第290話 軍議

 行軍を止めて作戦会議中の陣営内を伝令が飛び交い、兵士たちは忙しく走り回っている。その様はまもなく緒戦が始まろうとしていることを予想させる。


 今回のグランフェルト奪還軍では特に席順を決めずに先着順に思い思いの席に着く形式を取っていた。

 目的の最たるものは席順で揉めるのを避けるためだ。


 単純に今の爵位で席順を決められるなら苦労はないが、ラウラ・グランフェルト軍への参陣の順番や保有兵数などが原因で席順争いやつまらないトラブルが発生するのは避けたい。

 これがリューブラント侯爵軍への参陣であればどんな席順でも誰も文句を言わないだろう。


 だが、ラウラ姫が総大将となると文句が出る可能性がある。

 文句が出ても抑え込むことは出来るが、それでは不満がたまる。何よりも簡単に文句が出るような状況では士気に関わる。


 もう一つは新たに参陣した領主たちの人となりと人間関係を見る手段と考えた。

 野心家や自己顕示欲の強いものほどラウラ姫に近い場所に座りたがる。そして横のつながりのある貴族同士もやはり互いに近くに座っている。そんな席順と全体的に規律に厳しくしていない雰囲気から自然と雑談交じりで会議が進んでいる。


『お互いに離れて座って知らん顔を決め込んでいても、その実、裏では密に繋がって策謀を巡らせる。それくらいの器量は欲しかったなあ』とは白アリの感想だ。


 そんな和やかな会議の最中も逐次偵察の状況は報告されていた。


「反乱軍の先鋒との接触まで三時間っ!」


「ゴルゾ平原にて敵兵展開中っ! その数はおよそ五千っ!」


「展開している軍の中核はゼーベック子爵率いる三千ですっ!」


 次々と寄せられる情報に新たに参陣した領主たちの士気が上がっていくのが手に取るようにわかる。


 グランフェルト奪還作戦、初めての戦闘となりそうな敵が現れた。グランフェルト領に隣接した領地をもつ領主貴族――ゼーベック子爵の軍を中心とした小領主たちの寄せ集めだ。

 敵も馬鹿ではないので無策で軍を展開しているとは思えないが、それでもはっきり言って今のグランフェルト奪還軍の敵ではない。


 ベール城塞都市を出発して既に二十日ほど。こちらの兵数は既に一万五千名以上に膨れ上がっていた。対する敵は三分の一にも満たない五千名。

 行軍を止めて臨時の作戦会議を開いているのだが、新たに参陣した領主や陣借りをしている者たちがこぞってやる気を見せている。


「先陣をお任せくださいっ! 遅参した分を取り戻す機会を頂きたいっ!」


 まだ三十歳になるかならないかに見える領主貴族が熱のこもった口調で必死に訴えていた。その熱い視線はラウラ姫に釘付けで周囲の反応など目に入っていないようだ。

 もちろん、冷静さを欠いているのは彼だけではなかった。


 要約すると、たった今、領主貴族が発言したような主張を遅参した領主たちが好き勝手に発言をしている。

 敵兵の数から一当てすれば撤退すると考えているようだ。


 今回の軍議では緒戦ということもあり、ラウラ姫は前面に出ずに各領主貴族たちの意向を尊重するとして、その旨も参加者たちに事前に知らせてはいたのだが……

 ベール城塞都市から一緒にいた領主たちはともかく、新たに参陣した領主たちが酷い。


 小娘と侮っているのがよく分かる。加えて側近も年若い者たちばかりだ。特に側近中の側近として知られているのがセルマさん。若い女性とあって取って代わろうとする輩の多いこと。

 自分こそが新辺境伯の右腕に相応しいと押し合い圧し合いしている。


 当然そんな連中なので作戦立案など推して知るべしだ。


 一緒に作戦会議に参加をしている白アリが深いため息に続いて小声で話し掛けてきた。


「何だかあいつらを見ていると、ゴルゾ平原に展開している敵兵に無策で突撃していくんじゃないかと思えるんだけど?」


 やめてくれ。俺も今同じ事を考えていた。


「さすがにそれは無いだろう。彼らにしても作戦参加への名乗りを上げている段階だから勢いとかやる気を前面に出しているのであって、実際に作戦の詳細を詰める段階になれば知恵も絞るさ」

 

