第342話 夜の森の迷宮(15)

「マリエル、蝙蝠こうもりの群を蹴散らすぞっ! 雷撃で撃ち落とせっ! 間違っても爆裂系の火魔法は使うなよっ!」


「了ー解っ!」


 俺とマリエルの雷撃が頭上を飛び交う蝙蝠に向けて放たれた。

 幾条もの紫電が天井に向けて走り、バスケットコート程の室内を一際明るく照らし出す。ほぼ同時に室内には雷撃が空気を引き裂く轟音と蝙蝠の叫び声が木霊した。


 轟音と蝙蝠の叫び声、奴隷娘たちの悲鳴が重なり合う中、ミーナとリンジーの会話に続いて、エリシアとベスの叫びが耳に届く。


「階層を二つ降りただけあるわっ! ロックオーガ、強いよっ!」


「ナマズちゃんが可愛く思えてきたねぇ」


「フジワラさんっ、壁が破られましたっ!」


「ミチナガ様、支えきれませんっ! ロックオーガの群がこちらのアンデッド・オーガの壁を突破してきますっ!」


 敵のロックオーガが強力なのは分かっていたが、こちらのアンデッド・オーガには重装備をさせていた。もう少し耐えるかと思ったが、意外ともろい。

 頭上を逃げ惑う蝙蝠は残すところ三割。


「マリエル、残りの蝙蝠は任せるっ――」


 前線のアンデッド・オーガはロックオーガとの個体での能力差と数に押されて、既に壁としての役割をなしていなかった。

 速度で勝るアンデッド・鳴き狐が辛うじて応戦出来ているが、壁にするには貧弱すぎる。


「――ベスッ! アンデッド・狐を敵左翼に集中させてこちらの射線から外せ! 全員、敵中央から右翼にかけて魔法銃で弾幕を張れ! 狙いをつける必要ない。目的は少しでもロックオーガの進撃を遅らせることだ」


 ベスが返事をするよりも先にアンデッド・狐を敵左翼に集中させた。続いて、年少組の三人とその奴隷たちから了解の返事が発せられ、魔法銃からタングステンの弾丸が連射される。

 放たれた大口径の弾丸はロックオーガの脚を撃ち抜き、筋肉と骨を破壊し四散させた。


 脚の機能を奪われた、或いは脚そのものを吹き飛ばされたロックオーガは、悲鳴にも似た咆哮ほうこうを上げて次々と床に倒れ伏す。

 だが、その瞬間から破壊された筋組織や骨、神経が再生を始めていた。


 あいにくと、再生を待つつもりはない。

 ベスにアンデッド・狐を下がらせるように指示し、地に伏したロックオーガの頭部に大口径のタングステンの弾丸を撃ち込み、一体ずつ確実に仕留めていく。


 最後のロックオーガに狙いを定めたところで、部屋を抜けた先にある通路で魔力が膨れ上がるのを感知した。


「全員、魔力障壁を展開っ! 防御態勢を取れ!」


 反応できたのはベスとエリシアだけかよっ!


 ベスがアンデッド・狐を全速力で自分の方へ走らせ、周囲に複合障壁を展開。エリシアがミーナとリンジーを抱きかかえるようにして『自動防御の腕輪』の機能を任意に展開した。

