第340話 夜の森の迷宮(13)
眼前の
そして対岸には牙をむき出しにした、愛嬌のかけらもない狐の群。
狐と小魚、未知数の魔物への対処をどうするか?
ここはアンデッド・オークを犠牲にして能力の一端でも見ておくべきだよな。
部屋の突破方法を思案していると、
「先程、ナマズがアンデッド・オークを一飲みにしたのを見る限り、ここにいるアンデッド・オーク全てを
アンデッド・オークを丸飲みにするナマズの魔物が十二匹。
残り十七匹のアンデッド・オークを貯水槽に飛び込ませたとしても、瞬く間に飲み込まれそうだ。『飛翔の腕輪』を使って対岸へ渡る時間を稼ぐのは難しいだろうな。
その先を口にする事を
「意見があるなら遠慮せずに言ってくれ。続きを頼む」
俺の言葉にエリシアは小さくうなずき、『甘えるようで申し訳ありませんが』と前置きして作戦案を口にする。
「フジワラさんの空間魔法で対岸にいる狐の背後に全員を転移させて頂けませんか? おそらくそれが最も安全で確実な手段だと思います」
狐の戦闘能力がどれほどかは分からないが、貯水槽を背後にさせられるなら狐の退路は断てるだけでなく、こちらは狐を貯水槽に落とせば勝ちだ。
「いい作戦だ」
だが、狐の戦闘力を計算に入れていない。年少組の三人には、出来る限り未知の魔物との戦闘は避けさせたい。
それに、そんな戦い方ではナマズの魔物から、【水魔法 レベル4】を奪う事が出来ない。
「狐の魔物がどれほどの危険度なのか分からない。それに水中にはナマズ以外にも小型の魚がいる。小型の魚がどの程度の戦闘力なのか確かめるのは難しいが、狐は確認できる――」
俺がベスとアンデッド・オーク一匹を連れて狐の群の背後に転移する。
「――対岸に集まっている狐の背後に武装させたアンデッド・オークを一匹だけ置き去りにして戻ってくる。それで狐の戦闘力がどの程度か確認しよう」
「私たちはここで待機ですね」
エリシアの言葉に俺は軽くうなずいて、詳細を伝える。
「念のため最前列にアンデッド・オーガを三体ほど配置して、残りは後方の警戒にあたらせる。メロディとエリシアたちはアンデッド・オーガを盾にして防御態勢で待機だ」
先程まで姦しく騒いでいたミーナとリンジーも、エリシアと共に無言で首肯し、メロディがそれに続く。
続いて傍らにいるベスを振り返る。狐と単独戦闘させるアンデッド・オークの選出をし終えたベスが、準備が整った事を示すようにうなずく。
次の瞬間、ベスと一匹のアンデッド・オークを連れて狐の群の背後へと転移した。
俺たちが出現すると一斉に狐が振り向いた。複合障壁を張り巡らせていたのと、転移のターゲットとなる空間にわずかに魔力を発生させたが、魔力を感知して反応した様子はない。
目と耳が大きいから視覚と聴覚、そしておそらくは嗅覚にも頼る部分が大きいと予想していたが案の定だ。
飛び掛かってくる狐の群を目で捉えながら、ベスを連れて年少組の三人の待つ対岸へと転移する。
戻ると同時にリンジーとミーナの声が上がった。
「うわっ、狐が飛び掛かったっ!」
「狐、意外と大きいっ!」
二人に続いて、エリシアがつぶやく。
「本当に大きいですね。こうしてアンデッド・オークと並ぶと分かりますが、シルバーウルフくらいの大きさがありますよ」
今しがた目の当たりにしたが、体高が百センチメートルくらいあった。
俺の傍らで震えているベスが、【魔眼 レベル2】と【身体強化 レベル5】で強化された視力で得た情報を、当たり前のようにつぶやく。
「ガントレットや鎧の薄い部分は牙が貫通していますが、兜や装甲の厚い部分はひしゃげる程度ですね」
エリシアが驚愕の表情でベスを注視した。彼女に続いてミーナとリンジーが感嘆の声を上げる。
「え? ベスちゃん見えるの? 凄い」
「目がいいとは思っていたけど、この明るさと距離で分かるんだ。羨ましいー」
「戦い方を観察した限り、毒の類は持っていないようだな。純粋に身体能力と数の力で生き残っている連中のようだ」
鑑定スキルで確認したが、暗視や超音波感知などの奪う事の出来ない特殊スキルと、純粋に感覚器官と身体能力を高めるスキルを所持しているが、それだけだ。
特別欲しいと思うスキルもない。
「終わったみたい。さあ、次はこっちの番だーっ!」
頭上から響く、能天気なマリエルの声に、表情を強張らせたミーナ、リンジー、エリシアが続く。
「ちょっと、手ごわいんじゃないの、あれ。力も速さもある上、重さまであるよ」
