第297話 会議と話し合い

 ゴルゾ双璧を破壊した強烈な爆裂と火炎の攻撃魔術はゴルゾ双壁の向こうに潜む敵の伏兵を燻り出し、さらにその着弾距離を伸ばすと敵本陣をその爆裂と火炎が捉えた。

 敵を一瞬にして壊滅させた強力無比な攻撃魔術。ゴルゾ双璧だった場所から敵本陣があった焼け跡へと真っ直ぐに伸びる一筋の爪痕つめあと


 最初はラウラ・グランフェルト陣営の魔術師による総攻撃との噂が流れた。

 その噂はたちまちラウラ・グランフェルト陣営に広がり、兵士たちは自陣営の魔術師の精強さにわき返る。そして敵側の兵士たち――捕虜となった者たちはあまりの力の差に絶望を露わにした。


 だがその噂はすぐに修正される。わずか十数名の小部隊であるチェックメイトによる総攻撃だったと。

 兵士たちの目撃した、或いは彼らを襲った圧倒的なまでの破壊。その火力とそれを実行した人数との不釣り合いさに敵も味方も恐怖した。 


 それだけでも十分に迷惑だったのだが、さらにあの攻撃魔法がチェックメイトのたった一人の魔術師によってもたらされたものだと知れ渡ると陣営の雰囲気が一変した。

 行軍中の軍隊とは思えないほど、まるで夜の闇へ溶け込むように陣営全体が静まり返っている。


 そして今、くだんの魔術師は直前まで後方で光魔法による治療にあたっていた非戦闘要員だとのデマまで流れ始めた。

 白アリが非戦闘要員だなど、まったくもって言い掛かりも甚だしい。殺傷を目的とした広範囲魔法ならチェックメイト内でも俺に次ぐ破壊力を持っている。これ以上ないくらいに立派な攻撃要員だ。


 陣営全体に流れる雰囲気を総括すると『チェックメイトとは関わらないようにしよう』だ。

 おかしいだろっ、それっ!


 だが、役に立つこともある。


「――――という事で、前回のように新たに参戦された方を前面に押し出しての作戦はいろいろと問題があります。今後は既に連携の経験がある部隊を核とし、新たに参陣された皆さんには慣れるまでの間、予備兵力ないしは混成部隊の一翼となって頂きたいのですが如何でしょう?」


 そう問い掛ける俺に対して、反対する者は誰もいない。それどころか疑問一つ投げかけてこない。

 実にスムーズに作戦が決まっていく。特にゴルゾ草原で散々な目にあった後から参陣した貴族たちは一言もない。


 そしてマーロン子爵が二枚目然としたさわやかな笑顔で身勝手な新規参陣の貴族たちをフォローする。

 何とも美味しい役どころだ。


「運悪く武功を挙げることは出来ませんでしたが、チェックメイトの皆さんの救助活動により戦力はまだ十分にあり戦える状態です。如何でしょうか、ここは次の戦場では皆さんに一翼を担って頂くというのは」


「マーロン子爵の指揮下に置くのであれば多少のことは聞こう。あとで編成案を出してくれ」


 俺の言葉にマーロン子爵が『ありがとうございます』そう言い深々とこうべを垂れた。


 マーロン子爵もよくやる。ラウラ姫のところに入った新参の侍女たちよりもよっぽど演技が上手い。

 そして茶番だが利はある。

 

 新参の貴族たちは俺たちチェックメイトに意見する事はない。どちらかというと避けていた。

 そこで、俺たちに意見できる者を作る。新参の貴族たちに理解を示す男、マーロン子爵。

 

 これで要望はもちろん、不満もマーロン子爵を通じて俺に伝わってくる。間違ってもラウラ姫に向くことはない上、あちこちで不満がくすぶって火種となることもなくなるはずだ。

 そして、マーロン子爵の狙いであるリューブラント王国での地位向上、特に貴族内部での地位の向上につながる。


 会議終了を目配せで俺に確認してきたセルマさんにうなずき返すと、彼女が涼やかな声で会議の終了を告げる。


「それでは本日の会議はこれまでとします。日々恭順を示す貴族の方が増えております。進軍時の部隊配置も常に換わります。くれぐれもミスの無いようお願い致します」


 その言葉を合図に作戦会議に参加していた貴族と各部隊の部隊長クラスが自分の部隊へと戻っていった。


 ◇

 ◆

 ◇


 その日の会議を終えた俺はラウラ姫のテントへと来ていた。目的はファジオーリ士爵から入手した情報をラウラ姫とその側近に伝えることと、その対応のためだ。

 謁見用のテントの中を五箇所に設置された光の魔道具がランプの数倍の明るさで照らしている。


 テントの主であるラウラ姫が執務机の向こう側に座り、その斜め後方――いつもの位置にセルマさんが控えている。そして入り口を塞ぐように帯剣したローゼ。

 いつもの配置、いつものメンバーだ。だが、今はそこに一人の見慣れない侍女がいた。


 ラウラ姫とよく似た容貌――透き通るような白い肌と輝くような銀髪をもった美しい少女。本人も場違いだと思っているのだろう、おどおどとして落ちつかない様子だ。

 俺たちチェックメイトは俺と白アリ、そして今回はボギーさんも同行している。

 

