第302話 下打ち合わせ

 ラウラ・グランフェルト辺境伯率いるグランフェルト奪還軍は、グランフェルト領第二の都市であるルオアテン市まで半日の距離に到達していた。

 そして現在はなだらかな丘陵地帯が続く、このロアンバールの地で行軍を停止して丸一日が経過している。


 行軍を停止して半日。

 その理由は幾つかあるがその最たるものは、これ以上進むと非戦闘員である住民を巻き込んでの戦闘になるからだった。


 ラウラ姫救出の際にグランフェルト城を破壊したため、『防衛の拠点に適さず』と判断してルオアテン市を最終防衛ラインに選んだのだろう。

 そしてルオアテン市には第二の都市と呼ばれるに相応しい規模と多数の住民が住んでいた。


 俺はラウラ姫の影武者であるベスと一緒にラウラ姫のテントの中で、今後の手立てに関して下打ち合わせをしていた。

 相談相手はワイバーンによる上空からの偵察結果を報告してくれた二人――ボギーさんと聖女だ。その二人に念を押すように確認する。


「クーデター野郎はルオアテン市から動きそうにないということですね」


 クーデター野郎。便宜上その呼称を使っているが、世間的には現グランフェルト辺境伯でラウラ姫の叔父にあたる。

 そしてラウラ姫の父母をはじめとする彼女の親族を皆殺しにして、武力で辺境伯の爵位を奪い取った男。今回のグランフェルト奪還戦における最大の戦犯となってもらう男だ。


 ボギーさんが両手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれに体重をあずけると面白くなさそうに答える。


「ルオアテン市の中心部にあるベルギウス城に籠城するつもりにしか見えネェな」


「ゴルゾ平原で少しやり過ぎちゃったかもしれませんね」


 苦笑してそう言う聖女と天井に視線を向けているボギーさんを交互に見ながら俺は語りかけた。


「ということは、野戦を呼びかけてここで陣を構えていても時間の無駄と言うことですね――」


 予想はしていたが出来れば市街戦は避けたかったな。住民を避難させたとしても建物や畑などの生活に必要なものが、戦闘後に無事であるとは思えない。

 そうなると後はラウラ姫の気持ちしだいか。


「――それについてラウラ姫は何か言ってましたか?」


「兄ちゃんの判断に任せるとさ。あと、姫さんは沈んだ顔をしていたなァ」


 俺の質問にボギーさんが妙に切なそうな表情と口調で話すと、阿吽あうんの呼吸で聖女がそれを引き継いで静かな口調で沈んだ表情をみせる。


「『市街戦も止む無し』、という感じでしたね。覚悟を決めたといっても、出来れば被害を最小限に留めたいでしょうねぇ」


 これは市街戦を最小限に留めないと後で何を言われるか分からないパターンだな。

 ハードルの高さに思案しているとボギーさんが止めとばかりに続ける。


「無理もネェ、ベルギウス城に籠城といっても実際にはそこにたどり着く前にルオアテン市での城壁突破からの市街戦が待っているのは分かっているからな」


 そう言ってボギーさんがテーブルの上に一枚の地図を広げた。ルオアテン市の地図だ。


 ベール城塞都市を攻略した後というのもあるかもしれないが、規模こそ大きいが防衛に適している都市には見えない。

 攻略に頭を悩ませる必要がなさそうな都市だ。


 やはり問題は如何に住民と都市への被害を最小限に抑えるかだな。

 俺が事前の潜入工作をするか悩んでいるところに聖女が見透かしたように声をかけてきた。

 

