第283話 合流

 カーンッ! カーンッ!


 工房に金属をハンマーで鍛える音が響き渡る。

 ベール城塞都市、中央宿舎内にある工房に俺たちチェックメイトのメンバーとリューブラント侯爵の抱える鍛冶師や魔道具職人が詰めていた。


「暑いよー。ミチナガー、外で遊んでてもいい?」


 ハンマーを振るっている俺の背後からマリエルの声が聞こえた。


 やれやれ、あれほど注意したのに。

 作業の手を止めて声の方に向き直ると十二単じゅうにひとえを着たマリエルと中世ヨーロッパ風の厚手のドレスを着たレーナがぐったりとした様子でホバリングをしていた。


 誰の影響かはしらないがレーナも着る服が凝ってきたな。

 暑いのはこの部屋の問題もあるが二匹の服装にも多分に問題はある。だがそれには触れないことにしよう。


「ねー、いいでしょう。テリーはレーナに『いいよ』って言ってたっ」


「分かった。しばらく外で遊んでろ。ただし、遠くには行っちゃだめだからな」


 先ほど、ベール城塞都市市内を引き回されている『王の剣』と『王の盾』の見学に行くといって、揚々と出掛けた聖女を二匹が羨ましそうに見ていたのを思い出して付け加える。


「間違っても聖女の後を追いかけて市内に出たりしたらダメだからなっ」


「大丈夫、そんなことしないから」


 大丈夫の根拠を聞きたいところだがそれはまたの機会にしよう。空中でレーナとハイタッチをして喜んでいる二匹を送り出したところでテリーが声を掛けてきた。


「リューブラント侯爵から頼まれた数は揃ったがどうする? 俺としてはせっかくなんでもう少し練習をしておきたい」


 視線をティナたちに走らせ、わずかに口角を上げると『もっとも、あの四人にもスキルを覚えてほしいってのもあるんだけどな』と付け加える。


 リューブラント侯爵からの依頼は『巨大な槍や戦斧は不要だ。オリハルコンを素材とした実用的な武具が欲しい』というシンプルなものだった。


 先日、マーロン子爵に与えたように武功を上げた者に対して褒美として与えるのが目的だ。武人が主な対象となるため受け取った後に実戦で使えるというのが望ましい。

 実用的とは言っても適度に華美な意匠を凝らしたもので見栄えが欲しいようだ。


「そうだな、試作品もいろいろと作りたいし、もう少し続けよう」


 この何時間かで作成した武器や防具が無造作に置かれているテーブルに視線を向ける。

 長剣と槍を中心に短剣や盾などが十数点。テリーがそのうちの一つ――俺の作成した盾を手に取る。


「試作品って、このおかしな盾のことか」


「おかしくないだろう。実用的だ」


 失礼なヤツだ。自分で作ったおかしな剣を棚に上げて俺の会心の作を『おかしな盾』などと。

 ティナがテリーが手にしている盾を覗き込む。


「七つの属性を持った盾と説明されていたものですね」


「ああ、その通りだ。土・水・火・風・光・闇・雷の七属性を有する、世界にも類をみない盾だ」


 高さ百六十センチメートル、幅八十センチメートル、厚さ三センチメートルのタワーシールドで百四十センチメートルほどのところにスリットが入っており、盾の内側から外側をうかがえる。

 少しばかり大きいがオーソドックスな外観の盾だ。

 

 盾の表面にはこの世界の神話に登場する七人の精霊のレリーフが形取られている。


「精霊たちは何を担いでいるのでしょうか?」


「バズーカ砲だ」


 神話と違うところは七人の精霊がそれぞれバズーカ砲を構えているところくらいだ。そしてこのバズーカ砲が肝となる。

 バズーカ砲が分からないのだろう、キョトンとするティナにバズーカ砲の説明を省いて、盾の機能説明を続けた。


「このバズーカ砲の砲口の部分から、描かれた精霊の属性と同一の属性魔法が放出できる。そして、使い手の魔力が尽きるまで任意の属性の攻撃魔法を撃ち続けることができる訳だ」


 イメージとしては持ち運び可能な簡易固定砲台。敵が近接する前に砲撃で仕留める。

 もちろん使い手は固定ではないので次々と盾を持つ人間を代えれば攻撃魔法を撃ち続けることができる。


「それ、盾である必要はないんじゃないのか?」


「盾だと思ってのこのこ近づいてきたところを攻撃魔法で砲撃する。もちろん盾としても十分に機能する」


 これをずらりと横列に並べて騎馬の突撃を誘う。近づいてきたところで一斉砲撃、いいかもしれない。

 或いは横列に並べて一斉砲撃しつつジワジワと戦線を押し上げることもできそうな気がする。そうなると盾として利用するよりも数を揃えて前線の簡易防壁として利用した方がよさそうだ。


 説明を中断して考え込む俺をよそにティナがテリーの持つ盾をコツコツと叩く。


「これ全部オリハルコンなんですか? 重そうですね」


「俺が軽々と持っているからそうは見えないかもしれないが、実際かなりの重量だぞ」


「重量軽減の魔法を付与してあるから魔力を流したり止めたりして、重くしたり軽くしたりできるようにはしてある」


 運ぶのにも魔力が必要となると身体強化のスキルや大量の魔力を保有していない兵士には重荷でしかないか。


「使いどころと使う人間を選びそうな盾ですね」


 ティナ、その笑顔と同じような感じの引きつった笑顔をつい先程も見たよ。今も工房にいる匠たちにその盾を見せたときにな。


 俺がティナと微妙な空気の中でお互いに笑顔を向け合っていると突然背後から叫び声が聞こえた。

 マリエルだ。工房の窓辺で空を指差している。


「来た、ワイバーンだよ」


 作業道具をそのままに工房の窓辺へと駆け寄り、窓から身を乗り出すようにしてマリエルの示す先に目を凝らす。だが、身体強化されている俺の視力でも何も見えない。

 相変わらずどういう目をしているのか。まあ、頼もしい限りだな。


 周りにいる鍛冶師や魔道具職人たちも手を止めて他の窓から顔を出した。そして何事かと俺が見つめる先、グルム山脈の尾根へと視線を向ける。

 皆、不思議そうに空を見ている。中には小首をかしげている人もいた。


 そりゃあ、見えないよな。

 俺は頭上でホバリングしているマリエルを振り仰ぐ。


「白アリたちか? 全員揃っているのか?」


「うん、皆いるよー」


「ミチナガ、聖女を呼び戻しておいた方がいいんじゃないのか?」


「そうだな。俺は帰還の合図を出すから工房内に予定の変更を伝えてくれ」


 俺は中央兵舎の中庭へ移動すると上空へ向けて帰還の合図である爆裂球を打ち上げた。


 ◇

 ◆

 ◇

 

 合流後、昼食を摂りながらお互いに報告をし合っていた。

 中央兵舎の中庭を借りきって、いつものように大理石の大テーブルを幾つも並べている。


 そのテーブルの上には白アリが先頭に立って作った料理の数々が並んでいた。

 そのほとんどはこれまでも食べてきたものだ。


『羊肉とキノコの卵とじ』

『ローストビーフ』

 地球にいたときに普通に食べていた。


『山鳥のトマト煮込み』

『ワイルドボアの角煮』

『ワイルドボアのブラッディソーセージ』

 こっちに来てはじめて食べたが最近では慣れたし味もよい。


『ハイビーの幼虫のパイ包み』

 見た目さえ気にしなければ地球でも似たような料理はあった。


『グルムゴートと野菜のスープ』

 まあ、山羊肉だ。

 それにシドフでも散々食べた。少なくともシドフで食べたグルムゴート料理より見た目はよい。


『ユニコーンのステーキ』

 初めて食べる、というかユニコーンなんて見たことないぞ。

 だがまあ、馬肉なんだろう。


 ここまではいい。

 

『バジリスクのシチュー』

 バジリスク? 

 誰だよ、お前。いつ食材に加わった?


「このバジリスクっていうのは美味いのか?」


 バジリスク料理を見つめていても埒が明かない。比較的まともな回答が得られそうなロビンに耳打ちをする。


「山鳥よりもクセがあるので好みは分かれそうですね。一昨日『タンドリーチキン風』にしたときは肉が硬くて不評でした」


 今回はシチューなので肉も柔らかくなっているだろうから、それなりに期待をしているらしい。

 バジリスク……毒があったような気もするが周りを見る限り普通に受け入れているようなのできっと大丈夫なのだろう。


 俺のささやかな不安をよそにアイリスの娘たち六人を含めてチェックメイト全員での食事が始まった。


 ◇


 バジリスクのシチューを平らげた白アリが満足気に口を開いた。


「『金色の狼』、なかなかに人格者だったわ。結局最後まで怒らせることができなかったの、つまんなかったなあ」


「そんなに手強かったのか?」


 ニヤニヤと思い出し笑いをしている白アリを見る限り、決して『つまらなかった』などということはなさそうだ。

 つまらない作戦だったかもしれないが彼女なりに楽しみを見出していたのだろう。


「ルウェリン伯爵軍はもちろんリューブラント侯爵軍だったら、一部の部隊が暴走して略奪に走ったり頭に血が上って無茶な進軍したりしてそうだったけど、そんなことなかったわ」


「この世界の軍って浅慮で粗野なイメージを持っていましたが、『金色の狼』をみて考えを改めました」


 酷い言われようだな。

 白アリと黒アリスちゃんの遠慮のない意見に苦笑いを浮かべると、火の着いていない葉巻をもてあそびながら口を開く。


「ありゃあ、ちょっとやそっとの揺さぶりじゃあ崩れそうにネェぞ」


 ボギーさんもバジリスクのシチューを平らげたようだ。だが、特に体調不良を訴えることもなく話を続ける。


「知将とか知略云々以前の問題だ。『金色の狼』の強さの一つは指揮官が人格者だってこと、もう一つは規律・統制のとれた軍団だってことだな」


「あの統制のとれた軍団でさらに知略が加わるのは厄介ですよ。もっともこの世界で知略と呼ばれるものが本当に警戒すべきかは疑問ですけど」


 そんなロビンの懸念と希望的観測を否定する。


「間違いなく知恵も回るようだ」


 リューブラント侯爵とルウェリン伯爵に『金色の狼』のかかわった戦闘記録を見せてもらった。

 地形に応じて臨機応変に陣形を組んで多彩な戦術を繰り出していた。突発的な事故や奇襲に対しても慌てることなく実にスムーズに対応をしている。


 特筆すべきは移動にしても命令伝達にしても速度が伴わなければ不可能だということだ。


「『金色の狼』が率いる軍団の特徴は兵を展開する速度と、それを支える情報伝達速度が他の軍に比べて異常に早い。戦うとしたらその情報伝達速度の速さの理由を探し出して事前に潰しておく必要がある――――」


 俺は戦闘記録のあらましとそこから読み取った内容について皆に語った。


 もちろん、結論は『金色の狼』との戦いを避けることに変わりはないと、改めて伝えるためにだ。

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