第313話 残された貴族たち(2)
見えたっ! マルセル領、第二の都市であるマイラ市。作戦の最初のターゲットだ。
十数回に及ぶ空間転移によるピストン輸送でアラン・マルゴ隊とジュリア・パーマー隊の大半がマイラ市までおよそ一時間の距離にある。
残りの騎士団の到着を待っていると、自分の担当する分隊の輸送を終えた聖女が上機嫌でこちらへと歩いてきた。
「フジワラさん、次の空間転移でそれぞれの部隊を市街地に展開させられそうですけど、一気に行っちゃいますか?」
早く作戦を実行したくて堪らない、といった様子だな。
「いや、安全策を取ろう。もう一回転移する。市の周囲に分隊単位で散らばって転移してから、一気に市街地へ飛び込む」
「さて、どれだけの人が来てくれるでしょう」
聖女は両手を胸の前で組み、祈るような仕草でマイラ市を見つめていた。
「マイラ市は聖女と、アイリスの娘からはリンジーが担当したんだよな? 気になるか?」
「ええ、気になりますね。でも、私よりもリンジーちゃんが気にしてくれるので、それを見ていると心が落ち着きます」
「リンジーはどうしている?」
「
そう言うと『可愛らしいですよー、見てきますか?』と笑顔で付け加えた。
どうやら、お祈りをするリンジーは聖女の何かを刺激したようだ。この二日間、リンジーには聖女とペアで作戦準備を進めてもらったが、無事だったのだろうか?
オレンジ色のツインテール、まだ幼さの残るリンジーの顔を思い浮かべたところでロビンの声が聞こえた。
「遅くなりました。全部隊、移動終わりました」
振り向くとロビンのすぐ後ろをボギーさんが歩いているのが見えた。
揃ったようだな。
取り敢えずリンジーの事は意識の外へ追い出して口を開くと、聖女と俺の声が重なる。
「お疲れさまです」
「お疲れさま。それじゃあ一旦都市の外周部に転移してから市街地へ乗り込もうか」
俺の言葉に皆の口元が綻ぶ。
「おう、姫さんの足元を見てつまんネェ事をしてきた貴族どもに教えてやろうゼ。自分たちが如何に浅慮だったかをよ」
ロビンが『強気ですね、ボギーさん』と小さく
「領民全て、と行きたいところですが、八割程度でしょうね」
「八割、十分じゃないですか。馬鹿な貴族たちを泣かせてやりましょう」
楽しそうな聖女の言葉を聞きながら、俺は今回の作戦に先駆けて行った下準備を思い出していた。
▽
手始めは小さな村落からだった。
人口三百人ほどの貧しい農村。これといって大きな産業はなく、土地も痩せて作物の収穫量は低い。真面目に畑を耕し、家畜の世話をしてわずかな収入を得る。
晴天という事もあり、村の中央広場を占拠する形で説明会を開催した。
そんな彼らの代表者である村長と十名ほどの老人、長老会とか何とか言っていたな。そして働き手の中心なのだろう、若い男女が十名ほどが大きなテーブルを挟んで、俺とメロディの前に座っている。
「――――グランフェルトの内乱は鎮圧されました。先程ご説明差し上げたように、これからは国内の治安維持と生産力向上、領民の皆さんの生活を豊かにするために様々な政策が打ち出されます」
最後に、『先程ご提示した我々の提案を受け入れては頂けませんでしょうか?』と付け加えた。
提案は新たな領地への移住。もちろん、住むところだけでなく、畑や家畜を飼う土地、牧草地帯を無償で提供するだけでなく支度金も用意する。
さらに、税率の軽減だ。ここマルセル領では税率が他の領地よりも高く六割から七割になる。それを向こう三年間は三割、四年目以降を四割とした。
大半の若い男女がこちらの説明に目を輝かせるのを余所に村長が難色を示す。
「確かに暮らし向きは楽ではありません。ですが、他の領主様のところよりはずっとましです。何と言っても、ここの領主様は内乱に参加しませんでした。それに、これまでのカナン王国との戦争でも、出来るだけ働き手を徴兵しないようにしてくれていました」
「でも、他の領主様より税金が高いのは事実だ」
「そうだ、税金が高いのは昔からだった」
「婆さんから聞いた。税金が高いのは戦争が激しくなる前からだって聞いている」
「今じゃ、あたしたちの方がましな暮らしをしているけど、ちょっと前までは他の村や町の方が豊かだったって言うじゃないの」
「そもそも、ここは土地が痩せすぎている。まともに食糧も育たないし家畜だって痩せちまってる」
「豊かな土地に移れるチャンスを逃すなんて馬鹿のする事だっ」
思い思いに話し合いを始めた村人たちを横目にメロディが耳打ちする。
「ご主人様、ガザン王国が滅びてリューブラント王国になった事や、内乱鎮圧とその後の政策について、もう少し詳しくお話しした方がよくないでしょうか?」
「いや、難しい事を並べ立てるよりも彼らの生活に直結する、分かり易い事を例にとって進める」
国の興亡は理解するのが難しいだろう。もし中途半端に理解しても不安にさせるだけだ。政策についてもそうだ。全員とは言わないが、彼らのほとんどが理解してイメージ出来るとは思えない。
彼らが理解できる、イメージできる事で説明する。
