第341話 夜の森の迷宮(14)

 さて、全員を移動させ終えたし、そろそろ【水魔法 レベル4】を奪いに行くか。

 ベスを伴った状態でアンデッド・オーガ六体とアンデッド・オーガメイジを含む全員を対岸へと転移させたところで、かたわらのベスに指示を出す。


「ベス、アンデッド・オーガの代わりにこの狐を使い魔に頼む、数は八頭で、床に転がっている個体で足りるはずだ――」


 貯水槽の水面付近数メートルを氷らせたが、出来れば俺以外の者を氷上に出したくはない。

 氷漬けになっているナマズの魔物とベスとの距離は三メートルほど。万が一の場合でも対処できる距離だ。念のためマリエルを護衛に残そう。


「――それと、アンデッド・オーガのうち四体を自分の護衛に割いて、残りをエリシアに任せてくれ」


「はい、分かりました。では生き残ったアンデッド・オークは解放しますね」


「生きている個体があるのか?」


 いや、アンデッド化した魔物を生きていると言っていいのかはこの際流そう。


「ええ、まあ――」


 もの凄く言い辛そうな様子で明後日の方を向くと、ボソリと口にする。


「――ナマズの胃の中で六匹ほど生き残っています」


 いやまあ、たった今、呑み込まれたばかりだし、そりゃあ消化されずに生きていてもおかしくないか。

 だが、そいつらを助け出す気にはなれないのは俺も一緒だ。


「胃の中の個体は忘れていいぞ。それと、この事は皆には伏せておくように」


 声を潜めた俺の一言に、無言でコクリとうなずくベスから、通路側を警戒しているエリシアたちに視線を移す。


「エリシアはミーナとリンジー、それと二体のアンデッド・オーガとアンデッド・オーガメイジを連れて通路の警戒にあたってくれ」


「はい、分かりました」


 特に指示を出さなくても、奴隷の三人は彼女の判断で配置するだろう。


「マリエルは引き続きベスの護衛を頼むな」


「了解ーっ、任せてっ!」


「メロディはそのまま魔道具の作成を頼む」


「はい、かしこまりました」


 大きな尻尾を勢いよく振り回すメロディから、元気な返事が戻ってきた。


 念のため周囲に空間感知を展開しながらナマズの魔物へと向かう。

 途中、もう一種類の魔物――小型の魚というか、大型のピラニアのような魔物の姿が目に入った。鋭い歯をむき出しにしたまま凍てついている。死亡したアンデッド・オークはこいつに食い殺されたようだ。


 念のため鑑定したが食指を動かされるようなスキルはない。


 スキル強奪 タイプB 発動!


 よし! 【水魔法 レベル4】が新たに俺の力として加わった。


 ◇


 振り返るとベスの足元に八匹の狐が白い腹を見せて横たわっていた。

 なぜか通路を警戒しているはずの年少組の三人――エリシアとミーナ、リンジーも狐に抱き着いている。メロディに至っては狐と一緒になって床に転がり、大きな尻尾を勢いよく振っていた。


