第296話 尋問

 ゴルゾ平原からさらに進軍すること五キロメートル。

 ラウラ・グランフェルト辺境伯率いるグランフェルト奪還軍は、ファジオーリ士爵の治めていた町の一つを占拠する形で、町とその周辺に広がるなだらかな丘陵地帯で野営をすることにした。

 

 町を占拠といってもグランフェルト奪還軍が町に到達したときには住民が既に逃げ出した後で町の中には誰一人残っている者はいなかった。

 念のため幾つかの部隊が手分けをして町の中を確認している。


 周囲の安全確保と並行して野営の準備が進む中、俺たちチェックメイトの転移者六名は少し離れた森の中へと来ていた。

 その森の中ほどまで入ったところで黒アリスちゃんが光球に照らし出されるバラバラの遺体に視線を固定したまま俺に確認する。


「これがファジオーリ士爵の遺体ですか?」


「ああ、そうだ。爆発で四散していたので若干部位が足りない部分があるけど大丈夫か?」


 一緒に四散した別の者のパーツが交じっている可能性はある。だが、全員がその可能性には目をつぶって黒アリスちゃんの闇魔法を待った。


「ありがとうございます。これだけ揃っていれば何とかなると思います――」


 視線を一度俺へと向けてほほ笑みを見せると再びファジオーリだった遺体へと視線を落とす。


「――では、気分を出して、やります」


 黒アリスちゃんのその言葉とともに、ファジオーリ士爵の遺体が損壊箇所を再生していく。何度見ても光魔法の治癒と見間違うような光景だ。

 その光景に聖女が感嘆の声を上げ、若干引き気味のロビンと感心するボギーさんの声がほぼ同時に夜の森に響く。


「おおっ! さすが黒ちゃん、見事ですねー」


「人間ってアンデッド化できたんですね」


「なるほどねー、闇魔法ってぇのは面白い使い方が出来るんだな」


 まったくだ。俺も人間のアンデッド化なんてはじめて見る。そもそもアンデッド化出来るなんて考えてもみなかった。

 みるみる再生していくファジオーリから黒アリスちゃんへ視線を向けて問い掛けると、闇魔法を行使中というか、恍惚とした表情を浮かべている黒アリスちゃんに代わって聖女が答える。


「これで言う事を聞かせられるのか?」


「いいえ、魔物にしてもそうですけどアンデッドにしたからとって主人の言う事を聞くわけじゃありません。言う事を聞かせるだけなら隷属の首輪で奴隷にした方が確実です」


 闇魔法の使えない聖女が妙に詳しく解説をしてくれた。これも黒アリスちゃんと聖女でやっていた妖しげな実験の一つだな、この人間のアンデッド化は。

 再生を終えたアンデッド・ファジオーリは膝から下を地中に埋められ身動き取れない状態で意識を取り戻した。


「な、何だ? 生きているのか? 私は――」


 当然自分の置かれた状況は理解できていない。膝から下を地中にとらわれて身動きできないことよりも周囲を見知らぬ者たちに囲まれていることに戸惑っているようだ。

 一人で戸惑い、怯えているファジオーリ士爵の言葉を無視して白アリが笑顔をとともに話し掛ける。


「――お、お前たちは何者だっ! わ、私の部下たちは、ど、どこへいった?」


「さあ、始めましょうか」


 白アリのその声とともにファジオーリの周囲を彼の腰程度の高さの炎が取り囲み、炎の明かりが光球で照らされたファジオーリをさらに明るく照らし出す。


「ひっ、火っ! た、助けてくれっ。火はやめてくれっ!」


 逃げ場のないファジオーリ士爵が真っ青な顔で半狂乱になりながら泣き叫んだ。そんなファジオーリの反応を冷めた目で見ていたロビンが、一人で納得したようにつぶやく。


「火に対してトラウマがあるみたいですね?」


「いや、『みたいですね』じゃネェよ、原因は明らかじゃネェか」


 ロビンとボギーさんのやり取りをスルーして、なおも怯えるファジオーリに声を掛ける。


「ファジオーリッ! 質問に答えろ!」


 白アリが俺の言葉に合わせて炎の勢いを小さくする。炎は足首程度の高さまで小さくなったがそれでもファジオーリは怯えていた。

 怯えてはいるが、叫び声は止んだ。


 この状態でまともな答えが返ってくるかの不安はあったが、ファジオーリに対して尋問を開始した。


「ラウラ・グランフェルト辺境伯の陣営に既に参陣をしている貴族、あるいはこれから参陣する予定の貴族で偽りの参陣――裏切る手はずになっている者を教えてもらおうか」


 先ずは軽くけん制だ。


「し、知らないっ! わ、私は何も知らないっ! た、助けてくれーっ!」


「ダメだなこりゃ」


 そう言いかぶりを振るボギーさんを横目に、白アリに合図をだす。俺の合図に続いてファジオーリを取り囲む炎が勢いを増し、その炎はファジオーリの全身を包む。


「ギャーッ! 熱い! 熱い! 苦しいっ! た、助けてくれーっ!」


 全身を炎に包まれながらも絶命するどころか、気絶することもなく悲鳴を上げ続けている。ファジオーリの再生速度を上回らないように炎に微妙な調整が加え続けられていた。

 白アリのやつ、いつの間にこんなに魔力操作が上達したんだ?


