第294話 ゴルゾ平原会戦(4)

 俺が敵味方含めて十五名の兵士を連れ帰るとロビンが駆け寄ってきた。


「ミチナガ、メロディちゃんの魔力譲渡を頼みます」


「了解だ。これからメロディのところへ向かう――」


「じゃあ、よろしく」


 俺の返事が終わらぬうちにそう言い残すとロビンが目の前から消えた。


 メロディの担当は軍馬だったはずだが……左右両翼は既に兵士の救出を終えたのだろうか?

 小さな疑問を胸にメロディのいるはずのテント付近へと転移すると、傷ついた軍馬の群れの中でぐったりした様子でメロディがしゃがみ込んでいた。


「すまない、こんなに早く魔力切れになるとは予想していなかったんだ」


「いえ、私が不甲斐無いばかりにご迷惑をおかけ致します――」


 慌てて立ち上がろうとするメロディをジェスチャーで押し留めると彼女の下へと駆け寄り、急ぎ魔力譲渡を行う。

 周囲を見回せば治療済みの軍馬もかなりの数であることが分かる。


「随分と軍馬が運ばれてきたんだな」


 怪我人の回収が順調に進んだのか、或いは怪我人が予想以上に少ない――死亡した兵士が多かったのだろうか。


「救出活動を開始してまもなく、アリスさんが軍馬しか運んでこなくなりました。怪我人を運んでくるのはロビンさんとボギーさんのお二方です」


 敵の怪我人が黒アリスちゃんに切り掛かりでもしたか? 何か機嫌を損ねることをしたか、ロビンがスキル確保を目的として兵士との接触機会を増やすために役割分担をしたのか。


「そうか、救出活動が順調ならそれでいい。さあ、これで魔力は十分だ。続きをよろしく頼む」


 そう言って送り出す俺にメロディが『はい』と満面の笑みが返えってきた。

 メロディが軍馬の方へと走っていく後ろ姿を見ながらマリエルが不思議そうに言う。


「腕輪の魔力タンク、そのままだったよ? いいの?」


「ああ、緊急時に使うように言ってあるから、あれでいいんだ――」


 メロディの魔力不足を補うために防具と魔力タンクを兼ねた、手首から肘近くまでを覆うような腕輪を左右一つずつ渡してある。


「――そんなことよりも、救出をさっさと済ませて敵を撤退に追い込まないと、痺れを切らした白アリが光魔法での治療じゃなく火魔法あたりで怪我人を丸焼きにし兼ねない」


「ニコニコしてたから大丈夫だよ、きっと。もうちょっと持つんじゃないのかなー?」


 小首を傾げるマリエルに『あいつの笑顔を信用しちゃだめだ』という言葉を呑み込むと、マリエルを抱えるようにして中央の戦線付近へと転移した。


 ◇

 ◆

 ◇


 中央戦線付近で兵士の救出作業に目処がついた頃、左右両翼の救出及び軍馬の回収作業が終わったらしくボギーさんと黒アリスちゃん、ロビンが応援にきてくれた。


「兄ちゃん、代わろう」


 ボギーさんはそう言うと親指で後方の治療者を集めた方向を示していた。まあ、そうだな。そろそろ白アリと交代する頃合いか。

 苦笑しながら『お願いします』と返すと、すぐにロビンと黒アリスちゃんが続く。


「そうですね、ミチナガはそろそろ行った方がいいですよ」


「ここは私たちが受け持ちます」


 俺は笑顔を返しながらマリエルをつれて転移した。


 ◇


 さて、白アリに前線に回ってもらう前に聖女に報告をしておくか。

 治療コーナーから数メートルの距離に出現して聖女を探していたのだが、治療中の聖女を視界に捉えて我が目を疑った。何をやっているんだ? あいつは。


 唖然としている俺の頭上でマリエルの声が能天気に響いた。


「わー、ナースだっ――」


 そして俺の耳元に移動したかと思うと、髪の毛を引っ張ってさらに騒ぐ。


「ミチナガー、聖女がナースの恰好してるよー」


 そう、何を考えているのか知らないが白衣の天使姿で治療をしている。光の聖女は廃業でもするつもりだろうか?

