第312話 残された貴族たち(1)
白アリが大勢の騎士や兵士たちを前に妙に張り切っていた。
右の拳を左手のひらに、小気味よい音を立てて打ち付けると、涼やかな声が響く。
「さあて、それじゃあラウラちゃんを子どもと侮って、足元を見ている連中に一泡吹かせに行きましょうか」
「一泡吹いてもらうのはまだ先だからな。先ずはその準備だ」
「分かってるわよー」
ご機嫌なのは白アリだけではなかった。ボギーさんの表情も明るく、声も弾んでいる。
「初日のターゲットはマンセル子爵か。都市が三つに大小合わせて町や村が十カ所、結構な規模じゃネェか」
「ワクワクしますね」
可愛らしい笑顔でコロコロと笑う黒アリスちゃんとは対照的に緊張気味のロビンの声が続く。
「下準備は済ませているとは言っても、相手に気付かれないようにやるっていうのは緊張しますね」
ボギーさんは緊張しているロビンの背中を手のひらで叩くと、
「コマドリの兄ちゃん、この作戦で戦争終結だ。軽く捻ってやろうゼ」
そう言うと、妖しげな笑顔の聖女に口元を綻ばせて語り掛ける。
「こういう作戦はモチベーションが上がるネェ」
「派手な作戦もいいですが、こういう地味な作戦の方が味があって好きですよ、私」
ボギーさんたちの会話を傍らで聞きながら背後に控えた騎士団に向きなおると、風魔法を利用して全員に聞こえるように告げる。
「先ずはマンセル子爵領を第一ターゲットとして今日中に片付けるっ! アラン・マルゴ隊及びジュリア・パーマー隊は俺たちと一緒に市街地の対応を頼む。これには現地の騎士団や衛兵への対応も含める――」
作戦内容は既に昨夜のうちに伝えてある。俺たちの能力もフル活用するが、どうしても人手が必要となる。キーとなる二つの騎士団の働きが重要となる。
「――コロナ・カナリス隊には、アリス・ホワイトの指揮下で周辺警戒を頼む。都市部の騎士団や衛兵隊が外部へ報せるのを防いでほしい。さらに、異変に気付いた子爵が近隣の領主に出す使者を捕らえてくれ。特に今回マンセル子爵と足並みを揃えているパリー男爵とリーガン男爵のところへ情報が漏れるのを避けたい。詳細はアリス・ホワイトと刷り合わせを頼む」
コロナ・カナリス隊は二つに分ける。一つは作戦行動中の都市周辺の監視、もう一つがマンセル子爵邸の監視だ。
大役と気負っているのか、緊張気味のコロナ・カナリス嬢に白アリが直接話しかける。
「街道の封鎖には、マンセル子爵領に隣接した小領主から兵を借りる事になっているけど、手伝い程度に考えてちょうだい」
それを聞いていたロビンがボギーさんに小声で尋ねている。
「つまり、あんまり役には立ちそうにないって事ですね」
ボギーさんは苦笑すると『身も蓋も無いがその通りだ』とつぶやき、
「あてには出来ネェが、積極的に協力してくれるんだ、ありがたい話だろう? 人手不足は本当なんだ、ここは使えるモンは何でも使わネェとな」
そう言うとコロナ・カナリス嬢と会話をしている最中の白アリへと視線を向けた。俺もそれにつられて視線を白アリとコロナ・カナリス嬢へと戻す。
白アリは黒アリスちゃんを呼び寄せると、コロナ嬢へ優し気な口調で話の続きをする。
「でもね、貴女の傍にはあたしと黒ちゃんがいるから何の心配も要らないわ。アイリスの娘たちも一緒よ」
「ありがとうございます。祖父からも皆様の指示に従うよう言われています。ですが、それを別にしても、私自身、チェックメイトの皆様には全幅の信頼を寄せさせて頂いています」
コロナ嬢は白アリに向かって敬礼し、『よろしくお願いします』と一層緊張した面持ちで答えていた。
◇
騎士団の移動手段は俺たちの空間魔法による空間転移を使う。
俺たちでも、これだけの数の騎士たちを一度に運ぶことは出来ない。部隊毎に何回にも分けて運ぶ。今も空間魔法で目的地へとピストン輸送する部隊毎に整列をさせている真っ最中だ。
その様子を眺めていると白アリが現地で捕らえた騎士や兵士の処遇について聞いてきた。
「それで、報せに走ろうとした兵士たちはどうするの? 捕らえるにしても『その日だけ拘束する』という事でいいのかしら?」
「いや、解放せずに連行してほしい」
領主に限らず、異変が起きているのが知れ渡るのは遅いに越した事はない。情報が他へ漏れるのは織り込み済みだが無用なリスクは避けたい。
「分かったわ、それで罪状はどうするの? あたしたちだけなら罪状なんてどうでもいいけど――」
一瞬、視線をコロナ嬢に走らせると、困ったような表情をする。
「――今回はコロナちゃんが一緒だから、いろいろと、そのう、手を染めさせたくないのよ」
