第314話 残された貴族たち(3)
ロビンや聖女が担当する分隊がまだ半数以上残っていた。二人は安全マージンを大きく取って、数回に分けて騎士団を市街地へと転移させている。
外周部への転移が入ることを考えると俺とのタイムラグが大きいな。
俺に次ぐ空間転移能力を持つボギーさんはというと、既に二回目の転移で担当する分隊もろ共消えていた。
外周部で時間調整するつもりか。
俺は今までボギーさんのいた空間からメロディへ視線を移す。
「メロディ、分隊の四分の一を担当してくれ。残りは俺が輸送する。タイミングを合わせて騎士団の背後へ出現する。大丈夫だな、できるな?」
騎士団とベス、メロディを引き連れて、住民を威嚇しているマイラ市の衛兵の背後に出現する。
空間転移による奇襲攻撃。
尻尾をブンブンと振り、勢いよく『はい』と答えるメロディにほほ笑む。続いて彼女の傍らで所在無げにしているベスに声をかけた。
「ベス、敵衛兵の背後に出現するから、お前の闇魔法で兵士を眠らせるんだ」
集まっている住民を適当に脅して解散させる。その程度の任務と油断している衛兵を、突如出現した数倍の騎士たちが完全武装で背後と側面から攻撃する。
そのまま騎士団をぶつけても勝てるだろうが、出来れば無傷で圧勝したい。
「え、え? え?」
「どうした? 睡眠の魔法は使った事がないのか? 失敗しても構わないからやってみろ」
「な、何のお話でしょうか、ミチナガ様」
ベスの目が泳いでいる。動揺を隠せていない。
「何って、闇魔法だよ。お前が闇魔法を使える事は知っている」
「な、なんっで? どう、して?」
その表情から、ベスが脳をフル回転させて記憶を手繰っているのが、手に取るように分かる。おそらく、いつ闇魔法を使ったか、どこでばれたのかを必死になって思い返しているのだろう。
「種明かしをするとな、俺には相手がどんな魔法が使えるのか分かるんだ。特殊な能力だというのは分かるよな?」
軽くウィンクをして『騒ぎになるから内緒にしておいてくれよ』と告げると、ベスの目が大きく見開かれた。
「使える、魔法が分かるん、ですか?」
警戒している。分かるのが魔法だけなのか、他の能力も分かるのか探っている目だ。
「ああ、俺だけじゃないぞ。白アリと黒アリスちゃん、ロビンだろ、聖女、ボギーさん。それと、ここにはいないがテリーもだ。俺を含めて七人が相手の使える魔法がどんなものか、見るだけで分かる」
「わ、私、あの……」
顔を蒼白にして涙を流している。今にもこの場を逃げ出しそうな感じだ。俺はベスの逃亡を阻止するため、彼女の背中に両腕を回して抱き寄せた。
そして、彼女の耳元でささやく。
「優れた能力があるというのは、ときには辛い事もあるよな。でもな、ベス。お前の魔法は素晴らしい――」
俺の腕の中でビクンッと震えたベスをさらに力強く抱きしめる。
「――自分の力を、それを知られることを恐れるな。それで困ることがあれば、俺が助けてやる。何かあったら俺を頼れ、必ず守るから。約束しよう、女神ルースに誓う」
ベスの身体が小刻みに震えている。
俺の胸に顔を埋めたままのベスから、小さな嗚咽が聞こえてきた。
あれ? ここは泣きながら首とかに抱きついてくるところじゃないのか? なんで顔を上げもせずに泣いているんだ?
