第337話 夜の森の迷宮(10)

 最前列に二体、最後尾に二体、左右に一体ずつ。そして魔術の使えるオーガ――オーガメイジを自らの背後に従えて、軽やかな足取りで進む。

 結局、ベスはノーミスで七体のオーガすべてをアンデッド化する事に成功した。


「ありがとうございます。フジワラさんのお陰で、初めてにもかかわらず成功しました」


 愛らしい笑顔が浮かんでいる。

 白アリや黒アリスちゃん、聖女、アイリスの娘たち、さらにはセルマさんにはない、そう、例えるなら無心の笑顔だ。


「ベスがボギーさんや黒アリスちゃんが、魔物をアンデッド化するところをちゃんと見ていたからだ」


 才能とは恐ろしい。


 見ていただけで出来るって、どれほどの才能なんだ?

 オーガメイジだけでもアンデッド化に成功してくれれば、と願っていたが……まさかノーミスで七体全部成功するとは思わなかった。


「これで私も少しは、お役に立てましたか?」


「ああ、十分に役に立っている。期待以上だ」


 この調子で順次強力な魔物に入れ替えながら、上限である十五体の魔物を引き連れて最下層を目指す。


 俺がオーガに視線を移すと、同じように最前列のオーガを見上げていたリンジーが感心したようにこぼす。

 

「でも、あのでっかかったミノタウロスって、本当に凄かったんだね」


「だねー、完全武装状態であんだけ動き回っていたんだから、もの凄い身体能力だよ」


 リンジーが同意するミーナから、自身が腰に帯びた短剣へと視線を落とす。


「短剣を貰った時にも思ったけど、オリハルコンって重いよね」 


 彼女たちの言っているのは、ランバール市で攻略した『北の迷宮』の守護者の事だ。


 周囲を固めるオーガたちに『北の迷宮』で手に入れた、オリハルコンの武器と防具を装備させようとしたのだが、結果、重すぎて小型の盾を持たせるのが精一杯だった。

 小型の盾と言っても、巨体のオーガが装備しても十分に大型のラウンドシールドに見える程度の大きさはある。


 オリハルコンの難点は希少性や硬度が高く加工が難しい事もあるが、最大の難点はその質量の高さだ。


 希少性や加工の難しさを乗り越えて、武器や防具をオリハルコンで作ってもその重量が足枷となり、身体強化スキルのない者では使いこなせない。

 逆に高い身体強化スキルを所持している者は、その質量を逆手に強力な武器や防具とする事が出来る。


 例えばエリシアや水の精霊ウィンディーネ

 エリシアはオリハルコンで造った双刀を存分に使いこなして、目覚ましい戦果を上げている。水の精霊ウィンディーネも実戦でこそ使っていないが、オリハルコンで造られた戦斧を自在に振り回していた。


 俺は傍らを歩く銀髪の少女を見やりながら思う。

 ベスならエリシアや水の精霊ウィンディーネ以上にオリハルコンの武器や防具を使いこなせるはずだ。 


「ご主人様、改造が完了致しました」


 振り返るとメロディが改造を頼んだ魔法銃を差し出していた。その魔法銃に俺が手を伸ばすのを気にしながらも、リンジー、ミーナ、エリシアが会話を続ける。


「でもさ、オリハルコンの盾を持ったオーガが六体も周囲を固めているって、心強くない?」


「あー、それ思った。これ以上ないってくらい頼りになる盾だよね」


「盾を持ったままの体当たりとかも凄そうね」


 年少組三人が嬉しそうにオーガを話題にしているが、一番嬉しそうにしているのは盾役の奴隷たちだ。

 先程エリシアに連れられて魔石を持ってきた少女――ナディアなど、表情が明るいだけでなく、あからさまに足取りが軽い。


「接近戦なら攻撃でも十分頼りになるよ」


 エリシアのその言葉に、ミーナが苦笑交じりに答える。


「まあ、頼りになるって言っても、エリシアにあっさり首を落とされる程度なんだよなー」


 彼女たちの会話を聞きながら、メロディの差し出した魔法銃を受け取った。すると、見覚えがあったのか、『あ、それ』と小さな声を上げて、ベスが俺の手にある魔法銃に視線を向ける。


