第318話 残された貴族たち(7)
マルセル子爵領からの住民移住作戦、最後の都市となる領都ダスティ市。
その住民と騎士団を幾度かの空間転移を繰り返して、移住先となるラウラ・グランフェルト辺境伯の直轄地を目指していた。
騎士団の護衛だけで到着できる距離まで運んだところで、後事を騎士団に引き継ぎ、次の標的であるリーガン男爵のところへ向かっている真っ最中だ。
ベスの説得もあって時間も押している事だし出来れば早めに次の作戦に移りたい。
移住地まであと一日の距離か。このまま騎士団に任せても問題なさそうだな。
思い思いに昼食の準備している人たちを眺めながら、リーガン男爵領の移住作戦に着手するタイミングに思案を巡らせていると、聖女の声が聞こえた。
「フジワラさん、周辺の索敵終わりました」
振り返ると聖女が何やら言いたげな様子で妙な顔をしている。面倒事でも起きたのか? 内心、警戒しながら聞き返す。
「どうした? 何かあったのか?」
「実は、マリエルちゃんがハイビーの巣を見つけちゃいまして……」
「それで、蜂蜜とか言って騒いでいるのか?」
索敵能力が高いからといつもの調子でマリエルを索敵チームに割り振ったが、こんな事態は予想していなかった。
俺は改めて周囲を見渡す。
街道沿いこそ草原と丘陵地帯が広がっているが、その草原や丘陵地帯を数百メートルも進めば浅い森が広がり、そのさらに奥に深い森が広がっていた。
なるほど、ハイビーの生息していそうな環境だ。
「どうしましょう? 危険といえば危険なので排除した方がいいとは思いますが……」
「規模はどれくらいなんだ?」
ハイビーの巣を放置したまま、空間転移で移動してしまうという手もあるにはある。
だが、この後何度もこの地点を利用する事を考えると、小さな巣なら騎士団で排除するか、住民の中にいる探索者を募って排除してもらうかして、俺たちはリーガン男爵のところに向かうのもありだな。
「大きいのもあれば小さいのもあります」
ちょっと待て、一つじゃなかったのかよ。
「仕方がない、昼食が終わったら排除してしまおう。大きい方を俺たちで排除して、小さい方を――」
俺の視線の先で親指を折って右手を挙げている聖女がいる。
「――四つもあるのか?」
力無く聞く俺に聖女が困ったような表情で首肯した。
◇
◆
◇
毎度の事だが、俺たちは周囲の騎士団や住民たちとは、あまりにも違いすぎる豪勢な昼食を摂りながら、今後の事に付いて話し合いを進めている。
この異世界では、昼食を摂らない習慣の人たちの方が多いくらいなので、俺たちの昼食が余計に目立つ。
羨望というよりも驚きの眼差しを向けられる中、隣のテーブルからはアイリスの娘たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
「ねーねー、聞いた? 午後からハイビーの巣を狩りに行くってさっ」
最年少のリンジーの言葉に年齢の近いミーナが即座に反応し、エリシアが続く。
「四つでしょ? 手分けするって言ってたけど、どんな風にチーム分けするのかな?」
「では、今夜の夕食は蜂の子が食卓に上がるですね」
エリシアが嬉しそうに夕食に期待を寄せる横で、リンジーが育ち盛りらしいセリフを口にすると、
「ええー、獲ったらすぐに食べたいよ。あの木を燻した臭いの中で食べる蜂の子が最高に美味しいんだよねー」
「リンジーの食いしん坊。そんなに食べてばかりいると太って動けなくっちゃうから」
即座にミーナが【身体強化 レベル1】を活かして、魔法主体に戦うリンジーの背後に回るなり、『つまめるよ、リンジーのお腹つまめるよー』と、お腹のあたりを指先でつまんでからかい出した。
年少組の三人がキャイキャイとハイビーの話題をする声に続いて、ミランダの彼女たちをたしなめる、やんわりとした声が聞こえる。
「食事中なんだからもう少し静かにしなさい。それに今は作戦行動中ですよ、寄り道は最小限になるようにしないと迷惑が掛かるでしょう」
アイリスの娘たちのサブリーダーである、ミランダに注意された年少組の三人が、まるで悪びれる様子もなく、クスクスと笑いながら食事を再開した。
彼女たちも昼食を摂る習慣とアイテムボックスをフル活用した新鮮な食事に慣れたようだ。
楽しそうに会話を続けるアイリスの娘たちから、自分たちの食卓へと意識を戻す。
問題はハイビーの巣ではなく、予定よりも遅れているスケジュールのリカバリをどうするか、だ。
