第334話 夜の森の迷宮(7)

 アイリスの娘の奴隷たちがロープを手に二人一組になってダンジョン内を走り回る。一人は『飛翔の腕輪』を使って天井付近を飛び回っていた。

 その内の一人がテーブルにマップを広げて、マッピング作業中のミランダに向かって叫ぶ。


「通路幅変わりませんっ! 十メートルですっ!」


 続いて他の二組がミランダに駆け寄ると、先程の十字路からここまでの距離が五十メートルであり、天井までの高さが十メートルである事を報告していた。

 アイリスの年少組がミランダの周りに集まって、興味深そうにマッピング作業を覗き込む。


 最年少のリンジーが作業中の地図と光球で照らし出された通路を見比べながら、誰にともなくつぶやく。


「このダンジョン、直線が多いですよね」


「ええ、お陰でマッピングが楽で助かるわ」


 作業する手を止めて笑みを浮かべるミランダに、リンジーの反対側から地図を覗き込んでいたミーナが、背後の壁を軽く叩いた。


「この壁、厚みが五メートルもあるってこと?」


「そうよ、この辺りが一番薄くて五メートル。一番厚い壁だと二十四メートルある計算になるわね」


「壁ねー。隠し部屋が幾つも作れるくらいの壁だな」


 奴隷たちの報告した内容を書き留めていたビルギットが、そのメモをミランダに渡しながら苦笑した。

 ミランダはメモにさらりと視線を走らせると、机や椅子といったマッピングの道具ごと『収納の腕輪』に格納してビルギットに向けて答える。


「フジワラさんのお話では今のところ隠し部屋はないそうよ」


 ライラさんがこちらへ歩きながら、ミランダに『お疲れ様』と声を掛けると、うかがうような、どこか媚びるような、普段の彼女が見せる事の無い表情がそこにあった。


「だとしたら、多少の爆裂系火魔法なら使っても大丈夫って事ですよね?」


「原則は爆裂系、火炎系の火魔法は禁止です」


 このダンジョンアタックを実行するに当たって、爆裂系、火炎系の火魔法を攻撃に利用する事を禁止した。だが、彼女たちは上層階の戦闘で爆裂系、火炎系の火魔法を使った。

 最初の何回かは黙認したが、連続発動をしたタイミングでライラさんを叱責している。

 それをまだ気にしているのだろう。


「はい、お料理するときだけにします」


 うん、媚びたりしゅんとしたりして、落ち込むライラさんも可愛らしいな。

 俺がライラさんを温かい目で見ていると、左腕の軽い痛みに続いて、傍らから底冷えのするようなベスのささやき声が耳を打つ。


「ミチナガ様、顔に出ています」


「忠告してくれるのはありがたいが、もう少し優しく頼む」


「ミチナガ様、マリエルちゃんが来ます」


 ベスの言葉に反応して視線を前方へと向ける。マリエルが通路の半分くらいを使って螺旋状らせんじょうに旋回しながら向かってくるのが見えた。


 口調も評定も、すっかり平常時に戻ってしまったらライラさんの言葉をかき消すように、マリエルの声がダンジョン内に木霊こだまする。

 

「前方がなんだか騒がしいですね? 見てきま――」


「ミチナガー、階段だよ。階段が見つかったー」


 ◇


 角を曲がるとすぐに通路は行き止まりとなり、丁字路のように左右に大階段が伸びていた。

 一方の回り階段を見下ろしながら白アリが、もう一方の回り階段を正面の壁に寄り掛かった状態のテリーが親指で示す。


「途中まで降りたけど、どちらも同じ構造で背中合わせのように伸びていたわ」


「多少のリスクを覚悟して、パーティーを二つに分けるか?」


 多少の分岐は織り込み済みだ。だが二人の声音からは眼前の二つの大階段が、こちらが想定していた以上に大掛かりな分岐であると予想しているのが伝わってくる。

 

