第310話 ベルギウス城、陥落
ルオアテン市内の数箇所から、火魔法による火球が打ち上げられたかと思うと、次第にそれは範囲を広げて市内全域へと拡大していく。
地域毎の制圧完了の合図だ。火球の数と範囲に比例して喚声が市内に広がる。
市内全域が制圧されたと判断してよさそうだ。
打ち上げられる火球の範囲が拡大していく中、ベルギウス城の方角から一際大きな喚声が上がった。
ベルギウス城から始まった喚声とどよめきは、ルオアテン市内に展開している突入部隊を経て本軍へと広がる。
正確な情報を誰もが掴めずにいる中、上空を旋回していたマリエルが叫ぶ。
「落ちたっ! ベルギウス城にラウラ姫の旗とコロナの旗が揚がったよっ!」
予定通りだ。
マリエルがもたらした情報は、ベルギウス城への一番乗りがコロナ・カナリス嬢であることを示すと同時に、ベルギウス城の陥落を意味した。
ラウラ姫は逸る気持ちが抑えられないのか、勢い良く立ち上がると降下してくるマリエルに向けて、伸びあがるようにして両手を差し出す。
「間違いありませんか? ベルギウス城にコロナの旗が揚がったのですねっ」
「うん、間違いないよ、バッチリ見たよー」
マリエルは頬を紅潮させているラウラ姫の腕の中に飛び込むように舞い降りると、そのまま彼女の腕の中に収まる。
ラウラ姫は上機嫌のマリエルを抱えたまま、傍らの俺へと向きなおる。
「ミチナガ様、軍を前進させてもよろしいでしょうか?」
「ええ、本軍をベルギウス城へ向けて進めましょう」
俺の言葉にラウラ姫は力強くうなずくと、大きな声で号令を発する。
「これよりベルギウス城へ向かいますっ! 全軍っ、コロナ・カナリス隊の突入した箇所よりベルギウス城へ向けて、進軍っ!」
ラウラ姫の号令に応えるように兵士たちから一際大きな喚声が上がる。
それは先程伝搬してきた喚声とどよめきとを押し返すように、ラウラ姫の本軍からルオアテン市へ、さらにはベルギウス城へ向けて広がった。
◇
◆
◇
仮の作戦指令室として占拠したベルギウス城の大広間には、ラウラ姫率いるグラフェンフェルト奪還軍の主立った者たちが列席していた。
そこへ都市の代表者と捕虜となった貴族たちや騎士団、傭兵団の代表者が次々と連行されてくる。
ある者は一人で歩くこともできない程に憔悴しきっていた。ある者は大怪我をして兵士たちに担がれていた。ある者は泣き叫び、許しを乞うていた。また、ある者は絶望に顔を青ざめさせていた。
そんな彼らの様子を見てセルマさんが『あの、失礼とは思いますが』と前置きをして聖女に耳打ちをする。
「あの者たちは治療をしたのですよね」
その視線は大怪我を負った者や憔悴しきって座り込んでいる者たちに注がれている。
「大丈夫ですよ、胃腸の治療はしてあります。街中や城内のように、この部屋を汚すような事はありません」
「ですが、かなり調子の悪そうな者もいます」
「治療したとはいっても、緊張と恐怖で吐きそうになるのはどうしようもないですねー」
聖女がこれ以上の治療をするつもりがないと悟ったのだろう、そう返す聖女にセルマさんは笑顔を引きつらせながら引き下がった。
そのタイミングで、大広間の扉が閉ざされ、
「では、この者たちの罪状を読み上げます――」
罪人たちの背後に立った、親衛隊副隊長であるミリアム・カナートの声が大広間に響いた。
「――クーデターの首謀者であるアーロン・グランフェルトはコロナ・カナリス隊突入時、既にロベルト・ベルギウス男爵の手に掛かって殺害されておりました――――」
ラウラ姫からすれば親の仇、家族の仇である叔父が赤の他人の手に掛かって殺害されていたことになる。
列席する者たちがラウラ姫の気持ちを思いやってか、皆が一様に沈痛な面持ちとなった。当人であるラウラ姫も唇を噛みしめている。様々な思いが胸の内を去来している事だろう。
ミリアム・カナートが次々と居並ぶ捕虜たちの罪状を述べる中、俺はクーデター野郎をベルギウス男爵に討たせる事を決定した会議を思い出す。
▽
会議のメンバーはチェックメイト――転移者である俺たち六名のみ。
最後まで反対をしていた聖女とロビンが承諾しながらも、感情を整理しきれていないのだろう、不満を口にした。
「冷静になって考えればそれが得策とは思います。でも、仇を討てないのは消化不良のように感じますが、どうなんでしょうね」
「勝利に水を差す形になりませんか? ラウラ姫が直接手を下すのは拙いとしても、公開処刑にした方が兵士たちの士気は上がると思いますよ」
グランフェルト領のクーデターは地方貴族の内乱という事もあり、血族同士の醜い争いに事欠かなかった。
自分の娘が、やはり自分の姪の手により顔を焼かれ、娼館に売り飛ばされる。ロビンはその類の話を聞く度に憤っていたが、この様子から理屈はともかく感情面では納得できていないようだ。
不満げな二人に念を押す。
