第285話 誕生日プレゼント

 ベール城塞都市を発ったラウラ・グランフェルト辺境伯を総大将とする『グランフェルト領奪還軍』、一万余。対するグランフェルト領の兵士は三万。

 

 ラウラ姫救出時に囚われていた貴族たちやその縁者を解放している。

 どの程度の兵士を集められるかは不明だが、彼らとしてもこの戦いに参戦しなければ家が没落するのは必至。没落を望まない限りは参戦するだろう。


 両手で地図を広げた白アリが脚と体重移動だけで軍馬を操って俺の隣に並ぶ。


「ベール城塞都市に近い領主はともかく、グランフェルトに近づくにしたがって面倒になりそうね」


「面倒になりそうな領主は事前に手を打っておくんだろう?」


「うん。そのつもりなんだけど、使者になる人材が不足しているのよ」


 白アリはそう言うと苦笑しながら『いっその事、あたしが行こうかしら』などと物騒な事をつぶやいている。


 彼女の持つ地図を見やる。

 ベール城塞都市からグランフェルト領への進軍ルートと周辺に点在する領主たちの情報がびっしりと記入されていた。


 グランフェルト領への進軍しつつ周辺の領主たちをラウラ姫の陣営に取り込む。これの下準備を白アリと黒アリスちゃん、ロビンにお願いしていた。

 そのアウトプットのひとつがあの地図だ。

 白アリも書類仕事は得意だが、テリー抜きということもあり心配していたがあの地図を見る限り大丈夫のようだ。


「随分と細かく調べたな」


「まあねぇ」


 俺の視線の先が地図に書き込まれた領主たちの情報だと理解したのだろう。口角を上げると説明を続ける。


「貴族だけでなく探索者や傭兵、果ては民兵までもがテントに押しかけてきて情報を提供してくれたのよ」


「それで、この先にある三つの小領主にはもう使者を出したのか?」


「ええ、聖女が手懐けたチンピラたちを先行して出しているけど、黒ちゃんとロビンが少し前に後を追ったわ」


 先程陣営を離れた二匹のワイバーンがそうか。

 視線で先をうながすと白アリは楽しそうに話を再開した。


「先行させているチンピラは三人一組でチームを組ませて、全部で百名弱。領主に宛てたラウラ姫の親書を持たせてあるわ。親書の配達と同時にそれぞれの領地の様子も調べるようには言ってあるから、それなりに情報も持ち帰ってくるんじゃないかしら」


 口ぶりからすると情報の持ち帰りはあまり期待していなさそうだ。


「それを俺たちが中心になって最終交渉をする段取りだな?」


「そうなるわね。幾つかの領主にはセルマさんや縁故のある人たちを連れていくことになるでしょうね」


 そう言いながら得意気に地図に書かれている情報を示す。

 そこには領主ごとに、それぞれ縁故関係にある人名が並んでいた。


 ベール城塞都市からグランフェルト領を目指しながら、途中に位置する日和見領主たちを取り込んで数を揃える。


「そっちは頼む。それとは別に寝返り工作の方もラウラ姫と相談をしておく。戦うにしても数の差があるとそれだけで士気が落ちそうだからな。開戦前に少しでも増やさないと」


「できれば兵数で上回りたいけど――」


 白アリが地図に書き込まれている文字を確認すると視線を俺に戻す。


「――何とか掻き集めて二万程度じゃないかしら」


 そんなものだろうな。動員数五千の領主を寝返らせて同数、動員数一万の領主なら兵力は倍だ。

 まあ、問題はそれだけではないんだけどな。


「こちらは野心家の貴族とその縁者。さらに探索者や傭兵団、民兵などの寄せ集め感がそこはかとなく漂う軍団だ。それに比べてあちらは子飼いの小領主や正規兵が中心。民兵と探索者や傭兵団は少数だ。単純な兵数の問題だけでもない――」


 俺がそこまで話したところで反対側に馬を並び掛けたボギーさんが『絶望的だネェ』と割って入る。その表情と口調は実に楽しそうだ。


「何とも悪条件が揃ってるな。孫子から『戦うな』と怒られそうだ」


「楽しそうですね」


「ん? そりゃあ楽しいさ。目標がはっきりしていて、正義はこちらにある。強大な悪を敵に回し不利を覆して勝利する。心が躍るじゃねぇか」


 クククッと楽しそうに笑うボギーさんの向こう側に聖女が並ぶ。


「実際に親衛隊の騎士たちは士気が高いですよ。『亡国の姫君のために立ち上がる自分たちかっこいい』って感じで酔いしれている騎士がたくさんいました」


 亡国って、滅んでないからな。いやまあ、もうじきガザン王国は滅びるけどさ。

 聖女の言葉に白アリが即座に反応した。


「あの雰囲気を軍の若い男たちに伝播させられれば士気もあがりそうね」


「お姫さまは人気があるからナァ」


 ボギーさんの言葉に聖女がコクコクとうなずいて楽しそうに話す。


「本当ですね。ラウラちゃんと婚約する男性は後ろから刺されないように気をつけないと」

 

「刺されるって、大げさだな。狂信者じゃあるまいし」


 そう言った俺の隣で白アリのクスクスという笑い声に続いて弾む声が響く。


「そう? あたしだったら刺すでしょうねぇ」


「そうなのか?」


 俺のつぶやきに白アリが『ええ』とにこやかな笑みを返した。


 まずい。

 話がおかしな方向に進んでいる。


「フジワラ様ーっ!」


 突然背後から馬の駆ける音に混じって救いの声が響いた。

 ローゼだ。


「フジワラ様、よろしいでしょうか?」


 ローゼは駆け寄ると白アリやボギーさん、聖女を気にしながらうかがうように聞いてきた。

 俺は三人の反応を見ることなく即座に返事をする。

 

「ようっ! ローゼじゃないか。親衛隊長だって? おめでとうっ!」


「ありがとうございます」


 戸惑い気味に礼を述べるとそのまま本来の目的を口にした。


「ラウラ姫がお呼びです。馬車までご一緒願えませんでしょうか」


 何でこのタイミングなんだよっ!


