴隷娘たちをまとめて周辺警戒に移るよう指示し、ベスに向きなおる。


「――よくやった。相変わらずの射撃の腕だな。まさかそれぞれ一発で仕留めるとは思わなかったぞ」


「ありがとうございます。不思議ですよね。照準器を通してウェアキャトルを見たら、『必ず守ってやる』ってミチナガ様の声が頭の中に響いて、そうしたら落ち着いちゃいました。きっと安心したのだと思います」


 素直ないい娘だ。俺はベスの細い肩を抱き寄せ、彼女の背中を押すようにして一歩を踏み出した。


「念のためだ、ウェアキャトルを燃やして消し炭に変えてしまおうか」


「え? えええーっ! ちょ、ちょっと待ってください。私はここで待っています。使い魔も強くなりましたし大丈夫ですよ」


 ベスの抗議の声を聞き流して、


「マリエル、上空から部屋全体の警戒を頼む。エリシアは通路側の警戒だ」


「了ー解っ」


「はい。ベスちゃんの使い魔は?」


「全て残していく」


「ええーっ! 怖いです、ミチナガ様と二人っきりとか、不安ですっ! ――」


 お前、今しがたのセリフはどうなった? それになんだか人聞きが悪いぞ、それ。皆と一緒なら俺が傍にいて安心できるけど、二人っきりになると不安だと言っているみたいじゃないか。


「――せめて、せめて、ルビーちゃんだけでもっ」


「ルビーちゃんて誰だ?」


「オルトロスちゃんです。名前を付けました。お願いです、ルビーちゃんをっ」


 涙目ですがりつくベスに負けてオルトロスを連れていくことを承諾すると、パァっと明るい笑顔を見せた。続いて、もじもじしながら付け加える。


「――あの、狐も一匹くらいは居た方が、いいかな? って思うのですが……」


 さすがに狐一匹一匹にまで名前は付けていないようだ。


「エリシア、すまない。オルトロスと狐一匹以外は残していく。ウェアキャトルがあの二頭だけという保証はないから十分に気を付けてくれ」


 ◇

 ◆

 ◇


 結局、ウェアキャトルは、消し炭に変えた先程の二頭以外には見当たらなかった。

 繁殖したのではなく『裂け目』を通ってあちら側の異世界から来たと考えれば、あの二頭しかいなかったとしても不思議はない。


 あちら側の異世界の存在を知らないこちら側の異世界の住人も魔物が『裂け目』から湧いてくることはしっている。

 ウェアキャトルが二頭しかいない事も、湧いてきた魔物と解釈して納得していた。


「ミチナガ様、まもなく分岐地点です」


 先頭を進む斥候役のアンデッド・狐が分岐地点から数メートルに来たところでベスが知らせてくれた。

 逃げてきた牛を見かけた場所からウェアキャトルがいた場所まで分岐は五カ所。その最深部――ウェアキャトルがいた場所に最も近い分岐を進む事にした。


「この分岐を向かって左に進む」


 真っ先に二匹のアンデッド・狐が通路を左に折れた。角を曲がると同時に斥候役のアンデッド・狐の毛が逆立ち、耳と尻尾もピンとして緊張しているのが分かった。

 アンデッド・狐に続いて武装した二体のアンデッド・ロックオーガが角を曲がる。


 緊張するアンデッド・狐とは対照的に、背後からはリンジーとミーナの暢気のんきな会話が聞こえてきた。


「今更だけど、ウェアキャトルを生け捕りに出来ていたら、地上に戻ったら大儲けできたろうね」


「貧しい農村に貸し出すの? それとも魔物を片端から牛に変えて売り払うとか?」


「それもあるけど、リューブラント国王あたりが高く買ってくれそうな気がしない?」


 リンジーとミーナの会話に、メロディと奴隷娘三人は顔を蒼ざめさせ、一様に押し黙っていた。

 その様子を見ていたエリシアは小さくかぶりを振ると、少し強めの語調で二人をたしなめる。


「ちょっと、二人ともその話はお終いにしてちょうだい。フジワラさんが言っていた分岐は目の前よ」


 首をすくめるミーナとリンジーを目の端に捉えながら、分岐を左へと曲がった途端、ベスの緊張した声が聞こえた。


「ミチナガ様、狐が警戒しています――」


 アンデッド・オルトロスの背中に座っているベスが、アンデッド・狐の進む、さらに先を視認しようと目を凝らす。


「――ミチナガ様の言われた通り、この先に下り階段があります。さらに、その手前に部屋が三つ――進行方向通路の左側に二つ、右側に一つあります」


 ベスの言葉に小さくうなずき、空間感知で入手した情報を皆に伝える。


「魔物が集まっているのは左側の手前にある部屋だけだったが、今は右側の部屋にも一体だけ魔物がいる――」


 念のため、二つの部屋に視覚を飛ばす。

 左手前の部屋は行きと同じようにコボルドの亜種。通常のコボルドよりも身体が大きく、体毛は青みがかかった灰色。やっぱり上位種と思った方が無難だよな。


「――左側手前の部屋にはコボルドの上位種と思われる魔物が五十二匹。通常のコボルドよりも五割り増しくらいの大きさで、すべての個体が武装している。戦闘力や特殊能力は不明」


「数が多いですね。右側の部屋の魔物は後回しにして、ロックオーガを半数ほど部屋に突入させて敵を混乱。残りのロックオーガで入り口をふさいで、部屋の外――通路から魔法銃で少しずつ削っていきましょう」


 エリシアが即座に作戦案を提示した。

 いい作戦だ。だが、右側の部屋にいる魔物の存在を軽視している。


「右側の部屋にいるのはオルトロスだ。何がどう違うのか分からないが、たてがみの色が青い――」


 コボルドと交戦中の通路で、こいつに背後を取られるのは遠慮したい。

 顔を引きつらせるエリシアたちをそのままに俺はアンデッド・オルトロスの背に乗ったベスに視線を向けた。


「――ベス、たてがみの青いオルトロスに心当たりはあるか?」

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