第281話 軍議の前

 俺たちは両軍に必要以上の死傷者を出さないようにと、ガザン王国側の残兵をベール城塞都市の北門へと誘導。

 結果、エドワード・ガザン国王の後を追う形で多数の兵士を落ち延びさせることに成功した。


 アイテムボックスを使える者がどの程度いるかまでは把握していないが、大勢に影響がでるほどの物資を持ち出してはいないだろう。

 これでエドワード・ガザン国王共々、アンセルム・ティルス将軍――『金色の狼』と合流してくれれば食糧不足や物資不足は益々深刻になるはずだ。

 

 北門の向こう側に広がる闇の中へと消えていく兵士たちにテリーと聖女が憐れむような視線を向ける。

 

「明日か明後日かな? 『金色の狼』と合流してくれるのは」


「伝書サンダーバードでの連絡から考えると明後日ですね。合流できても立場がないでしょうね、あの人たち」


「兵士よりもエドワード・ガザン国王の方が立場はないと思うけどね」


「エドワード国王と『王の剣』『王の盾』の二人、どちらが立場がないでしょうね」


 聖女の疑問に苦笑するテリーに代わる形で話に割って入る。


「そりゃあ、立場がないのはエドワード・ガザン国王じゃないのか? 国民と兵士を放り出して単身敵前逃亡しているんだ」


 俺は『もっとも』と付け足すと、


「立場として、代わりたくないのは『王の剣』と『王の盾』の方だけどな」


「『王の剣』と『王の盾』の発見されるところが見られなかったのが返す返すも口惜しいですね」


 うんうんとうなずいている聖女を見ていると、この世界に武士の情けに相当するものがあることを祈ってしまう。


「まあなんだ。その二人のことは置いておくとして、『金色の狼』がベール城塞都市へ到着するのは四日後ということか」


 明日には白アリたちもベール城塞都市へ到着するだろうから、『金色の狼』が到着する頃には俺たちはいない。

 そのことに聖女が大げさに肩を落とす。


「ちょっと残念ですね。『金色の狼』さんも見てみたかったんですけど」


「その頃にはラウラ姫率いる軍団とグランフェルト領へ向けて進軍中だな。テリー、そっちは『金色の狼』の対応をよろしく頼む」


「戦いを避けられるくらいにボギーさんたちが疲弊をさせてくれていることを祈るよ」


 ここベール城塞都市で白アリやアイリスの娘たちと合流後に再びチームを分ける。

 ラウラ姫に同行してグランフェルト領を奪回する軍団に加わるチームと、リューブラント侯爵と共に王都へ攻め上る軍団にカズサ第三王女を伴って同行するチームだ。


「そろそろ会議というか軍議の時間ですよ」


 俺たちは聖女にうながされて中央兵舎へと転移した。


 ◇

 ◆

 ◇


 難攻不落、鉄壁と謳われたベール城塞都市。歴史を振り返れば幾度となく敵を退けてきた。それは時間と実績を積み重ねて半ば神話となっていた。

 だが、その神話が覆る。わずか半日ともちこたえることも出来ずに陥落したのだ。


 国王逃亡。主将である『王の剣』と『王の盾』は迎撃の指揮も執らずに特異な享楽にふけっていた。

 そんな醜聞を伴っての陥落。


 市民の間では国王と主将二人を蔑む声に混じって、討ち死にした第一王子と第二王子が美化されて話題の中心となっていた。

 そんな外野への対応をチンピラたちに任せて、俺たちはベール城塞都市陥落後の会議に出席をしている。


 もっとも、チンピラたちを遊ばせておくほど俺たちも暇じゃない。

 彼らにはカズサ第三王女に関する噂を広げてもらっている。


 ベール城塞都市、その中央に位置する中央兵舎の一階にある大会議室。

 そこにリューブラント侯爵をはじめとしたリューブラント陣営の主立った諸侯、将軍たちが集まっていた。


 これまでの作戦会議では参加しなかった、或いは参加を許可されなかったような人たちまで参列していた。

 今、俺の目の前には百名からの人たちが席に座っている。領主貴族や将軍は当然としてある程度の規模の隊をあずかる隊長クラス、傭兵隊の隊長クラスや大規模の探索者を率いてきたパーティーリーダーとずらりと並んでいた。


 それにしても、コの字型に用意されたテーブルの上座中央にリューブラント侯爵とラウラ姫が座り、ラウラ姫の右隣に俺、次いで聖女。

 リューブラント侯爵の左にカズサ第三王女が座りその向こうにテリー。


 上座はこの六人だけ。

 俺たちチェックメイトの重用ぶりがあまりに露骨過ぎる。加えてカズサ第三王女だ。カズサ第三王女の顔を知らない者も多いのだろう、最も憶測が飛び交っているのが彼女についてだ。


