第298話 銀色の髪の少女
テントの中を見回すとフカフカとした寝具を備えた天蓋付のベッド、そして小さなテーブルと椅子がある。テーブルの上には陶器コップが置かれていていつでも水が飲めるようになっていた。
水差しがないのはラウラ姫が水魔法を使えるからだろう。
そしてそれらを照らし出す光の魔道具が五つ、謁見用のテント同様に四隅と中央に設置されている。気を付けてみると光の魔道具には真っ赤な狐の尻尾と耳を
メロディの作成したものだ。
随分とシンプルだな。部屋全体がもう少し可愛らしく装飾されていると思っていた。
ラウラ姫の寝所として利用されているテントの中をひとしきり観察し終えると、椅子に座っている少女へと視線を移す。
「うぅ、うぇっ、えっ、ひっくっ」
魔道具の光の下、輝く銀髪を揺らし肩を震わせて泣いていた。
「ベス、そんなに怖いのか?」
俺の目の前で泣いているのはラウラ姫の影武者として雇われ、今夜からその任務に就く少女だ。見た目は黒アリスちゃんよりも幾分幼く見えるから十四歳くらいだろうか。
先程は強がっていたがやはり怖いのだろう。年齢を考えれば仕方がないとはいえ、このままでは
「安心しろ、俺は強い。それにほら、カラフルって言うんだ。こうしてみると普通のスライムだけど色や温度、形を変えられるんだ」
そう言うと、俺はカラフルに命じて次々と身体の色を変えたり形状を変化さえたりしてみせた。
だが、反応は芳しくない。
「しっ、ひっくっ、知って、うっ、ます」
何だ、知っていたのか。まあ、ラウラ姫付きの侍女ってことだからカラフルの存在やある程度の能力は知らされていて当然か。
「どうした? 何が不安なんだ?」
いやまあ、
「わ、私ーっ、影武者だっ、だって聞いて、それで、頑張ろう、ひっくっ、って思って――」
そこまで搾り出すように話すと突然立ち上がって駆け出したかと思うとベッドの中へ飛び込んでうつ伏せの状態で尚も泣いている。
「――な、なのに、うぅ、ううわーん」
「大丈夫だ、心配要らないから泣くな」
外に聞こえるだろうがっ! 今、ラウラ姫の寝所では俺とラウラ姫が会談していることになっているんだ。そんな状態で少女の泣き声が外に響くってどんな噂が立つか。
俺は内心の焦りを表に出さないように気を付けると、念のため誰が入ってきてもいいように、ベスの捲れあがったスカートを風魔法で直してから語り掛ける。
「不安なことや怖いことは今全部話してしまおうか、一つずつ解決していこうじゃないか、な?」
俺はベッドの縁に腰を下ろすと、うつ伏せのままベスがビクンッと身体を震わせた。彼女の不安を取り除くため、殊更に穏かな口調で語り掛ける。
「わ、私、影武者なんですよー」
それは先程聞いた。知りたいのはその続きだ。
「大変な仕事だ。怖いよな。俺が守ってやる、カラフルもいる。ベスに傷一つつけさせやしない」
そう力強く言いきり銀色の美しい髪をそっと撫でてやると、また身体をビクンッと震えさせると話し出した。
「こんなっ、事になっ、るなんて、思っていなくてっ、ひっ」
「刺客への
泣いている顔を見られたくないのは容易に想像がつくが、それでも彼女を抱き起こして俺の隣に座らせる。涙と鼻水でグシャグシャになったその顔を、左手で抱きかかえるようにして俺の胸に軽く押し当てた。
今度は身体を震わせることはない。小さな女の子でもスキンシップは効果あるようだ。
それでも尚下を向いて涙を膝の上にこぼしながら話してくれた。
「わ、わ、私っ、ラ、ラウラ様のっ、婚約者のっ、よ、夜の相手までっ、さ、させられるっ、とかっ、思ってなくてーっ」
そう言うと再びベッドへ身を投げ出すようにしてうつ伏せになると大声で泣き出した。
この娘の頭の中はどうなっているんだ?
