第325話 どこにでもある買い物の風景(1)
攻略予定である『夜の森の迷宮』、その最寄りの都市、ルイーズ市へと来ていた。
到着したのは三十分程前で、今は全員揃って朝市を見て回っている。
その三十分の間、欠伸をしたりうなだれて歩いたりと、およそやる気のなさそうな態度の二人――聖女と白アリが、とろんとした目で愚痴を零す。
「眠いです、もの凄く眠いです」
「本当ね、ワイバーンだったら眠ってこられたけど、自分で飛ぶんじゃ眠るわけにもいかないものね」
そう、今回も俺たちは飛行訓練を兼ねて『飛翔の指輪』を使って飛んできた。
しかし、眠そうにしているのはこの二人だけだ。残りの女性たちは興味津々といった様子で、朝市に立った屋台を次々と覗いていた。
朝市は活気があり、先程から呼び込みの声や価格交渉をする店員とお客とのやり取りと、喧騒が途絶える事がない。
中には
そして、その日常の風景と少し外れているのが俺たちかもしれない。
俺たち転移者七人とベス、アイリスの娘たち六人、双方の奴隷が十一人の、合計二十五人が固まって歩いているとチラチラと視線を感じる。
内訳も男四人に若い女性が二十一人だ。そりゃあ、目立つよな。
歩きながら道行く人を観察していると、テリーが口を開く。
「終戦直後にしては活気もあるし、戦争の傷跡っていうのが見られないな」
テリーのセリフに黒アリスちゃんが答え、ロビンが後ろを歩いていたライラさんに問いかける。
「どうでしょう、私もよく分かりませんが路地裏やスラムといった見えないところは悲惨なのかもしれませんよ」
「ライラさん、終戦直後と考えるとこの街は十分に落ち着いているように見えますが、どうなんですか?」
問われたライラさんもちょっと困った顔で答える。
「見える範囲で言えば、落ち着いています。それこそ平時と変わりません。大きい都市はなおさらですが、スラムや路地裏はいつも以上に荒れていると思います」
ライラさんの言葉にロビンが不機嫌そうに反応する。
「やはりあるんですね、スラム」
「スラムはある程度大きな都市ならどこでもあります。関わると厄介なので、近寄らない方がいいと思います」
「大丈夫ですよ、わざわざ探し出してまでスラムに足を運ぶつもりはありませんから」
「ええ、そうですね。信じています」
ライラさんも信じていないのだろう。口ではそう言っても視線で俺に謝罪をしている。
眠そうにしていた白アリと聖女も、ロビンとライラさんのやり取りにすっかり目が覚めた様子で、ロビンを除いた転移者六人が視線を交錯させた。
俺を含めた六人が小さくうなずく。
取り敢えず、ロビンを一人にしないという事で合意できたようだ。
◇
市場をフラフラと歩き回っていると、突然ベスが顔を輝かせて聞いてきた。
「今日は何を買うんですか?」
正直言って、必要なものはほとんど買い込んであるので買うものはほとんどない。敢えて言えば、何か目についた欲しいものがあれば買う、といった程度。
明日からのダンジョン・アタックに備えて、地上や街中の雰囲気を楽しんでおこうというのが趣旨だ。
「必要な物資はもう買い込んである。昨日は頑張ったから休養を兼ねてのんびりと町を見物、ってところかな」
ベスの顔色が変わった。今にも泣きだしそうな表情をしている。
「それって、もう地上や街中は見納めになるかもしれない、ってことですよね? 今夜の夕食が最後の食事になるかもしれない、ってことですよね?」
今まで能天気にしていたのに、急に思い出したのか?
まいったな。どこで失敗したんだ?