村長の隣に座っていた一人の老人が突然立ち上がると、辺りに大声を響かせる。
「もし全員で村を出てみろ。たちまち騎士団や衛兵が追ってきて、わしら全員奴隷落ちじゃぞっ」
それに続いて、やはり何人かの老人から声が上がった。
「そうだっ! 貧しいのは我慢すればいい。死んじまったら元も子もねぇ」
「出来るだけ領民を死なないようにしてくれただけでもいい領主様だ」
「大体、こんな獣人の奴隷を連れた小僧の言う事真に受けるのか?」
酷い言われようだな。
「私の身分はともかく、提案内容が嘘偽りでない事はこの書類にある、ラウラ・グランフェルト辺境伯の印が証明しています」
問題はラウラ・グランフェルト辺境伯の印が本物かどうかなんて、ここの村人には確かめようも無いという事だろうな。
加えて、俺たちが報せるまでラウラ姫は死亡したと信じていた。
概ね、若い人たちは男女問わずに新しい土地、豊かな土地への移住に乗り気だ。難色を示しているのは老人たちか。
なおもそれぞれの主張を口々に言い合う彼らに向けて告げる。
「明後日、騎士団が皆さんを迎えに来ます――」
全員が俺の一言に沈黙し、動きを止めた。
「――全員が揃って移住する必要はありません。我々も無理強いをするつもりもありません。新たな土地で生活したいと願う方々だけで十分です。移住する準備をしておいてください」
俺は全員がこちらに注目しているのを改めて確認してから、メロディに目配せで合図する。
メロディは小さく首肯するとアイテムボックスから大き目の袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
袋の中身の重さで袋が横たわると、開いたままの口からテーブルに向けて、金属が触れ合う音と共に中身が零れ出す。それは朝の陽射しを反射して美しく輝いた。
「銀貨?」
「あの袋の中、全部銀貨なのか?」
「なぜ銀貨が?」
村人たちから疑問のささやきが漏れた。疑問を口にしているが、目は期待に満ちている。
ここまでの俺の説明にあった『支度金』という単語を思い返しているのだろう。
俺は彼らの期待に応える言葉を発する。
「こちらが支度金となります。年齢も男女の別も問いません。一人あたり銀貨で十枚をお渡しいたします――」
銀貨十枚。日本円に換算するとおおよそ十万円くらいになる。現代日本に置き換えても、立ち退き料としては少ないが、政府の支給する手当としては破格だ。生活水準が低いこの異世界でも破格の金額となる。
歓喜の声が上がる中、俺はさらに続ける。
「――この銀貨は明後日騎士団が来たとき、移住を希望される方に直接お渡しいたします」
老人たちも半数以上が目の前の銀貨に視線を釘付けにされていた。
▽
あのときは、魅力的な提案よりも目の前に積み上げられた銀貨の方がよほど効果がある、そう改めて思い知ったなあ。
その後も次々と町や村を巡り、同じように説得をして回った。
結果はどこの町や村も一緒で、人口一万人に届く大都市も変わりはない。むしろ人や情報が行き交う分、自分たちが住んでいる領地が近い将来経済的に他の領地に抜かれると、直感的に理解していたようだ。
ボギーさんの声が現実に引き戻す。
「兄ちゃん、惚けてンナよっ。本番はこっからだゼッ」
俺はボギーさんの返事をして、アラン・マルゴ士爵とジュリア・パーマー士爵をはじめとした騎士団員に向けて号令を下す。
「これよりマイラ市へ潜入して、約束の場所で住民と合流するっ! 各分隊は分隊長の指示の下、住民を馬車に搭乗させ、速やかに移動を開始するようにっ! ――」
馬車は俺たちがアイテムボックスに格納して十分な数を揃えてある。
俺はそこで一旦言葉を切って、視覚を上空へ飛ばしてマイラ市を俯瞰した。こちらの指示した広場に大勢の住民とそれを散らそうとしている衛兵の姿が見える。
「――マイラ市に駐留している騎士団、衛兵が既に住民と小競り合いを始めている。騎士団、衛兵とは出来るだけ争わずに、買収を最優先手段とする事。交戦はやむを得ない場合のみとする」
最後にアラン・マルゴ士爵とジュリア・パーマー士爵の準備万端を意味する首肯を確認して転移の合図を出す。
「これより、転移を開始するっ!」
それを合図に、騎士団から一斉に喊声が上がった。どうやら衛兵と戦う気満々のようだ。
戦うなよ、金で解決しろよ。
ロビンと聖女に視線を走らせると、苦笑して片手を上げるロビンとウィンクをしながら投げキッスする聖女がいた。
二人とも狙っているようだ。
あれは転移と同時に衛兵を蹴散らせる位置へ騎士団を出現させるつもりだな。まあ、騎士団の士気と騎士団が衛兵を蹴散らす事で住民が安心するならやむを得ないか。
そしてボギーさんの姿は既にない。
自身が担当する騎士団の第一陣を既に市街地へ出現させていた。
「あのう――」
背後からの間の抜けた声に振り返ると、達観した表情のベスがいた。
「――私たちも行きましょうか」
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