第301話 銀の夢と金の夢

 その日のミーティングを終えて自分のテントへと戻るとラウラ姫が待っていた。


 俺のベッドの上には彼女の着ている淡いクリーム色を基調としたドレスのスカート部分がふわりと広がっている。

 男のベッドの上に座っているにしてはおよそ不似合いな幼い笑みと共に軽く身を乗り出すと、珍しく三編みで一つに束ねられた美しい銀髪が揺れた。


 空間感知で周囲を確認するがローゼもセルマさんもいない。

 まあ、ここまでは分かる。現在ラウラ姫の席には影武者であるベスが座っており、当のラウラ姫は白アリたちがガードしている。


 つまり、ラウラ姫が白アリたちのガードを掻い潜って俺のもとへやってきた。それも二十一時過ぎに。ありえない。いくら自陣営のど真ん中とはいえ刺客がうろついている。仮に刺客がいなかったとしても黒アリスちゃんが許さないだろう。

 これはフェアリーの加護が見せている夢だと思うのだが、さてどうしたものか。


 ここのところ毎晩のように女神さまが夢に現れてフェアリーの加護がまったく発動していなかった。そのせいもあってこれがフェアリーの加護であるとの確証が得られない。

 勘違いであっても大丈夫なように慎重に対応しよう。俺はベッドの上で女の子座りしているラウラ姫に声を掛ける。


「ラウラ姫、こんな時間にどうしました?」


「私とミチナガ様は婚約者同士ですし、遅い時間に訪ねてきても大丈夫だと思いますが?」


 膝の上に置いた手でスカートを軽く握り、可愛らしく小首を傾げている。ラウラ姫もたまに見せる仕草だが、どちらかというとベスがやっているのを見ることが多い。


「幾ら婚約者とはいっても、レディーが男性の部屋をこんな遅い時間に訪ねてきて変な噂がたったらどうしますか?」


「ご安心ください、噂なんて気にしませんから」


 さて、今一つ判断の決め手にかけるな。

 そもそもこれが夢じゃなかったとしたら、そろそろ白アリか黒アリスちゃんあたりが踏み込んでくると思うのだが……その気配はまったくない。


 おれ自身は平べったい女性も十分に守備範囲だし歓迎もする。はなはだ不本意ではあるが、転移する前のひいらぎちゃんのツルペタボディには心がときめいた。

 だが、さすがにラウラ姫はないな。いくら同年代の娘よりも発育がいいといっても十二歳だ。


 ん? んん? 何だ?

 膨らんだ?


 いや、手足が伸びた。胸が膨らんだっ! 腰がくびれたっ!

 これは夢か……


 いや、フェアリーの夢なのはこれで確定だろう。だが、こんな素晴らしいことも出来るのかっ!


「ミチナガ様、このときをお待ちしておりました」


 俺の目の前には少しだけ成長したラウラ姫が頬を染めてはにかんでいた。

 スカートを握っていた手にはいつの間にか先程よりも多くのスカートの生地が握られている。ちょうどたくし上げられるようにスカートの裾の位置が上がっていた。もう少しで膝が見えそうだ。


 おお! 訴えるものがまだ少し足りない気もするが、これはこれでいいんじゃないか?

 取り敢えず、まだ冷静でいられる状態なので眼前のラウラ姫に向かって優しげな笑みを湛えて答える。


「ええ、私も待ち望んでいました」


 すると、俺の言葉に反応するように背中に腕を回すとドレスのボタンを一つずつ外していく。

 なんという背徳感。


 ボタンをはずし終るとドレスが肩から落ち、女性らしさが感じられる程度には成長した胸元が露わになる。

 上半身とはいえラウラ姫が下着を着けていない、なんてことはないから、これはフェアリーの夢で間違いないな。まだ俺の中に冷静さが残っていたようだ。どうやらまだ足りないらしい。


 うーん……もう少し成長しないかな?

 あと二歳くらい。


 俺がそう望むとベッドの上で座っていたラウラ姫の手足がさらに伸びた。胸もいい感じに膨らんでいる。腰のくびれに合わせるように女の子座りしていた身体をくねらせると、そのくびれを強調する恰好になった。

 素晴らしい。よく分からないけど素晴らしい。


 顔立ちも大人びてきている。それに合わせてベッドの上で身体を動かす仕草の一つ一つが艶かしくなっていた。


「ミチナガ様、こちらへいらしてください」


 胸元まで下ろされていたドレスが腰のくびれがはっきりと分かるほどに下ろされ、白く透き通った上半身が露となった。わずかに覗く腰のくびれよりも下を見る限り下着は着けていないように見える。

 ラウラ姫の身体の向きもいつの間にか斜め四十五度の双丘の膨らみがよく分かる角度に変わっていた。


 だが、釈然としない。微妙にいろいろと刺激をしてこない。いや、刺激を何かが邪魔をしている気がする。

 なぜだろう?


 そうかっ!