「うぇっ、えっ、ミチナガ様、わ、私、怖いんです。私、こんな、こんなだから、怖いんです」
剣術スキルなんて必要ない。パワーとスピードだけで騎士団のエースクラスを圧倒できる。魔法なら数か国の宮廷魔術師が束になってかかったって圧勝だろう。
普通の人から見れば何も恐れるものなどなさそうな少女が自分の力を知られるのを恐れている。
今までもひた隠しにして生きてきたのか。
「ベス、お前の力を利用しようとした連中がいたのか? 酷いヤツらだ」
「あの、そ、そんな……」
消え入るように言葉が途切れると、ベスの、少女の小さな手がもの凄い握力で俺のアーマーを握りしめた。
俺は強化されているはずのアーマーがきしむ音を聞きながら、彼女に優しく話しかける。
「もう一度言おう。俺を信じてくれ。どんな敵からもお前を守ってみせる、女神ルースに誓う」
「だ、ダメですよ。そん、な簡単に、女神ルースに、誓っちゃ……」
ベスの嗚咽交じりの、途切れ途切れの声が胸を締め付ける。
「そんな簡単になんて誓わないさ。女神ルースに誓ったのはこれが初めてだ」
だよな? 毎晩のように会ってはいるが、何かを誓った記憶はない。約束をしただけだ。
「女、神さま、への初め、ての、誓いなん、ですか?」
「ああ、そうだ」
アーマーを掴んだベスの手にさらに力が込められたのか、単にアーマーの耐久力の限界だったのか、俺のアーマーが幾つかの破片となって足元に落ちる。
まだグズグズと鼻をすすり、肩を震わせているが嗚咽は止んだ。
胸元に埋めた顔を静かに上げると、ベスはちょっと惚けたような顔で口を開いた。
「信じます、ミチナガ様の事を信じますっ。絶対に置いていかないでくださいねっ。いえ、付いていきます、どこまでも」
「そうか、いい子だ。早速、闇魔法で敵衛兵を眠らせようか」
「はいっ」
ベスの明るい笑顔と共に快活な答えが返ってきた。
騙して利用しようとしたヤツらが、現地の異世界人から俺に代わっただけと、構造的には何も変わっていないと感じるのは気のせいだろうか?
いや、そんな事は無い。
彼女を一方的に利用するつもりはない。ちゃんとギブアンドテイクが成り立っている。
ベスが落ち着いたタイミングを見計らったように、メロディがささやく。
「あの、ご主人様、騎士団の皆さんが困っていらっしゃいます」
振り返ると、ジュリア・パーマー率いる騎士団員たちの困った表情が整然と並んでいた。それにしても、露骨に俺から目をそらす奴のなんと多い事か。
まあ、自分が仕える主君――リューブラント国王。その孫娘の婚約者が目の前で孫娘お付きの侍女と抱き合っていたんだ、そりゃあ、反応にも困るか。
俺は視線を微妙に逸らせている分隊長のジュリア・パーマーに作戦の修正を伝える。
「ジュリア・パーマー士爵、これより全員一度に市街地へ突入する。敵衛兵は集まっている住民を脅している。この背後に出現するが、最初の一撃は――」
ベスを皆の前に押しやると、改めて彼女を紹介する。
「――ベス・グリーンウッドの闇魔法による広域の睡眠魔法とする」
その言葉にジュリア・パーマー士爵をはじめとした、目を逸らせていた騎士団員たちの、驚きの視線がベスに向けられた。
信じられないといった様子で、皆が抱いた疑問をジュリア・パーマー士爵が口にする。
「その侍女が闇魔法を、でしょうか?」
「疑問に思うのも当然だ。彼女は人前で闇魔法を使うのは今回が初めてとなる。これまでは魔力の回復力に難があり、思うように強力な魔術が使えなかった――」
真っ赤な嘘だ。聞いている騎士団員たちの中にも『突然何を言い出したんだ?』といった視線を向ける者もいる。
「――だが、皆も見ていたように彼女を説得したところ協力を承諾してくれた。併せて彼女の未回復分の魔力を供給した」
「魔力を供給?」
普段耳にしない単語なのか、惚けた顔で聞き返すジュリア・パーマー士爵に鷹揚にうなずいて話を続ける。
「そうだ、難しい魔術なので互いの身体の広範囲な接触が必要となる。彼女も人前で恥ずかしかった事だろう。からかわないでやってくれ」
一拍の間をおいて、敬礼と共にジュリア・パーマー士爵の声が響く。
「承知いたしましたっ!」
俺の言葉を信じたのか、信じたかった気持ちを後押しする言葉だったのかは知らない。
だが、憑きもが落ちたように安堵の表情を見せるジュリア・パーマー士爵が敬礼と共に承諾の返事をすると、他の騎士たちも彼女と同様に安堵の表情を浮かべて、次々と敬礼をしていた。
俺はメロディに目配せをすると、タイミングを合わせるように一際大きな声で号令を発した。
「では、これより転移を開始するっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます