第291話 ゴルゾ平原会戦(1)

 結局、作戦はマーロン子爵の出した万が一を考慮しての増援を後方に配置する案となった。

 間違いなく兵士たちに少なくない損害がでる。それは作戦立案をした連中以外の者には明らかであった。救いは増援を後方に配置することと、この後方配置される軍がいずれも精強な軍であることだ。


 今後は、今回のような勝手な作戦立案をさせないためにも身勝手な領主貴族たちを黙らせる必要がある。

 そのために必要な犠牲ということでラウラ姫も渋々ではあるが納得をしてくれた。


 会議からおよそ二時間後。

 敵兵の配置が終わっているゴルゾ平原へと陣形を組んだ状態で入った。


 視覚を飛ばしているのだろう、黒アリスちゃんと聖女が敵兵士の配置とこちらの配置について言葉を交わしている。


「敵は騎馬隊を三つに分けて全て魚燐の陣のような配置です。凄いですよ、それぞれ一千騎以上の騎馬部隊です。その後方に歩兵が一千名ほどですね。それに切り立った崖の両側に丸太を組んだバリケードっぽいものを用意してます」


「対してこちらは横陣の変形。横三列にして最前列を盾と長槍兵二千名を配置、その横陣の後ろに二列で弓兵を各一千名ずつ配置。さらに別働隊として平原の草の中――味方の左翼と右翼の外側に歩兵五百名ずつを伏せさせているつもりでしょうけど、バレバレですねー」


 敵は五千名の兵のうち主力である騎兵四千騎を前面に押し立てる形で投入してきた。歩兵一千名は本軍兼予備兵力。報告では敵兵力五千とのことだったが六千名以上いるな。

 退路確保と撤退戦の準備もされている。


 対するこちらは二千名の槍部隊で騎馬を食い止めている間に二千名の弓兵で的の大きな騎馬の数を減らす。その上で左右両翼に伏せた歩兵五百の二部隊を突撃させる作戦。

 上手く行くことしか考えていない配置だ。


 黒アリスちゃんと聖女の会話に続いて白アリが珍しく具体的な戦術の話をする。


「ねぇ、ミチナガ。敵の騎馬隊、側面の伏兵を蹴散らしたら槍衾の隊を迂回してそのまま側面から弓隊に突撃をしてくるんじゃないの?」


 白アリでも分かる味方の攻略方法。

 まあ、待ち構えている槍部隊に突撃を仕掛けてくる騎馬部隊って少ないよな。伏兵がいるのが分からなくても普通に機動力を活かして側面から弓隊を攻撃する。


「魔法攻撃を併用してくると言っていたから、もしかしたらもう少し手の込んだ戦術を使ってくるかもしれない。だが、概ね白アリの予想通りの展開になるんじゃないのか?」


 騎馬隊を三つに分けているのを考えると、対騎馬用の罠を魔法攻撃で吹き飛ばしてから騎馬を突撃させる。さらには魔法攻撃で中央の槍部隊を撃破して、騎馬で突破するような動きを見せて敵の混乱を誘う可能性はあるな。

 三分の一の騎馬隊と魔法攻撃の併用だけでこちらの槍部隊を突破するようなことはないだろうが、もし突破してくるなら……有刺鉄線の餌食になってもらおうか。


「それでこの会戦の主役、コロナ・カナリス嬢の腕前のほうは?」


 ネッツァーさんの孫娘で、カナリス伯爵家の三女だ。カナリス伯爵は戦後の内政面において重鎮となる予定だが、それとは別にコロナ嬢はラウラ・グランフェルト辺境伯家の直臣となる予定だ。

 裏でネッツァーさんが動いたのは間違いないだろうな。


「今回が初陣だよ」


 副官や側近には歴戦の将を据えているので滅多なことにはならないだろう。

 しかし、白アリの反応は違った。


「ちょっとー。マーロン子爵あたりに手伝わせたら?」


「今回の会戦では新参の領主たちがボロ負けする予定だ。そこでマーロン子爵が活躍したら新参の領主たちから良く思われないだろう。だから今回の手柄はそんなことを気にしなくてもいいコロナ・カナリス嬢に譲った」