俺が自分の失敗を分析しようする矢先、白アリと聖女が苦笑いしながらフォローする。
「ベス、大丈夫よ。無理して下の階層には行かないから――」
白アリも嘘は言っていない。
無理をするつもりはないが、狙えるようなら最下層まで降りて、迷宮の守護者を討伐する予定だ。
「――それにね、危なくなったら逃げ帰ってくるつもりよ。自慢じゃないけど、あたしたちは分の悪い賭けはしないの」
「そうですよ。フジワラさんなんて、真っ向勝負で勝てると思っても、罠の準備に余念がありません。さらに敵の油断を誘ったり、不意打ちを仕掛けたりします。もちろん、退路の確保も忘れません」
なんだか釈然としないが、俺は二人に続いてベスに声をかける。
「ベス、それに俺たちが付いている。少なくとも俺はお前の傍らを離れないから、安心しろ――」
安心したのか、泣き止んだベスが指の隙間からこちらを覗き込んだので、話題を買い物に切り替える。
「――欲しいものがあったら言ってくれ。俺が買える物なら、なんだって買ってやるぞ」
「安全が欲しいです。心穏やかな生活が欲しいです」
物で釣ろうとしたら、また無理な事を即答してくれるな。返答に困っているとボギーさんが俺たちの苦労を水の泡にする。
「そりゃあ、無理な相談だ。何しろ生贄だからな」
「いやーっ! 生贄、嫌ですー。許してください、他の事ならなんでも言う事聞きます。だから、生贄は許してください」
そう言い、しゃがみ込んでしまったベスに、白アリが俺の失敗した『物で釣る』作戦を実行する。
「ベス、クッキー食べる?」
「あ、ありがとうございます。頂きます」
意外と余裕があるな。俺は涙を流しながらクッキーに噛り付くベスの肩を軽く叩き、精一杯の優しさを装って告げる。
「まあなんだ、食べ物が喉を通るうちは大丈夫だ」
「えっ! ――」
自分の失敗に気づいたベスはすぐに開き直った。
「――お腹は空くし食事もちゃんと食べられますが、ダンジョンに潜るのは本気で嫌ですから。本当です、信じてください」
別に信じない訳じゃない。
女の子だし、暗くてジメジメしたダンジョンに俺たちと潜るよりも、ラウラ姫と一緒にお屋敷ですごす方がいいだろう。それは分かる。だが、承諾は出来ない。
「そのなんだ、あのときの誓い云々は別にして、お前を守ると言ったのは本気だし、本当だ。俺の事を、俺たちの事を信じてほしい」
そう言い切った俺の事を、心なしか疑わしそうな目で見上げていたが、やがて、その小さな額を俺の胸に軽く当ててつぶやく。
「分かりました、信じます」
「ありがとう、ベス」
抱きしめて髪を撫でたいとところだが、皆の目があるし、往来の只中でそんな事をする訳にもいかない。
俺はベスをそっと引き離して、買い物の続きをすることにした。
◇
朝食代わりに何軒かの屋台で買い食いするうちに、すっかり機嫌の良くなったベスに聞く。
「本当に欲しいものは無いのか?」
「あれ、あれが欲しいです。ワイルドボアの串焼き――」
まだ食べるのか。
ベスは前方の串焼き屋を指さしたまま振り返ると、俺とメロディ、エリシア、ミーナ、リンジーと視線を移動させて、不思議そうな表情で聞いてきた。
「――あれ? 他の皆さんはどうしました?」
「そこら辺に適当に散って買い物したり食事したりしている」
さらに、空間感知でお互いの位置を把握しているから心配する必要のない事を付け加えると、ワイルドボアの串焼きを買うまでの間、空間魔法の利用についてあれこれと質問された。
「ほら、ワイルドボアの串焼きだ」
「わあ、ありがとうございます」
ワイルドボアの串焼きを受け取るや否や、かぶり付こうと大口を開けたところで俺の方を振り向いた。
「どうした?」
「欲しい物を思いつきました――」
串を握りしめたまま満面の笑みで続ける。
「――フルプレートアーマーが欲しいです。重装騎士みたいなのがいいです」
「そんなの着て歩け、るか、十分に」
「力はありますから重装備でも余裕で走って逃げられます」
フルプレートアーマーを装備したまま、高速で走って逃げるのか、そんな女の子はお前だけだろうな。
屋台の前で会話を聞いていたミーナとエリシアがベスに話しかける。
「大丈夫だよ、そんなの装備しなくっても。女の子なんだし、どうせならお洒落しよう」
「そうそう、ドレスとかは無理だけど動きやすい軽装備にしましょう」
「え? お洒落してダンジョンに潜るのですか?」
普通はそんな事はしない。だが、俺たちなら出来る。
俺はミーナとエリシアと会話しているベスに話しかけた。
「『自動発動型 重力障壁の指輪』を渡しただろう?」
「これ、ですか?」
そう言ってベスが左手を上げると、その薬指にラウラ姫に贈ったのと同型の指輪――アーマードスネークの鱗から削りだした指輪が輝いている。
「ベスは魔力量も豊富だからその指輪だけで大概の攻撃は防げる――」
そこまで言って、ミーナとエリシアに一瞬視線を走らせる。
「――防御を軽視するのは以ての外だが、機動性と戦闘時以外の活動を考えて必要以上の重装備を避けるのは賛成だ」
バツの悪そうな顔をしているミーナとエリシアの後ろからメロディが山鳥のもも肉を持った手を軽く上げて提案してきた。
「あの、ご主人様。もし防御に不安があるようでしたら、魔力付与した防具や防御の魔道具がまだたくさんあります。それを見てもらっては如何でしょうか?」
なるほど、メロディの言う通りだ。
街中の防具屋で購入するフルプレートアーマーよりもメロディの作ったドレスの方が防御力は上だろう。
「そうだな、後で魔道具を見せてもらおうか――」
俺はメロディからベスに視線を移す。
「――ベスもそれでいいか? そこらのフルプレートアーマーよりも信頼できるのは間違いない」
「はい、それでお願いします」
しかし、そんなにたくさんの魔道具あったのか? 俺の知らないところでいろんな物を作っていそうだな。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
下記作品も投稿再開いたしました
こちらも併せてよろしくお願いいたします
『無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~』
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