「ミチナガ、もういい加減に懲りなさいよ。絶対に何にも考えていないから。そしてゼーベック子爵軍の餌食になるのよ、見えるようね」


 そう言って書類を俺の目の前に差し出す。


 知っている。その書類は先程俺も見たよ。過去の戦闘記録が記載されていたのだが……ゼーベック子爵軍の得意の戦い方は騎馬での突撃。これをひたすら繰り返していた。

 いや、あくまで記録を見る限りだ。実際に戦った連中の話を総合するともっと手が込んでいる。


「重武装の騎馬と魔法攻撃の併用による突破力で敵陣を何往復もしてズタズタにする、ただの突撃に見えるかもしれないが魔法攻撃との連携と戦場となる地形を選んでいる」


「ゴルゾ平原ねー、広い平原だこと。騎馬は思い切り駆け抜けられるでしょうね。遠距離魔法攻撃も視界良好で撃ち易そう」


 戦場となるゴルゾ草原はほぼ円形の平原を半円で囲うように南側半分――敵の後方を森と岩山で囲われており、南側にある平原へと続く道は両側が切り立った岩山の街道が一つだけだ。反対に北側――こちら側は四つの街道が森を切り裂くようにして敷かれていた。


「敵後方にある岩山に挟まれた出入り口。敵が撤退した場合はこの街道一つを塞ぐだけで済む。逃げ道が確保してある状態で戦場は自分たちに有利な平原。これ以上はない戦場だろうな」


 というか、そういう地形だからこそ騎馬と魔法攻撃の併用による突撃という単純な戦術に磨きが掛けられたのかも知れない。

 白アリが無言で眉を寄せて渋面を作っていると、数日前に参陣した領主貴族の声が響いた。


「敵は騎馬で突撃を繰り返すだけの無策な連中です。我々は防護柵と長槍隊を前面にして守りを固め、後方から矢を射掛けて敵兵を殲滅してご覧にいれます」


「素晴らしい作戦ですっ! 我が兵は弓の連度が高い。是非とも弓部隊の一翼を担わせて頂きたい」


「私の抱える魔術師部隊も遠距離の攻撃を得意としている。騎馬隊と連携することで敵の側面を突いて見事崩してみせましょう」


「それでは突撃してくる敵の両側面から敵を突き崩しましょう」


 そんな声が次々と上がり、まるで決定事項のように地図にそれぞれの軍を示す駒が置かれていく。白アリがそんな様子を見ながら楽しそうに話し掛けてきた。


「見事な連携ー。示し合わせたように軍の配置が決まっちゃうのね」

 

 満面の笑みを俺に向けて『思慮の浅さを身を以て反省してもらいましょう』などとつぶやいている。


 そうできれば苦労はないが、こんな連中でも貴重な戦力であり戦後復興の労働力でもある。領主貴族の首が飛ぶのは歓迎するが兵力――特に民兵の損失は最小限に留めたい。

 仕方がない、動くか。


 俺が視線を向けるとマーロン子爵が立ち上がって今しがたメチャクチャな作戦立案をした新参者たちへ向けて話を始める。


「ただ今お伺いした作戦、見事なもので感服致しました。ですが、若輩ながら意見を述べさせて頂きます――」


 よく通る声が響く。彼に十分な視線が集まったところで話を続ける。


「――このゴルゾ平原は敵の選んだ戦場です。どのような卑怯な罠が仕掛けてあるとも知れません。そこで万が一の増援部隊として幾つかの部隊をそれぞれの部隊の後方に配置させて頂けませんでしょうか」


 どこの誰と知らない若造が口を出してきたことで表情を変える領主もチラホラ見えたが、『あくまで、敵が卑怯な手を使ったときのための備えです。皆様がラウラ・グランフェルト辺境伯に対する忠義を示すのを邪魔するつもりはございません』そう続くマーロン子爵の言葉に渋々といった様子で納得を示した。


 その態度に白アリが不思議そうな顔で小首を傾げる。


「あの横柄な態度。もしかしてあの連中、マーロンの爵位を知らないの?」


「ああ、マーロン子爵も敢えて伏せている」


 先日『若い自分の爵位がラウラ姫に次ぐものであると分かればギクシャクし兼ねない。人間関係を上手く運ぶためにも伏せておきたい』と、ラウラ姫とセルマさんに告げて了解を取っていた。

 もちろん、そんなものは建前だ。ラウラ姫はともかくセルマさんは察しているだろう。


「分かったときが見ものね、面白そう」


「いや、分かったときは『子爵であるにもかかわらず何と奥ゆかしい若者だ』とマーロン子爵の株が上がる予定だ」


「うわっ! 意外と腹黒いわね」


「意外じゃないだろう」


「それもそうね」


 ベール城塞都市陥落の日に提案のあった内容を思い浮かべているのだろう。白アリの表情が妙に楽しそうに輝いていた。

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