第289話 リスト再考

「ミチナガー、来たよー、また来たよー」


 ワイバーンの哨戒任務中の白アリにあずけていたマリエルがもの凄い勢いで飛んでくるのが映る。

 見慣れない白い服。また新しい服を白アリに貰ったのか。先程白アリにあずけたときはナザレの民族衣装を着ていたのだが、いつの間にかアオザイに着替えていた。


 白いアオザイを着たマリエルが、くつわを並べて馬を歩かせていた俺と聖女の目の前でガックリと肩を落としてうなだれた格好をしている。いつもの『疲れたよー』アピールだ。

 今のセリフからすると使者が帰ってきたようだ。ここまでの前例からすると領主かそれなりに要職にある者を伴っての帰還だろう。


「お疲れ様、今日はこれで九組目の使者か」


「お疲れ様、マリエルちゃん」


 ハチミツの入った小さな壷を渡しながら、労いの声を掛ける俺と聖女に向かってフルフルと首を横に振る。


「違うよー、三組もどってきたから十一組目だね」


「三組は一緒か?」


「ううん、結構離れていた」


 そう言いながら満面の笑みをハチミツの壷に向けている。

 最初の使者が到着したのが出発準備中。それからここまでの数時間の間に帰還した使者が二桁に到達したか。幸先がいいといえばいいな。


 ハチミツの壷を抱えて上空に上がっているマリエルを聖女が左手で目に影を作って見上げながら話す。


「一応順調です、よね?」


「まあな。順調かと問われれば順調だと答えるけど……欲しい人材が来ないんだよなあ」


 俺の答えにロビンが微妙な顔をして聞いてくる。


「最初の三人は同席させてもらいましたが……後から来た人たちも似たような感じだったんですか?」


 味方を表明してくれた領主の数だけを見ればこの上なく順調だ。だが、どこも小領主だということと、ネッツァーさんからの資料を見る限り領主だけでなくその側近も含めて将来取り立てるべき人材がいない。

 贅沢なのは分かっているが奪還後のことを考えるとまだまだ不安の方が大きい。


「似てた。日和見を決め込んだのを取り返そうと目の色変えていた」


「それなら……いや、もしかして最初の三人と同じですか?」


 そう、同じだ。戦場で取り返すとか戦後であってもいいので貢献するとかの姿勢は希薄だった。


「今のところ、貢ぎ物の目録だけは潤沢じゅんたくだ。それと民兵はかき集めたようだが傭兵や探索者が少ない。要求する見返りも領地の安堵であって新体制での出世や要職を望む者もいない状態だ」


「目先のことしか考えていないんですね」


 ロビンの様子からするともう少しマシな人材が集まっていると思っていたのか落胆しているのが伝わってくる。

 そんなロビンとは逆に聖女がのほほんとした雰囲気で達観したことを言う。


「でもこの世界が中世と考えたら、ほとんどの領主がそうなるんじゃないでしょうか? それこそ、マーロン子爵みたいな野心家が珍しいんですよ」


「確かに聖女の言うように珍しいのかも知れないが、欲しいのはその野心家だ。願わくはほどほどの野心と内政に長けた人材が欲しいな」


「集まらない以上は育成するしかありませんね」


 ロビンの言う事も分かるが、育成は時間が掛かる。それに誰がそんなことをするんだ? 育成するにはそれを育てる人材が必要だ。そんな人材の方が稀有だろう。

 いっそのこと他国から人材を募るか。


 そんなことを考えていると突然聖女が矛先をガザン侯爵家へと変える。


「人材不足はガザン侯爵家も同じですよね」


「あっちは旧ガザン王国の官僚と戦犯として処断する予定の貴族を、領地を取り上げた上で助命して安価で働かせると言っていた」


「そのまま聞くと酷い話に聞こえますね」


 いや、詳細計画はもっと酷いぞ。次の会議で皆に見てもらう、テリーの作成した『ガザン王家の戦後処理に関する要望書』という名の資料を見たときのロビンの反応が楽しみだ。


「そんなことよりも使者を上空から捕捉したことをラウラ姫に伝えてくる。時間的にも昼食を兼ねた休憩に入ると思うからそのつもりで準備を頼む」


 俺はそう告げると馬首を後方へと巡らせる。


「勝手に昼食の支度を始めてお咎めがないのは私たちくらいでしょうね」


「全くです」


 背後から聞こえる聖女とロビンの言葉が聞こえない振りをすると、ラウラ姫の馬車へと向けて馬を駆けさせた。



 ◇


 ラウラ姫の乗る馬車の直ぐ横、おそらくラウラ姫が座っている側に馬を駆けさせているローゼを発見した。


「ローゼッ! 使者が三組接近している。ラウラ姫と話をしたい」


 駆け寄った俺がそれだけ伝えるとローゼが返事をする前に馬車の窓が開かれると、そこには花のような笑顔を湛えたラウラ姫があった。そして主に背後からは親衛隊の騎士たちからの怨嗟の視線が俺に向けられる。

 だがまあ、この程度の視線なんて痛くも痒くもない。昨夜の女神さまのやきもちの方が余程こたえた。


 目を瞑るまでもなく蘇ってくる。満天の星と月明かりを反射して美しく輝く湖。その湖上に浮かんだ大きなベッドの上で拗ねていた。


『どうせ私は日陰者です……秘密の間柄ですし……』


 とか言いながら拗ねられてみろよっ! 自分の胸元に視線を落とすと甘えたように見上げているんだぞっ! いやまあ、可愛かったから許すんだけどさ。そう、そこまでは可愛らしさが勝っていた。いや、もの凄く可愛かった。その先がなければ……