「グレイウルフやシルバーウルフみたいな戦い方だったね。小細工してこない分、戦いにくそう」
「しかも、目も耳もあの狐の方が上ね」
正直、意外だ。
狐に襲われるアンデッド・オークの様子に『気持ち悪い』とか『残酷っ』とか『可哀想』などと、約二名が騒ぐかと思ったが、まじめに戦力分析をしていたようだ。
「さて、それじゃあ作戦指示だ――――」
俺の言葉にマリエルを含んだ全員が視線を向けた。
◇
◆
◇
「ベス、アンデッド・オークには狐を道連れに貯水槽に飛び込むように指示を出してくれ」
「横一列に隊列を組んで、狐の群を包囲するように輪を閉じながら貯水槽に飛び込ませればいいでしょうか?」
頭の回転が速くて助かる。
「それで頼む。アンデッド・オークの包囲を突破してきた個体は俺が片付ける。後でアンデッド・オークの代わりに使い魔にしてほしい」
大きくうなずくベスの傍らで、マリエルが得意げに言う。
「ベスの護衛をすればいいんだよね?」
「そうだ、しっかり守ってくれよ」
緊張した様子の年少組に向きなおる。
「三人はここに留まって防衛だ。対岸を掃討したら、貯水槽の水面から十メートルほどを氷に変える。その上で全員を空間転移で対岸へ連れていく。全員を転移させた後で、俺は先程のウツボと同様に魔物の死体のサンプルを回収する。その間、対岸で警戒態勢を維持」
「分かりました。お願い致します」
即答するエリシアにリンジーとミーナが続く
「さようなら、アンデッド・オーク。君たちの貴重な犠牲は忘れないよ」
「これでアンデッド・オークはナマズのエサとなって消えるのね」
先程少しだけ見直したが、評価を改めよう。この二人はまだ戦闘を舐めているな。
「ミチナガ様、準備完了です」
先程のアンデッド・オークを丸飲みにしたようすからして、ナマズの魔物は狐とアンデッド・オークに高確率で群がるはずだ。
そのうちの一匹が水面に飛び出したタイミングで死なない程度に冷却系火魔法で凍てつかせる。
タイミングは決して難しくない。
「ミチナガ様、良からぬ事を考えていませんか?」
額にしわを寄せたベスが、なにやら思案げな様子で言った。
「どうした、突然」
「いえ、白姉様から、押し黙って口元を綻ばせているときは、『
あいつ、余計な事を。
「――それと『本を読むのに夢中になるとページの端を丸める癖があるから、希少価値のある本を読んでいるときは殊更に注意するように』とも言われています」
「今、本を読むときの癖は関係ないだろ」
「いえ、私はただ白姉様に言われた事を思い出しただけです」
「作戦を開始するっ! ベスッ、行くぞっ!」
ベスと十七匹のアンデッド・オークを率いて、狐の群の後方へと転移した。
「ベス、突っ込ませろっ!」
「はいっ!」
ベスの涼やかな
アンデッド・オーガの頭上を三頭の狐が飛び越えてきた。
「ミチナガッ、来たよっ!」
マリエルの警告と同時にまだ着地していない狐に向けて、土魔法を使って無数の鉛の弾丸を面で放つ。
大口径の鉛弾は
さらに二頭の狐がアンデッド・オーガの足元を抜けてきた。
地を走る狐の真下から、土魔法で岩の槍を生成する。突然石畳の地面から生成された岩の槍は、狐の腹を突き破り背中へと突き抜けた。そのまま狐を串刺しにして繋ぎ止める。
この間、ベスの指示で突撃を敢行したアンデッド・オークはそれぞれ、一・二頭の狐を抱きかかえるようにして次々と貯水槽の中へと身を躍らせた。
「よしっ! 最後の一匹っ!」
マリエルの声とシンクロするように最後の一匹となったアンデッド・オークが二頭の狐を抱きかかえて、ナマズの魔物が待つ貯水槽へと飛び込む。
対岸で歓声が上がった。
だが、まだ終わっていない。
アンデッド・オークの突撃を免れた三頭の狐が、一際凶暴そうな
俺が鉛の弾丸を放つと同時に、紫電が空気を切り裂く音を轟かせて辺りを照らす。
マリエルの放った雷撃に遅れて、俺の放った数十発の鉛の弾丸が感電した狐の全身を撃ち抜く。
床を撥ねる狐の向こうに、水面で暴れる狐を捕食するナマズが映った。
アンデッド・オークの姿はない。装備が重く水面に出てくる事なく捕食されたのだろう。
パニックになっている狐を飲み込もうと、ナマズの魔物が水面に現れたところで、貯水槽の水を水面から数メートルのところまでを急速に凍てつかせた。
さて、【水魔法 レベル4】を奪うとするか。
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