「二つに分けよう。ただし、階段を降りきったところで空間感知で周辺を確認後、再びここに戻る。持ち帰った情報をもとにどちらへ進むか決める。それでどうだ?」


 ダンジョン内での空間感知は同一フロアしか把握できない。上下の階層を空間感知で探ろうとしても出来ない以上、苦肉の策だ。

 真っ先にボギーさんが同意し、白アリ、テリーと続く。


「まあ、妥当なところだろうな」


「索敵範囲の広いミチナガとボギーさんは別々のグループとして、後は戦力を等分に分ける感じかしら」


「コンビネーションの問題もあるだろう? アリスと水の精霊ウィンディーネはペアの方がいいだろうし、マリエルはミチナガ、レーナは俺と一緒とかさ」


 そう言って、ウィンクするテリーの胸にレーナが飛び込む。


「テリー、ありがとうー、大好き、大好きっ」


 テリーの周囲を飛び回るレーナが壁に触れたように見えた瞬間、テリーの背後の壁が淡く光りだす。全員がその光る壁に目を奪われる中、壁が淡い光に溶け込むようにして消えた。


「まいったな、まだあったのかよ」


 げんなりした様子のボギーさんの声が響く。


 背後を振り返るテリーの背中越しに見えたのは、第三の階段。幅二メートル程の階下へと続く隠し階段。


「今のって、レーナに反応した?」


 ロビンの声が聞こえた。続いて、白アリと黒アリスちゃん、聖女が続く。


「レーナが壁に触った途端に光り出したよね、壁」


「そう見えました。壁が光ったと思ったら、すうっと、消えちゃいました」


「フェアリーに反応したって事でしょうか?」


 前後の状況から推察するに、その可能性は高いな。

 皆が、壁が消えて出現した隠し階段とその前に浮かぶレーナを見つめていたため、自分が責められていると勘違いしたのか、レーナが泣きそうになりながらテリーにしがみつく。


「え? え、ええ? 私、何か悪い事した?」


「大丈夫だ、レーナは何も悪くないからな」


 テリーがレーナを両手で包み込むようにして慰める。そんなテリーに続いて俺もレーナに声をかけると、ボギーさんと聖女が続く。


「そうだ、レーナのお陰で隠し階段を見つけられたんだ、お手柄だ」


「それに、フェアリーに反応するトラップがあるのも分かりました」


「フェアリー以外にも特定の魔法や種族に反応するトラップがあるかもしれネェ。それが分かったんだ、良くやったよ、お前さんは――」


 ボギーさんはレーナにニヤリと笑みを向けると、火の付いていない葉巻を口元に運びながら、俺に問い掛ける。


「――で、どうするんだ? チームを三つに分けるのか、怪しい隠し階段を後回しにするのか」


 まさに、今それを考えていた。


「怪しい階段が出てきたのは予想外だが、階段を下りて下の階層の索敵をするだけなら、パーティーを三つのチームに分けても十分やれると思うがどうだろう?」


 三つに分けるなら、空間感知能力に長けた三人――【空間魔法 レベル5】の俺とボギーさん、次ぐ【空間魔法 レベル4】の白アリをそれぞれのチームに配置。

 さらに、倒した魔物を配下に出来る闇魔法を所持した三人――ボギーさんと黒アリスちゃん、不本意ではあるがベスを戦力として考えて分散させる。後は戦力を等分する。


「OK、異存はない」


 レーナを抱えたテリーが即答し、ボギーさんがそれに続く。


「戦力分散がすぎる気もするが、偵察して帰ってくるだけだし、いいんじゃネェか」


 他のメンバーからも異存の声は上がらない。

 俺たちは早速チーム編成に取り掛かった。


 ◇

 ◆

 ◇


 三つのチームに分かれて、階段を下りだした。


 向かって左側の階段をボギーさんがリーダーとなる第一チームが降りていく。

 ボギーさんと聖女の後に、しがみ付いて離れないレーナを伴ってテリーが続き、その後にティナたち四人が降りていった。


 右側の階段は白アリをリーダーとした第二チームが降りていく。

