第336話 夜の森の迷宮(9)
魔術を使うかもしれない異質なオーガが一体。こいつがファーストターゲットだ。
「行くぞっ!」
ベスとマリエルを伴って、ターゲットとした異質なオーガの背後、一メートルほどのところに転移する。
眼前にターゲットの後頭部。
ターゲットともっと距離をとると予想していたのか、眼前に出現したターゲットにベスが小さな悲鳴を上げる。
「ヒッ」
既にベスとマリエルは俺の展開した重力障壁と魔法障壁の複合障壁で覆ってある。何の問題もない。
ベスの悲鳴を聞き流して、意識を眼前のターゲットに集中する。
空間魔法でターゲットの魔法障壁に直接干渉して、弱体化させる。同時に土魔法で生成した五発のタングステンの弾丸を撃ち出す。
後頭部に二発、背中に三発。
重低音の振動と破裂音を伴って、脳と心臓――生命維持に欠かす事の出来ない、二つの重要な器官を破壊されたターゲットが、前のめりに崩れ落ちる。
それを合図に、部屋の入り口からエリシアたちが飛び込む。
「私は敵の右側面に回り込む。ミーナとリンジーは敵の左側に攻撃を集中っ! 盾役は他の敵をミーナとリンジーに近づけるなっ!」
敵の位置を確認するなり、エリシアの指示が室内に反響する。
前衛に双刀を手にしたエリシア。タワーシールドと短槍を手にした三人の盾役が続く。後衛にアサルトライフル型の魔法銃を構えたミーナとリンジー。
彼女たちが室内に飛び込んできても、残る六体のオーガは
予想したよりもオーガの反応が悪い。
俺はこの中で最も体格の良いオーガを次のターゲットに定めると、五発のタングステンの弾丸を生成して撃ち出す。
「ベスはエリシアたちの援護をっ」
「はい、了解です」
アレクシスと同型のアサルトライフル型の魔法銃を構えると、瞬時にエリシアたちが受け持つオーガの
肉を割き、骨を砕く音がオーガたちの戸惑う声に交じって聞こえた。
オーガの
その間に、エリシアがオーガの無傷の
次の瞬間、ミーナとリンジーの叫び声が上がる。
「エリシアッ!」
「危ないっ!」
鈍い音に続いて悲鳴が上がった。
振り下ろされるオーガの拳に合わせて、突き出されたエリシアのもう一本の刀がオーガの拳を貫き、そのまま腕の骨に沿って肘まで貫いた。
オーガの動きが止まると、エリシアは即座に飛び退く。続いて、ミーナとリンジーがオーガの右側に弾丸を集中させる。
その間にも盾役が他のオーガを近づかせないよう、フォーメーションを展開している。
よし、連携も問題なさそうだ。
俺の放ったタングステンの弾丸を頭部と左胸で受けた、二体目のターゲットとなるオーガがのけ反るように倒れる。
刹那、
これで残り四体。
エリシアたちの受け持ったオーガが両膝を床について苦しそうに咆哮を上げる。
そちらへと向かったオーガを次のターゲットに定める矢先、ベスの魔法銃から連射された弾丸がオーガの両膝を砕いた。
俺は即座にターゲットを変更すると、三回目となるタングステンの弾丸を撃ち込む。
頭部と左胸に弾丸を受けたオーガが、押されたようにフラフラと後退ると、そのまま地響きを伴って倒れ込んだ。
最後に残った無傷のオーガをマリエルの雷撃が捉える。オーガを貫いた雷撃はベスが両膝を砕いたオーガをも貫いた。
マリエルのヤツ、いつの間に二体のオーガを直線上に捉えられる位置に移動していたんだ?
