第327話 どこにでもある買い物の風景(3)
不審者をすぐに通報したり、逃走しようとした容疑者を取り囲んで取り押さえたりするとか、この街の住民はモラルが高すぎるだろう。
いや、それはさて置き、これは冤罪だ。俺が連れ歩いていたのはベスであって、生贄の少女じゃない。
「誤解があるようです。その少女というか、本当は十八歳の女性ですが、彼女は俺たちの仲間です。生贄の少女なんかじゃありません」
年配の衛兵は俺の事を胡散臭そうな目で見た後で、面倒臭そうにベスを振り返る。
「本当? なんだか信じられないなあ」
「あの、本当です。私、十八歳です。大人の女性です」
信じてもらえなかったのは年齢の方だと思ったのか。まあ、自分が分かっていると言えば分かっているな。
両手を胸の前で組んで訴えるベスに向かって、年配の衛兵が気の毒そうな目を向けてなだめるような口調で聞く。
「生贄として連れてこられたんじゃないの?」
そう言って、不審者を見るような目を俺に向ける年配の衛兵に対して、俺は苦笑いを交えて抗弁する。
「違いますよ、こんな可愛らしい娘を生贄になんてする訳ないでしょう」
ベスは何故か不審者を見るような視線を一瞬だけ俺に向けると、
「え、ええ。生贄ではありません。この人は、そんな酷い事をするような人じゃありません――」
そう言い、
「――ですよねっ、シゲタダさんっ」
ベス、お前も今一つ俺の事を信用しきれていないようだな。
そんな俺とベスのやり取りをつまらなそうに見ていた年配の衛兵の下へ若い衛兵が駆け寄ると、数枚の書類を差し出す。
「隊長、探索者と少年たちの事情聴取、大体のところは終わりました」
このさえない感じのおっちゃんは隊長だったのか。
隊長さんは受け取った書類をパラパラと
「あの銀髪の少女は戦災孤児で、少年たちが
若い衛兵の報告に書類に視線を落としたまま、隊長さんがつぶやく。
「悪いやっちゃなー。子どもとはいえ、無罪放免は出来ないなあ」
「少年たちも戦災孤児だったり、孤児院出身だったりするようです。詳しい事はマークの部隊が書類をまとめています」
「気の毒だねー。だからって、見逃しちゃだめだよ、これも仕事なんだからさ」
隊長さんの気の抜けるような口調とセリフに慣れているのか、若い衛兵は顔色一つ変えずに続ける。
「でまあ、偶々見かけたゲイルたちが少年たちに話しかけたら、生贄の少女の値段を提示されていたそうです」
さらって来た少女を然程年齢の変わらない少年たちが大人の探索者に売り付けようとしたのかよ。世も末だな。
「なんだ、自分たちでダンジョンに潜るつもりで銀髪の少女を連れてきたんじゃないのか?」
「ゲイルたちとしては『保護しないと』って事で『金は払えねぇっ、女の子を置いて消えちまえっ!』と怒鳴りつけて争いになった、と言っていました」
「ゲイルたちも、もうちょっと上手くやれよなあ」
隊長さんの言葉に若い衛兵も苦笑して、『まったくです』と相槌を打つ。
すると隊長さんは、他の衛兵に保護されている銀髪の少女を一瞥して、顎で血だまりを指す。
「それで、あの血は?」
「少年の一人が戦斧の
若い衛兵が俺に視線を走らせると『複数の目撃情報があるので間違いありません』と、告げた。
わずかに感心したような表情を見せて隊長さんが俺に矛先を戻す。
「兄さん、凄腕なんだな」
俺は『ありがとうございます』と礼を述べて、気になっていた事を隊長さんに確認する。
「それで、俺が助けた女の子、あの子の扱いはどうなるんですか?」
「保護されるよ。保護の対象だからね」
「保護?」
銀髪の少女が保護の対象になっているなんて初耳だ。
「戦争前からなんだけど、生贄にするために無理やり銀髪の少女を連れて、『夜の森の迷宮』に潜る連中が後を絶たなくってねぇ」
隊長さんは頭を振って『困っているんだ』と続けた。
「無理やり? それは酷いですね」
「だろう?」
「でも、銀髪って珍しいですよね?」
「そうなんだ、銀髪の少女が不足しているようでさ。一昨日なんて、銀髪の少女が見つからないからさ、『白髪で言いや』とか言って、白髪の老婆を担いでダンジョンに潜ろうとした連中がいたくらいだよ」
白髪の老婆って、既に別ものじゃないか。
白髪の老婆なんて連れていったら、迷宮の守護者が怒り出すんじゃないのか?
世間話の雰囲気になったところで、隊長さんに切り出す。
「これで俺たちの無実は証明されましたよね?」
「そうだねー、こっちの少女については無罪だな。いや、感謝状を出さなきゃだめかな? ――」
そう言うと、『兄さん、詰め所まで来るかい?』とからかうような口調で付け加え、さらに続ける。
「――じゃあ、本題だ。こっちのお嬢ちゃんの話に戻そうか」
隊長さんはそう言うと、ベスに視線を向けた。
「構いませんよ、こちらとしても早いところ無実を証明して明日の準備を再開したいので、協力を惜しみません」
すかさず同意する俺の言葉を聞き流して、隊長さんがベスに語り掛ける。
「借金のかたに連れてこられたとかはない? もしそうなら、心配しなくてもいいよ。この場で借金もなかった事にしちゃうから」
気持ちは分かるが、まるで子ども相手に話しかけているようだ。
「いえ、本当です。借金とかしていませんから」
「じゃあ、脅かされていたりしてない?」
「え? いいえ、脅かされてなんていません」
借金でもないし、脅しでもない。実のところ、しがらみと愛情で
「心配しなくても大丈夫だよ、おじさんたちが守ってあげるからさ」
無理だな、こちらのバックにはラウラ姫がいる。
「いえ、本当に仲間です、本当ですよ」
上目遣いで相手の反応をうかがうように下から覗き込んむベスに対して、隊長さんが頭をかきながらつぶやく。
「なんだか嘘くさいんだよなあ」
「そうは言われましても……」
隊長さんはしゃがみ込むと、下を向いて口ごもるベスを下から見上げるようにして問う。
まるで子どもに対するような態度だ。
「お嬢ちゃん、どこから連れてこられたんだい?」
「え? グランフェルト市から来ました」
頼むよ、ベス。『来ました』じゃない、『連れてこられた』ってところを否定してくれ。
隊長さんが俺の方を振り仰ぐと、意地の悪い笑顔を浮かべて言う。
「兄さん、『連れてこられた』っていうのは否定していないみたいだよ。普通は『一緒に来ました』とか答えるよな」
引っ掛けるの、慣れていないか? この隊長さん。
自分のミスに気付いたのか、ベスが慌てて前言の修正をする。
「あ、一緒に来ました。そうです、一緒に来たんです」
そう言い終えると、全て解決したとでも言いたげに満面の笑みを隊長さんと俺に向けた。
俺はベスの笑顔を見つめたまま、声を押し殺して笑う隊長さんに向けて聞く。
「隊長さん、なんでそこまで疑うんですか?」
「えーと、シゲタダ・ハタケヤマ君だったよね? ――」
まだ涙流しながら声を押し殺して笑っている隊長に向けて、『なんですか?』と憮然として答えると、先程のマイペースな表情に変わる。
「――じゃあ、さっき、彼女はなんで『ミチナガ様』って呼んだの?」
聞いていたのかよ。聞いていて今までからかっていたのかよ。性格が歪んでいるんじゃないのか、この隊長さん。
「聞き間違いでしょう?」
「いやー、バッチリ聞いちゃったよ。身分証明書を見せてもらってからずっと気になっていてね」
まずい。ベスの顔が蒼ざめている。
ここで、ベスに矛先が向いたら間違いなくボロがでるな。
その瞬間、俺の背後からエリシアの声が上がった。
「あ、白姉だ」
野次馬たちをかき分けるようにして姿を現した白アリと聖女がこちらへと駆け寄ってきた。
良かった、このメンバーじゃ不安だったが、口の達者なあの二人なら頼りになりそうだ。
次の瞬間、白アリが衛兵など目に入っていないかのように話しかけてきた。
「ミチナガ、何やってるの? 早く買い物を済ませて宿を決めましょう」
甘かった。
にんまり、と言った笑顔を浮かべて隊長さんが口を開く。
「美人が呼んでいるよ、ミチナガ君」
◇
◆
◇
結局、俺が『チェックメイトのミチナガ・フジワラ』を
不貞腐れる俺の横で白アリが代表して、隊長さんに謝罪の言葉を述べ、聖女がその隣で頬に片手をあててあきれ顔で俺を見ている。
「この馬鹿がご迷惑をお掛けしました」
「本当ですよ、困ったものですね」
頭を上げた白アリが聖女と一緒になって追い打ちを掛ける。
「この男、『チェックメイトのミチナガ・フジワラに似ている』って言われてから、女の子たちに自分の事を『ミチナガさん』とか『フジワラさん』って呼ばせているんですよ」
「こんな人でも私たちのリーダーですし、『女の子全員で持ち上げて気分良くしてあげよう』、って事になったんです」
「あたしたちも悪乗りしちゃって、衛兵さんたちに迷惑をお掛けしちゃったようですね」
そう言うと、白アリと聖女だけでなく、メロディと年少組の三人まで揃って『申し訳ございませんでした』、と隊長さんに頭を下げていた。
いや、なんだか俺がもの凄く痛い男に聞こえないか?
隊長さんはあきれた顔だが、後ろにいる衛兵たちは必死に笑いを堪えているぞ。野次馬に至ってはヒソヒソと会話しながら笑いを堪えようともしていない。中には爆笑している者もいた。
「その程度の
そこで堪えきれなくなった背後の衛兵の一人が吹き出し、次々と連鎖するように笑いが広がる。
「――『チェックメイト』を
「いえ、シゲタダ・ハタケヤマです」
「お嬢ちゃんも、こんな男の言いなりになってちゃだめだよ――」
キョトンとするベスに向かって、
「――年齢を誤魔化して働かされたり、生贄に利用されたりするんだったら、いつでも詰め所に駆け込んできなよ」
まだ信用していなかったのかよ、この隊長さん。
「はあ、ありがとうございます。それと訂正を一つ。年齢は誤魔化していませんから、私、十八歳です。本当ですよ」
訂正するの、そこかよ。
「分かった、分かった、そういう事にしておこう」
そう言うと、隊長さんは衛兵たちに向けて撤収の声を掛けた。
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あとがき
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下記作品も併せてよろしくお願いいたします
『無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~』
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