横で聖女と楽しそうに作戦の話をしていたボギーさんが、火の付いていない葉巻を口に運ぶと、白アリに向かって楽しそうに語る。
「俺たちゃ外国の貴族様だぜ。敗戦国の兵士が手を出していい相手じゃネェ」
ボギーさんの言葉に白アリが『了解よっ!』とばかりに満面の笑みでうなずく。
「身分は隠すんですよね?」
その横で黒アリスちゃんが不思議そうに聞き返すと、聖女が心得ましたとばかりにコクコクとうなずき、ボギーさんのセリフを補完する。
「そこで私たちに手を出したところで、身分を明かすんですね。そして不敬罪とか何とか理由をつけて捕らえると」
「酷い話ですね」
呆れたように聖女を見上げる黒アリスちゃんの横でロビンが小首を傾げる。
「別に情報が漏れたところで、それ程大きな問題ではないでしょう?」
「何を言っているんですか、こういう事は相手が気付いた時には終わっている、というのがいいんじゃないですか」
「いいこと言うわね、聖女ちゃん」
白アリの褒め言葉に聖女が満面の笑みで答える。
「気付かれて力押しなんて、スマートじゃないですよー」
「なるほど。すべてが終わってから気付いたときの相手の顔が見物ですね」
聖女の言葉に納得したように、そう言う黒アリスちゃんの横で、いろいろと納得出来ていない様子のベスが疑問をこぼす。
「あのー、私も行くのでしょうか?」
遠慮がちに小さく手を挙げて聞くベスに、ボギーさんの快活な声が間髪を容れずに響く。
「今更何を言ってるンダ? 諦めな、生贄の嬢ちゃん」
「え? ちょっ、ちょっとボギーさん。今、生贄って言いましたよね? 生贄ってどういう事ですか?」
ギョッとした顔をすると、今しがたまでの遠慮は消え失せ、ボギーさんに掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄る。
「ああ、間違った。手伝いの嬢ちゃん」
「生贄と手伝いってどうやって間違うんですか?」
なおも食い下がるベスをボギーさんから無理やり引きはがす。
「ほら、ベス。お前はこっちだ。俺の手伝いをしてくれ」
「生贄ってどういう事ですか? 詳しい説明をお願いしますっ」
矛先が俺に向いた。
「酷い事なんてしないから、安心して付いてこい」
優しい声音と口調を心がけて話しかけるが、ベスの精神状態が安定する様子は見られない。
「いやー、生贄なんていやー」
「まあまあ、細かい事は気にするな。さあ、手伝ってくれ」
「細かくありませんよっ、生贄って、全然細かくなんかありませんからっ」
泣きそうな顔のベスの目の前にフワフワと飛んできたマリエルが能天気な声と口調で聞く。
「ミチナガ―、私はここから白姉と一緒でいいの?」
「ああ、頼む。頼りにしているからな」
「分かった、じゃあ白姉のところに行くねー」
去り際に『バイバーイ、生贄のベスー』などと言い残していくのでベスが再び泣きそうな顔になった。
「ミチナガ様、私、生贄なんですか? ――」
いや、前言撤回だ。俺の胸元でこちらを見上げる顔には涙が溢れ出ている。
「――私、何されちゃうんですか? 魔物のエサとかですか?
発想が酷いな。生贄なんだから、神への供物とかもう少しましな方向に考えられないのだろうか、この娘は。
なおも、『釘とか打ち付けられるの嫌ーっ』『縛られるの嫌ーっ』『食べられたくないーっ』などと、豊かな想像力を発揮しながら泣きじゃくるベスを安心させるために嘘をつく。
「生贄ってのはボギーさんとマリエルが面白おかしく、からかっただけだ。セルマさんに力仕事の出来る人材か、アイテムボックスを使える人材を欲しいとお願いしたら、二つ返事で『では、ベスを自由に使ってください』って返ってきたんだよ」
「何ですか、それ?」
俺の言葉が信じられないのか、セルマさんの言ったとする言葉が信じられないのか、茫然としているベスをさらに慰めに掛かる。
「ベスを推薦したのが即答だったから、セルマさんに俺たちチェックメイトの手伝いが出来るだけの人材、そう高く評価されているからちょっとからかっただけだ」
「本当ですよね? 騙していませんよね?」
「騙す訳ないだろう」
嘘は言っていない。本当の理由を言っていないだけだ。
「分かりました。ミチナガ様を信じます。信じますから、変なところに置き去りにしたりしないでくださいね」
微妙に信用していないな、こいつ。
俺の左手首を、その【身体強化 レベル5】のオーガ以上の握力で握りしめ、縋るような目を向けていた。
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