第338話 夜の森の迷宮(11)
エリシアが最後の一匹とばかりに、決めゼリフ付きで刀を一閃させる。
「お前で、最後だーっ!」
振り抜かれた刀はウツボの身体を斜めに通過し、その軌跡に沿って両断した。
決めポーズのところ申し訳ないが、そのウツボが最後の一匹じゃない。
エリシアに気付かれないよう、オーガの背後に出現したウツボをタングステンの弾丸で仕留めた。
「なんとか撃退したようだな」
空間感知の範囲を拡大したが、周囲にウツボらしい魔物の気配はない。
「うわー、凄い数」
ミーナが足元に累々と転がるウツボの死骸を器用によけながら、こちらへと歩いてくる。 その後ろを付いてきたリンジーが、短剣の血糊をふき取っているベスに声を掛けた。
「ベスちゃん、凄いね。私なんて一匹も倒せなかったよ」
「倒すどころか、私なんて傷一つ付けられなかったわ」
己の未熟さを嘆くリンジーとミーナに、ベスが困ったように笑顔を浮かべて、
「ミチナガ様が傍にいてくれたので、落ち着いて戦えたからだと思います」
か細い声でそう言うと、リンジーとミーナがもの凄い勢いで天を仰ぐ。
「うわー、
「やってられないわー。まだ、自慢される方が救われるわ」
「いえ、決して、そ、そんなつもりでは、な、なくて、ですね……」
しどろもどろで言い訳をするベスを二人が尚もからかう。その様子を横目に、俺はマリエルの様子をうかがう。
マリエルはよほど腹に据えかねるものがあったのか、悪態をつきながら、既に死骸と化したウツボに小さな雷撃を落としていた。
俺の視線に気づくと、雷撃をやめて泣き真似が始まった。
「ミチナガー、噛まれたよー、痛いよー」
いや、噛まれてないだろう。全部『自動防御の腕輪』が防いでいたはずだ。
甘えるように俺にまとわり付くマリエルの相手を適当にしながら、ベスをからかうミーナとリンジー。さらに二人に向かって歩いてくるエリシアに視線を向ける。
「エリシア、ミーナ、リンジー、三人とも大丈夫か?」
額の汗を拭いながら、エリシアが即答する。
「大丈夫です」
いや、お前は駄目だろう。『自動防御の腕輪』は仕方がないにしても、『飛翔の腕輪』までも多用した事で魔力の消耗が激しい。
加えて神経を張り詰めさせての接近戦で体力的にも精神的にも消耗している。
「問題ありません」
「大丈夫です、これのお陰で無傷です」
リンジーと『自動防御の腕輪』を掲げたミーナの快活な声が返ってきた。
続いて視線をベスに向けると、リンジーとミーナにからかわれたからか、頬を染めて短い言葉をつぶやく。
「私も大丈夫です」
「すまないが、ベスは傷ついたアンデッド・オーガの回復を頼む」
「はい、分かりました」
ベスが闇魔法でアンデッド・オーガの回復に着手するのを目の端で確認しながら、アイテムボックスから取り出した椅子をエリシアに勧める。
「エリシア、そこに座れ」
「大丈夫ですよ。数が多いですし、私も魔石集めを手伝います」
ウツボから魔石を抜き取っている彼女の奴隷たちをチラリと見やる。すると、傍で立ち話をしていたミーナとリンジーが、気まずそうに顔を見合わせて、奴隷たちの方へと小走りに立ち去った。
彼女たちの後を追おうとするエリシアを引きとめて、
「エリシア、今の戦闘ではよくやってくれた。正直、エリシアの成長ぶりには驚かされた。だが、魔力と体力の消耗が激し過ぎる。このままでは次の戦闘では足を引っ張りかねないんだ」
彼女を見つめて『分かってくれ』と付け加えると、エリシアは静かに腰を下ろした。
「すみません。体力はともかく、魔力は頂いた魔力玉がありますから――」
俺は彼女の言葉を小さく
「その魔力玉は万が一のときのために取っておけ――」
戦いの最中に魔力回復の必要に迫られるかもしれない。考えたくはないが、再び転移などのトラップで離ればなれになるかもしれない。
「――俺が一緒にいる間は、魔力の回復も体力の回復も任せろ」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
エリシアの回復をしながら、アンデッド・オーガの回復を粛々と進めているベスに意識を向ける。
先程の戦闘でウツボの半数を俺が倒したが、さらにその半数――実に四分の一をベスが仕留めていた。
俺のように敵の魔力発動を知覚できるわけでもないのに、右手に持った魔法銃で味方を邪魔する事なく遠距離の敵を撃ち落とし、闇魔法の分子分解をまとわせた短剣で接近戦闘をこなす。
どうやって敵の出現位置を知ったんだろう?