 黒アリスちゃんとロビンが先頭を進み、次いで白アリ、さらにアイリスの娘たちの年長組とその奴隷たちが続いた。


 そして第三グループは隠し階段を担当する。チームリーダーの俺とエリシアが先頭を進み、俺の背後にマリエルとベス。

 ベスの両脇を固めるようにミーナとメロディが並び、その後ろに最年少のリンジー、最後尾に彼女たちの奴隷三人を配置した隊列で階段を下りる。


 階段を降り始めてすぐにベスが申し訳なさそうにつぶやく。


「なんだか、最年長の私が年少の女の子たちに守られる、というのも気が引けます」


 見た目、十四・五歳にしか見えないベスが、そう口にするとアイリスの年少組の三人から笑い声が漏れた。


 エリシアとミーナが


「そう言えば、ベスちゃんってフジワラさんと同じ十八歳だったっけ」


「身近で言うと、ミランダやビルギットよりも年上なんだよね」


 と互いの顔を見合わせると、最年少のリンジーが子どもらしい笑顔でベスに向かって言う。


「全然見えないよね、つい、同じくらいだと思っちゃう」


 困ったような表情で、なんとも言えない笑みをベスが浮かべていると、エリシアとミーナがリンジーをたしなめる。


「リンジー、調子に乗らないの」


「そうよ、幾らベスちゃんが子どもっぽいからって、あんたよりは大人っぽく見えるわよ」


 改めて年少の少女たちと並ぶとベスの見た目の幼さが際立つ。年少組に溶け込んでいる。

 とても最年長に見えないがこのメンバーでの最年長は俺とベスの十八歳。次いでエリシアの十五歳、メロディの十四歳……もう、考えるのはやめよう。


 誰も見ていないが、はたから見たら、年端も行かない少女たちを連れて怪し気な階段を下りる、いけないお兄さんにしか見えないよな、俺。

 犯罪者。そんな単語が胸に去来すると共に、聖女の妖しげな含み笑いが蘇る。


 再合流したら、聖女が絶対に何か言い出すはずだ。


 考え事をしていた俺の眼前にマリエルが現れた。

 

「ミチナガー、階段が終わるよ」


 彼女の声に続いて、リンジー、エリシア、ミーナの年少組が声を上げる。


「うわー、綺麗な床」


「鏡みたいだね」


「本当、顔とか映りそう」

 

 床が近づくにしたがって、俺の手を握るベスの手に力がこもる。振り返ると、目をつぶって階段を器用に下りていた。

 不安そうに震えるベスを抱きかかえると、第八階層の床へ足を踏み入れる。


「よし、着いたぞ」


「到着ー」


 俺のセリフに続いて、第八階層に到着マリエルが床に映る自分の顔で百面相を始めると、ミーナ、リンジー、エリシアが続いて降り立つ。


「うわっ! 本当に綺麗にうつるよ」


「キャー、鏡みたい」


「スカートはいていたらヤバかったねー」


 エリシアの言葉にミーナとリンジーが即座に反応する。


「そうね、ベスちゃん気を付けないと覗かれちゃうよー」


「えー、誰が覗くのー?」


「え? ええ?」


 頬を赤らめてミーナたちと俺の顔を交互に見るベスに、きっぱりと告げる。


「スカートの中を覗き込んだりするわけないだろ、もう少し俺を信用しろ。テントの中に二人きりでいた時だって、何もしなかっただろう?」


「そう、ですね。じゃあ、信用します」


 不審いっぱいのベスをよそに、エリシア、リンジー、ミーナの三人が矯正交じりに楽し気な声を上げる。


「キャー、テントに二人きりですってー」


「いやん、何があったのー」


「リンジーは子どもだから知らなくっていいのよー」


 次の瞬間、床がまばゆく輝き、俺たちはその光に包まれた。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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『魔王を継ぐもの ~異次元の超科学と別世界の魔法でダンジョンマスター始めました~』

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