第292話 ゴルゾ平原会戦(2)
敵両翼の騎馬部隊が草原に伏せていた味方の歩兵部隊へと突撃を敢行した。最初からバレバレなので伏兵と表現してよいのか微妙だな。
味方の伏兵が右往左往する中、黒アリスちゃんの声が戦況を報せる。
「味方の伏兵、左翼右翼共に敵騎馬隊の突撃を受けて総崩れです」
「このままだと伏兵部隊を突破して中央の弓隊へ突撃してきそうね」
のんきな口調の白アリに若干緊張した様子でロビンが返す。
「弓隊や槍隊へ突撃してくれるならまだいいですが、それを無視して本陣へ突撃をしてき兼ねないですよ」
「大丈夫ですよ、さすがにそこまで自由にさせたりしませんから」
聖女はロビンにそう継げると俺の方へと振り返り『ですよ、ね』と愛嬌のある笑顔を向けた。俺は聖女の笑顔に首肯すると直ぐに罠の発動を指示した。
「よしっ! 頃合いだろう。罠を発動させる。発動っ!」
間髪を容れずに聖女と白アリの弾んだ返事が被る。
「了解ですっ」
「待ってましたっ!」
あらかじめ用意していた罠――縦二十メートル、横十メートル、地上三十センチメートルのところに格子状に張り巡らせた有刺鉄線を敵騎馬隊が疾走する足元へと転移させる。
敵の魔術師がこちらの罠の破壊を目的とした魔法攻撃を仕掛けてきたが、残念ながら俺たちには何の役にも立たない。
罠なんてものは転移魔法を使って後からいくらでも仕掛けられる。
たった今、こちらの伏兵に突撃を敢行した騎馬隊がまるで何かに足を取られたよう地面に転がった。
足元に格子状に張り巡らされて有刺鉄線に足を取られた馬たちが騎乗する騎士を空中に放り出しながら自身も宙を舞ったり前のめりに転んだりと地響きを立てて地面に転がっていく。
マリエルがそんな様子を見ながら口を開いた。
「わー、騎馬隊が次々とこけていくよー」
「敵もこの罠は予想もしていなかったようだ。たとえ予想していても回避のしようもなかっただろうがな」
「何だか馬が可哀想ー」
「大丈夫だ、生きてさえいれば馬は後でちゃんと治療する」
俺とマリエルが軍馬の救済について会話している横でロビンと白アリの会話が聞こえてきた。
皆と一緒に軍馬が次々と転倒する様子を見ていたロビンがぽつりとつぶやくと、白アリがのほほんとした様子で答える。
「何も知らずに見ている分には作戦が成功したように見えますが、何をしているのか分かっているともの凄く卑怯に見えますね」
「罠っていうのはどうしても卑怯に見えちゃうのよね」
「もはや罠と呼んでもいいのかさえ疑問はありますけどね」
「罠かどうかは別にして、作戦が成功したのは間違いないじゃないの」
「そうですね。敵の突撃を食い止めたのと、味方の士気が上がっているのは確かなようですね」
白アリとロビンのやり取りを聞かなかったことにして全員に次の行動を告げる。
「では、ボギーさんたちは救出の方を頼みます。念のため言っておきますが人命が最優先です。軍馬は二の次で」
黒アリスちゃんが驚いた顔をしていたがそれは見なかったことにしよう。
「聖女と白アリ、メロディは回復を頼む」
「任せてっ! あたしと聖女ちゃんが人間の回復で赤いキツネが軍馬の回復でいいわね?」
白アリからの提案は妥当だ。俺は『それで頼む』と即答してさらに続ける。
「マリエルは俺と一緒に本陣に合流する。俺は万が一中央を突破してくる敵兵士がいれば、マーロン子爵の軍と協力してこれを叩く――」
ボギーさんと黒アリスちゃん、ロビンに視線を移して続ける。
「――怪我人と怪我をした軍馬を運びつつ、ボギーさんは敵右翼の足止めをお願いします。黒アリスちゃんとロビンは敵左翼の足止めを頼む。足止めだけで必要以上の追撃や撃破の必要はない。敵右翼の追撃にアラン・マルゴ士爵、敵左翼の追撃にジュリア・パーマー士爵があたる」
俺の言葉に左右両翼に軍を急いで移動させている部隊を聖女が確認した。
「張り切ってますね。どうやらジュリア・パーマー士爵が少し先行しているようです」
聖女の言葉を受けて視覚を飛ばしたのだろう、ロビンが自身の担当する敵左翼の罠解除についての了解を要求するように俺の方を見る。
「そうですね。罠の解除を少し早めた方が良さそうですね」
横では同じように黒アリスちゃんがこちらを見ている。
味方、特に女性の死者や怪我人を見てロビンが熱くならないか心配になり、念を押すようにロビンと行動を共にする黒アリスちゃんへ目配せをする。
「罠の解除と人と軍馬の救出は現場の判断で動いて構わない。くれぐれも敵を侮ったり無茶をしたりとかはやめてくれよ」
ロビンと黒アリスちゃんが首肯する。
俺の横でそんな二人の反応を見ていた白アリが行動を促すように声を上げる。