『公にできたらどんなに幸せでしょう……。ああ、誰かに言ってしまいたい。でも無理ですよね』


 冗談じゃない。女神さまとのことを公にされた日には俺が全人類の敵に認定されてしまう。あの時は軽く脅迫をされているような錯覚を覚えてしまった。


『誰からも祝福されないなら……せめて小さな物で構いません、指輪が欲しかった……』


 その一言で指輪を贈る約束をさせられたことがフラッシュバックする。

 まあ、指輪一つで隠し通せるなら安いものだ。安いはずなのだが何か釈然としない。騙された気がするのは気のせいだよな。


 それにしても、全人類の敵か……冷静になってみると俺ってもの凄く危険な立場じゃないだろうか。

 おかしいな、この異世界を救うために頑張っているはずなんだが……


「フジワラ様? どうかされましたか? フジワラ様?」


 ラウラ姫の涼やかな声で現実に引き戻されると、俺は女神さまのことに思いを馳せていたのを誤魔化すように早口になる。


「ラウラ姫、少し早いですが昼食を兼ねて軍を休ませるようにお願いします。使者とは食事の前に会って、その後の対応を食事中に話し合いましょう。私も同席します」


「はい、そのように致します」


 心配そうな表情が消えて再び花のような笑顔が戻った。

 ラウラ姫のその言葉にローゼが身振りで周囲の近衛兵たちに指示を出すと、最小限の護衛を残して十数頭の騎馬が一斉に散った。


 ◇

 ◆

 ◇


 上空を飛ぶ二匹のワイバーンが地表に落とした影がみるみる小さくなっていく。仰ぎ見れば二匹とも急激に高度を上げていた。

 大きく旋回しながら上昇しているのがロビンの駆るワイバーン、そのさらに上空をなおも上昇し続けているのが黒アリスちゃんの駆るワイバーンだ。


 あんまり期待していない口調で黒アリスちゃんが切り出す。


「それで、今回の三人はどうでした?」


「今回も期待はできそうにないかな。いや、グランフェルト奪還の戦力としても戦後の国内への睨みとしても十分だし実際の戦争では役に立ってくれそうな人材はいた。だが、戦後の内政を担えそうな人材は今のところ判断保留だ」


 もっともその判断の基準となるのはセルマさんの作成してくれた人材のリストだったりする。セルマさん自身も『実際には会ってみないと判断がつかない人が多い』『埋もれている人材については不明』と言っている。そういう意味ではあまり色眼鏡で見ない方がいいのだろうが、領主、或いは要職にある人物と会話した限りでは期待は薄そうだ。


 俺と一緒にセルマさんのリストに目を通していた白アリが苦い表情をした。


「在野から探すにしても教育が十分に行き届いていないことを考えると裾野は狭そうね」


「視野を広げましょう。たとえば、他国の人材をスカウトするとかはどうでしょうか? この際贅沢は言っていられません」


 その言葉に聖女が打開案を示すが、即座に白アリから否定の言葉が出てくる。


「それって、グランフェルト奪還に協力した貴族からすればとても容認できるものじゃないでしょう?」


 聖女が言うような他国からの人材スカウトする案はリューブラント侯爵やセルマさんにも話をしてみた。だが答えは今の白アリが言うような理由で却下となった。

 理想と現実との違いだ。理想は能力のある者が功績を挙げて要職に就く。だが現実は戦後の要職は適材適所よりも功績のあったものへ報いるためのポストとなる。


 だがそれでも運営はしていかなければならない。

 結局は功績のあった者の下に能力のある者を就けて政務を回す。こうして苦労人のナンバー2とその部下たちが出来上がる訳だ。現実とは何と酷いものか。


 だが、聖女の言うように贅沢を言っていられないのは確かだ。苦労する人たちを探し出さないと俺たちが苦労することになる。

 

「要職のトップは能無しでも構わない。功績のある者、信用のある者にやってもらう。その下で頑張る人間を探そう」


 俺の苦肉の案を聖女と白アリが嬉々として膨らませていく。


「そうですね、出来るだけ文句を言わずに働く人間が望ましいです」


「ジェロームの友人たちやその部下で、教養はあっても商才が無さそうな人とか幸薄そうな人を引っ張り込みましょうよ」


 なんとなく、現代日本のサラリーマンに適性のある人たちを探そうとしているような気がするのは気のせいだよな。


「生贄に出来そうな人はとっとと結婚させちゃって、職場が嫌になっても簡単には逃げられないようにしましょう」


「そうね。戦争で女性が沢山余っているし、お見合いみたいな出会いの場を設けるのもいいわね」


 何だか酷い話を聞いている気がする。


「そのお見合いは絶対にビジネスになりますよ。ジェロームさんにお話を振りますか?」


「いいわね。アイリスの娘たちにも話をしておきましょう。彼女たちも適齢期だし職権濫用しょっけんらんよう出来るようにしてあげましょう」


 だんだん話がそれてきたな。修正するか。


「盛り上がっているところすまないが、今は戦後の人材確保の話だろう」


 俺の言葉に聖女が真っ先に軌道修正をした発言をする。


「読み書きは当然必要として、出来れば四則計算の出来る人たちがいいですね」


「そうなると甘やかされて育った貴族のボンボンよりも商人や役人にターゲットを変更した方が良さそうね」


 白アリはそう言うと突然俺の方へ振り向く。


「ミチナガ、セルマさんに言って人材確保の新しい生贄リストを作ってもいましょう」


 いや、生贄じゃないだろ。


 俺は再び楽しそうに会話を再会した白アリと聖女に向けて人材リストの再考を了解した。

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