 俺は上空でホバリングしているマリエルと、部屋の片隅で魔道具を作成していたメロディを召喚魔法で呼び寄せ、パーティー全員を複合障壁で覆う。


 複合障壁の完成と同時に火球が俺たちとロックオーガとの間に着弾し、爆発した。直後、展開した複合障壁を炎が覆う。

 爆風と爆音が床と空気を震わせる中、辺り一面を氷が覆った。


 取り敢えず、今の攻撃で天井と床が無事だったのは助かった。マッピングが正しければ、この真上――上層階は水で満たされている。


 同じことを思ったのだろう、


「て、天井は? 床は?」


 リンジーが魔物そっちのけで天井と床の心配するをすると、攻撃が飛んできた方向を凝視したままのエリシアとミーナが答える。


「床は少しえぐれているわね。でも、天井も床も大丈夫かな? 壁も崩れていないみたい」


「知性の足りない魔物って嫌ね。これ、天井に穴が開いていたら上の階層の水が漏れてくるよ」


 今の攻撃が敵の最大火力である保証はないが、通常攻撃はしのげると考えて良さそうだ。

 俺は空間感知で捉えた情報を全員に伝える。


「空間感知に引っかかった魔物は一匹だけだ。その一匹がこれをやった」


 傷ついたアンデッド・狐を闇魔法で修復しながらベスがつぶやく。


「高位の冷却系と爆炎系の火魔法を自在に操る魔物ですか? もしかしなくても、火炎系の火魔法も操れそうですよね?」


 表情を強張らせて『厄介そうですね』と付け加えた。


 まったくだ。氷と炎の海で足場を奪われたところに高火力の爆炎とかシャレにならない。しかもそれを見境なしに放ってくる。

 白アリみたいな魔物だ。


「だが、仕留めて使い魔に出来れば戦力を大幅に強化できる」


「ミチナガ様、先ずは生き残る事を最優先しませんか? 先程の分岐まで全速力で逃げて別の道を行くというのはどうでしょうか?」


 爆炎が巻き上げた粉塵の中に筋骨隆々の真紅のたてがみをしたライオンが浮かび上がった。


「却下だ。こいつを倒すぞ」


 俺はベスの提案を却下して真紅のたてがみをしたライオンに向けて踏み出す。

 厄介だな、ライオンも全身を魔法障壁で覆っている。それもかなりの強度だ。生半可な遠距離攻撃は弾かれるな。


「やっぱりー」


 ベスの嘘泣きが聞こえてきたが、ここは取り合わない。

 魔物もこちらが魔法障壁を展開している事を理解しているのか、遠距離攻撃を仕掛けずにじりじりと距離をつめてくる。


「ところでベス。あの魔物に心当たりはあるか?」


 魔力を多めに注ぎ込んで速度を上げたタングステンの弾丸なら通るか? 或いはクロスレンジからの攻撃で魔法障壁を弱体化させ、硬直の短剣を突き立てるか? 

 鑑定をした限りでは、厄介そうなのは【火魔法 レベル5】と【身体強化 レベル5】、【物質強化 レベル3】、【再生 レベル3】。そして【雷撃 レベル5】の能力を隠している。

 

「あれはオルトロスです。冷却系と爆裂系の火魔法だけでなく、雷撃を使ってきます。あと怪我をしても時間が経つと治癒してしまいます」


 ベスの言葉にリンジーが反応した。


「オルトロスって双頭の犬じゃなかったっけ?」


 俺もそう思っていた。ケルベロスの劣化版。


「双頭の犬もオルトロスと呼びますが、あのもオルトロスと呼びます。少なくとも私の実家の書物にはそう書いてありました」


「よし、分かった。今からあいつはオルトロスだ。あのオルトロスは俺が倒す。皆は魔力の許す限り複合障壁を張り巡らせ続けろ。決して解くなよ」


 空間転移を使わずに駆け、オルトロスとの距離を詰める。

 こちらの動きに合わせてオルトロスが跳躍した。次の瞬間、真っ赤なたてがみが視界を覆う。アーマードタイガー以上の反応速度だ。


 ショートレンジの転移を行いオルトロスの右側へ出現する。出現と同時にオルトロスを覆っている魔法障壁に干渉する。

 刹那、オルトロスが反応した。空中で首を巡らせて牙をむく。前脚の爪が迫る。


 だが遅い。硬直の短剣に魔力を注ぎ込んでオルトロスの首筋に突き立てる。

 短剣の刃が半ばまで達したところでオルトロスが空中で大きく身をよじった。


 ちっ、浅いかっ!


 短剣から逃れると同時に紫電が走った。オルトロスが狙いをつけずに無差別に放った雷撃は、俺にダメージを与える事なく展開した複合装甲に阻まれて四散する。


 ここまで、オルトロスの攻撃は俺の複合装甲を突破出来ていない。

 再びオルトロスに向かって飛び込む。たった今、硬直の短剣を突き立てた右の首筋に向けて短剣を繰り出す。


 オルトロスの放った紫電が一瞬視覚を奪い、俺の全身を包み込むようにして捉えた。次の瞬間、再びショートレンジの転移でオルトロスの左側へと出現する。

 視覚は戻っていないが、空間感知でオルトロスの動きは手に取るように分かる。先程とは違ってオルトロスは反応できていない。


 硬直の短剣をオルトロスの左の首筋に深々と突き立てた。


 オルトロスが咆哮を上げる。巨体がもんどり打って倒れた。

 まだ生きているが動きがぎこちない。


 視覚が戻った目で視認する。身体を上手く動かせずに床をのたうち回っていた。

 どうやら硬直の短剣の効果が発動したようだ。


「使い魔として蘇ったら、役に立ってもらうぞ」


 俺は武器を硬直の短剣から銀髪の仲間から奪った黒い日本刀に持ち替えて、オルトロスの心臓に深々と突き立てた。

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