 左右のテーブルには現在の爵位が高い方が上座に近く、順に下がっていき最後が傭兵団や探索者たちとなっている。

 だが、目立った例外が三人。

 一人は中央兵舎へ一番乗りを果たし、第一王子と第二王子を討ち取ったマーロン子爵。かれは伯爵たちに交じっている。


 残る二人は爵位を持っているにもかかわらず末席にいる。傭兵団や探索者よりも下座だ。

 厩舎で『王の剣』と『王の盾』を捕らえた男爵だか士爵だかがうな垂れていた。理由も気持ちもわかるが、自業自得なので列席している人たちは誰も同情をしていない。


 むしろ蔑みと嘲笑の対象になっていた。

 

 俺の右隣に座っている聖女が、着席している諸侯・将軍たちの様子を眺めながら耳打ちをする。


「もの凄く露骨ですね。誰がこの席順を決めたんでしょう?」


「楽しそうな顔をしているぞ」

 

 まあ確かに、自分の席順に不満気な者と得意満面な者との差や、お互いの牽制するようなやり取りを見ていると面白いのは判るけどな。


「分かっていますが……末席でうな垂れている二人。『王の剣』と『王の盾』を連行してきたときの得意満面の顔が――」


 プッと吹き出した聖女の視線の先にはうな垂れる二人の貴族がいる。会議の前、意気揚々とリューブラント侯爵の前に現れたのはつい数十分ほど前のことだ。

 思い出すと気の毒になるくらいにその表情を変えていた。


「――今じゃあれですよ。まるで屠殺場へ引かれていく牛みたいです」


「いい趣味とは言えないから程ほどにな」


「そうですね気をつけます」


 そう言うと俺に身体を寄せて耳元でささやく。その視線の先には蒼ざめて震えているカズサ第三王女と彼女を気遣うように肩を抱き穏やかな笑みを浮かべて話しかけているテリーがいる。


「それはそれとして、カズサちゃんがテリーさんにべったりですよ」


「いや、べったりと言うのは語弊があるだろう」


 こんな席に側近の同席も許されずにカズサ王女一人で参加するんだ、不安と恐怖でいっぱいだろう。

 そんな状態で常に傍にいたテリーが隣にいれば頼りもするさ。王女とはいってもまだ十歳の女の子なんだ。


「それよりも、お前が俺に近づきすぎる」


 腕に当たっているその豊かな胸を聖女ごと引き剥がすと、ラウラ姫に聞こえないようにそっと耳打ちする。すると、聖女はわざとらしく俺の肩越しにラウラ姫をうかがい、楽しそうにささやいた。


「そうですね、さっきからラウラちゃんが青い顔で不安そうにチラチラ見ていますよ」


「お前なっ」


 分かっているならやるなよっ! 絶対に楽しんでいるだろうっ!


「はいはい、分かりました」


 アイコンタクトが通じたのか、さすがにやりすぎたと反省したのか、聖女が普段からは考えられないくらい素直に引き下がった。


 聖女が俺から離れたところでラウラ姫のフォローをしようと振り向くと、悲しそうな表情でうつむいているラウラ姫の向こうに鬼の形相のリューブラント侯爵がいた。

 戦勝の席で今しがたまで上機嫌だったのが幻のようだ。


 いや、リューブラント侯爵のことは見なかったことにしよう。

 俺はリューブラント侯爵の顔を視界の端にとらえつつ、ラウラ姫の背中にそっと手を当てるとリューブラント侯爵にも聞こえるように話しかけた。


「ラウラ姫、明日には別行動をしていた仲間が合流します。明日の夕食をご一緒に如何ですか?」


「ありがとうございます」


 一瞬で表情が明るくなる。だが、視界の端に映るリューブラント侯爵の表情はまだ硬い。

 そんなリューブラント侯爵の表情に気付いてかどうかは分からないが、断れる空気でないこの状況でラウラ姫が意を決したように真剣な顔を向ける。


「ミチナガ様、今夜の夕食は私たちのテーブルへいらして下さい。あ、もちろん皆様ご一緒で、です」


「ええ、喜んでお伺い致します。ラウラ姫と食事をご一緒できるのが今から楽しみです」


 ラウラ姫の表情がわずかに頬を染めての楽しそうな笑顔に変わった。

 リューブラント侯爵の表情も和らいできている。もう一押しといったところか。


「もう直ぐお誕生日でしたね。何か欲しいものはありませんか?」


「欲しいものですか? 今はグランフェルト領を取り返すことで精一杯で、誕生日のこととか考えていませんでした」


「では、私が選ばせて頂きます。楽しみにしていてください」


 宝石はもちろん、オリハルコンやアーマードスネーク等の素材が多数余っている。魔石も幾種類もあるから大概の魔道具は作れるはずだ。メロディなら。


 ラウラ姫は『ありがとうございます』とささやく。そして恥ずかしそうにうつむくと嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 すっかり機嫌を直したリューブラント侯爵の顔がラウラ姫の向こうに見える。


 惚けたことをしている間に時間になったようだ。

 軍議の開始をしらせる鐘の音が鳴った。

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