第293話 ゴルゾ平原会戦(3)
敵中央の騎馬隊がこちらの槍隊へ向かって突撃を敢行すべく速度を上げた。
その騎馬隊に視線をクギ付けにしたまま、マーロン子爵が信じられないといった様子でこぼす。
「この状況で中央の騎馬隊が突撃を仕掛けてくるとは思いませんでしたよ」
左右両翼の騎馬隊との連携が取れなくなった今、兵力の消耗を避けて撤退すると思っていたのだろう。
だが、ここで仕掛けてくるということは、まだ何かしてくるかもしれない。
「まったくだ。無策で仕掛けてくるとは思い難い。念のため中央の槍隊と弓隊を突破してくる想定で準備を進めてくれ」
「分かりました」
言外に迎撃戦の可能性を仄めかす俺の言葉にマーロン子爵は意識を切り替えるように軽く頭を振ると、直ぐに自分の指揮する部隊へと騎馬を駆けさせた。
駆け去るマーロン子爵に視線を向けていると、槍隊の配置された方向から突然爆音が鳴り響き、爆風が辺りに吹き荒れる。
大きな衝撃音に続いて小刻みに地面が揺れ、空気が震えた。間髪いれずに無数の火球が混乱している味方の槍隊と弓隊の中に吸い込まれるように着弾する。着弾した箇所からは火柱が上がり、炎が燃え広がる。
中央で待ち構えていた味方の槍隊と弓隊を襲った爆発と炎。爆発は容赦なく彼らを吹き飛ばし、炎は彼らを焼いた。燃え広がる火の海の中で兵士たちに混乱が広がっていく。
魔術師による攻撃魔術を併用した戦術を採るのは先ほどの両翼での戦いで見た。だが、左右両翼に展開した部隊とは攻撃魔術もその手際も段違いだ。
敵の魔術師の攻撃魔術に感心しているうちに水と風の魔法で飛び火した炎が鎮火されていった。
だが、炎が消えたくらいでこちらの混乱は収まらない。
混乱した槍隊へ突撃を仕掛けてきた敵の騎馬隊が逃げ惑う兵士たちを蹂躙しながら駆け抜ける。そして槍隊の後方に配置されている弓隊へと迫っていた。
その様子にマリエルが感嘆の声を上げる。
「うわーっ! 攻撃魔術がもの凄く正確だよ。それに火を消すのも早い」
「ああ、味方の騎馬隊の突撃速度を落とさなくて済むように見事な手際で火を消している」
突撃してくる騎馬隊も抜けてきた槍隊や眼前にある弓隊なんて眼中になさそうだ。騎馬隊の動きを見る限り、本陣の前に配置されたマーロン子爵の騎馬隊をターゲットにしている。
このままだと弓隊を抜ける前に攻撃魔術がマーロン子爵の部隊を襲う。
「マリエル、あの騎馬隊から放たれてた攻撃魔法は騎馬隊の最後尾付近から発動したように感じたが間違いないか?」
「うんっ! 後ろの方を走っている騎士たちが攻撃魔術を撃った」
よしっ!