 ◇

 ◆

 ◇


 路面が荒れている場所へ差し掛かったのだろう、ゴトゴトと車輪の音が響き、ラウラ姫の身体を大きく揺らしていた。


 馬車の外ではローゼが聞き耳を立てるかのように馬車の車輪に巻き込まれないギリギリの距離を保って馬を駆けさせている。

 彼女の乗馬技術ってこんなに高かったか?


「ミチナガ様、お呼びたてするような事になり誠に申し訳ございませんでした」


「いいえ、構いませんよ。ちょうど一息入れたかったところです」


 俺は今、ローゼに連れられてラウラ姫の馬車の中へと来ていた。しかも馬車の中に二人きりだ。

 先程まではセルマさんがいた。だが……


 セルマさんは引き止める俺に向かって穏やかにほほ笑むと有無を言わさずに入れ替わるようにして馬車から出ていった。

 親衛隊に囲まれたラウラ姫の馬車に白昼堂々乗り込む男。しかも傍目にはお付の侍女を追い出して馬車の中にラウラ姫と二人きりだ。


「その、わざわざいらして頂いたのは、その、お、お礼をと思いまして……」


 ラウラ姫は顔を真っ赤にしてリボンを解いたばかりの箱を自身の膝の上に置くと、ふたを両手でそっと開けた。

 蓋を開けるまでもない。中身は知っている。


「本当は直接お渡ししたかったのですが、出兵に際してあまり浮かれたことで目立ちたくなかったもので」


 アーマードスネークの鱗から削りだした素材をベースにブレスレットを作り、そのブレスレット全体を覆うように銀細工を施してある。

 ラウラ姫の誕生日プレゼントとして贈った物だ。


 俺はラウラ姫が手にしたブレスレットの説明を始めた。


「それは魔道具になっています。重力魔法の一つである、『重力障壁』が発動できるようになっています。また、万が一魔力不足となったときのために魔力貯蔵機能もついています」


「『重力障壁』?」


「はい、『重力障壁』は見えない盾です。強度はオリハルコンの盾を上回ります。ただし、魔力が尽きれば消えてしまいます。そのための魔力貯蔵機能です」


「もしかしたら、もの凄く高価なものではありませんか?」


 真っ赤だった顔を蒼ざめさせたので直ぐにフォローを入れる。


「アーマードスネークの素材はあまっています。お気になさらずに。それよりも万が一のときに私の贈り物がラウラ姫の身を守ってくれる方が嬉しいです」


 再び顔を真っ赤にするラウラ姫に『ご迷惑でしたか?』と付け加えて笑顔をみせる。


「いえ、そんな。凄く嬉しいですっ! ただ、そのう、サイズが……」


 調べたはずだったがサイズが合わなかったのか。女の子の十二歳といえば成長期だ。予想以上に大きくなっていたのかもしれない。


 ん? 片方のブレスレットを薬指に引っ掛けて遊んでいる?

 真っ赤な顔は相変わらずだし、よほど緊張しているのだろう、自分が何をしているのか分かっていないようだ。


 そんなラウラ姫をほほ笑ましく感じながら声を掛ける。


「サイズは直させて頂きます。ただ、職人さんがリューブラント侯爵の軍に随行してしまいましたので少しお時間を下さい」


「い、いえ、さ、催促をしているのではありません。ご、誤解なさらないで下さいっ」


 相変わらず真っ赤な顔で勢い込むラウラ姫はそのままの勢いで口走った。


「な、なんの前触れもなく、こ、婚約指輪をい、頂いて、ちょっと、気が動転しているだけですっ!」


 顔どころか、開いた胸元まで真っ赤にして『スペアまで頂けるなんて』とか口走っている。

 婚約指輪のスペアって何だよ。


「それ、ブレスレットです」


「え?」


「ブレスレットです」


「そ、そうですよね? 私も、な、何だかおかしいなあって……」


 真っ赤な顔を白くして、わずかに開いた口元から乾いた笑いが漏れている。


「そのう、セルマが婚約指輪だって教えてくれて――」


 気のせいだろうか、ラウラ姫の目に光るものが見える。


「――サイズが合わないって言ったら、『殿方はこういう事に疎いものですから』って。それで私……私、そこからよく憶えていません……」


 セルマさん、どんな魔法を使ったんだよ。

 何だかラウラ姫が気の毒になってきた。


「ラウラ姫、今はお一人になりたいでしょう」


 虚ろな目に光るものを浮かべたまま固まっているラウラ姫にそう言い残すと白アリたちのもとへと戻った。

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