 執務机の上に広げられたリストを光の魔道具が照らし出す。視線を落としたまま、ラウラ姫が残念そうな表情で弱々しくつぶやく。


「偽りの恭順ですか……」


 彼女の視線の先にあるリストにはファジオーリ士爵が教えてくれた者たちの名前が連ねてあった。何度も会話を重ねた者たちもいる。親睦を深めるためとお茶会に招いた女性当主や同行している姫君たちの名前もあった。

 あの笑顔が、あのときの他愛無いおしゃべりが偽りだったのかと、まさにラウラ姫の心中ではそんな思いが渦巻いていることだろう。


「はい。ファジオーリ士爵の死に際の言葉です。苦し紛れの嘘という可能性もありますが注意をするに越したことはありません」


 消沈するラウラ姫に向かってそう答える俺の横でボギーさんが居心地悪そうな様子でぶっきらぼうに言葉を発すると、ラウラ姫の横に控えていたセルマさんが反応する。


「もっとも、今日の戦闘で本当に恭順する気になっている可能性もあるだろうがな」


「それは十分に考えられますね――」


 ボギーさんの言葉にわずかな希望を見たのか、顔を輝かせるラウラ姫にそう声を掛けると、危険性についても付け加える。


「――ですが、貴族本人は気が変わったとしても既に刺客が放たれていた場合、中止の連絡が取れずにそのまま実行に移す可能性があります」


「その場合、行動に出た刺客だけを捕らえて行動を起こさなかった刺客は見逃す。貴族の方も今後裏切らない限り恭順した者たちと同じように扱うことは難しいでしょうか?」


 そう言うラウラ姫は、小さな両手を胸の前で組んで懇願するように俺を見ている。何とかして助けたいのだという気持ちが伝わってくる。優しい娘だ。

 だが、現実が見えるセルマさんがすぐさま異を唱える。


「辺境伯様、それは危険です。御身の危険もありますが――」


 セルマさんの視線の先にはラウラ姫のよく似た容貌の少女――新しく雇い入れた侍女のベスがいた。


「――お優しさも行き過ぎては部下の身を危険にさらすだけです」


 セルマさんのその言葉にラウラ姫の視線がベスへと向けられると、ベスが胸を張って答える。


「だ、大丈夫です。わ、私を採用頂くときに、影武者――身代わりやおとりとして働いてもらう可能性があると聞いています。覚悟は出来ています」


「ベス、控えなさい――」

 

 セルマさんが穏やかだが有無を言わせない口調でそう言うと、ベスへ向けていた視線をラウラ姫へと移して諭すように話し出した。


「――辺境伯様、偽りとはいえ恭順を示した貴族はともかく、名前の判明している刺客だけでも先に捕らえるべきです。辺境伯様はもちろんですがベスの身に何かあってからでは遅いのです」


 口を開きかけたラウラ姫に先んじてボギーさんが口を開いた。誰に向けた言葉かは知らないが視線はセルマさんに固定されている。


「危険なことをするなら俺たちがそばにいるときにしてくれよ。世界中で一番安全な場所がどこか、もう一度よく考えな」


「ボッ、ボギー様――」


 意外だったのだろう、セルマさんが珍しく口ごもりながら反論しようとしたところで、ラウラ姫の決意のこもった言葉がそれを制した。


「セルマ、おとりを実行しますっ! フジワラ様、私が考える『世界でもっとも安全な場所』はフジワラ様のかたわらです」


 可愛らしいこと言ってくれるなあ、庇護欲を刺激する愛らしさがある娘に言われると俄然やる気になってくる。


「ラウラ姫、安心してください。必ずお守り致します」


 表情に安堵の色を浮かべたラウラ姫が可愛らしい微笑を浮かべる。


「よろしくお願い致します――」


 笑みを浮かべたまま視線を輝くような銀髪をもった侍女へと移した。


「――ベス。貴女はたった今からフジワラ様の傍らを離れてはいけません」


「は? はい?」

 

 素っ頓狂な声を上げて茫然とするベスをそのままに、ラウラ姫はテントの入り口付近へと身体を向ける。


「ローゼ、あなた方は引き続き親衛隊として、私の影武者となるベスの護衛に付くようにお願いします」


 ローゼが命令承諾の意思を示すように無言で敬礼をした。目の端に顔を蒼ざめさせて茫然としているセルマさんが映ったが大人しくしているので放置しておくとしよう。

 ラウラ姫が白アリとボギーさんの方へと向き直り頭を下げる。


「ボギー様、アリス様、私の護衛をよろしくお願い致します」


「ラウラちゃん、大丈夫よ。黒ちゃんや聖女ちゃんも一緒だからきっと楽しくなるわ」


 ラウラ姫を抱き寄せて白アリが優しくほほ笑んだ。ラウラ姫は白アリの腕に抱かれたまま再びベスへと視線を向ける。


「ベス、よろしくお願いしますね」


「えー? はい?」


 ベス、たぶん俺も似たような気持ちだよ。

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