第284話 ラウラ・グランフェルト辺境伯、進軍
テリーとテリーの奴隷四人、カズサ第三王女一行はリューブラント侯爵とカナン王国軍と共に王都へと向かう。
そして残るチェックメイトのメンバーはラウラ・グランフェルト辺境伯と共にグランフェルト領を目指す。目的はグランフェルト領奪還。
新生グランフェルト軍とはいっても内情はお粗末なものだ。
兵士の大半は探索者や傭兵、果てはランバール市からリューブラント侯爵のところへ向かう間に演説した町や村の若者たちが駆けつけてきている。
もちろん数こそ少ないが領主貴族が派遣した兵士たちもいる。だがそれを指揮するのは領主本人や実績のある将軍たちではなく、なんの実績もない歳若い次男や次女などだ。
領主本人や跡取りが同行することはない。
何しろグランフェルト領を奪還に協力したところでたいした領地は貰えない。
探索者や傭兵、陣借りをするような地方領主の次男や次女以降の者たちならいざ知らず、大きな兵力を有する領主貴族たちが付き従うことはない。
そんな寄せ集めの軍団の中にあって一際異彩を放つ一団が四つ。
グランフェルト奪還軍の先頭にいる水色の髪をした騎士が馬上で高々と右手を挙げる。白銀の鎧は朝日を反射し、紫紺のマントが風になびく。貴公子然とした容貌もあって絵になる男だ。
第一王子と第二王子を討ち取った報告をしていたときの興奮しきった表情と、オリハルコンの剣と槍を手に高鳴る衝動を無理やり抑えつけて冷静さを装っている表情とのギャップが脳裏をよぎる。
「ラウラ・グランフェルト辺境伯軍、これよりグランフェルト領へ帰還するっ!」
フレデリック・マーロン子爵のよく通る声が響く。そして振り上げられた右手が勢いよく振り下ろされた。
「全軍、出発っ!」
彼の号令一下、グランフェルト奪還軍、一万余りがベール城塞都市の南門を出発する。
寄せ集めの軍団とはいえ、幸いにして軍を四つに編成するだけの人材は揃った。
第一陣にフレデリック・マーロン子爵を主将とした二千の兵、第二陣にアラン・マルゴ士爵率いる一千、第三陣にジュリア・パーマー士爵率いる一千。
第四陣である本軍にラウラ・グランフェルト辺境伯率いる五千、そして最後尾の第五陣が一千。率いるのはコロナ・カナリス――カナリス準男爵家三女、ネッツァーさんの孫娘だ。
ローゼは一気に昇進して親衛隊長として五百の兵士を指揮下に、本軍を構成する一翼を担っていた。
俺たちチェックメイトも遊撃隊兼監察官として本軍に所属している。
◇
本軍の出発を待つ間に俺と同じように視覚と聴覚を飛ばしていたのだろう、ボギーさんがからかうような笑みを浮かべた。
「フレデリックの坊や、張り切っているじゃネェか」
「フレデリック・マーロン子爵って、昨日ミチナガさんのところへ挨拶に来ていた方ですよね?」
「そうですよ。中央兵舎に一番乗りをした方で、今この陣営で最も未婚女性の注目を集めている青年子爵です」
黒アリスちゃんと聖女のやり取りに俺と白アリが視線を交わす。
昨日、供も連れずに一人で訪ねてきたマーロン子爵の応対をしたのが俺と白アリだった。
「マーロン子爵に注目しているのは未婚の女性だけじゃないの。年頃の娘を持つ親は皆注目しているみたいね。マーロン子爵がこっちの軍に編成されたのを知って急遽送り込まれた娘さんは両手に余る数よ」
白アリの言うとおり、随行させていた娘を急遽騎士や魔術師に仕立て上げて送り込んできた貴族のなんと多いことか。
本軍五千のうち数百名はそんなふうに送り込まれた年頃の娘とその側近や護衛たちだ。
「貴族たちがなんで年頃の娘さんを随行させているのか不思議でしたが、こういう機会を逃さないためなんですね」
黒アリスちゃんはあきれているが、俺から言わせれば貴族とその娘たちの根性は見上げたものだ。それに狙う相手も間違っていない。
昨日俺のところへ来たマーロン子爵……清々しいほどに行動原理が明瞭だった。
昨日の会話が脳内に蘇る。
▽
▽
▽
俺たちの昼食が終わるのを待っていたかのようなタイミングで訪ねてきた。
それも現役の貴族が供も連れずにたった一人でだ。
ミレイユからフレデリック・マーロン子爵が単身で訪ねてきたとの取り次ぎを聞くなり、傍らでお茶を飲んでいた白アリが俺に視線を向ける。
「フレデリック・マーロン子爵って、昼食のときに話題に上がった目端の利く青年貴族よね?」
「ああ、そうだ。戦後は新王国でも重用されるのは間違いないだろうな」
俺たちの報告を信じて他の貴族たちよりも頭一つ抜きん出た武勲を上げた男だ。さて、その将来有望そうな青年貴族がどんな用件で訪ねたきたのかな。
面白そうだからと付いてきた白アリと一緒に、マーロン子爵の待つ中央兵舎の一室へと向かった。
◇
「遅くなって申し訳ございませんでした」
注目のマーロン子爵がどんな理由で訪ねてきたのか、あれこれと想像しながらミレイユに案内された部屋の扉を開けると、そこには深々と
何をやっているんだ、こいつはっ!