 狐のヤツら、顔、変わってないか? 先程見せた凶暴さなど微塵みじんも感じさせない甘えた表情をみせている。

 この媚びるような鳴き声もあの狐たちのものだ。


 大きな目と大きな耳を最大限に活かして愛らしい表情を作っている。モフモフの毛皮、フサフサとした大きな尻尾、愛らしい鳴き声。

 誰だよ、お前ら。


 先程、視覚と聴覚を初めとした五感を総動員して襲い掛かってきた狐。

 全身の毛を逆立て、臨戦態勢であることを隠そうともせずに尻尾を膨らませ、牙をむいて唸り声を上げていた魔物と同一個体とは思えない。


「ベス、使い魔にするのに成功したようだな」


「はい。ミチナガ様、見てください。この仔たちこんなに可愛らしいんですよ」


 両手にアンデッド・狐を抱えて振り仰いだ表情は、このダンジョンに潜ってから初めて見せる、とても幸せそうな笑顔だった。


「見て見て、ミチナガー、可愛いでしょー」


 先程から視界に入っていて、敢えて見えていないふりをしていたのには気づかなかったようだ。

 真っ赤な狐の耳と尻尾を付けたというか、メロディのコスプレもどきをしたマリエルが、目の前でモデルのようにクルリと回転した。


「可愛らしいな。白アリに作ってもらったのか?」


「そうだよ。赤い狐の抜け毛で作ってもらったのー」


 抜け毛まで再利用しているのか。


「よく似合っているぞ」


「へへー、他にもあるんだよ――」


 そう言うと、突然アイテムボックスから取り出した赤い布切れを手にしていた。これもメロディの抜け毛で作った衣装だろうか?


「――これね、フェニックスの羽を織って作ったの。火でも燃えないし、破れても元通りになるんだよ」


 赤い布切れの正体は赤い頭巾の付いたマントだった。

 真っ赤な狐の耳と尻尾を赤い頭巾とマントの下から覗かせて、嬉しそうにフワフワと飛んでいる。微妙に耳と尻尾の方が赤色が濃い。


 マリエルの赤ずきんと狐の耳と尻尾を褒めていると、素材の供給元であるメロディが話しかけてきた。


「ご主人様、見てくださいこの尻尾。立派な尻尾ですよー」


 メロディを見ると、まるで母狐が子狐をあやすように、大きく振られる尻尾を追いかけていた。

 モフモフの太い尻尾を器用に動かしてギリギリのところでメロディの手から逃れている。ああやって子狐をあやしていたのだろう、妙になれているように見える。


「やったっ! 捕まえましたっ!」


 何度目かのジャンプで、ようやく捕まえた狐の尻尾を抱きしめるその目には薄っすらと光るものがあった。


 狐のやつメロディの涙に気付いてわざと尻尾を捕まえさせたのか?

 だとすると相当知能が高い。


 一方メロディの方は狐の尻尾に頬ずりをしながら、『お姉ちゃんと一緒だねー』などとデレデレだ。

 俺にはお前の方が子狐に見えるぞ。


 まるで魅了の魔法に掛かったようなのは年少組の三人も一緒だった。


「フジワラさんも一緒にどうですか?」


 ミーナ、一緒にしないでくれ。その横ではリンジーが狐の尻尾を首に巻いていた。


「ちょっと冷たいですけど、毛皮のコートみたいで気持ちいいですよー。特に尻尾が最高っですっ!」


「あ、あんっ、可愛い、いいーっ」


 普段聞かないようなエリシアの甘ったるい声に振り向くと、狐の下で息を荒らげて身をよじっているエリシアがいた。

 胸元から首筋を狐にめられて、恍惚こうこつとした表情を浮かべているだけでなく、なまめかしい吐息も漏らしている。


 変な趣味に目覚めない事を祈ろう。

 せめてもの情けだ、この事は聖女にだけは伝えないでおいてやる。


 まともに受け答えできそうにないエリシアから、まだましなミーナに視線を移す。


「奴隷の三人はどうしている?」


「大丈夫ですよ、アンデッド・オーガと一緒に通路を見張らせています」


 そうか? 奴隷娘三人が揃って、こちらを羨ましそうに覗き込んでいるように見えるのは俺だけなのか?


 アンデッド・オーガの劣化版といった感じのアンデッド・オークよりも、優れた視覚に聴覚と嗅覚、さらに機動性を考えれば狐の方が使い勝手が良さそうではある。

 だが、こうも気が緩むとなると考えものだ。


 場合によっては早々に他の魔物と入れ替える事を考えよう。


「さあ、戦力強化も完了したし、移動を開始するぞ――」


 幸いアンデッド・狐の索敵能力は高い。これを利用する形で強制的に狐と引き離そう。


「――ベス、アンデッド・狐を二匹ずつ等間隔に四列で先行させてくれ。後方をアンデッド・オーガ四体、左右に一体ずつ配置して盾にする。アンデッド・オーガメイジはベスの傍らに配置」


「はい、分かりました」


 涼やかな声を響かせて返事をすると、ベスの指示でアンデッド軍団がすぐに動き出した。

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