「ちょっと待てっ! いや、ちょっと待とうか――」
俺はベスを無理やり抱き起こすと、彼女がまたベッドにうつ伏せにならないように両肩をしっかりと掴んで、真っ直ぐに目を見て語り掛ける。
「――夜の相手とかする必要ないからっ! そんなこと仕事の内容に含まれていないから安心しろ。それに、泣いている女の子に何かする趣味はないから」
「わ、分かりました。頑張ってっ、ひっ、朝まで泣くようにっ、します」
いや、そんなことするなよ。どう言えば伝わるんだ? くっ、こんなときに白アリがいないのが痛い。
「そうじゃなくてだな――――」
ベスを説得すること、およそ十五分。ようやく納得してくれた。
「落ち着いたか?」
「は、はい。何だか申し訳ありません。私ったら勘違いしちゃって」
テヘヘヘーとか笑っているが、テヘヘヘーじゃないだろ。
「勘違いするにも限度がある。あまりにも突飛すぎてこっちが驚いたよ」
「ほら、女の子はいろいろと危険な事があるので自衛のために、つい悪い方へ想像しちゃうんですよ」
危険なのはお前だ。
胸の辺りまで真っ赤にしてもじもじする様子は可愛いが、護衛中は思い込みで暴走しないように気を配る必要がありそうだ。
「大体、自分の婚約者に女をあてがうなんてある訳ないだろう」
「え? 貴族の間では普通にありますよ」
そうなのか?
「そんなことよりも先程の騒ぎ、特に君の泣き声であらぬ誤解を受ける可能性がある。何か聞かれる前にちゃんと弁明しておくように、いいな」
「え? 弁明とかしない方がいいんじゃないですか? 変に勘繰られませんか? それに、そのう、私も自分の勘違いを広げるようで恥ずかしいですし……」
いや、ベス。お前の恥はこの際どうでもいい。俺の濡れ衣を晴らしてくれ。美少女だからといってもそこは譲れない。
「仮に弁明しなかったとして、もしこれが噂になったらどうなる? 当然、ラウラ姫の耳にも入るよな? ラウラ姫が疑ったとしよう。君は即日解雇だ」
「えーっ、な、
「浮気した婚約者と婚約者を寝取った侍女、どっちを遠ざけると思う?」
「秘密にしましょうっ! 二人だけの秘密です。知られなければ誰も不幸になりませんっ」
意外と状況判断早いじゃないか。
突然俺の両手を取ると真剣な眼差しを向けてくる。薄っすらと涙が浮かんでいるな。憐れな子犬のような眼ですがり付いてくる姿は意地らしいし可愛いのだが、ここは心を鬼にするところだ。
「秘密なんてないからな、諦めて恥をかいてこい」
涙が涸れたのかは知らないが、今度は泣き真似をしながらチラチラとこちらを盗み見ている。演技力皆無だな。こんなんで影武者が務まるのかそっちの方が心配になってくる。
「ど、どうしっ、てもですか? わ、私――――」
数分の会話の末、大げさに肩を落としたベスがいた。
「――――じゃあ、頑張って説明をします」
事情を説明するところを想像でもしたのか、頭を抱えて『うわー』などと一人で騒いでいるベスに、俺は何事もなかったかのように優しい口調を心掛けて右手を差し出した。
「まあ、何だ。改めてよろしくな、ミチナガ・フジワラ、チェックメイトのリーダーだ」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。ベス・グランデルと申します。ラウラ・グランフェルト辺境伯の影武者です」
世の中広いとはいえ、『影武者です』と自己紹介する少女はそうはいないだろうな。しかし、こんな年端も行かない少女が影武者として就職させるとか、親は何をしているんだ?
「先程も言ったが影武者って任務を考えると危険そうだけど、俺も付いているしカラフルもいる。あんまり泣くなよ」
「よして下さい。子どもじゃないんですから、もう泣いたりしません」
「ははは、そうかレディーに子ども扱いしちゃいけなかったな。ところで幾つなんだ?」
「十八歳です」
予想外の答えが小気味よく返ってきた。十八歳? 俺の設定年齢と同じ?
「十八歳って、俺もそうだけど、同じ十八歳だよな……」
「あー、今、もの凄く失礼なことを考えましたね」
ベスは幼い顔つきの頬を思い切り膨らませると、プイッとわざとらしくそっぽを向いた。
「え? いや、そんなことはないぞ」
「この身体は種族の関係でこうなんです。ちょっと成長が他の種族よりも遅いだけです」
「種族?」
「あ、えーと、種族じゃなかった、人種ですね。私の一族はエルフみたいに成長が遅いんですよ」
「思春期を迎える頃から大体一般的な人族の成長の三分の一くらいになります。二十歳になる頃にはもっと遅くなって平均寿命もちょっとだけですけど他の人種よりも長生きなんですよ」
何て素晴らしい人種なんだ。合法ロリ、もとい。いつまでも若く美しいままでいてくれる女性なんて男の理想じゃないか。
それにしても、十八歳か。もの凄く惜しいことをした気がする。先程のスカートも紳士面して直したりしないで、捲れたままにして鑑賞すべきだった。いや、もっと根本的なミスだ。勘違いを利用すべきだった。
「へー、そんな人種、初めて聞いた」
「これは秘密にしてくださいね。私たち一族が他の人たちに狩られちゃいますから」
なるほど、エルフも奴隷狩りのターゲットになると聞いていたが同じ理由だろうな。
「分かった、約束するよ」
「それともう一つ、力とかも他の人たちよりもずっと強いですし身体も頑丈なんです」
「そうなんだ、それは頼もしいな」
鑑定をしてみるか。
おい、本当かよ。
鑑定をして驚いた。思わず声を上げてしまうところだった。
これって才能の塊じゃないのか。俺が接触したこの異世界の住人の中で間違いなくずば抜けた能力だ。
別の意味でこの娘が欲しくなった。
【土魔法 レベル3】
【水魔法 レベル1】
【火魔法 レベル1】
【風魔法 レベル2】
【闇魔法 レベル5】
【重力魔法 レベル3】
【空間魔法 レベル1】
【身体強化 レベル5】
【異常耐性 レベル5】
【再生 レベル5】
【加速 レベル4】
【魔眼 レベル2】
何でこれ程の能力を持っているのに影武者なんかに就職したんだ?
いやまあ、適任ではあるか。『力が強くて身体が丈夫』か、身体強化と再生がその発言の裏づけだな。
いや、それ以前に何だこれ? 『魔眼』なんてはじめて見るスキルだ。
詳細を探ってみるか。
だめだ、魔力を注ぎ込んだが『魔眼』の効果を鑑定で知ることは出来なかった。
鑑定で判明できないスキルもあるのか。
「どうしました?」
「いや、魔術は使えたりするのかな?」
「え? ええ、ちょっとだけですけど使えますよ」
視線を逸らしながら『どうしてですかー?』とつぶやいている。全身で『嘘をついています』感を醸し出していた。
俺は吹き出しそうになるのを堪えて口を開く。
「ああ、水差し無しでコップだけだったからな。水魔法が使えないと夜中に喉が渇いても水が飲めないんじゃないかと思ってさ」
「優しいんですね。見直しちゃいました。でも大丈夫ですよ。これでも飲み水くらいは出せます」
「今日はもう着替えて寝ろ。俺は外の親衛隊と少し話してくる」
俺は頼もしそうな影武者の少女とカラフルを残して、外で聞き耳を立てていたはずのローゼと会話をするためにテントを後にした。
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