「マーロン子爵、頭を上げてください」
誰も見ていないくて良かった。
傍から見たら俺たちが
「先触れもなしに訪ねてきたのはこちらです。明日の出陣を控えてお忙しいところ申し訳ございません」
再び最敬礼するマーロン子爵の頭を上げさせる。
「いえ、お気になさらずに。貴方は貴族で私たちはただの探索者でしかありません」
「何を仰います。同盟国であるカナン王国から派遣された貴族であり、ベール城塞都市攻略の立て役者ではありませんか」
「貴族といっても叙爵されたばかりです。それに士爵ですからマーロン子爵よりもずっと格下です。ベール城塞都市攻略も裏でコソコソとしていただけです」
なんとも調子の狂う貴族だ。
さらに『ベール城塞都市の英雄』や『ラウラ姫救出』、『ダナン砦攻略戦』などを次々と持ち出してしきりにこちらを持ち上げてくる。
「どれも運が良かったのと、一緒に戦ってくださった方が優秀でしたので結果が残せただけです。同じ事をしろと言われてもできないでしょう」
「では、そういう事にしておきましょう」
爽やかな笑顔でそう答えるマーロン子爵に椅子を勧め、これ以上おかしな方向へ進まないように話題を切り替える。
「それよりも、今日はどのようなご用件で来られたのでしょうか」
マーロン子爵は俺の言葉に居住まいを正して表情も引き締めると、爽やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「私は野心家です。名誉と地位はもちろんですが、本当に欲しいものは、より豊かな領地と権力です。戴く王は誰であっても構いません」
突然何を言い出すんだ、こいつは。
政敵にでも聞かれようものなら足をすくわれそうな内容だった。もちろんそれを黙って聞いている俺たちも同様だ。
「巻き込むつもりかしら」
同感だ。
白アリのささやきが耳元で聞こえる。それをかき消すようにマーロン子爵の言葉が続く。
「今から、グランフェルト奪還軍への参加をリューブラント侯爵に直接申し出ます」
順番が違うだろう。先にあっちに行けよ。
そんなことを他の貴族が知ったら、益々俺たちが調子に乗っていると思われるだろう。いや、そう決め付けてある事ないこと触れ回りそうだ。
「理由はチェックメイトの皆さんと行動を共にする方が武功を上げられると考えたからです」
今回、軍を二つに分ける。
リューブラント侯爵を総大将とした『王都攻略軍』とラウラ姫を総大将とした『グランフェルト領奪還軍』だ。
ほぼ全ての者が『王都攻略軍』に参加したいと願っていた。ラウラ姫の直臣を狙っている者たちの中にさえ『グランフェルト奪還軍』はハズレだと思われている。
そんな中あえて俺たちと一緒に『グランフェルト奪還軍』へ参加する方を選ぶのか。
「マーロン子爵、何を期待しているのかは知らないが、俺たちのことを買い被りすぎると後で悔やむことになりますよ」
「そうね。たとえば、あたしたちの後を付いてきて手柄を拾おうと思っているならやめた方がいいわね」
俺と白アリの言葉にマーロン子爵がゆっくりと首を横に振る。
「武功は己の力で立てます。ただ、皆さんと一緒の方が武功を立てる機会が多いことと、より大きな武功を望めるからです。小さな武功を安全に拾おうとは思っていません」
口だけではなく、実際に武功を上げてみせた。
それにマーロン子爵の勘は間違っていない。今回の『王都攻略軍』の最も大きな戦闘は『金色の狼』相手のベール城塞都市防衛だろう。
「ふーん。大きな武功を立てて何を望んでいるのかしら」
白アリのうかがうような言葉に何を勘違いしたのか、マーロン子爵はこの会話の中ではじめて顔色を変えると慌てて早口に言葉を紡いだ。
「誤解なさらないで下さい。決してラウラ様を手に入れようなどといった大それたことは考えておりません。ましてや、チェックメイトの皆さんを敵に回すつもりもありません』
余計な事は言わなくてもいいんだよっ!