 俺だけでなくその場にいた者たち全員が白アリの魔力操作に見入っている間、ひとしきり苦しんだファジオーリを包む炎を弱めると黒アリスちゃんが優しく声を掛ける。


「痛かったでしょう? 熱かったでしょう? 私たちの質問に答えないと何度でもその辛さを味わうことになりますよ」


 さらりと過去形にしているが痛いのは現在進行形じゃないのか? ファジオーリも空気を読んでかそんなバカな突っ込みはせずにひたすら懇願している。


「い、いやだ。こ、殺してくれ。もう、殺してくれ」


「何を言っているんですか? 貴方はもう死んでいるんですよ。何百回何千回と、いいえ何万回炎で焼かれても死ぬことはありませんから安心してください」


 妖しい笑みを湛えた黒アリスちゃんのその言葉にファジオーリの顔に絶望の色が浮かぶ。


「許してくれ、許して」


「ラウラ・グランフェルト辺境伯を捜索隊に売ったのが貴方だというのは知っているんですよ。苦しみから解放されるのは、せめてその罪を償ってからですよね?」


「ち、違うんだ。仕方がなかったんだ。お、脅されてたんだ。そうだ、脅されていたんだっ!」


「お金、たくさん貰ったそうですね。落ち着いた頃に陞爵しょうしゃくする予定だとか。全部知っているんですよ――」


 苦し紛れの言い訳をするファジオーリに黒アリスちゃんは冷たい笑みを向けるとその笑み以上に冷たい口調でファジオーリを絶望へと突き落とす。


「――痛覚を鋭敏に、もっと敏感に痛みを感じる身体に変えてあげてもいいんですよ? どうしますか?」


 黒アリスちゃんのノリノリの顔と表情を横目で見ながらロビンが心配そうな表情で聖女に耳打ちをする。


「こんなことして、ファジオーリ士爵だったこのアンデッドは気が狂ったりしないんですか?」


「今のところ、気が狂った前例はありません。たぶん大丈夫だと思います」


 ロビンに即答する聖女は当然として、白アリの表情を見る限りこの事実を知っていたようだ。


「白アリ、そうなのか?」


「そうよ」


「聞いてないぞ、そんな話」


 そもそもそんな実験をしていることも知らされていなかった。

 俺からわざとらしく視線を逸らす白アリをフォローするように、俺の隣にいた聖女が身体を寄せてくると人差し指でわき腹をつつきながら話す。


「いやですよー、フジワラさん。ガールズトークの内容を話す訳ないじゃないですかあ」


 そうか、ガールズトークでの話題だったのか。それなら仕方ないな。これ以上この件に時間を割いても得るものはなさそうだ。

 俺は聖女の開き直った意見を受け入れると、そんなやり取りの間も炎に焼かれて泣き叫んでいたファジオーリへ再び声を掛ける。


「どうだ? 別に俺は構わないぞ、お前が苦しんだところで痛くも痒くもないからな」


 酷薄そうに見えるように意識しながらファジオーリを見おろす俺に、聞こえよがしに聖女が追い討ちを掛ける。


「ダメですよ、フジワラさん。このまま何日も何年のこの男を連れ歩いて焼き続けたりしたら『死人使しびとつかい』とか変な噂が立っちゃうじゃないですか――」


 ちらりと黒アリスちゃんに視線を向けると俺の耳元でささやく


「――黒ちゃんは女の子なんですから変な噂が立たないように配慮してあげないと」


 それを聞いていたのだろう、黒アリスちゃんがコクコクとうなずいている。それって、『死人使しびとつかい』程度の噂で済むのか? いや、深く考えるのはよそう。

 俺の心配をよそに黒アリスちゃんの冷ややかな声が響く。


「全部白状したら土に返してあげます。でも、もし嘘があったりしたら――」


 ファジオーリがポツリポツリと語り始めた。視線を向ければ、何もかも諦めたような虚ろな目をしている。

 幾分か気になったが意識的に外へと追い出す。何が彼に決心をさせたのかは分からない。俺としては結果が手に入ればそれで十分だ。


「――骨の一部を保管しておいて、いつでもアンデッドとして蘇らせます。それの意味は分かりますよね?」


 骨一欠けらからアンデッド化できるのか。便利だな。


「凄いな、そんなこともできるんだ」


「出来る訳ないでしょ。脅しよ、脅し」


 驚く俺に白アリが耳打ちをした。ブラフだったのか。それにしてもブラフ一つとっても実に堂に入ったものだ。


 しかし、そのブラフは実に効果的だった。その後は白アリが火力を上げるも必要なく次々とファジオーリから情報が提供されていった。

 彼の話を聞いているとボギーさんが面白くなさそうにつぶやく。

 

「ちっ、やっぱり居やがった」


 既にラウラ・グランフェルト軍へと参陣した貴族たちの名簿に連なっている名前が挙がった。なおも夢中で話し続けるファジオーリをよそに俺たちの視線は交錯する。

 その後も安らかな眠りだけを願うファジオーリによって敵側の陣容と基本的な戦略が語られた。

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