 見た目にはアサルトライフル型の魔法銃だが、口径とマガジンの大きさが違う。さらに破壊力に重点を置いた大口径のアンチ・マテリアルライフル。

 俺は魔法銃のマガジンを外して中の弾丸を確認すると、


「メロディに頼んで、改造してもった。弾丸はタングステンをベースにし、弾頭にオリハルコンを使っている――」


 再びマガジンを戻して銃をベスに渡す。


「――弾丸をより高速で撃ち出せるようにした分、重量が増しているがベスなら使えるはずだ」


 俺から魔法銃を受け取ると、両手で保持で狙いを定めて見たり、片手で振り回したりした後、おもむろにメロディを振り返る。


「ありがとうございます、メロディさん。これなら空を飛びながらでも、片手でも扱えそうです」


 片手で扱えるのか。後でメロディにもう一丁作ってもらおう。


「状況に応じて狙撃用の魔法銃と使い分けてくれ」


「はい、分かりました。運用の指示はよろしくお願いしま――」


 紫電が走り、ベスの声をかき消す大音量で雷鳴が鳴り響く。続いてマリエルが叫び声を上げながら、もの凄い速度で戻ってきた。


「出たーっ! なんか変なの出たよーっ」


 未知の魔物か?


「ベス、オーガたちの歩みを止めて警戒態勢をとらせるんだ――」


 ベスがオーガたちに指示を出す間に、全員に指示を出しながら、空間感知の範囲を広げる。


「――迎撃態勢っ!」


 俺の指示に被さるように、ミーナの悲鳴が上がる。


「キャーッ」


 振り向くと、ミーナの頭上に体長二メートルほどのウツボが浮いていた。


「このっ!」


 即座に繰り出されたエリシアの斬撃が、ウツボの残像を切り裂く。

 消えた? 転移したのか?


 後方のオーガから咆哮が上がった。

 咆哮を上げたオーガに視線を向けると、首筋に一匹、右腕に三匹のウツボに噛みつかれていた。


「また来たーっ!」


 今度の悲鳴はリンジー。


 視線を向けると自動展開する純粋魔法と重力魔法の複合障壁に二匹のウツボが弾かれていた。

 自動防御が機能している。アンデッド・オーガ以外なら、しばらくは大丈夫か。 


 空中で跳ねるウツボを鑑定する。【空間魔法 レベル4】と【重力魔法 レベル2】。

 厄介なのはこの二つ。


 銀髪との戦いが脳裏を過る。


「このウツボ、空中を飛ぶだけじゃなく、ショートレンジの空間転移で飛び込んできて噛みつくぞ」


 厄介なっ。

 空間魔法を、エサを運ぶためや、逃げる事に使う魔物はこれまでも何種類か遭遇している。だが、攻撃に使ってくる魔物は初めてだ。


 空間感知の範囲をギリギリ味方が把握できるまで狭め、敵の発動させる魔力を感知できるレベルまで魔力を注ぎ込む。

 準備が整うと同時に、悲鳴にも似た咆哮が上がり、続いて地響きを立てて最前列のオーガが倒れた。


 噛み砕いたのか?

 倒れたオーガは右脚のすねを骨ごとかじり取られていた。硬いオーガの脚の骨を容易く噛み砕くなんて、尋常なあごの力じゃない。


 最後尾のオーガ二体のさらに後ろ、五つの転移反応。

 転移反応に向けて、タングステンの弾丸を高速で射出する。次の瞬間、俺の撃ち出した十発の弾丸は、それぞれの個体に対して二発ずつが命中し、ウツボを吹き飛ばした。


 頭部を失ったウツボが床へと落下する。

 落下するウツボのすぐ傍らで血しぶきが舞った。


 エリシアだ。

 彼女の刀が一閃し、ウツボを両断した。


 最も多くの転移反応が味方の左翼に発生する。その転移反応に合わせて、先程と同じようにタングステンの弾丸を高速で射出した。

 ウツボは左翼に出現すると同時に俺の放った弾丸を受けて、その身体を四散させる。


 目の端で、再びエリシアの刀が鋭く振り抜かれるのが見えた。その刀は残像ではなく、ウツボの本体を両断する。

 出現したウツボを身体能力にものを言わせて、連続転移で逃げられる前に仕留めたのか。


 だが、その方法は他の二人には期待できない。同じ事が出来るとすれば、ベスくらいだ。

 俺は頭上に発生した転移反応に合わせて、タングステンの弾丸を射出する。


 それと同時に前方からマリエルの声が響き、


「もうっ、やだーっ!」


 彼女を中心に紫電の光が球状に広がった。その紫電の輝き――球状の雷撃は、マリエルの周りに群がっていたウツボを四方八方から幾重にも貫いた。

 雷撃をまともに受け、生焼けとなったウツボが石畳の床に落下する。


 なるほど。『自動防御の腕輪』頼りだが、引き付けてからの広範囲攻撃は有効のようだ。

 だが、そんな芸当が出来るのはマリエルとベスだけだろう。


 俺は地道にウツボを撃ち落とす作業に戻る事にした。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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