機を見るに敏ではあるが、今ひとつ空気を読めない男なのかもしれない。
俺は傍らで表情を固くする白アリには気付かない振りをしてマーロン子爵に問い掛ける。
「言い方を変えよう。『グランフェルト奪還軍』に志願するのは武功を上げられそうだという以外――たとえば、ラウラ姫に恩を売ってリューブラント侯爵の覚えをめでたくすることで何を望んでいる?」
マーロン子爵は自身の口角が上がるのを隠そうともせずに俺のことを見返す。
黙って笑みを浮かべる彼に向けて俺は言葉を続けた。
「こちらとしても、意を汲んで動いてくれる指揮官は欲しい。俺たちに望むものはなんだ? こちらとしてはそれに見合う働きを要求するだけだ」
武功に応じて褒美を受け取るのではなく、成果を約束してそれに見合う報酬を事前に約束する。
さて、何を要求してくるのか。
「ささやかな願いです」
マーロン子爵は爽やかな笑顔でそう前置きをして語りだした。
何が『ささやかな願いです』だ。会っていきなり、『私は野心家です。名誉と地位はもちろんですが、本当に欲しいものは、より豊かな領地と権力です。戴く王は誰であっても構いません』とか言ってたのは誰だよ。
「実はチェックメイトの皆さんにお願いしたいのは――――」
その後に続くマーロン子爵の要求に俺と白アリは顔を見合わせながら、こちらの要求を積み上げていった。
▽
▽
▽
フレデリック・マーロン子爵。なるほど、たいした野心家だ。
彼の出陣の号令を聞いて同じように昨日のことを思い出していたのだろう。白アリが楽しそうに話し掛けてきた。
「どこまで頑張るかしらね」
「どこまでやるかは知らないが、ライバルは多そうだ」
「アラン・マルゴ士爵とジュリア・パーマー士爵のこと?」
「ああ、ベール城塞都市での勲功第一位のフレデリック・マーロン子爵の動きを察知して同じように動いた」
そう、野心家は彼だけではなかった。
アラン・マルゴ士爵とジュリア・パーマー士爵がマーロン子爵に続いてリューブラント侯爵のもとを訪れたそうだ。理由は同じ。『グランフェルト奪還軍』への参加の嘆願。
「察知ネェ、監視してたんじゃネェのか?」
身も蓋もないボギーさんの言葉にチェックメイトのメンバーから苦笑が漏れる。
その二人も、機を見るに敏と言って差し支えないだろう。
「私たちからすればマーロン子爵に頼んだ『お願い』を他の人がやってのけた方が骨を折らずに済むから楽ですね」
「聖女さん、それは違いますよ。マーロン子爵が私たちの手助けで要職に就いてくれた方が後々便利になります」
「そうですよ。マーロン子爵には頑張ってもらわないと」
コロコロと笑いながら目先の事に囚われた聖女の発言を黒アリスちゃんとロビンがたしなめる。
フレデリック・マーロン子爵だけでなく、アラン・マルゴ士爵とジュリア・パーマー士爵も武功次第では重用される。
リューブラント侯爵から、『三人の働きに注目して報告してほしい』と依頼があった。
その他にも『王都攻略軍』に参加する貴族たちは何らかの縁故や息の掛かった探索者、傭兵団をこちらへ送り込んでいる。
それぞれに思惑があるのは確かだが……さて、どう利用させてもらうか。道中、ゆっくりと考えるか。
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