 というか、マリエル。お前なんで『ナース』なんて単語を知っているんだ? さては白アリにナース服を作ってもらったな。


 そんなやり取りをマリエルとしているとすぐに俺のことを発見した聖女が治療の手を止めて手招きをしている。


 俺が近づく間も期待のこもった目でまっすぐにこちらを見つめている。

 目の前に横たわっている怪我人は眼中に無いようだ。


「聖女、救出活動が一段落したんで白アリに前線へ出てもらう。それを先に報せておこうと思ってな」


「フジワラさーん、寂しかったんですよー」


 おかしな事を口走るとナース服姿の聖女が瞳を潤ませて抱きついてきた。

 恋人どうしならそのままキスをする勢いなのだろうが、恋人でもなんでもないのでそんな嬉しいことは起きない。いやまあ、聖女のボディで抱きつかれればそれだけで十分嬉しいのだが。


 治療もされずに放置されている怪我人が俺のこと恨めしそうに見ている気がするが、今はそれどころじゃない。腹筋に押し付けられている双丘の感触と膝の辺りにある太ももの感触を楽しみながら用件を伝える。


「救出が粗方終わったんで白アリと交代にきた。この後すぐにあいつのところへ行ってやらないと」


「ミチナガさん、優しくしてくださいね。でないと拗ねちゃいますよ」


 俺の胸元に息を吐き掛けるようにして甘えた口調だ。止めが上目遣いの視線、それも瞳を潤ませている。何だ? 何が起きているんだ? 自分の幸せに戸惑いながらも平静を装う。


「今はそれどころじゃないんだ。白アリのところへ行かないと」


「そんなー、他の女の話なんてしないでください、今は二人っきりじゃないですかぁ」


 頭沸いてんのかこの女はっ! 全然二人っきりじゃないだろうがっ!

 一言も発していないがマリエルが上空でフワフワと浮いているだろっ。しかもこの光景を目に焼き付けようとしている。あれは絶対に後でふれ回るぞっ! それに診療台に横たわった怪我人がもの凄い形相で睨んでるのが目に入らないのかよっ!


「冷たいですね。私は忘れていませんよ。昔の私――ロリボディに視線をクギ付けにしていたフジワラさんのあの眼。思い出すだけでゾクゾクします」


「えっ! いや、あれは違うんだ――」


「大丈夫ですよ、私は口の堅い女ですから」


 そう言うと妖しげな光を湛えた眼で下から覗き込むと『ロリだなんて知れ渡ったら、それこそラウラちゃんにいつ手を出すかって目で見られちゃいますよ』と続いた。


「いや、知れ渡るって。俺にそんな趣味は――」


 そんな俺のセリフを遮り、伸び上がるようにして双丘を押し当てると耳元で艶めかしい笑い声を響かせた。そして吐息混じりにささやく。


「いいえ、それこそ、既成事実があるとか噂が流れちゃうかも、ね――」


 俺が何も言えずにいると『それに』と身体を摺り寄せてくるとさらに続ける。


「――ラウラちゃん、年齢の割には大人っぽいですよね? あと一年もしたら黒ちゃんくらいにはなってそうですよ」


 ラウラ姫と黒アリスちゃんの姿が脳裏を過る。何だかありそうな未来だな。


「いや、さすがにそれは無いんじゃないかな」


「でもそうなると一年の辛抱です、ね――」


 俺の言葉を聞き流すと一瞬気の毒そうな声音で語り掛けた。そして密着している身体を本能に訴え掛けるようにくねらせてさらに続ける。


「――シドフの町で『責任取ってくれるなら』って言いましたけど、あれは嘘です。別に責任なんて取らなくてもいいですから」


 何て魅力的な話だ。現実の世界では後腐れの無い聖女。夢の中ではちょっとだけ後が恐そうな女神さま。夢のようじゃないか……

 いや、これは危険だ。俺の中の何かが激しく警戒を告げている。話を逸らさないと。


「仮にラウラ姫が一年で成長したとしても俺には、いや、俺たちには異世界を救うという使命がある。それこそお前は後が無いんだ、こんな戯言を――」


 聖女は俺の唇に自身の人差し指を当てて言葉を遮ると、またあの艶めかしい笑い声を上げる。


「説得力ありませんよ、反応しちゃってますから」


「なっ! お前っ!」


 身体を密着させていた聖女を慌てて引き剥がす。


「内緒にしてあげます、ね」


 今まで俺の唇に当てていた人差し指を自分の唇にあててそう言うと、ウィンクとともにゆっくりと距離を取る。


 内緒にしてくれるのはどこからどこまでなんだろうか。もの凄く気になるが恐くて聞けない。

 戸惑う俺を余所に、何事も無かったかのようにいつもの調子と笑顔で聖女の弾んだ声が響く。


「そろそろ白姉ぇのところへ行ってあげてください」


 聖女のいつもの様子に俺も気を取り直す。俺はわずかばかりの罪悪感を覚えながらも聖女のもとを後にするときに、ふと診療台に視線を移す。すると怪我人が唇を噛み締めて涙を流していた。


 ◇


 仮設の治療コーナーをでてから、俺が考え込んでいるとマリエルの楽しそうな声が聞こえてくる。


「ここのところ聖女、やさしいね」


「ん? ああ、そうだな」


 そうだ。あのラウラ姫との婚約騒動あたりから、たまに異常行動をとることがある。今夜にも女神さまに相談をしてみよう。

 俺は足早に聖女のいる仮設の治療コーナーを後にして白アリの下へと急ぐことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る