「さて、じゃあ、あたしたちは本陣と後陣との間に移動しましょうかっ!」
今回の作戦では自慢の火力を使う機会が無いにもかかわらず作戦立案の段階から妙に上機嫌なのだが、そのテンションのまま声を掛けた。
彼女の言葉に続いて聖女とメロディがほぼ同時に転移をした。
それを見ていた黒アリスちゃんが苦笑しながらこぼすと、ボギーさんとロビンが同じように苦笑しながら続く。
「追撃戦では派手に火球が撃ち込まれそうですね」
「ロケットランチャー並みの弾幕が見られそうじゃネェか。そうそう見られるものじゃネェぞ」
「地形が変わっちゃいそうですね」
笑いを堪えているボギーさんを軽く睨み付けながら三人が転移をした。
全員が配置につくために転移したのを見届けた俺はマリエルをつれて本陣へと転移した。
◇
本陣の最前列へと転移した俺は改めて視覚を上空へ飛ばすと戦場の様子を俯瞰する。
伏兵して奇襲するはずが、兵の配置がばれて開戦と同時に突撃を受けてパニック状態になっていた味方の両翼は、敵の突撃が途中で止まった今でもパニックから回復していない。
そして敵の両翼は阿鼻叫喚の叫び声と何が起きているのか把握できずに混乱しているのが分かる。気持ちは分かる、さぞかし驚いたことだろう。
左右両翼は敵味方の別なく混乱状態だ。だが、ボギーさんたちが味方と敵軍馬の救出をするから程なく味方の混乱は収まるはずだ。
比較的混乱の少ない敵中央の部隊も予想しなかった自軍両翼の瓦解に精彩がない。余裕さえみせてこちらの槍部隊へと向かっていた騎馬隊の足が止まった。
自分たちの左右を駆け、敵歩兵部隊へ突撃をしたはずの騎馬隊が突然転倒したんだ、それも左右合わせて二千数百の騎馬が宙を舞い地面を転がる。
何が起きたか分からないに違いない。そりゃあ驚くだろう。
さて、その精彩を欠いた敵中央の騎馬部隊はどう動くかな。視覚を近づけると指揮官クラスの騎士たちが混乱している表情がよく分かる。
敵の騎士たちの様子を見ているとマリエルがマーロン子爵の接近を知らせる。
「ミチナガー、マーロン子爵が馬に乗ってこっちに走ってくるよ。甲冑も新調している」
マリエルの言葉に視覚を戻して振り返ると、白色に銀で意匠を施した甲冑に身を固めたマーロン子爵が、颯爽と騎馬を駆けさせてこちらへと向かってくるのが映った。真っ黒の軍馬に白色の甲冑か、随分と目立つ格好だ。
兜をはずして小脇に抱えているので、その長い金色の髪がなびく。貴公子然とした容貌もあって周囲の騎士や兵士たちが男女の別なく自然と目を奪われていた。
周りの視線など意に介していなかのように俺の側まで来るとマーロン子爵は大きな声で話し掛けてきた。
「フジワラ殿、作戦は見事に成功したようですね」
「ここまでは、です。敵中央の騎馬部隊がそっくり残っていますし追撃戦もまだこれからですよ」
苦笑しながらそう返す俺にマーロン子爵は笑いながら敵中央の騎馬部隊へ視線を向けると口元に笑みを浮かべる。
「追撃戦までに敵がまだ残っているといいのですが」
「マーロン子爵には今回は活躍の機会を遠慮頂くことになって申し訳ありません」
「いえ、せっかく新たに参陣された皆さんの意気を大事にしたいというのは分かります。お気になさらずに」
「そう言って頂けると助かります。マーロン子爵には武勇を発揮する機会はこれから先に用意させて頂きます」
俺がそろそろ茶番を切り上げようとすると、マーロン子爵がガントレットを外して握手を求めてきた。
「それは楽しみです。期待させて頂きます――」
その右手を俺もがっちり握り返す。俺と握手を交わしたのを周囲の兵士たちが見たのを確認するとマーロン子爵は右手を緩めて言葉を続ける。
「――それはそれとして、追撃戦はほとんど総崩れになりそうな様相ですね」
「ええ、白アリが張り切っています。追撃戦では派手に火魔法を乱射することになると思います。周知徹底をお願いします」
「それは怖いですね。巻き込まれないように気を付けることにしますよ」
追撃戦には本気で参加するつもりがないのだろう。被害の及ばない場所で適当に走り回っているだけのつもりが伝わってきた。
俺が苦笑を堪えているとマリエルの声が頭上から響いた。
「ミチナガーッ! 真ん中の騎馬隊がこっちの槍部隊に突っ込んできたよ!」
マリエルの言葉に敵中央の騎馬部隊へと視線を巡らせると、こちらの槍部隊へ真っ直ぐに突っ込んできているのが映る。
すぐに視線をマーロン子爵へ向けると彼も何か言いたげにこちらを見ていた。
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