突撃してくる騎馬隊の先頭集団がこちらの弓隊へ差し掛かったところで、騎馬隊の中央付近から後方にかけて幾つもの有刺鉄線の投網をその頭上に出現させる。
直径三メートルほどの有刺鉄線の投網が疾駆する騎馬隊に降り注ぎ、駆ける速度がわずかに減速した。
俺の頭上でマリエルの嬉しそうな声が響く。
「掛かったっ」
「次、行くぞっ」
有刺鉄線の投網により後方の騎馬隊の速度が落ち、速度差によって突撃してきた騎馬隊が前後に分断される。
甲冑で完全武装している騎士だけのことはある。速度こそ落ちたが騎馬部隊の突撃は止まらない。有刺鉄線の投網を引きずりながら、なおもこちらへと向かっている。
やはり投網のように固定されていない状態だとそうなるか。
だが、そこまでだ。
分断された隙間に左右両翼の騎馬隊の足を止めた格子状に巡らせた有刺鉄線を転移させると、それに足をとられた軍馬が次々と転倒し、後続の騎士たちを巻き込んでいく。
有刺鉄線の投網を引きずっている分、左右両翼の騎馬隊よりも悲惨な状態だ。
「おおー。ミチナガ、凄ーい」
「魔術師がいるかもしれないから、もう一撃な」
魔術師ならあの状態からでも攻撃が可能だ。気の毒だが、有刺鉄線に絡めとられるように転倒している騎士たちへ向けて雷撃を放つ。
雷撃が青白い閃光となって辺りを照らし、空気を切り裂く音が戦場に響き渡る。
その光と音に一瞬だが時が止まったかのように戦場全体が固まった。
真っ先に動いたのは突撃してきた騎馬隊の軍馬だ。閃光と轟音に驚いた軍馬がパニックに陥り馬上の騎士たちが振り落とされる。
騎馬隊の突撃の最中にあった弓隊もその混乱に巻き込まれていた。もともと混乱しているところに突撃を受けて、さらに今の状態だ。
槍隊と弓隊の周辺は敵味方の別なくパニック状態となっている。
混乱はあったが、俺のはなった雷撃がその一撃だけだったことと、味方から放たれた攻撃魔法であることが分かるとこちらの軍はすぐに混乱を鎮めていた。
そんな中で
マーロン子爵が仕掛けるのを見ていたマリエルが不思議そうにこぼす。
「マーロンの攻撃が遅い?」
「味方の弓隊を巻き込まないようにだろ?」
雷撃の直後なので騎馬に対する不安もあるのだろう。
まあ、それ以上に万が一味方を傷付けようものならどんな難癖を付けられるか分からないからと警戒したのもあるのかも知れない。
他の貴族たちならそんな言い掛かりは一蹴する。
だが、新規参陣した貴族たちに対していい顔しなければならないマーロン子爵としては、そうもいかない。
俺はマーロン子爵が自分で抱え込んだ苦労に若干の同情をしながらマリエルに声を掛ける。
「さあ、俺たちも槍隊と弓隊の生き残りを救出に行くぞ」
「はーい」
俺とマリエルはばら撒いた有刺鉄線の投網や罠の回収と、生き残った兵士たちの救出をするために中央の戦線へと転移した。
◇
俺とマリエルは混乱している戦場の只中へと出現する。
瀕死の状態で地面に倒れている兵士たち、或いは傷付きうめき声を上げている兵士たちに混じってなおも戦おうとする兵士たち。
そんな彼らのことは一先ず意識の外へと追い出して自分たちの仕事に専念しよう。
「マリエル、有刺鉄線の投網と罠の回収を頼む」
「はーい」
俺の指示にいつもの調子で答えが返ってくる。
そして回収対象である有刺鉄線の投網や罠の上に、蝶が花の蜜を吸うように舞い降りてはアイテムボックスへと収納する、といった作業を繰り返していった。
マリエルの様子を目の端で捉えながら、俺も戦場と後方にある治療所を転移によるピストン搬送で怪我人の救出をする。
大体一度の搬送で十名程度なのだが、ときどき怪我人を照準している間に襲い掛かってくる敵兵士がいたりする。そんな敵兵士には漏れなく怪我人の仲間入りをしてもらっていた。
切り結ぶ白刃の音が響き罵声が飛び交う、そんな戦いの喧騒の中で怪我人の救出をしていると、マリエルがアーマーの胸元に潜り込んでくる。
「ミチナガー、終わったよ」
「ご苦労さん」
「敵も味方も一緒だけどいいの?」
俺の足元に転がっている怪我人たちを一瞥したマリエルが胸元から俺を見上げるようにして聞いてきた。
「俺の故郷には『人道』という精神があってだな――――」
俺は怪我人を連れて戦場と治療所を幾度も往復しながらマリエルに赤十字の精神の話を語った。
「――――それは、戦場において敵であっても差別せずに負傷者を助けたいというものなんだ」
そう語り終えると、マリエルが釈然としない表情で俺の背後を覗き込む。
「そうなんだー」
マリエルの視線の先を見ると、たった今俺が救出した怪我人を治療所の担当兵士が敵と味方に分けていた。
味方の怪我人は治療所のテントへと消えていく。
敵の怪我人は怪我をした状態で縛り上げられて治療所の外へと連れていかれていた。
どうやら赤十字の精神は俺の手を離れた瞬間にどこかに消えていたようだ。
まあ、冷静になって考えれば敵も治療するとはしていたが、区別なく治療するとはしていなかった。そもそも『人道』という単語がこの異世界にはなかったよな。
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