「ベス、今の戦闘だが、ショートレンジで転移してくるウツボの出現位置が分かっているように見えたんだが、俺の気のせいか?」
治療をしている最中のベスの背中に向かって問い掛けると、彼女はアンデッド・オーガ回復の手を止めて振り向いた。
「分かる、っていうか、見えるんですよ。うーん、出てくる所が、こう……――」
小首を傾げて、顔の前で何かを絞るような仕草をすると、
「――歪むんですよね。『あ、ここから出てくる』って見えるんですよ」
そう言って、屈託のない笑顔を浮かべた。
オカルトの類ではないだろうから、魔眼、だな。
魔眼があったとしても、空間感知のように死角なく知覚できるわけじゃない。出てくる場所を目視で捉えなければならないのは確かだ。通常よりも数舜早く対応できるにすぎない。
俺たちの能力は女神さまからの貰い物だが、ベスの能力は正真正銘、本物の才能だ。
彼女ほどの能力を持った者がどれだけいるかは知らないが、他の転移者よりも先に探し出して味方に付ける必要がある。
俺はすべき事柄を心に留めると、回復させている最中のエリシアに問い掛ける。
「ところで、エリシア。このウツボについて何か知っているか?」
この異世界に来てから、魔物について随分と勉強したつもりだが、まだまだ知らない事は多い。
知らない事は知っている者に聞けばいい。
「私も初めて見る魔物です。これまで、話に聞いたこともありませんし、本で読んだこともありません」
「そうか、ありがとう」
ランバール市の『北の迷宮』でもそうだったが、未知の魔物が出現するとなると、相当深い所にいる可能性が出てきたな。
「あのー、私知っています、このウツボ」
ベスの声に俺とエリシアが振り返る。思わず、エリシアの回復の手を止めてベスに聞き返した。
「知っているのか? どこで見た?」
「いえ、私の実家にあった本に載っていました。確か幻影ウツボだったと記憶しています」
幻影ウツボ、か。なるほど、特徴を捉えてはいるな。
「それで、特徴とか、書かれていた事を憶えているか?」
「確か、『空中を泳ぎ回り、空間転移を繰り返して襲ってくる。顎の力が強くて凶暴なので出会ったら逃げるように』、と書かれていました」
「それで、どこの迷宮に生息していた、とかの情報はないのか?」
質問責めに少したじろぐ様子を見せて、ベスが後退る。
「申し訳ございません、そこまでの情報はありません」
「実家にそんな貴重な本があるって、凄いね。もしかして、ベスちゃんっていいトコのお嬢様?」
エリシアの言葉に慌てたベスが、両手を意味もなく振り回し、上ずった声で答える。
「い、いえ、単なる、村長の娘です、よ?」
ベスの実家がどこにあるのかは知らないが、一度行ってみる価値はありそうだな。
取り敢えず、ベスの実家の事はさておき、エリシアの回復を再開した。
◇
◆
◇
前衛の二体のアンデッド・オーガがオリハルコンの盾を構えた状態で、オークの群に突進する。
オークが手にした剣や斧がオリハルコンの盾に振り下ろされた。次の瞬間、甲高い金属音を残して剣や斧が弾き飛ばされ、続いて鈍い音を立てて前衛のオークを弾き飛ばす。
体格差と個体の重量を活かした突撃で、二体のオーガはオークの群に突っ込むとそのまま群を分断しながら駆け抜けた。
その様子を見ていたリンジーとミーナが、上から目線で辛辣にコメントする。
「おお! オーガらしいところ見せてくれるじゃないの。さっきはウツボにかじられてばっかりで、いいところなかったんだから、挽回しなさいっ」
「そうそう、さっきは単なる囮にしかならなかったからねー」
それはお前ら二人も一緒だ。俺が気付いていないと思うなよ。
「二人とも、口じゃなくて手を動かしなさいっ」
エリシアはミーナとリンジーを
あのまま最も混乱の激しい敵左翼へと飛び込むつもりか。
エリシアはエリシアで、学習していない。百歩譲って『飛翔の腕輪』を効果的に利用するのはいいとしよう。だが、『自動防御の腕輪』に頼りすぎるのは駄目だ。
「ベスは敵の中央にいる混乱の少ない個体を狙撃して、敵左翼の援護に回らせるなっ! ミーナとリンジーは待機っ!」
この混戦でもベスの射撃の腕なら、オーガ二体を避けて敵に命中させるくらいは容易い。逆にミーナとリンジーの腕ではエリシアを傷つけかねない。
言い終えるや否や、エリシアが上空から混乱するオークの群に躍り込んだ。
すかさず、双刀で二匹のオークを切り伏せ、立ち上がりざまに身体を回転させると、さらに二匹のオークが命を刈り取られる。
その間に、俺は石畳の床に干渉して、その形状を変えた。
敵中央から敵右翼までの床に直径五十センチメートル、深さ三十センチメートル程の穴を幾つも生成する。
突然現れた小さな落とし穴に、オークたちは次々と足を取られて体勢を崩し、折り重なるように倒れた。
思うように動けないオークをベスの魔法銃が撃ち抜く。
大勢は決した。
駆け抜けたアンデッド・オーガがオークの退路を断ち、内側からエリシアが次々と切り伏せていく。外側からはベスが一匹、また一匹と確実に仕留めていった。
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