 白アリが渋い表情を見せたので念のため付け加える。


「一応、コロナ嬢もその辺の事情は承知の上の配置だからな」


 聞き覚えのあるマーロン子爵の名前が出たからか黒アリスちゃんとの会話を中断して聖女が聞いてきた。


「マーロン子爵ってこの間のベール城塞都市戦で第一王子と第二王子を討ち取った青年ですよね?」


「そうだ。戦場での働きも期待できる上に政略面の才能もある。何よりも裏工作やあくどい事も躊躇なくやるくせに外面がこの上なくいい」


「それは有望な人材ですね」


 聖女が目を輝かせている。どうやらマーロン子爵は聖女に気に入られたようだ。

 逆にマーロン子爵やコロナ嬢から興味がそれた白アリが眼前に広がる草原を眺めながら半ばあきれた様子でつぶやく。


「それにしても、敵の用意した戦場に無策でのこのこやってくるなんて正気の沙汰じゃないわね」


「そうですね、この地形と広さなら騎馬部隊の独擅場になりますよ」


 白アリと黒アリスちゃんの会話にボギーさんが続く。


「騎馬の独擅場、いいネェ! 広い平原だ、騎馬を思い切り駆けさせたら気持ち良さそうじゃネェか」


「これから戦争が始まるんです、不謹慎ですよ」


 そうとがめるロビンに口元に笑みを浮かべたまま『なぁに。俺たちの不謹慎は今に始まったこっちゃネェ、気にすんな、禿げるぞ』などと自然な口ぶりで俺たちまで不謹慎の仲間にしていた。


「念のため確認しておくが、ボギーさんとロビン、黒アリスちゃんの三人は空間転移を使って怪我人を回収。白アリと聖女とメロディは三人が回収してきた怪我人の回復を頼む――」


 敵の騎兵にボロボロにされるであろう新参領主の部隊。さすがに見殺しには出来ないので回収と回復を俺たちが行うことにした。

 

「――その後、合図が出たらボギーさんは敵右翼の足止めを、黒アリスちゃんとロビンは敵左翼の足止めを頼む」


 そして俺は予備戦力を兼ねてコロナ嬢の援軍に回る。


 敵側の銅鑼が叩かれその音が風に乗って草原に鳴り響いた。


 グワーンッ! グワーーンッ!


 それを合図に三部隊に編成されていた敵騎馬隊が一斉に動き始め、銅鑼の音をかき消すように馬蹄が草原に広がっていく。


 敵騎馬部隊が三方向に分かれて突撃を開始した。左右に配置された騎馬部隊、それぞれ一千余りはこちらの左右両翼の伏兵に向かってまっしぐらだ。

 この段階で歩兵五百名対騎馬一千騎余りの一方的と思える戦闘が二箇所で開始されることになった。


「うわっ、両翼の騎馬部隊は速いわねー。それに比べて中央の騎馬部隊のやる気のないこと。散歩しているみたいにのろのろと歩いてるわ」


 白アリが敵の中央に位置する騎馬部隊に向かって『早く突撃しなさいよっ!』などと、敵が聞いたら大笑いしそうなことをつぶやいていると、黒アリスちゃんと聖女が身も蓋も無いことを返す。


「白姉、そりゃあそうですよ。中央の部隊は突撃したっていいことありませんから」


「こちらの待ち構える場所へむざむざ突撃なんてしませんよ。そんなことをするのは味方くらいのものです」


 敵左翼の騎馬隊の進行方向に突然小規模な爆発が複数発生した。それと同時に黒アリスちゃんの緊張した声が上がる。


「敵左翼に攻撃魔法確認。規模は小さいですが爆裂系の火魔法です。そのまま攻撃魔法を連射しながらこちらの伏兵へと接近中。まもなく接敵しますっ」


 騎馬隊の馬蹄の音にまぎれる程度の規模ではあるが騎馬隊の突撃速度に合わせて進路に次々と撃ち込まれている。

 その黒アリスちゃんの言葉が終わると同時にロビンの慌てた声が響く。


「敵右翼でも攻撃魔法を確認。敵左翼での攻撃魔法同様に連射しながら伏兵へ接近っ。このままだと騎馬の突撃を待たずに伏兵は攻撃魔法で半壊ですよっ」


 予想したように攻撃魔法を併用しての突撃、罠や簡単な防壁であれば吹き飛ばして突撃してくる。だが、攻撃魔法の数は俺の予想を上回っている。

 騎馬部隊の中に相当数の魔術師が含まれているようだ。


「味方左翼の伏兵被弾っ」


「味方右翼も同じく。騎馬の突撃来ますっ」


 黒アリスちゃんとロビンの声に続いて敵騎馬隊がこちらの伏兵へ突撃を敢行した。

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