マリエルの位置に気を取られていると、エリシアの声が室内に響き渡る。
「首が、がら空きよっ!」
空中を大きく旋回してオーガの死角へ回り込み、一気にクロスレンジに飛び込んだエリシアの刀が一閃する。
頭部を失ったオーガが崩れ落ちる。その左半身は幾つもの銃弾を受けてボロボロだ。
ミーナとリンジーが歓声を上げる。
「やったっ!」
「エリシア、凄い!」
これで異質な個体を含む七体のオーガを殲滅か。
少し警戒しすぎたかもしれないな。
想定していたよりも大分楽に仕留められた。魔法銃との連携もそうだが、エリシアのクロスレンジでの戦闘力とマリエルの雷撃が想定を大きく上回った。
◇
エリシアが自分の奴隷であるナディアを後ろに従えて近づく。
「フジワラさん、言われた通り、角や牙はそのままにしてあります」
彼女がそう言うと、後ろに付いてきたナディアがオーガ七体分の魔石を俺に差し出す。
俺はエリシアとナディアに礼を言って魔石を受け取ると、頭上でホバリングしていたマリエルに声を掛ける。
「マリエル、メロディを呼んできてくれ」
「了ー解っ」
部屋の外で魔道具の作成をしているメロディを呼びに行かると、傍らで魔法銃の点検をしていたベスの肩に軽く触れて、声を掛ける。
「さて、ここからが本番だ」
「は? 本番って、私、なにかされるんですか?」
胸元とスカートを押さえて、ベスが怯えた表情で後退る。
いや、胸元はアーマー装備して完全武装。谷間が見えるどころか、膨らみすらよく分からないだろう。
それにスカートだって飾りだ。その下にズボンを穿いているのは、さっき床に映ったのを見たから知っているぞ。
「え? フジワラさんって、まさかロリ?」
「まさか、じゃないでしょう」
「でも、ベスちゃんって十八歳でしょう?」
「年齢じゃないよ、見た目だって」
「ベスちゃん、美少女だもんねー」
「美少女は得だなー」
想像力たくましいお年頃の三人が、文字通り勝手な想像を膨らませている。歯止めとなる年長組が不在だと、こうも扱いにくいものなのか。
だが、俺も大人だ、ここは大人の余裕で軽く流そう。
「ベス、闇魔法を使って、このオーガをアンデッド化してみようか」
驚きの表情を見せて口を開くベス。だが、彼女の口から言葉が発せられるよりも先に、井戸端会議中の三人が反応した。
「闇魔法?」
「え? ベスちゃん、闇魔法を使えるの?」
「身体能力と魔力量が多いのは知っていたけど、闇魔法なんて希少な魔法まで使えるんだ」
瞬く間に自分を取り巻く三人にたじろぎながらも、俺に向かって目を泳がせる。
「え? 私、そんな事出来ません、よ?」
「お前が闇魔法を使えるのを秘密にしておいてやりたがったが、そうも言っていられない状況になった――」
小さくプルプルと首を横に振るベスに向かって、言い切る。
「――やってくれ、アンデッド化」
魔術を使う可能性のあるオーガを含めた、成体のオーガ七体。増強される戦力としては、十分だ
「あの、私、闇魔法の素養はあるらしいですけど、本っ当に、アンデッド化なんてした事ありませんっ」
素養何てものじゃない。【闇魔法 レベル5】ボギーさんや黒アリスちゃんに比肩する、この異世界ではトップクラスの才能だ。
だが、やった事が無いのか? アンデッド化。
「やった事がない?」
「はい」
誤算だ。
「やり方も知らない?」
「はい」
ベスの顔に浮かんだ、心苦しそうな色が次第に濃くなっていく。
おそらく俺の顔色も変わっているんだろうな。
「黒アリスちゃんやボギーさんが、魔物をアンデッド化させるのは見た事あるよな?」
「ええ、まあ、それくらいなら」
十分だ。
俺はベスの肩を両手で掴んで、優しく声を掛ける。
「よし。それを思い出して、アンデッド化をやってみようか」
ベスの顔が、一瞬で驚きの表情に変わる。
「ええー!」
だが、真っ先に驚きの声を上げたのはリンジーだ。そして、エリシアとミーナが続く。
「見様見真似?」
「そんなんで魔術って使えるんですか?」
使うんだよっ!
お前ら分かっているのか? ベスが倒した魔物をアンデッド化出来なかったら、現有戦力で戦い続けないとならないんだぞ。消耗し続けるんだぞ。
先に三人が驚きの声を上げたお陰か、三人を見回して幾分か落ち着いたベスが消え入りそうな声でささやく。
「ミチナガ様の命令ならやります。でも、自信がありません」
「命令なんてとんでもない、これはお願いだ」
「お願い、ですか?」
俺を見上げるベスの表情が和らぐ。年少組の三人がエスカレートする。
「ベスちゃん、揺れてるよ」
「フジワラさん、そこはもっと強引にっ!」
「そうそう、『お願い』だなんて弱気じゃなく、ここは命令よ」
「ベスちゃんも命令されたがっているから大丈夫」
「今、命令されたら、ベスちゃん立ってられないかもよー」
「肩を抱いて支えて上げないとっ!」
「肩は掴むものじゃなく、抱くものですよ、フジワラさん」
「いやん、肩よりも腰よ」
想像力がたくまし過ぎる。耳年増なんてもんじゃないな、こいつら。これは早いところ年長組と合流しないと、俺の理知的で硬派なイメージが崩壊してしまう。
エリシアたちの声を無視してベスの説得を続けよう。
「それに、やった事がないんだから自信がなくて当然だ。先ずは練習だ。この七体のオーガで盛大に失敗してみようか」
俺の説得に応じたのか、少女たちのはやし立てる声を打ち切りたかったのか、はにかんだ笑みを浮かべると、小さくうなずいた。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
新作です
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『魔王を継ぐもの ~異次元の超科学と別世界の魔法でダンジョンマスター始めました~』
https://kakuyomu.jp/works/16816927859315526816
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