「都市への潜入調査をしましょう。潜入メンバー次第ですが、調査だけでなく下準備もやってしまいましょう」


 今の俺にとってはこれ以上ない誘惑の言葉だ。

 都市への潜入捜査。俺たちなら簡単に潜入して必要な情報を仕入れて戻ってこられる。聖女の言うように下準備も問題ないだろう。


 やはり双方の被害を最小限に抑え、且つ味方にもそれなりに手柄を立てる機会を用意するとなればやるしかない。


「ベール城塞都市のときのように潜入捜査と戦いの下準備をしておこう」


 俺の答えにボギーさんが火の付いていない葉巻をくわえたまま口元を綻ばせる。


「で、人選はどうする?」


「白姉と黒ちゃんはラウラちゃんに張り付いているので無理ですよ」


 身を乗り出すようにしてそう言う聖女の表情は、『私は潜入捜査に行けますよっ!』と言わんばかりの期待に満ちた表情をしていた。

 いや、ボギーさんと聖女、二人ともやる気に満ちている。


「出来ればロビンもラウラ姫に張り付いていてほしいんだが――」


 俺の言葉を遮って聖女が満面の笑みで椅子から立ち上がると、両の手のひらを胸の前で打ち鳴らした。今にも飛び出していきそうな勢いで言い切る。


「決まりですね、私とボギーさんですっ!」


 まあ、そうなるよな。こうなるとテリーがこの場にいないのが返す返すも口惜しい。


「分かりました。では二人にお願いします」


 俺はベール城塞都市での出来事――三角木馬にまたがった『王の剣』と『王の盾』の姿を意識の外へと追い出す。

 事情を知らないベスが不思議そうな表情で横に座っている俺のことを見ていたが、ひとまず放置することにした。そして、思い出したくない事も含めてベール城塞都市での潜入作戦についてボギーさんに語る事となった。


 ◇

 ◆

 ◇


「――――以上がベール城塞都市で我々が実行した調査活動と戦闘前の事前準備です」


 俺はベール城塞都市で実際に行なった作戦内容の詳細をボギーさんに語った。


 もちろん、『王の剣』と『王の盾』を三角木馬に拘束したことも含めてあらましを説明した。ご丁寧に、『王の剣』と『王の盾』がたどった、その後の悲しい運命は聖女が嬉々として語ってくれた。

 その間、ボギーさんは無言だ。聞きたくなさそうな顔をして、無言でテントの天井を仰ぎ見ていた。


 ボギーさん以上にショックを受けた者がいた。気の毒なベスだ。

 先程まで俺の隣で不思議そうに見ていたベスだったが、話が進むにつれて顔を引きつらせて少しずつ距離を取っていった。そして今は泣きそうな表情でテントの端に座っている。


 気の毒ではあるが、半分は自業自得の部分もある。

 潜入作戦の話が『王の剣』と『王の盾』のところに差し掛かったところで『三角木馬ってなんですか?』と聞いたのがまずかった。


 何も知らないベスに聖女が懇切丁寧に図解入りで三角木馬の解説をしてくれた。

 聖女の話が進むにつれ、ベスの表情が面白いように変わるので、そのまま見ているといつの間にか聖女とベスの二人がテントの端に移動していた。


 いつまでも二人をテントの端に置いておくわけにもいかないので、半ば力ずくで話し合いをしていたテーブルへと引っ張ってきた。


「驚いたのは分かるが反応しすぎだ」


 決して強い口調でない俺の一言に、ベスは『申し訳ございませんっ』と首をすくめるのだが、すぐに言い訳が聞こえてくる。


「ですけど、木馬とか言うから子どもの玩具だと思ったんです。それが――」


 ベスの言葉を遮って聖女の軽やかな声がテントの中に響く。


「残念っ! 大人の玩具でしたー」


 いや、玩具じゃないから。拷問の道具だから。落ち着いたらでベスが聖女から学習した内容を修正しよう。


「いやー、いやー。あんな恥ずかしいものだったなんてーっ」

 

 一人で叫びながら椅子に座った状態で頭を抱えて脚をバタつかせている。あまりにも勢いがよかったらしく、スカートが太ももの辺りまで捲れ上がってしまった。

 その様子を見ていたボギーさんがため息をつきながら視線を逸らす。


 俺もベスの無防備さに呆れながら、捲れあがったスカートを風魔法で元通りに直した。

 そんな俺の苦労など知らないベスは、ひとしきり頭を抱えて騒いだ後で、ほんのりと染まった頬を両手で押さえて話を再開する。


「敗戦側の将軍とはいえ、あまりにも酷い仕打ちです。一思いに首を刎ねてあげた方が幸せだったと思います」


「最後はちゃんと首を刎ねていましたよ、グランフェルトの兵士が」


 確かさらし首になっていたな。首をさらす前にとんだ醜態をさらしてしまったがな。


「どんな気持ちだったでしょうね」


「さあ? 負けると思っていなかったみたいですから、きっと驚いたと思いますよ。自分を襲った不幸が信じられなかったでしょうね」

 

 いろんな意味でな。

 聖女の言葉にベスがすっかり疲れきったようすで独り言のように漏らす。


「この事を公表したら、負けたくない一心で敵の士気が上がりそうですね」


 その発想は無かった。確かにこのことは極秘事項にしよう。


 俺の目の前ではボギーさんがあんぐりと口を開けて聖女とベスを見ていた。呆れているんだろうな、容易に予想できる。


 さて、いつまでもこの脱線を放置していても仕方がない。

 時間が惜しい、そろそろ潜入作戦の具体的な下打ち合わせを始めるとしよう。

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