第306話 輝く一筋の道

 最初の閃光は雷撃。間髪を容れずに爆裂系の火魔法の連射。


 念のためラウラ姫に魔法障壁を展開するが、ほぼ同時にカラフルが透明の膜状となりラウラ姫を覆う。

 わずかに遅れて侍女の姿に戻っていたベスがラウラ姫を庇うように彼女の前に移動した。


 判断も動きも迅速だ。能力が高いのは知っていたがこれ程とは思わなかった。

 俺と一緒の時は間違いなく手抜きをしていたな。


 それに比べて隊長のローゼを筆頭に親衛隊はラウラ姫と一緒になって、閃光から目を覆っている。

 唯一、副長のミリアム・カナートだけがベスに遅れてラウラ姫を守るように彼女の右横に移動した。


 ラウラ姫の安全を確認した俺は、大地と大気が鳴動する中、視線を閃光と轟音の発信源である正門付近へと向ける。

 すると、雷撃と爆風とに吹き飛ばされ、表面の半分以上が焦げた状態で大通りに転がっている、巨大な正門が目に飛び込んできた。次いで、爆発でえぐられた大地と破壊された防壁と、その瓦礫が次々と視界に飛び込んでくる。


 同じように正門付近を見ているマリエルが茫然とした様子でつぶやく。


「うわー、門だけじゃなくて周りの壁も吹き飛んでる」


 マリエルのつぶやきが耳に届くのと同時に、先程見た、ボギーさんの笑顔とセリフが脳裏を過る。


『精々、派手にやるさ。光と音のショウを楽しみにしてな』


 そう言ったときのボギーさんは、咥えていた葉巻をわざわざ手に取ってから笑っていた。それだけじゃない、ウィンクまでしていた。


 ボギーさんだけじゃない。

 今思い返せば、ロビンにしても黒アリスちゃんにしても様子がいつもと違っていた。ロビンは顔が多少引きつっていたような気がする。それに黒アリスちゃんは興奮気味に頬を紅潮させていた。


 三人の顔を思い出していると、思わず独り言が零れる。


「派手にって、限度があるだろう。それに、光と音って、この演出だったのかよ……」


 正門の被害状況が確認できたところで、視線を味方の兵士たちに向ける。


 突然の閃光と爆音とで戦うことを忘れて、茫然と正門付近を眺めている兵士たちが多数いるのが見て取れた。

 そんな中にあって、突撃の速度を落とすことなく、進む部隊が一つ。マーロン子爵率いる騎馬軍団だ。正門と防壁の破片――瓦礫が散らばり、大地が抉られた突破口へと迫る。


 それを見ていたマリエルが、ラウラ姫の頭上で興奮気味に声援を送った。


「マーロン、行けーっ!」


 いや、行っちゃダメだろ。そのまま騎馬を突入させたら大惨事だぞ。

 

 マーロン子爵率いる騎馬軍団が十メートル程の距離に迫ると、彼らの行く手――正門付近の大地を一際明るい光が照らす。

 刹那、瓦礫が散らばり、そこかしこを抉られた大地が大きく波打った。


 まばゆいばかりの光に照らされた大地が海原のように波打つ。大きく抉られた大地が波打つと、まるで整地されたばかりの様に固く平坦な道へと変わった。そして眩い光の中、波打つ大地が数々の瓦礫を脇へと押しやる。

 それは迫る騎馬軍団のために、大地が意志を持って、光に照らされた一筋の道を切り拓いているようにも見えた。


 背後にラウラ姫を庇っていたベスが、眼前の光景に感動を覚えたのか、粉塵が目に入ったのか、涙を浮かべて茫然とつぶやく。


「うわっ! 凄い。あんな凄い魔法、初めて」


 ベスの言う通りだ。雷撃、爆裂、土魔法、光魔法と、どれも高レベルで使いこなせる、黒アリスちゃんとボギーさん、ロビンだからこそ出来る。

 その光景を見ながら胸を撫で下ろす俺の傍らで、ラウラ姫が感嘆の声を上げた。


「ミチナガ様、『素晴らしい』としか言いようがありません。女神ルースの意志が、騎馬の進む道を示すような、切り拓くような光景。感動致しました」

 

 ラウラ姫は椅子から立ち上がり、護身用の短剣を胸元で握りしめていた。それに続いて、ラウラ姫の右横へと移動していた、親衛隊副隊長のミリアム・カナートが我知らずに零す。


「まるで女神の御業のようです。魔法とは、魔術師とは本当に凄いのですね」


 俺は言葉を発した二人だけでなく、その場で茫然としている者たちへも向けて話す。


「あの三人の魔術が卓越しているのは確かです。ですが、今回は三人の魔術師を信用して突撃を敢行したマーロン子爵が居ればこそ、の光景です」


 事実その通りだ。


 事前にボギーさんとマーロン子爵の間でどんなやり取りがされていたかは知らない。『何も考えずに突入しろ』と言われていたとしても、あの状況なら速度を落とすのが普通だ。

 それでも尚速度を落とすことなく突撃を敢行したマーロンを褒めてやりたい。

 

 それにしても、演出過剰じゃないのか?