焼きたてのパンにローストビーフと葉物野菜を挟みながら、黒アリスちゃんが次の作戦に付いて触れる。
「ハイビーの巣の方はそれで対処するとして、リーガン男爵のところへは今夜のうちに仕掛けるんですか?」
「その予定だ。リーガン男爵にしてもパリー男爵にしても、マルセル子爵よりも領地も狭いし領民も少ない。どちらも一日あれば終わるだろ?」
「今夜がリーガン男爵で明日の夜からがパリー男爵ですね」
「リーガン男爵の方は、ほぼ段取りまでつけてありますけど、パリー男爵のところはまだ返事が来ていない村がありましたよね?」
「二つ残っている。その二つはリーガン男爵のところの作戦行動と並行して話をつけに行こう」
さて、人選だが……
「はい、はい、今度は私たちにやらせてっ」
白アリが伸び上がるようにして手を挙げ、その傍らで黒アリスちゃんが遠慮がちに小さく手を挙げていた。
白アリと黒アリスちゃんか。
闇魔法の人員が減るのは痛いな。そう思って視線をボギーさんに向けると、
「いいんじゃネェか? リーガン男爵たちを眠らせる作業を、黒の嬢ちゃんの分も俺がやりゃあいいこった」
トマトベースのソースをパンに付ける手を止めて口元を綻ばせた。
「では、申し訳ありませんが、ボギーさん、よろしくお願いします」
俺が白アリと黒アリスちゃんの二人をパリー男爵領の説得担当として了解する。
すると、川魚のフライを挟んだパンを片手に、チーズとクリームを和えたソースへ手を伸ばした聖女が『ところで』、と話題を切り替えた。
「マルセル子爵、そろそろ目を覚ます頃ではないでしょうか?」
「そうですね、起きてもおかしくないの、かな?」
ロビンが確認するように黒アリスちゃんに視線を向けると、パンを口に運ぶ手を止めて黒アリスちゃんが答える。
「睡眠の効果はもう少しありますから、もう少し、そうですね、後一時間くらい眠っているはずです」
「残念ねー、起きた後の様子が見たかったわー」
そう言うと、ワイルドボアの燻製を一かじりして『うん、よく燻されている』と自分で作った燻製を自画自賛するつぶやきを漏らす。
その様子を見ていた黒アリスちゃんが、ワイルドボアの燻製に手を伸ばして、
「きっと慌てるでしょうね」
と言うつぶやきに続いて、エールの入ったタンブラーを両手で持った聖女が楽し気に口を開く。
「起き抜けの上に、空腹の身体に鞭打って城内を走り回ったりするかもしれませんね」
そう言うと、冷えたエールを一気に飲み干して『今度、録画とか遠隔地に映像を送れるライブカメラみたいな魔道具を作りませんか?』とテーブル越しに身を乗り出してきた。
なるほど、確かに録画やライブカメラの機能を持った魔道具があれば面白いかもしれないな。
「魔道具は『夜の森の迷宮』を攻略しながらダンジョンの中で作成しよう」
白アリと聖女の間に座っていたベスが、俺の発した『夜の森の迷宮』という単語にビクンッと反応した。
そんなベスの反応に白アリが即座に声を掛ける。
「ベス、大丈夫よ。私たちはとても強いから、大船に乗った気持ちでいて頂戴」
「さあ、お酒でも飲んで気を紛らわせましょう。酔うと強気になれますよ」
聖女はそう言って、ベスの前にエールの入ったタンブラーを置く。
酔って強気になるかは、人それぞれだろう。それに酔わせて恐怖心を紛らわすとか、本当に生贄みたいで嫌だな。いやまあ、俺も聖女の事を言えた立場ではないのだが。
目の前に置かれたタンブラーをしげしげと見ているベスを余所に、ロビンが慌てて話を戻す。
「それよりもマルセル子爵の話をしましょう。やはり食事は楽しくしないと」
本人は気を利かせたつもりなのかもしれないが、引きつった笑顔と飛び出したセリフを考えると全く気が利いていない。
それでもロビンの気持ちを汲んで、俺はマルセル子爵の話を口にした。
「まあ、何が起きたのか理解するのに時間は掛かるだろうな」
すぐに口元に笑いを浮かべたボギーさんが続く。
「問題はその後だな。姫さんのところにすっ飛んでくるんじゃネェのか?」
「来たら来たで見物ですね」
「そうねー、出来ればいろいろと頑張ってもらいたいところね」
そう続いた聖女と白アリは二人してタンブラーにエールを注いでいた。
この後のハイビーの巣狩り、チーム編成を再考した方が良さそうだな。俺はそんな事を考えながら、マルセル子爵を食卓の話題に昼食を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます