第282話 軍議と褒美

 甲冑姿のリューブラント侯爵が立ち上がると全員の視線が注がれる。


「皆、この度のベール城塞都市攻略戦、よくやってくれたっ! 改めて礼を言おう――――」


 リューブラント侯爵のありきたりの挨拶から始まった報告会は列席した者たちに、自分たちの眼前に広がる未来に希望と幻想を抱かせるのに十分だった。


「エドワード・ガザン国王はあろうことか、国のために戦っている兵士や民衆を置き去りにして単身敵前逃亡を図っていた」


 リューブラント侯爵は『昨日まで王として戴いていたかと思うと悲しいやら腹立たしいやらだ』とこぼしてさらに続ける。


「この恥知らずの王の後を追う形でベール城塞都市に駐留していた軍も敗走している。そして第一王子と第二王子はフレデリック・マーロン子爵の手によって討ち取られた。さらに主立った将軍も討ち取るなり捕縛するなりしてある。敵にはまともに戦いの指揮を執れる人材はいない」


 そこから始まる戦況の説明に続いて、『王の剣』と『王の盾』の両将軍も捕縛済みであることが最後伝えられる。

 すると、列席者たちの間から次々と笑い声が上がった。失笑、苦笑といったレベルじゃあない。思い切り笑い飛ばしている人たちも多数見受けられる。


 皆彼らの状態を知っているようだ。

 笑っていなかったのは末席に追いやられた二人。『王の剣』と『王の盾』を捕縛連行してきた二人の貴族、そして下を向いて顔を赤らめているラウラ姫とカズサ王女くらいだ。


 そして、次の標的が王都ガザンとグランフェルト領であることが伝えられる。


「この会議の後、カナン王国王弟及び今回の遠征軍の総大将であるルウェリン伯爵と会談を持つ。その会談後にラウラ・グランフェルト辺境伯率いる一軍はグランフェルト領奪回のためグランフェルトへ向けて進軍する」


 そしてほとんどの領主が参戦する主力軍についてリューブラント侯爵が触れる。


「ベルエルス王国のアンセルム・ティルス公爵が既に旧ガザン王国の国境を越え、このベール城塞都市へ向かっているとの報告も入っている。到着は四日後」


 アンセルム・ティルス――『金色の狼』がこちらへ向かっているとの情報に、苦い敗戦の記憶を呼び覚まされた者も相当数いるようだ。

 列席者の表情がみるみる変わっていく。


 ある者は能面のように表情をなくしある者はその顔を蒼ざめさせる。下を向いたまま顔を上げようとしない者もいた。

 先ほどまでの戦勝に緩みきった雰囲気が消し飛んだ。


「こちらに向かっている『金色の狼』は、既にチェックメイトの別働隊が遊撃戦を仕掛けて疲弊させてある。報告では食料も底をつき狩りをしながらの行軍だそうだ」


 周囲の反応とは違ってリューブラント侯爵の口調は終始『金色の狼』を小ばかにしているようだ。

 皆の様子を確認するようにそこで一旦言葉を切ると諸侯たちを見回す。そして力強い口調に急変する。


「ここ、ベール城塞都市で迎え撃つ!」


 その力強い言葉に下を向いていた列席者たちの顔が自然と上を向く。


「恐れることはないっ! ベール城塞都市から落ち延びた兵士と合流するだろうが所詮は敗残兵と長期の遠征で疲弊しきった兵士たちだ。士気などないに等しいっ! 我々は難攻不落、鉄壁と謳われたベール城塞都市を一夜にして落としたっ! 次は不敗の神話をもつ『金色の狼』を叩く!」


「『金色の狼』を叩いた後は掃討戦だ。主力軍はカナン王国軍と協力して王都ガザンまで攻め上る。武功を上げるチャンスはこの王都戦までだろう。いや、はっきり言えば王都戦はおまけだ。『金色の狼』との一戦が君たちと君たちの子孫の将来を決める戦いだと肝に銘じてくれっ」


 続いて処遇に触れる。


「王都攻略後、新王国を建国するっ! 当然新王国をささえる君たちには爵位と領地、役職を新たに用意するつもりだ。その源泉となるのが今この場にいない間抜けどもだ。いまさら駆けつけてきたところで所領安堵などないっ」


 皆、予想はしていても口にすることはなかった。だが、リューブラント侯爵は初めて新王国建国を明言した。

 加えて、この場にいない貴族たちの領地を召し上げてでもこの場にいる者たちに報いるとの意思も示した。


 列席者たちの顔つきが変わった。辺りからどよめきと歓声が上がる。

 誰もが野心家の目をしている。


 彼らにしてみれば今この場にいるだけで、それが功績と認められるのだ。まして、これから功績を挙げればどこまでの出世栄達が望めるか知れない。

 興奮して自然と鼻息も荒くなる。


 リューブラント侯爵が口をつぐんだのを合図に列席者たちが思い思いに話し出した。


「疲弊した『金色の狼』とはにわかには信じられませんが、もしそれが本当なら千載一遇の好機ですな」


「疲弊はともかく食料が底をついているだけでもありがたい」


「そんな軍団にガザン王国国王、エドワード・ガザンを筆頭に落ち延びた兵士たちが合流するわけですな」


「それはまた気の毒な」


「こうなると兵士たちを逃したのは幸いだったよ。まったく何が幸いするかわからんな」


 事ここに至ってまだ逃がしたと思っているのはおめでたい。聖女があざけるような視線を向けているが、まさにその通りで彼らに明るい未来はないだろう。

 目端の利く連中は俺たちが裏で動いていたと考えている。実際にこの会議の前に数名の貴族と有力な傭兵団や探索者の何人かがコンタクトをしてきた。


 目的は共通していた。

 不自然に大勢の兵士が落ち延びた理由と今後の展望を知るためだ。そしてそいつらは揃って舌舐めずりをせんばかりだ。


「王都とここを結ぶ領地はどこも豊かだ。被害を最小限に留める必要があるな」


「まったくです。狩り程度ならいいですが、略奪をされると後々の統治に響きますからね」


 アンセルム・ティルス将軍が接収をすることは無さそうだが、エドワード・ガザン国王とその兵士たちが合流すれば、彼らによって接収が行われる可能性は大きい。

 もちろん、そうなるようにボギーさんたちが手を回している。


 だが、もっと酷い連中もいる。


「しかし、噂のチェックメイトも『金色の狼』との戦いは避けたようだな」


「城壁を壊すことは出来ても本物の軍とは戦えないといったところでしょう」


「所詮は探索者、智恵の回る人間相手では荷が重いのでしょう」


「魔物相手に戦っているのがお似合いだな」


 気の毒にまだこの席順の理由が分かっていない人たちがいるようだ。

 俺が同情の目で見ていると、隣の聖女が穏やかな笑みを浮かべてメモを取りながらささやく。


「何を言っているんでしょうね、あの人たちは」


「身分ボケした連中のようだな」


 席順の理由を分かっていないのはどいつもこいつも既得権益を抱え込んでいる貴族たちだ。功績に関係なく身分によって評価されると思っているのかもしれない。


「思いしらせてやりましょうよ」


 聖女の手元をみると殴り書きのようなメモがある。よほど頭にきたんだな。


「主力軍はベール城塞都市にてベルエルス王国の侵略軍を撃退後、逃走したエドワード・ガザンとその敗走する兵士追撃し旧王都であるガザン市へ向けて侵攻するっ!」 


 リューブラント侯爵の声が一際響く。

 見込みのある者も間抜けたちも皆が一斉に口元を引き締めてリューブラント侯爵を見ている。野心に満ちた目だ。


「解散する前に」


 そんな彼らを見回した後で一人の青年貴族へ笑顔と視線を向ける。するとリューブラント侯爵の背後に控えていたネッツァーさんが彼の名を呼んだ。


「フレデリック・マーロン子爵っ、前へ!」


「はいっ!」


 弾かれたように立ち上がったのは俺たちの言葉を信じ、全軍騎馬という思い切った部隊構成でこの戦いに挑んだ男だ。そして見事に結果を出した。


 ガチガチに緊張した面持ちでリューブラント侯爵の前に進み出た青年貴族。

 彼の前に十本の長剣と十本の槍が並べられた。


「どれでも好きな剣と槍を選びたまえ」


 リューブラント侯爵のその言葉に眼前に並べられた剣がこの度の褒美として与えられるのだと理解したようだ。だが、マーロン子爵表情から、わずかな失望がうかがえる。

 それに反して周囲の諸侯たちの表情には安堵が見られた。


 ここに列席する面子がいくら競争相手とはいえ露骨過ぎな。

 

「少し不満そうですね」


「まあ、ものを知らないんだから仕方がないだろう」


 そりゃあ、今回の中央兵舎への一番乗りだけでなく第一王子と第二王子を討ち取っている。その褒美として考えれば剣と槍の一本ずつでは納得しないだろう。


「ありがとうございます」


「今日の功績をこの程度のもので帳消しにするつもりはないから安心しろ。この程度の褒美はあくまでも景気づけだ」


 快活に笑うと戸惑うマーロン子爵の肩を叩いて、周囲の列席者にも聞こえるように陣幕内に声を響かせる。


「ここに並ぶ長剣と槍は何れもオリハルコンで作られた逸品だ。刃の部分は全てオリハルコンで出来ている」


 リューブラント侯爵は数本の槍が刃だけでなく柄までもがオリハルコン製であることを付け加えた。

 するとマーロン子爵が息を呑んでその動きを止めた。


「えっ! オリハルコン?」


 列席者たちも並べられた長剣や槍に目を奪われている。驚きは言葉となって伝播していった。


「あれほどの量のオリハルコンなんて見たことがない」


「本当なのか……」


「信じられん……」


「あれが、オリハルコンなのか?」


「いや、オリハルコンの武器があれほどあるなんて聞いていない」


 そんな列席者の言葉など歯牙にもかけずに、なおも戸惑いを隠せないでいるマーロン子爵に語り掛ける。


「ダンジョンで入手した原石をもとに私のところにいる鍛冶師や魔道具職人に作らせたものだ」


 いや、それは違う。

 そこに並んだ長剣と槍の半数以上は俺たちが練習がてらに作ったものだ。自然と俺とテリー、聖女の視線が交差する。二人とも言いたいことは山のようにありそうだがそこは空気を読んで口をつぐんでいる。


「遠慮は無用だ」


 そりゃあ、リューブラント侯爵からしたら腹は痛まない。


「はいっ、あ、ありがとう……ございますっ!」


 マーロン子爵は感涙にむせびながら深々と頭を垂れる。

 事情をしらないとオリハルコンという素材だけでありがたく感じるんだな。希少性だけでなく実用性も高いのでこれから武勲を上げようという野心家には喉から手が出るほど欲しいものかもしれない。


 周囲の列席者たちはこうも簡単にオリハルコンの武器を手放すリューブラント侯爵の気前の良さに驚き、これから先の褒美に期待を顕わにしている。

 そして、剣と槍を手にしたマーロン子爵には羨望と妬みや嫉みの視線が注がれた。


 その視線のなか誇らしげに一本の長剣を手に取ると鞘から抜いて高々と掲げる。


 歓声と拍手が沸き起こる。


「あの剣は白姉が作成したものですね」


「ん? ああ内緒にな」


 やめてやれよ。聞こえたら可哀想だろう。


 続いて一本の槍を手にしたマーロン子爵が、列席者の方へと身体の向きを変えると二つのオリハルコンの武器を高々と掲げた。

 歓声と拍手はいっそう強くなる。


「あの槍は私ですよ、私が作ったんです」


 槍を指差して嬉しそうにはしゃいでいる。

 だからやめてやれよ。事実をしったら本人だけでなくリューブラント侯爵まで恥を掻くことになるんだぞ。


 歓声と拍手の中、軍議は幕を閉じた。

 さて、ボギーさんたちが帰り次第、俺たちの方も作戦会議を開かないとな。


 遠くから『『王の剣』と『王の盾』を城塞都市内引き回しにするぞっ!』と聞こえてきた気もするが……せめて三角木馬から降ろしてあることを祈ろう。

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