 成長した目の前のラウラ姫がベスにそっくりなんだ。

 いやまあ、もともとよく似た容貌ではあったし、影武者として雇ったくらいなんだから似ていて当たり前だ。さらにベスのほうが年上なのだから成長すればベスに似てくる。


「待てないようでしたら、今すぐきてもいいんですよ」


 そんな魅力的な言葉を吐息と共に漏らし、ラウラ姫は自身の身体の上を這わせるようにして華奢な手を移動させると、ドレスを腰の辺りで押さえたままゆっくりと膝立ちになった。


 何だろう、このままスカートが下ろされるのを見ていたらいろいろなものが終わってしまう気がする。そんな残念感と正体不明の強迫観念が俺を襲う。

 よし、もう少し成長させてしまおう。


 さらに成長させると、身体全体に柔らかさが感じられるようになった。十八歳くらいかな?

 よしっ! これなら大丈夫だ。


 そして実にいいタイミングでベッドの上で膝立ちした状態のラウラ姫のスカートが落ちる。うん、魅力的だ。青田買いの感は否めないがこのままラウラ姫と一緒になるのもありかもしれない。

 一瞬だけ脳裏に過ったその考えを片隅へと追いやり、成長したラウラ姫に覆いかぶさった。


 ◇

 ◆

 ◇


 ん? 目の端を金色の何かがかすめた? 

 何か動いた? マリエルか?

 

 俺は寝返りをうつようにして寝たまま左隣を振り向いた。薄暗闇の中に浮かび上がる美しい金髪と透けるような白い肌が視界に飛び込んでくる。


 真直ぐに俺を見つめるコバルトブルーの瞳は見覚えがあった。毎晩のように見ている、女神さまだ。


「こんばんは、今日は遅かったんですね」


「遅かった? 何かあったのですか?」


「いえ、何も」


 周囲はいつの間にか夜の森に変わっていた。天空にある大きな月の明かりが木々の隙間からわずかに届いていた。今夜も屋外のシチュエーションだ。


「どうしました?」

 

 そう言い俺の背中に腕を回してくる。俺もそれに応えるように女神さまの細い腰に手を滑らせる。

 

「実は女神さまに教えてほしい事があったんです――」


 俺の言葉に動きを止めた女神さまが優しく微笑む。その笑みにうながされて質問を投げかけ、右手をゆっくりと動かす。


「――最近はあまりダンジョン攻略を急かさないのでどうしたのかな? と」


「少しだけ余裕が出来ました――」


 そう言い、ぱあっ、と明るい笑顔を見せると、相手側とはいえ戦乱や混乱の話題なのに妙に幸せそうな表情で話し続ける。


「――あちら側の世界でも戦乱が勃発してダンジョンの攻略が滞っているようです。そればかりか転移者同士が幾つかの勢力に分散して反発しあっています」


「つまり攻略されたダンジョンは最初の一つだけという事でしょうか?」


「いえ、二つです。ですがこの一つは幸運が重なっての攻略ですし、もうその幸運が起きることはないでしょう」


「幸運? 詳しく教えていただいてもいいですか?」


「二つのグループが偶然にも同じダンジョンを同時に攻略していて、最終的には協力し合って攻略しました。ですが、そのときの中心メンバーの三名が攻略時に命を落としています。さらにそれが原因でその二つのグループは反発し合うことになりました」


 幸せそうな笑みでそう言うと再び俺の胸元に顔をうずめる。そして胸元に顔をうずめたまま、ややくぐもった声で『しかも、その反発は敵対へと発展していてもう修復は不可能でしょう』と続いた。


「もしかして、あちらの異世界にいる転移者たちはかなり険悪でボロボロの状態ですか?」


「グループ同士は対立し合っていて非常に険悪な関係ですね。特に貴方たちが排除した例の六名、彼らが不和の原因になっています」


 主要能力を失って弱体化しても不和の原因になっているのかよ、あいつら。

 俺は微かに聞こえた『貴方たちはよい仕事をしました』という女神さまの言葉をスルーして首へと腕を回す女神さまの耳元でもう一つの疑問をささやく。


「白アリの持っている幻影の水晶――質量もそのままに自分の分身を作り出して思い通りに操作できる魔道具や黒アリスちゃんの持っている闇魔法を流して回復させる短剣とかは、それこそ女神さまから貰った神器に近いものがあります」


「あのクラスの魔道具はまだこの世界に存在するのでしょうか? もちろん、あちら側の異世界にも存在するのでしょうか?」


「アリス・ホワイトとアリス・ブラックの所持する魔道具はあなた方の言うところの『神器』ですね。この二つは前回の転移者に与えたアイテムです――」


 本当かよ、おいっ!

 俺の驚きをよそに女神さまの声は続く。


「――まだありますよ。宝物庫やダンジョンで忘れ去られているものがほとんどです」


「ダンジョン? 以前にミノタウロスが守護者だったダンジョンを攻略しましたがあの時の武器庫のようなところに置き去りにされているという事でしょうか?」


「それもありますし、ダンジョンの守護者が自分専用のアイテムとして使っているケースもあります」


 守護者が神器を持っているとか、勘弁してくれよ。


「それ、どこにどんなアイテムがあるか教えてもらうわけにはいきませんか? いきませんよね?」


 ダメもとで聞いてみると女神さまの瞳が妖しく輝いた。


「さあ、どうしましょうか」


 吐息交じりのささやきに続いて、艶めかしい笑い声が耳元をくすぐった。

 聞きたい情報は山のようにあったが女神さまのささやきはそれを後回しにさせるのに十分な魅力をもっている。


 俺は首に回された女神さまの腕を優しくほどくと唇を塞いで会話を中断させた。

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