第300話 昼食会
昼食会の出席メンバーはシンプルだ。
先ず、ラウラ・グランフェルト辺境伯の影武者であるベスと俺が主催者として上座につく。それに続く形でマーロン子爵とコロナ・カナリス嬢。ここまではどこからも文句は出ない。だがそれに続く二人――マルゴー士爵とパーマー士爵に向けられる視線は厳しいものがあった。
マーロン子爵は先のベール城塞都市での活躍著しいばかりでなく、リューブラント侯爵の覚えもめでたいことが知られている。さらに今回同行している貴族たちからも頼りとされていた。
それこそ、この戦が終了すれば余程の失態がない限り、新政権下で重責を担うのは間違いない。
コロナ・カナリス嬢はリューブラント侯爵の腹心であり、前線、後衛を問わず縦横に用いられているネッツァー士爵の孫娘だ。本人に功績がなくとも祖父のネッツァーさんの功績が大きいのは周知のこと。
新政権下では伯爵位以上は間違いないともっぱらの噂だ。
だが、マルゴー士爵とパーマー士爵は然したる功績がない。後から駆けつけてきた貴族たちからすれば、目障りな格下の若造と小娘だ。自然と向けられる視線も厳しいものとなる。
居心地悪そうにしている二人には気の毒だがここは耐えてもらおう。
何といっても最も居心地悪そうにしているベスに比べれば百倍はマシなはずだ。
「ラウラ姫」
「ひゃいっ、な、何でしょうかミチナガ様っ」
耳元でささやくように話しかけたのだが、緊張しているためか裏返った声が返ってきた。
「声が裏返っているぞ、緊張するな。ベールをはずさなければバレやしない」
「本当にベールを被ったまま食事をしてもいいんですか? それにもしベールが外れたりしたら絶対にばれちゃいますよ」
ベスがもの凄く疑わしげな視線を向けている。そんなベスを勇気付けるように何の根拠もなく言い切る。
「大丈夫だ。『寝不足で肌荒れが酷く、陽射しを避けている』ってことにしてある。それにベールが外れて疑問の声を上げるような貴族はその時点で有罪だ」
もともと有罪になるはずの連中が列席しているんだ。こちらの温情で捕らえていないだけなのでそれを無にするやつに同情の余地はない。
「分かりました。ラウラ様にとっても有罪になる貴族にとってもいろいろと理不尽な気がするので精一杯頑張ります」
ベスが聞き分けたところで改めて列席者を見回す。
マルゴー士爵とパーマー士爵の下座にそれぞれ四人ずつの貴族が並んでいた。新たに駆けつけてきた貴族たちから選りすぐった八人の貴族たちだ。
そう、この八人の列席者はファジオーリ士爵の口から洩れた者たちだ。
何か思うところがあるのだろう、席に着いた貴族たちは誰もが微妙な表情をしている。もしかしたら、お互いに現グランフェルト辺境伯に与していることを知っているのかもしれない。
改めて見やればベス以上に居心地悪そうにしている。
自身の不安をごまかすためにマルゴー士爵とパーマー士爵に厳しい視線を向けていたようだ。二人とも気の毒に。
「嘘つきが大勢いるな。見ていて退屈しないだろう? 楽しい昼食会になりそうじゃないか――」
俺のそのささやきに顔を引きつらせて必死にほほ笑むベスがいた。よく考えればこの娘も嘘つきだな。
「――まあ、嘘つきはお互い様か」
「いやいやー、ちょっとやめて下さいよー」
ベール越しでも分かる、ベスの引きつった顔と流れる冷や汗。
これはこれで面白いな。
まあ、いつまでもベスをからかっていても仕方がない。本題に移るとしようか。
俺は列席者に向けて昼食開始の挨拶をする。
「新たに馳せ参じた皆さんへの感謝の気持ちと今後の皆さんのご活躍を願っての昼食会です。どうぞ、ご遠慮なさらずに」
俺のその言葉を合図に料理が運ばれてくる。
そして俺以外にもこの昼食会を楽しんでいる者が一人。マーロン子爵だ。
「いやー、皆さんとは命をあずけ合って戦うのです。頼りにさせて頂きます。若輩ですがご指導よろしくお願いいたします」
中途半端に煽り、中途半端に低姿勢だ。
そんなノリノリのマーロン子爵の正面で年若いコロナ・カナリス嬢が全身を硬直させ顔を引きつらせていた。
うん、この娘も面白いな。
だが、一番面白いのはベッカー男爵だ。先程から会話するどころか話を聞いている様子もない。穴の開くほど料理を見つめている。
周りとは違う自分だけの料理を。
俺の腕を引っ張って引き寄せると伸び上がるようにして耳元でささやく。
「あれですか? 毒が入っていたという鶏肉は?」
ベスの視線の先にはラウラ姫の昼食用にと確保してあった鶏肉に毒を盛った刺客がいた。雇い主はベッカー男爵。そして捕らえた刺客は今まさにベッカー男爵に鶏肉を切り分けている真最中の給仕だ。
彼女の質問に視線をベッカー男爵に固定したまま、ベスの耳元でささやくようにして答える。だめだ、鶏肉と給仕を交互に見るベッカー男爵の表情が面白すぎる。吹き出さないようにするのが精一杯だ。
「ああそうだ。因みに鶏肉を切り分けている給仕が毒を盛った本人、刺客だ」
ベスが『うわー、悪趣味ですねー』と笑顔でつぶやいた後で小首を傾げて聞いてきた。
「でも、あれに毒が入っているとか知っているのでしょうか?」
「どうだろうな、知っていると思うぞ。それに一人だけ違うメニューが出てきたんだ、何か思い当たることがあるんじゃないのか? あの表情」
それに知らなかったとしても暗殺を依頼した刺客が給仕として自分だけに鶏肉を切り分けている。男爵と刺客が面識あることも刺客から確認をとってある。
今の男爵の心情を想像すると実に楽しい。
この事実をベスとマーロン子爵はもちろん、コロナ・カナリス嬢、マルゴー士爵、パーマー士爵も知っているのだが楽しんでいるのはマーロン子爵だけのようだ。
ベスはともかく他の三人にはもう少し成長してほしいものだな。
さて、そろそろ頃合いかな。
「ベッカー男爵、どうなさいました?」
「え? いえ、どうも私は鶏肉が苦手でして――」
「そう言わずにお召し上がりください。そもそもその鶏肉は男爵の差し入れではありませんか?」
ベッカー男爵の言葉を遮るように発した俺の一言で彼の汗を拭く手が止まった。
次の瞬間、俺の目配せで親衛隊の騎士が動いた。
抵抗する様子もなく騎士たちに捕らえられ、うなだれたまま連れていかれた。
◇
ベッカー男爵退場により昼食のテーブルには重苦しい雰囲気が漂っていた。
そんな中、俺は立ち上がると列席者へ向けて語る。
「ラウラ・グランフェルト辺境伯は現在の爵位や身分は一切気にしないっ! 必要としているのは信用の出来る者、協力してくれる者たちだ――」
そこで言葉を切って昼食のテーブルを見回すが後ろ暗いところのある連中は全員下を向いていた。
「―― 現グランフェルト辺境伯――我々チェックメイトは『クーデター野郎』と呼んでいるが、このクーデター野郎に関する新たな情報を持ってきた者は現在の身分の如何に関わらず評価する。逆にクーデター野郎に一度でも与したにもかかわらず協力をしなかった者の末路は悲惨なものになると予言しよう」
そこでマーロン子爵が立ち上がってベスに深々とお辞儀をする。
「ラウラ・グランフェルト辺境伯、その温情と広い心に感銘致しました。改めてここに忠誠を誓います」
芝居がかっている。それにお前の忠誠はラウラ姫じゃなくリューブラント侯爵にあるだろうがっ、と思わず突っ込みたくなるのを堪えて『ラウラ姫、続けさせていただきます』と一言断って続ける。
「同様のことをここに出席した皆さんの部下へも伝えてある。もし何かしらの情報を皆さんよりも先に部下が持ってきた場合、評価されるのはその部下であると憶えておくように」
「少しでも上の身分が欲しいと思うものは協力しろっ! 協力しなければ生命財産はないものと思え!」
そう言いきったところで俺も口調を変える。
「では、せっかくの昼食会です。ラウラ姫を囲んでゆっくりと楽しみましょう」
こうしている間も自分の部下が裏切って情報提供しないか気が気じゃないんだろうなあ。
俺が着席するやすぐにベスが耳元でささやく。その表情はもの凄く不安そうだ。
「裏切った人たちを取り立てるんですか?」
「ん? こいつらが情報を持ってきたところで『残念だな、その情報ならもう聞いているよ』の一言で済ませばいいだろう? 何も心配することはない」
「うわー、あくどい。もの凄くあくどい。どっちに正義があるか分かりませんね」
この年代特有の純粋さからだろう、若干非難がましい目を向けている。
「何だ、知らなかったのか? 絶対的な正義なんてものないのさ。正義なんてただの口実だよ――」
目を丸くして言葉を失ったベスの髪を優しくなでながらさらに続ける。
「――あるのは立場の違いによる主張だけだ」
俺の言葉に納得したのか視線から非難の色が消えた。
「まあ、分かりますが」
「分かるのか?」
「ええ、同じことをしても立場の違いで悪にも善にもなるってことですよね?」
「概ねその通りだ」
少し足りない娘かと思っていたが、何だ、意外と賢いじゃないか。少なくともメロディやローザリアよりも賢い。
「後で辺境伯様に悪い噂とか立ちませんか?」
「その辺のさじ加減は気を付けないとならないな」
これから気をつけるようにしよう。
「ミチナガ様は何のために戦っているんですか?」
「正義のためだ」
ベスは俺を真直ぐに見たまま、ベールの奥であんぐりと口を開けて固まってしまった。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
昼食後もベスと他愛のないおしゃべりをしながら約束を果たすためワイバーンへと向かった。
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