「気持ちは分かる。俺だってクーデター野郎をラウラ姫本人に討たせてやりたい。だが、ラウラ姫を救出した際に捕らえたクーデター派の者たちでさえ処刑をしなかった――」
解放した反クーデター派の貴族たち――彼らも肉親を
「――そんな状況だ。たとえ相手がクーデターの首謀者とはいえ、ラウラ姫の命令で処刑するのは得策じゃない」
ラウラ姫にはクリーンなイメージでいてもらう。
そう、出来れば保身に走った裏切り者によって、その首が差し出されるのが望ましい。
例えば、ベルギウス男爵がクーデター野郎の首を手土産に降伏する。そんなシナリオが、新たな統治者としてのラウラ姫を、最もクリーンなイメージに保てる。
俺はたった今、皆で出した結論を繰り返す。
「ターゲットはベルギウス男爵。クーデター野郎の首を差し出せば、自分が助かると思い込ませる。その上でベルギウス男爵を戦場で討ち取る」
全員が無言で首肯し、続いて白アリがポツリとつぶやく。
「それで、ベルギウス男爵を討つのはコロナ・カナリス嬢で大丈夫なの?」
その目は言外に『汚れ仕事なんだから、マーロン子爵の方が適任じゃないの?』とも語っている。
ベルギウス男爵は間違いなく降伏してくる。その降伏した相手を敢えて討つ。果たしてコロナ・カナリス嬢が承諾するか。承諾しても出来るのか。疑問は残る。
「これから話を持っていくのでなんとも言えないが、難しいようならマーロン子爵に頼むしかないだろうな」
「まあ、なんダァ。ネッツァーの孫娘が手際よく熟せるなら、今後も姫さんの側近、或いは重鎮として見込みがあるってことでいいんじゃネェのか?」
ボギーさんの言葉に黒アリスちゃんと白アリの声が続く。
「マーロン子爵はリューブラント侯爵の直臣になるでしょうから、あまりあてにするのもいけませんよね」
「あの親衛隊の副隊長、ミリアム・カナートだっけ? あいつをコロナ・カナリス隊の監察として随行させるのはどう?」
聖女が白アリの案に乗ってくる。
「アイリスの娘たちの間で一番人気の青年ですね。見どころはありますが、わざわざ随行させた親衛隊副隊長が討ち取るって、不自然ですよ」
確かに聖女の言う通りだ。不自然すぎるし、ともすればラウラ姫が親衛隊に手柄を立てさせるためにやった事と、勘繰られかねない。
ここはコロナ嬢に期待するか。
「先ずはコロナ嬢に話をしてみよう。彼女が難色を示すか、彼女では実行が難しいと判断したら――」
コロナ・カナリス隊の突入口を造る白アリに視線を向けて続ける。
「――ベルギウス城への一番乗りは正門から突入するマーロン子爵だ」
「瓦礫で速度が落ちるように防壁を吹き飛ばせばいいのね」
そう言うと『任せてよ』とウィンクをしてみせた。
▽
結果は報告にある通り、コロナ・カナリス嬢は見事にやってのけた。
「――――以上のように、首謀者であるアーロン・グランフェルトは味方の裏切りにより殺害、裏切り者のロベルト・ベルギウス男爵も突入時の乱戦で戦死しております。ですが、捕虜の証言と城内から発見された書類により首謀者アーロン・グランフェルトをはじめ、ロベルト・ベルギウスを含めた連判状も発見されております」
ミリアム・カナートがそう締め括ると、かれの上司であるローゼ・マカチュがラウラ姫の傍らに控えるセルマ・エルランドソンに連判状を含めた数々の証拠品を差し出した。
眼前で繰り広げられる、捕虜としたクーデター派の者たちへの罪状読み上げが始まったところで、俺とボギーさんはその場から転移で退出をした。
◇
ベルギウス城の屋上で、リューブラント侯爵に同行しているテリーへ向けて伝書サンダーバードを放った。
上空で大きく円を描くように一度だけ旋回して、王都のある方向へ向けて飛び去る伝書サンダーバードからボギーさんへ視線を移す。
「ボギーさん、聖女から聞きました。同じ転移者に殺された少女の話。ケイフウの話です」
聞きたい事は二つ。一つはケイフウの事、もう一つはボギーさんが俺たちのもとを去る時期だ。
「ああ、向こう側の異世界で会ったよ。最初は怯えて混乱していたな――」
ソフト帽子を左手で直すと、『同じ転移者に殺されたんだ、無理もネェよなあ』とつぶやくと、
「――殺されて、こっち側の異世界から向こう側の異世界に飛ばされたって言ってナ。聞けば実年齢も子どもだ。皆、混乱していると思って真面目に取り合わなかったんだ」
「その少女がこの間出会った隊商にいた、双子の片割れで間違いありませんか?」
「間違いネェ。ケイフウはこちら側で殺されて、あちら側に飛ばされた。そしてどうやってかは知らネェが再び戻ってきた」
目深に被ったソフト帽子のひさしから灰色の瞳が覗く。
その目が語っている。心情的には今すぐにでもケイフウを追いかけて異世界の間を往来する方法を聞き出したいんだ、と。
俺はそこから小一時間、ボギーさんと雑談をするように自分たちの今後について話をした。
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