 光と音を使って派手にヤル、というのがこれ程の事を指しているとは思わなかった。これを主導したボギーさんにはいろいろな意味で頭が下がる。


「ミチナガ、マーロンが光の中に入るよっ!」


 マリエルが興奮気味に騒いでいる。


 気になって視覚と聴覚をマーロン子爵が駆けている辺りに飛ばすと、嘘つきマーロンが盛大に嘘をつく様子が目と耳に飛び込んできた。


「見ろ! 光の道だ! 女神ルース様が祝福した、『輝く一筋の道』だっ! 英雄が通る道が目の前に出現したぞっ!」


 だが、そのマーロンのセリフは後ろを駆ける騎馬軍団の士気を高揚させるのに十分だった。


「光の道だ!」


「我々は女神ルースの祝福を授かったのか?」


「おおーっ! まさに一筋の光となって我々の行く先を照らしている」


「俺は英雄の道へ踏み込むのか?」


「女神ルースよ、感謝致します」


「英雄の道だ、あの光を目指しせーっ!」


 恍惚とした表情を浮かべ、熱に浮かされたように次々と恥ずかしいセリフを口にする騎士団の面々がいた。

 

 そんな彼らに向かってマーロンが檄を飛ばす。


「女神ルースが認めてくださったっ! 正義は我々に、ラウラ・グランフェルト辺境伯にあるっ! 何も臆するなっ! 続けーっ!」


 マーロンに従う騎士たちに恐怖の色も戸惑いの様子も見られない。眼前で繰り広げられている神話に出てくるようなシチュエーションに興奮しているのだろう。

 まるで何かに憑かれたように正門へ、その向こうのルオアテン市市街へと向けて速度を上げた。


 堅牢な正門と防壁が閃光と轟音に続いて粉々に破壊された。

 爆破で抉られた大地と、破壊された正門と防壁の瓦礫が、たった今まで存在した堅牢な正門と防壁に代わって、自分たちの幾手を阻むように思えただろう。


 それが一瞬で消える。

 まるで神話に出てくる英雄に示した『輝く一筋の道』をなぞらえるように自分たちの眼前に光の道が現れたのだ。


 騎士たちが、神懸ったように勘違いしても仕方がないのかもしれない。


 俺が視覚と聴覚を戻すと、こちらの右翼部隊が展開する方角から轟音と爆発音が轟き、マリエルの歓声が続く。


「今度は白姉だーっ!」


 マーロン隊の突入を、何か神々しいものでも見るように見守っていたラウラ姫と、涙を浮かべたベスが慌てて右翼へ振り向いた。

 俺も彼女たちにわずかに遅れて白アリが破壊した防壁を見やる。


 爆風で巻き上げられた粉塵が煙幕となり、破壊されているはずの防壁の全容を隠していた。

 だが、突入口が出来ている事は間違いない。視覚では確認出来ていないが、空間感知で防壁に大穴が開いたのを確認出来た。


 何か思うところがあるのだろう、ベスが俺の方を振り向くとどこか引きつった笑みを浮かべて聞いてきた。


「うわー、コロナ様の軍勢もマーロン様と同じように何の迷いもなく突入しようとしていますよ」


 それに笑顔で答えたのはラウラ姫だ。


「白姉様の爆裂系の火魔法はミチナガ様に匹敵します。チェックメイトだけでなく、この世界でもトップクラスの破壊力ですから、何の心配も要りません」


 ラウラ姫がベスに向けて誇らしげにそう説明すると、セルマさんも胸を撫で下ろしながら言う。


「これで、ネッツァー様のお孫様であるコロナ・カナリス様の軍勢が功績を挙げれば、誰からも文句を言われずに引き上げることができます。辺境伯様の心強い剣となるでしょう」


 そんな二人のやり取りを余所に、ベスが俺に小声で同意を求める。


「ボギー様の破壊した正門ならともかく、白姉様が破壊した防壁に向かって突入するのは勇気がいりますよねー」


 口元を隠して『自殺行為ですよ、あれ』と、ささやく声が聞こえたが、そこは触れずに苦笑しながら言葉を返す。


「よく見ているな、大した観察力だ。それとな――」


 そう言うと、ベスの背中を軽く叩いて言う。


「――さっきは良くやった。ラウラ姫の盾となるのが誰よりも早かった。侍女としてではなく、護衛として期待している」


 俺のセリフにベスと、おそらく聞こえたであろう、ミリアム・カナートがギョッとした表情で見返していた。

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